春の祭りで踊りましょう
あれから数日後。
私とユーリは、共に王都へ向かう馬車の中で揺られていた。
「ウィラ、もう本当に怪我は大丈夫なのですか?」
「ええ、もうすっかり元気だし、痛くないですよ!」
その質問するの何回目やねんとツッコミたくなるくらいに聞いてくる。いやまぁ心情は察するけど。実際に生の背中見せないと納得しないぐらいのしつこさだな。
さすがに婚約者とはいえ生の肌を大っぴらに見せるのは嫌だし貴族子女としてアカン行為なので、勘弁してください。
「そうですか。それなら、いいんですけれど……」
そう呟いて、瞼を伏せるユーリ。それならいいと言うくせに、その表情は複雑そうだった。
(やっぱり、まだ気にしてんだなぁ)
このお出かけが少しでも彼の気晴らしになればいいのだけど。
馬車から見える景色を眺めながら、そんなことを考えた。
*
そういえば、前にアルトナー公爵夫人が話していた「春祭り」について説明してなかった。
毎年4月頃に行われる春の大きなお祭りで、王都の人々は勿論、地方からもやってくる人が多いらしい。
出店が出たり、色んな催しがあったり、皆で音楽に合わせて楽しく踊ったり。とにかくそんな感じのお祭りだ。ヨーロッパ各地で開かれるカーニヴァルなんかを想像してもらえれば分かりやすいかもしれない。
大体は夕方~夜間から開催され、そこから王都の街は一気に雰囲気をお祭り気分に変える。王都に住む庶民は勿論、私達のような貴族が彼らに交じって参加するのも、珍しくないのだとか。
ちなみに、もし恋人や配偶者と参加する際は、その辺の出店で売っているミモザの造花の髪飾りをプレゼントすることもある。勿論男性から女性に。……と、公爵夫人にこの辺りめちゃくちゃ推された。
まぁ、前世日本人で海外にもろくに行ったことが無い私としては「面白そう! 参加してー!」って感じだ。
勿論今回のお出かけには従者の人達もついてきてくれてるし、少しくらい遅くまで遊んだって構わないのではないだろうか。何より公爵夫人がめちゃくちゃ春祭りを推すので、多分ちょっとくらい暗くなっても怒られない。はず。
それまではユーリと王都の街をぶらぶら散策するつもりだ。
美味しいケーキを作るお店も教えてもらったし、何だかんだで楽しみだな! 今日!
*
「ユーリ、王都の街ってすっごく楽しいですね! 色んなものがあって!」
時間というのは、楽しむとあっという間に過ぎ去るもので。
中々行かない王都の街はそもそも私自身珍しくて、興奮が収まらなかった。本当に、絵画の中を旅行しているみたいだ。
オススメされていたケーキ店のケーキは甘くてふわふわで幸せだったし、立ち寄った雑貨店もかわいらしい小物がたくさん置いてあった。
そして歩いている度に「アイラちゃんにうっかり遭遇しないかな」とか思ってたけど、残念ながら遭遇しませんでした。
もっと住宅地的な所を探さないと見つからないのかもしれない。ってだから、それはストーカーなんだってばよ。
「あなたが楽しそうにしていると、僕も嬉しいです」
「……ユーリは楽しくないんですか?」
嬉しいではなく、楽しいにしてほしい。私だけがテンション上がってたって意味ないんよ。
そんな思いでジトッと彼を半目で見ると、「いいえ、とても楽しいですよ」と返してくる。
……笑っている。でも、やっぱりどこか。
思う所はあるものの、中々口に出せない。
不甲斐ない気持ちが心の中をじわじわと染めていくが、辺りが暗くなり、街が祭りの雰囲気に変わり始めると、私のテンションはそっちにつられて更に上がっていってしまった。
「ユーリ! あれ美味しそうですよ、あれ! どうですか?!」
「そ、そうですね」
「わぁぁあっちもすごい! 何だあの装飾?!」
「ウィラ? あの、なんだかいつもとキャラが違いません?」
「あっすみません、つい」
ちなみに、今の私達は平民に変装しているので、名前に敬称などをつけるのを意識してやめている。街中で様とかつけてたら貴族なのバレバレだからな。
じゃあ敬語は? ってなるんだけど、そもそもユーリの喋り方がもう癖になっちゃってるらしいので、じゃあそれはいっか! と不問になった。
以上の理由により、普段より気が数倍緩んでしまっているのは察せられよう。ゴメンなさい。
街の色んな風景に気を取られながら足を進めていると、広場らしき場所に出た。
そこでは楽しげな音楽が流れており、広場に居る人達はみんな思い思いに踊っている。
(……そうだ)
「ユーリ、踊りましょう!」
「えっ」
そう言って彼の手を引くと、丸く見開かれた碧が私を見つめた。
既に盛り上がっている広場の喧騒の中に紛れるように入り、私達は音楽に合わせて踊り始める。
が。
「あはは、ユーリってば。そんなにキッチリ綺麗に踊ったら、私達が貴族ってことが周りの人達にバレちゃうかもしれませんよ?」
「えっ! そ、そうですかね」
ちょっとだけ頬を赤くして慌てるユーリがカワイイ。さすがの金髪美形ショタやで。
「はい。だからほら、こんな感じで」
「わわ、」
「周りの人達みたいに、もっと適当~に、好き勝手踊ったらいいんです」
型も何も考えず、ただ音楽に合わせて思うがままに揺れる。たまに適当なターン。
貴族のパーティーで見られる綺麗なダンスも素敵だけれど、こんな風に、ザ・お祭り! みたいな感じでやるのは存外に気持ちいいものだ。
すると、私の動きにウケたのか何なのかはわからないが、ユーリの顔が「ふふっ」と優しく綻んだ。
それを見て、ああ、と思う。
「やっと、楽しそうに笑ってくれましたね」
「…………え」
「今日のあなたは、ずっとどこかぎこちない笑い方をしてましたから」
私の言葉に、ユーリは黙った。……勘付かれていたとは思わなかったのかもしれない。
そんな彼に、私は思っていたことを問うてみる。
「ねぇユーリ。私の存在は、今のあなたにとって重荷ですか?」
「……!」
「私があなたと一緒に居ると、色んな感情で、苦しめてしまうでしょうか」
それなら、婚約破棄をしたっていいんだよ。
君と築いた友好関係は、ゲーム問わず大切なものだったけれど。どうせ最初から結ばれない間柄なわけだし、ユーリが苦しいのなら、私はこの関係を断ち切っても構わない。
……薄情だろうか。
そりゃ、私だって友達が減るのは悲しいけどさ。その友達が、私と居るとしんどいよって言うなら、じゃあそれはもう、その子の傍から居なくなるのが一番楽なんじゃないのかな。その子が、本当に、それを望むならだけど。
私が婚約者でなくなってもこの世界は回る。君は、いつか運命の人と出会う。それならば。
「……いいえ」
暫く黙っていたユーリが、ぽつりと呟いた。
「いいえ、そんなことは、絶対にありません」
「……本当ですか?」
「本当です」
ほんとか? 疑ってかかるぞ私は。
思わず睨みつけるように見つめる私に、彼は自嘲するような微笑みを浮かべながら続ける。
「……ただ、あの時のことを思い出すと、自分の不甲斐なさに未だに落ち込んでしまって」
「だから、それはユーリが気にすることじゃ……」
「あなたを守ると言ったのに、逆に僕が守られてしまった。……僕は男で、あなたはか弱い女性なのに。なんて、情けないのだろうと」
(────ええ?)
心の声がそのまま顔に出てしまった気がする。つまり思いっきり顰めた。
見えないからわかんないけど。
それよりもだ。
男だとか女だとか、そんなこと。命の危機の前じゃ、瑣末なことなんじゃないのか?
大事なのは、そういうことではないだろう。
「男だから情けないとか、女だからどうとかって、そんな気になるものですかね」
「……え」
「だって私達、元を辿れば同じ人間同士ですよ?」
その言葉に、虚を突かれたように私を見つめるユーリ。
「誰かを助けたい、守りたいっていう気持ちは、みんなにあるものだと思います。そこに性別の垣根なんかありません。誰かに助けてもらったなら「ありがとう」、誰かを傷付けてしまったのなら「ごめんなさい」。それでいいじゃないですか」
「…………」
「男だろうが女だろうが、そういう人として当たり前の言葉が伝えられない人は良くないです。でも逆に、それが出来ているのであれば、もう十分ですよ。……まぁ、だからなんていうか……、何度も言ってますけど、あの事で自分を責めたりなんかしなくて良いし、情けないって思う必要も無い……みたいな……」
ヤバイ何言ってんのか分かんなくなってきた。
これちゃんと文法合ってる? 口回ってるか??
でも、だってそうだろう。
勿論、男女の持つ様々な違いは理解している。身長や体格然り、純粋な力の差だって。
だが相手が女であろうが男であろうが、誰かのために何かをしたいと感じる気持ちは同じな筈。男が女に助けられたから情けないって思って、それでずっと落ち込み続けるなんて、それこそ男らしくない行動なのではないだろうか。
起きてしまったことは仕方ない。やってしまった行いは戻らない。大事なのは、“その後”の自分だ。
要するにこれ以上、彼が何かを思い悩む必要など無いのである。
「私はこの通り元気です。あんな傷、すぐ治りました。なので、そんなことは気にせず、いつもの元気なユーリに戻って欲しいなぁって……、そんな感じの意見、というか気持ち、です……」
完。
最後かなりもごもご怪しい感じになったけど、うん、言いたいことは大体言ったかな自分!! あとは本人に任せるっきゃないね!!
役目を終えた達成感に心の中で密かに「頑張ったな自分」と激励をあげていたその時、ジャン! と響き渡っていた音楽の1曲が終わった。
踊っていた動きを止め、そろり、顔を上げてみる(今の私とユーリに大した身長差は無いが、心境的にはご機嫌伺いみたいなところがあるので)
彼は、微笑んでいた。
……今日ずっとあった憂いが、どこかへ消え去ったような、スッキリした表情だ。
「ごめんなさい。あなたに、心配をかけてしまって」
「……いえ。お気持ちは、分かりますから。私がユーリの立場でも、中々割り切れるものではないと思います」
「けれど、今くれた言葉も含めて今日、あなたとずっと楽しく過ごせて。……心の中にあったモヤモヤが、晴れた気がします」
また助けられてしまいましたね、と眉を下げて笑うユーリ。
それらを見て何となく、「ああ、もう大丈夫そうだ」と感じた。良かったなと思う気持ちは、嘘じゃない。
すると、何やら彼が懐をごそごそと探り始めた。
何をしているのかと見ていると、出てきたその手には、……ミモザの、造花の髪飾り。
「これを、どうぞ受け取ってください。本当は街を散策している間にこっそり買っていたのですけれど、……中々、渡す勇気が出なくて」
す、と丁寧な手つきで差し出される。
……この状況で、要りませんと断れる肝っ玉の奴が居るなら出てきてほしい。
(や、別に、婚約者相手だからってだけだし)
他意はない筈だ。……多分。
とりあえず大人しく受け取りお礼を述べると、ユーリはますます笑みを深くして言った。
「ありがとうございます、ウィラ。……あなたが傍にいてくれて。僕の、婚約者になってくれて。本当によかった」
……いや、私は、最終的にあなたとは一緒にならない女なんだけれどね。
君には私なんかよりも余程大事な女の子が出来るはずなんだ。
……頭の中ではそう思ったけれど。
さすがに、今そんなことを考えるのは、野暮なような気がしたのでやめた。
……でもやっぱり、ちょっとだけモヤモヤしてしまうというか。よく分からない、罪悪感のようなものが芽生えるような。
(……本当にこれ、ゲーム通りに行ってるの?)
そんな一抹の不安が過る自分を、見ない振りで誤魔化した。




