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一難去ってまた一難

 いやー、こないだは楽しかったな!

 ユーリもあれからいつも通りの元気を取り戻したみたいだし、よかったよかった!


 なんて思いながら、私は家の中を歩いていた。

 今日の授業はもう無いので、この後どうしようかと思案する。

 庭でも散歩しようかな。それとももう部屋に戻ってドロテアにお茶とか入れてもらってゆっくり……。



「ねぇ、そこのあなた」

「?」


 丁度玄関ホールを歩いていた所に聞き覚えのない声が聞こえ、そちらに顔を向けた。


(わぁ美人)


 たっぷりとウェーブのかかった黒髪に金の目。真っ赤なルージュが唇に塗られている、ボンキュッボンの美女がそこに立っている。

 まさに峰不二○感。


 …………んん??


(あれ? この人、どっかで見たことあるな)


 えーーっとどこでだっけ。

 確かー確かえっと~~…………、そうだアレだ!


 ヴィクトールの実の母親!!


(うわー確かにこんなビジュアルだった気がする……)


 ガブリエラ・ブロムベルク。

 ブロムベルク伯爵の元に嫁いでいた、私の父、アロイスの妹である。


 この夫婦の元々の関係としては、完全にガブリエラがブロムベルク伯爵にガン惚れして婚約者の座をもぎ取った感じ。

 ただこのブロムベルク伯は女にあまり興味がなく、どちらかと言うと仕事人間だった。ヴィクトールと同じ、黒髪紅目の冷たい男だったらしい。ガブリエラはそんな所も大好きだったらしいが。


 しかし、ヴィクトールが幼い時に父のブロムベルク伯爵が亡くなる。多分、馬車の衝突事故か何かが原因だったと思う。

 ガブリエラは未亡人となることを余儀なくされるが、ブロムベルク伯爵にゾッコンだった彼女は彼の死に直面し、精神的におかしくなってしまった。要は病んじゃったらしい。


 そこで、ヴィクトールにとっての最大の悲劇が始まる。

 ……ブロムベルク伯爵そっくりに産まれた彼を、伯爵の代わりにしたのだ。


 ゲーム内で聞いてるだけでも結構エグい内容だった気がする。

 こんなことあんまり言いたかないが、つまり要約すると、ヴィクトールは実の母親に性的虐待を受けていた。……本番行為まであったんだっけ……。


 幸いにもそれでガブリエラが身篭ったりするトンデモ展開にはならなかったが、私の父がたまたまガブリエラの様子を見に行った時にその実態を知り、慌てて助け出したわけである。

 そしてガブリエラは虐待の罪で牢に入れられた筈だったのだが……。


 どうやって出てきたんだこの人。

 この世界における、今の時代の虐待があまり重要視されていないのか、それとも賄賂か何かを渡したのか。そこら辺はよく分からないが、こうして私の目の前に居るということはまぁ何かしらの事情で牢屋から出てきたんだろう。

 迷惑すぎる。早く牢屋に戻ってくれ。


 私が脳内にあるデータを洗いながら渋い顔をすると、ガブリエラは「ぷっ!」と大きく吹き出してから笑い声を上げた。


「あ、あなた、もしかしてこの家の一人娘のウィルヘルミナ?!」

「……そうですが、何か」

「嘘でしょ、あのヴィクトールの義妹がこんなダサい女だなんて! 信じられない!」


 おうおう表に出ろ!!

 確かに私は普通も普通の顔だしダサいかもしれんがな!! 貴様のその態度が気に食わん!!


 というか、そもそもうちに何しに来たんだよ。


「どこのどなたかは存じ上げませんが、ご用件なら、当家の執事長に仰せつかってください」

「いやぁよ。執事になんて言ったら追い出されちゃうじゃない。折角運良く他の使用人が入れてくれたのに」


 ……なるほど。つまりこの人、うちを出禁にされてるのに勝手に来たんだな?

 入れちゃった使用人は多分詳しい事情を知らなかったんだろう。仕方ないから、さっさと用件だけ聞き出して帰そう。


「ねぇねぇ、そんなことよりもぉ。私の愛するヴィクトールを呼んできてほしいの」


 エマージェンシーエマージェンシー!! 使徒です!!


 頭の中で危険信号が鳴る。

 何を考えているやら全く分からんが、とにかくコイツ、敵だ!!

 この状況でヴィクトールを呼ぼうとするなんて絶対ダメに決まっとるだろ!!


「……ですから、ご用件は他の方に」

「うっさいわね。そんなこと言ってないでさっさと呼んできなさいよ。私はヴィクトールの実の母親なのよ?」


 殴ったろかコイツ。

 全然話聞かないでふんぞり返ってる彼女に殺意が湧いてしまう。イカンイカン。落ち着け自分。


(……仕方ない。呼んでくるって嘘ついて、ディルクさんとか連れてくるか……)


 ディルクさんとは昔から我が家に仕えてくれている執事長である。艷やかな銀髪のナイスミドル。

 残念ながら現在父も母も出払っているので、子供の私に出来る事といったらそれくらいしか無い。


 ワカリマシタデハショウショウオマチクダサイ。

 とか言ってその場を一旦離れようとした、その時────。



「……母、様、……?」


 聞こえてきてはいけない声が、聞こえた。


 慌てて後ろを振り返る。

 屋敷内へと繋がる玄関ホールの階段の途中で、ヴィクトールが私達二人を見つめていた。


(やばい!!)


 何でこのタイミングで来ちゃうんだよ!!

 と思っていた矢先、「まぁ、ヴィクトール!!」と嬉しそうな声が上がる。


「会いたかったわ! ああ、また一段とあの人に似て……、本当、きれい……」


 ほう、と頬を赤く染めながら言うガブリエラ。

 ……き、


(気持ち悪~~~~ッッ!!!!)


 ぞぞぞっ! と寒気が一気に駆け抜ける。鳥肌立った。


 実の息子に向けるそれではない。断じて、無い。

 ヴィクトールはこんなのをずっと相手にしてたのか。しかも、今よりもうんと幼い時から。

 うわぁ。……じ、地獄だ。


「ど、して、」


 ヴィクトールが後退りをする。

 その顔は……顔面蒼白。

 身体中がガクガクと震え、思うように喋れていない。


 その姿は普段の彼からは想像もできないくらいの、完全に、脅威に怯える子供そのものだった。


「ヴィクトール? どうしたの、この愛しい母が会いに来てあげたのよ?」


 しかしこの女にはそんな息子の様子などまるで見えていないのか、いや見ようとしていないのか。平然とそんな台詞を吐いた。

 此奴、さては自分の信じたいものしか信じない性質だな……?


「ッ……!!」

「さぁ、早くこっちへ!」


 行くわけねーだろカス!!

 と心の中で罵倒していたが、固まったまま動く気配のない彼に痺れを切らしたのか、突然こう言い放った。


「何をしてるの、来ないなら私から行くわよ!」

「?!」


(マジ?! ちょ、本気で何とかしないとまずいこれ!!)


 ついに自分から動こうとした彼女に血の気が引き、とにかく何とかせねばという使命感が私の中で生まれる。

 そうして、ガブリエラが1歩踏み出すと同時に。


「ッ…………!」


 私は。

 咄嗟に、両手を広げて。彼女の目の前に立ちはだかった。


 当然、「ハァ?」と彼女が不快そうに片眉を上げる。


「邪魔なんだけど。さっさと退きなさい」

「お、……帰り、ください」

「は?」

「お帰りください、ここはあなたの来る場所ではありません」


 やばい。声が震える。多分伸ばしてる腕も若干震えてる。

 私の行動に、慌てて「う、ウィラッ?!」とヴィクトールが叫んだ。


「何してるの?! 早くやめっ……」

「兄様はこっちに来ちゃだめです!!」

「?!」

「あなたは、この人に、近づいちゃダメなんです」

「……な、にを……?」

「いいから、兄様は逃げて!!」


(あと逃げるついでに人呼んでくれると助かるなーーッ!!)


 そんなことを思いながら、必死で叫ぶしかない。

 ギッとガブリエラの方を睨み上げると、「何なの、その生意気な目は……」と低い声で睨み返される。


 ああもう、なんで。

 何で、こんなことを、してしまっているのか。


(だって、だってさぁ!!)


 あんな幼い子供みたいに怯えて今にも泣きそうな人を、放っておけるわけないじゃん!!


 ただ、もしかしたら固まってるヴィクトールの手を引いて全力疾走した方が良かったかもしれない、と今更ながらに思う。

 だって「この女が兄様に近付いちゃう!」と思ったら、咄嗟に庇うみたいな体勢で出てきちゃったんだもの。もう遅いでござる。


「ふざけた真似してんじゃないわよ!!」

「──うぐッ、!!」

「ウィラ!!」


 するとイライラが頂点に達したのか、私の腹を思いっきり蹴り飛ばすガブリエラ野郎。

 さすがにヒールでやられると痛い。ちょっと後ろに飛んで倒れてしまい、そこにヴィクトールが駆け付けてきてしまった。


 ちょ、来ないでって言ったのに!


「げほっ、ゲホッ! に、さま、だめです、って……」

「喋らないで! ああ、どうして君はそんなことを……!!」


「あら、まだお仕置きが必要かしら?」


 カツン、カツン、と音を鳴らしながら、じりじりと迫ってくるガブリエラ。

 痛いけど、苦しいけど、でもそんなこと今は言ってられん。ふんぎぎぎ、と無理矢理身体を起こし、ヴィクトールの前に腕を持っていく。


「ウィラ……!」

「だいじょーぶ、ですッ、ちょっと蹴られただけ、ですし!」


 ただ追撃来たら避けられんかもしれん。大人に蹴られるのって、けっこーダメージでかいんだな、と知れた今日この頃。

 ってそんなこと言ってる場合かい!! 敵もう目の前に来とるやないか!!


「ッ……」


 生憎、どれだけ「お仕置き」を受けようが、お前をヴィクトールに近付かせる気はないぞ。


 そんな思いが睨みで伝わったのか何なのか。

 今度は平手が来そうな所へ────、



「ッ!!」


 突然、ガブリエラの身体が後ろからがばりと押さえつけられた。


「坊ちゃま、お嬢様!! お助けするのが遅くなってしまい、大変申し訳ありません!!」

「……ど、ろてあ、でぃるく……?」


 ぽかんと目を丸くする。

 私とヴィクトールの所へ来てくれたのは侍女のドロテアとその他何人かの使用人。ガブリエラを捕まえたのは執事長のディルクだった。


「玄関ホールで騒ぎが起きているとの連絡を聞き駆けつけたのですが……、まさか、このようなことになっていようとは」

「ちょっと!! 離しなさいよ、この使用人風情が!! 私に触れようだなんていい度胸ね!!」

「ガブリエラ様。貴女は当家に一切足を踏み入れないよう、旦那様がキツく言いつけておりましたと存じますが」


 やっぱ出禁食らっとるやんけ。

 それなのにうちでこんなデカい顔してたのか。すごいな、こうはなりたくない。


「知らないわそんなこと!! 私の大事な息子を奪っておいて!! 離し───……」


 キーキーと喚くガブリエラはディルク含む他の使用人にそのまま連れ去られていき、私達は玄関ホールに残された。


 ……よ、よかった。何とかなって。


「……はぁぁ~~……!!」

「ウィラ!」


 なんか、急に力抜けたわ。

 あと蹴り飛ばされたお腹が痛うございます。今更痛みがズキズキ来ました。多分アドレナリン出てましたねさっきまで。


 気絶はしてないけど、疲労と痛みからドロテアの腕の中に倒れ込んだ私は、急いで自室まで運ばれて手当を受けたのだった。


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