誘拐されるのはヒロインの役目って決まってるんですが
(え~~らいこっちゃで……)
私は手を後ろに縛られながら、どこか他人事のようにそんなことを思った。
いや、他人事じゃない。全然他人事じゃない!!
あー、テステス、テス。
こちら、伯爵家の娘兼『ヒロイン・アイラを愛してやまない会』会長のウィルヘルミナ・ハーカー。
現在、誘拐されております。
*
「ウィラ、兄様の膝においで」
な~~に言ってだコイツは?!?!
と、笑顔でポンポンと自らの膝を叩く兄を驚愕の表情で見つめた。
「結構です」
「冷たいなぁ」
「あの、兄様? もう本当にお腹の痕はきれいサッパリ無くなりましたし、何の不自由もしてませんからね? 頭おかしくなりました?」
「大丈夫、私の頭は正常に機能しているよ。だからほら、ね?」
何がね? なんだ。
……というような感じで、何故かヴィクトールは以前まであまりしなかった身体的な接触を試みるようになってきていた。
今まではいくら優しくしようとも頭なでなでくらいだったのに! 女嫌い設定はどこに行ったんだ、トチ狂ったんか?!
別の意味でなんか信用できなくなってきたな。
そう思いながら、来い来いと手招きする兄様の隣に座る。
「あ」
「……いや、「あ」じゃなくて。座らないですって」
「残念。ああ、そしたら」
「はい?」
テーブルの上にあったお菓子を手に取り、何を思ったか。
「はい、あーん」
いやだから、何で?!?!
「…………」
「ウィラ、食べないの? 君の好きなお菓子だよ」
そりゃ分かっとりますけれども。
その「あーん」の仕草は何なんだ、一体!!
だがいつまで経ってもやめようとしないので、仕方なく口に入れた。サクサクと広がる味が美味しい。
そしてヴィクトールはというと。
「ふふ」
何でそんなに満足げなの、と言いたくなるくらい、メッチャ笑顔だった。
……いや、おかしくない?
このシチュエーション、普通は攻略対象とヒロインちゃんがやるものではなくって?!?!
そうだよ。本来なら、
『アイラ、ほらあーん』
『えっ?! せ、生徒会長……?! 何を……』
『君の好きな菓子を取り寄せたんだ。ぜひ私の手から食べてほしいな』
でしょ?!
そんでもって!!
『じゃ、じゃあ……いただきます』
『はい、どうぞ。……ふふ』
『?』
『いや、……まるで小動物のようで愛らしいなと思って。
本当にかわいいね、君は』
ってなる感じだよ!! そうだよ!! なのに何だ、この体たらくは?!
(ダメだ……、推しカプの供給がなさ過ぎて死ぬ)
泣けてきた。
違う、そうじゃない。私の望んでいる世界はアイラちゃんが総愛されな世界線なの。
ちなみに、推しカプはどれ? って言われてもぶっちゃけ皆好きすぎて決めれようが無いので「アイラ総愛され」としてて、一応分かりやすい言い方としてそれぞれの組み合わせを推しカプ言うてます。わかってほしい、この切なる気持ち。
おおゲーム本編よ、早く始まってください。
そして私に供給をください。他人からの供給じゃないと満たされない欲求がオタクにはあるんです。
「もう一個食べる?」
「いえ要らないです。失礼します」
ニコニコした顔のヴィクトールが更なる追撃をしようとしてきたので、丁重に断って自分の部屋に避難した。
「……は~~……」
バタン、と自室の扉を閉め、ため息をつく。
「何なんだ、ほんと最近……」
ユーリの優しさはまだ「王子キャラだし一応(本当に一応)まだ婚約者だしな」で片付くけど、ヴィクトールのあれは何。ほんとに、ナニ。
何の気があってやってるのか今回ばっかりはマジで分からん。迷宮入りしそう。誰か! 見た目は子供頭脳は大人の名探偵呼んで!!
「……まぁ、放っといたら元に戻るか───ッ?!」
まさに、突然のこと。
そこで。いきなり。
後ろから誰かに、何かの布で口元を塞がれ、私は意識を失った。
*
「……ん……」
瞼を二・三度閉じたり開けたりする。知らない部屋の壁がそこには映った。
────ハッ!!
「っ…………?!」
意識が覚醒すると共にガバッ!! と起き上がる。
しかし両手が後ろで縛られていることに気が付き「なんじゃコリャ?!」と頭の中で驚愕した。
というか。
…………どこだ、ここ。
「あら、お目覚め?」
呆然としていた私に、とある声が話しかけてくる。
この、最近聞いたことのある、高くて嫌に艶めかしい声は。
……嫌な予感は最早当たっているが、ゆっくりとそちらを振り向く。
「おはよう。クソ生意気なハーカー家の小娘ちゃん」
やっぱりお前かーーーーい!!
皆さんお察しの通り、そうです。ヴィクトールの実の母親です。
いやていうかちょっと待て。
これ、まさかとは思うけど。まさか、まさかな。
「……ブロムベルク元伯爵夫人。あなたが、私をここに連れてきたので?」
「連れてきた本人、っていうことなら違うわ。指示したのは私だけど」
「……何を考えて、こんなことを」
「そんなの決まってるじゃない。調子に乗ってる身の程知らずの小娘に、痛い目を見せてあげようと思って」
はい嫌な予感また当たりました。泣いていいですか?
泣いたら無かったこととかになりませんかね?
(……ヴィクトールルートにある、母親からの誘拐イベントじゃん……)
悲しみに暮れながらも、頭は冷静に例のイベントを思い出していた。
ヴィクトールルートにて。
彼の好感度が大分上がると、二人でのお出かけイベントがある。そこでヴィクトールの母親と遭遇してしまうのだ。
ヴィクトールは母から主人公、アイラを庇うように相対し、そこで母、ガブリエラはヴィクトールが自分ではない他の女に愛を注いでいることを知る。
そんなことは許さないとガブリエラは発狂し、自宅の地下室に誘拐、軟禁。
自分の手下のような男達にアイラを襲わせようとする。
が、そこでヴィクトールが兵士を連れて助けに入り、アイラは無事何事もなく救出されるのだった。
(あの時のヴィクトールのスチル、顔が超怖かったな……)
愛しいアイラに手を出したガブリエラに遂にキレたヴィクトールは、捕らえられたガブリエラをボコボコに殴る。
アイラが慌てて止めるが、そこで彼女の方へ振り向き、こう言うのだ。
『どうして、君を危ない目に遭わせたこの女を許さないといけないの?』
その時のヴィクトールは顔に返り血がついており、また目もヤンデレ宜しく死んでいたので、スチル絵が大変に恐ろしいとファンの中で好評なのでした。まる。
……説明はこの辺りにしておいて。
あと、この辺で大体冒頭のアレに戻ります。
「……この間の件、ですか」
まぁ、十中八九そうだろうな。
私の問いに、ガブリエラは「まぁね。アレもただのきっかけに過ぎないけど」と答えた。
「ヴィクトールと一つ屋根の下で暮らすだけでは飽き足らず、あんな風に優しくされるなんて……。許せない」
ギリ、と歯を食いしばりながら、私を睨みつけるガブリエラ。
完全にキレていらっしゃる。
(こんなイベントが勃発すると思わなかったんだけどなー……)
まさかこんなことで誘拐なんてするわけないだろ。だってそもそもこれの前の遭遇イベントの時点でヴィクトールの好感度がかなり高くなってる筈なんだ。だからこその誘拐イベなのだし。
と、思っていました。私が軽く見ていたのか。
そもそもこの人が見てる所でそんな優しくされた覚えないんだけど。もしかして私が蹴られて倒れた時、そこを介抱してもらった場面のこと言ってる?! 許せない範囲がデカすぎるだろ!!
(……いや、待てよ? もしかしたらこれはあの誘拐イベントには該当しないのでは……?)
あまりにも認めたくなさすぎてピーン! とそんなことを思いついた。
つまり、ゲームのこととは全く関係なしにただ単に私が恨まれて誘拐されただけ、みたいな。
その可能性もありますよね?!
(頼む、そうであってくれ……!)
攻略対象のイベントなんて取りたくねえよ。ただでさえユーリのエピソード一個無くしてんのに。
延々と考え込む私を他所に、ガブリエラは楽しそうな笑みを浮かべて言う。
「ねえ、痛い目って、どんな目に遭わされると思う?」
「……分かりません」
「女として、最大の屈辱よ。……堪らず死にたくなっちゃうような、ね?」
え、と思った瞬間。
彼女が指で合図をすると、どこからか三人の男達がへらへらしながらやってきた。
見た目からして分かるこのめちゃくちゃ三下感。
「ガブリエラ様、このガキですか?」
「ええ。容赦なくやっちゃってちょうだい」
「俺はこんな地味なガキには興味ねえんだけどなぁ」
「我慢しなさい。後でた~っぷり、ご褒美をあげるから♡」
「へへっ! なら頑張ります!」
(…………)
嫌な汗が、たらりと流れた。
ガブリエラ含む四人の会話。
三人の男達が来たことにより、周りの風景に意識を向け、ここが地下室らしきことに気がついたこと。
そして何より、先程のガブリエラの「女として最大の屈辱」という台詞。
「…………まさか」
おい、まさか。
マジでやるのか、アレを。
「さ~てと、オラッ!」
「ぎゃっ!」
男達が私をうつ伏せにさせ押さえ込む。
頭上にも男、足元にも男。
うわてかちょ、待って!! 私の居た所、よく考えたらベッドじゃん!!
「は~い、大人しくしましょうね」
「ん゛ーーッ!! む゛ーー!!」
「うざってえな、こんな長いスカート! 破っちまえ!」
ビリィッ!! と、私の着ていたドレスの裾が破られた。
手足をバタバタと動かすが、それすらも全て男達に押さえつけられてしまう。
(…………や、ばい、)
マジでこれ、逃げ場、ない。
イベントとか、そんなこと言ってる余裕が本気で無くなってきた。こういう感じで男に力で捻じ伏せられると、女ってやっぱ勝てないんだな。そもそも私まだ11歳だし。
最早、こんな思考さえ現実逃避のように思えてくる。
(私、ほんとに……、ここでやられちゃうの……?!)
────考えた瞬間、ゾッ!! と一気に悪寒が身体中を駆け巡った。
「貴族の未婚の女は純潔が絶対条件、だものね~。アハハ、公爵家なんかと婚約しちゃって、地味女のくせに生意気!
ボロボロに犯されて、婚約破棄されちゃいなさい! アンタにはそれがお似合いよ!」
ガブリエラの高い笑い声が響く。
誰か、誰か、誰か。
助けに来てくれる、ひと。
(…………そんなの)
私には、居ない。
アイラは主人公だから。かわいくて、心が綺麗で頑張り屋な、そんな女の子だから。攻略対象の男性が、助けに来てくれたけれど。
私じゃあ、到底、むりだ。
何とかしなきゃいけないのに、身体が全然動かない。
「私に楯突いた罰、しっかり味わいなさいな」
無情に放たれる宣告。
あまりの恐怖と無力感に、ぽろり、と一筋涙が零れた。
───その時。
「何をしている、貴様らァァアッ!!」
「「「「?!」」」」
がっしゃぁぁぁんッッ!! と何かが壊される轟音と共に響き渡る怒声。
この、こえ、は。
「ウィラ!!!!」
視界に見えた、その人は。
「おとう、さま、……にいさま……」




