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アルトナー公爵家の誕生日パーティ②

 突然の出来事に静寂が暫し続く。厳しい緊張が場を制覇し、私も指一本動かせない。

 でも、頭の中は案外冷静に、ゲームの中で聞いたエピソードのことを少しずつ思い出してきていた。


(そうだ、何で忘れてたんだろう……)


 やはり前世の知識があると言っても詳しい所までは覚えていられないようだ。だってこの事件、実際に見たわけでも何でもなかったし。

 ただ成長した彼が語ってくれる話を画面越しに聞いただけである。


 まさか自分がこれに遭遇するなんて、思ってもみなかった。

 それ故分かったことだが、実際こんな場面に立ち会ったら、身体が固まって全っ然、動けなくなります。下手に動いたらあの武器の切っ先がこっちに来そうでヒヤヒヤしてしまう。



 だが、パーティーのホストとしてはいつまでも黙ってはいられないのだろう。


「何者だ、貴様ら」


 敵の前に出て口を開いたのは、公爵家の当主、コンラート・アルトナーだった。

 その後ろには、公爵に守られるような形で公爵夫人も佇んでいる。


「当家の屋敷のパーティーに、君達のような招待客は居ない。即刻帰りたまえ!!」


 威厳のある声で叫ぶが、男達は意にも介さぬようである。

 むしろニヤニヤした笑みを浮かべながら「いやぁ、ね」と呟く。


「俺達をここへ呼んだ人物が居るんですよ。だから半分は招待された、みたいな?」

「何を馬鹿なことを!! そのような戯言、誰が──」


「私ですよ、アルトナー公爵」


 そこへ。

 カツン、カツン、と靴音を鳴らしながら、まるで役者が舞台に上がるかのような身振りで現れた人物が居た。


「……バーデン侯爵?」


 アルトナー公爵の訝しげな声がフロア内に響き渡った。

 そうだ。この事件、確か首謀者は貴族の人なんだっけ。しかも、その人は。


「昔から親しくさせていただいていた身としては、この晴れ晴れしい日にこのような事態を起こしてしまうのは大変心苦しいのですがね……」

「何……? ……まさか、バーデン侯。貴殿がこの賊達を引き入れ、こんな騒ぎを起こさせたとでも言うのですか」

「ええ、その通りです」

「何故!! 私達は学院時代を共に過ごした友人同士であった筈でしょう?!」


 そーーだったそうだった。ユーリのお父さんの友達だったよね確かね。名前までは出てこなかったから知らんかった。

 そんで何でこんな騒動を起こしたのかっていうと、それはまさしく彼らの学院時代に起因するものだ。


「アルトナー公爵。私はずっと羨ましかった。皆から好かれる誠実な、且つ威厳のある性格。美しい外見。そして──」


 すぅ、とバーデン侯爵が息を吸い、吐いた。


「──エカチェリーナ様を娶られた、その幸せが」

「……!! ……まさか、まだ貴殿はエカチェリーナを……」


 そうです。この人、アルトナー公爵夫人であるエカチェリーナ様に昔から惚れてたんですって。

 彼女へ求婚もした。でも、最終的にエカチェリーナ様が選んだのはこのバーデン侯爵ではなく、コンラート様だった。

 元々婚約していた彼らに横恋慕するような形であった彼の恋は、本来ならそこで終了していた筈なのに。


 すると、公爵夫人が公爵様の隣に立ち、真っ直ぐにバーデン侯爵を見つめて言う。


「何が狙いですか、バーデン侯爵様」

「ああ、エカチェリーナ様! あなたはいつまでも若く美しい。まるで天上界から降りてきた女神そのものだ!!」


 今そんなこと言ってる場合じゃねえだろうがよ!!


 思うに、このバーデン侯爵。かなり面倒くさい男ではないだろうか。きっと公爵夫人も断るのに当時苦労しただろうな。

 公爵夫人もその態度に怒りを見せ、「何のつもりでこのような騒ぎを起こしたのですか。お答えなさい!!」と怒鳴る。


 そんな彼女に、バーデン侯爵は悲しげな表情を浮かべて目を閉じた。


「エカチェリーナ様。私は貴女を愛しています。けれど、貴女は私を選ばず、私の世界はその瞬間灰色になり崩れ去った」

「…………」

「奪い返したくとも、貴女は公爵家当主といつまでも仲睦まじく……、ええ、存じております。貴女にとっての私など、最早その辺に転がっている石ころも同然なのだ」

「そのようなことは……」


 言い淀む公爵夫人。

 いや、今そんな気遣いしなくとも良いと思うんですけど。ていうかたとえ今まで石ころと思ってなかったとしても、この瞬間確実に石ころ以下になりつつあるだろ。


 そんなツッコミを心の中でしていたが、彼が次に浮かべた実に気持ちの悪い笑みを見て、一気に血の気が引く。


「それで、思ったのです。どうせ私を選んでくださらないのなら、それならば────。どんな形であろうが、とにかく、貴女の心に強く私を残そうと」


 ────その台詞にゾッとすると共に、ドクン、と心臓が急に跳ね上がった。


 なにか、嫌な予感がする。


 それに、こいつらはまだ何も目的を話していない。何なら荒くれ者達が急に入ってきて脅してきたぐらいだ。実際に傷をつけられた人達などは、まだ居ない。

 ……なんだかおかしくないだろうか?


(まだ何か、忘れていることがある。思い出せ、思い出せ!!)


 混沌としてきたパーティーの中、私は必死に頭を働かせた。

 ユーリの誕生日パーティーのエピソードは、何もこんな騒動が起きるだけではなかったはず。なにか、何か足りてない。


 彼の過去を決定づける、“何か”が。


 そう、考えた時。

 ふと視界にギラリと光るものを見つける。


「…………?」


 何だ、アレ。

 目を凝らして見ると、ユーリの隣に居るメイドのエプロンから何か出ているらしい。何かあるみたいだけど、ここからじゃよく見えない。

 でもなんだかひどい違和感を覚え、ついそのメイドの顔を見上げると。


「…………ッ!!」


 彼女は、見ていた。

 この騒動の要因である賊の彼らではなく、ユーリを。


 それだけならまだ良い。この状況下で、主君から目を離さないようにするのは従者の重要な役目だ。

 ただ、その目が。


(異様だ)


 思わず息を呑む。

 どう考えても只事ではないと勘付いたと同時に、────は、と、私はあることを思い出してしまった。



 そうだ。確かユーリはここでお腹の辺りを刺されて、消えない痕が残るんだった。

 しかも犯行は────前からよく自分の面倒を見てくれていたメイドによるもの!!



 つまりこれは単なる賊の襲撃事件じゃなくて、公爵家の一人息子を殺すための計画だったのだ。

 つまり、あの賊達も、バーデン侯爵の登場も。

 迂闊に行動させないように、そして周りの視線を私達に向けさせないようにする陽動に違いない。


 本命は恐らくこのメイド。彼女は確か家族を人質に取られたか何かでバーデン侯爵によって遣わされたメイドで、公爵家の一人息子であるユーリの命を奪う為に配置された存在。自らの存在を怪しまれないよう、ユーリの世話を率先して甲斐甲斐しく焼いていたことにより、幼い彼もこのメイドのことは信頼していたという。

 ……だから成長した彼は、ゲームの中で『誰も信用できない』と語るほど、心に傷を負っていたのだ。


 さっきのバーデン侯爵の「どんな形でもあなたの心に強く残す」というのは、こういう意味合いだったのか。


(やり方が最悪すぎる……)


 うええ、と吐き気を催してきた。


 公爵夫人本人に何かをするわけではなく、彼女の大切なものに手をかける。しかもその殺される本人の誕生日パーティーでだ。

 本当は一年で一番めでたく、幸せな日になるはずだったのに。実に嫌なやり方である。親にとって、こんなにも悲しいことはない。

 

 まぁ結局、ゲームのユーリはここでは死ななかったのだが、生死の境を彷徨ったことは確からしい。


 と、なると。

 この場で一番危ないのは、……彼だ。


(……で、でも、ヒロインとのストーリーを進めるには)


 この悲しいエピソードが無くてはならない。この話はユーリという人物の傷そのもの。彼のルートを進める上で、とても重要なものだった。

 じゃあ、それなら、私は。


 この子供がナイフで刺されると分かっていながら、わざと、見逃すべき、なのか。

 主人公と彼の、未来を考えるならば。


(…………でも、それは…………)


 人として、どうなの。

 そんな思いが、自身の心の中に生まれる。


 ゲーム内の「わたし」はきっと、この事には気付けなかったんだろう。まだ子供の年齢だし、ユーリの陰に隠れて怯えるしか出来なかったに違いない。

 今こうして私がメイドの不審な動きに気付けているのは、前世の知識としてそれを知っているからだ。


 そう。私だけ。

 私だけが、今、この状況の真意に気付いてる。


 それを敢えてスルーして、そしたらユーリは信頼していたメイドに酷い怪我を負わされて、腹には消えない傷痕が残って。

 主人公に出会うまで、ずっとこの事を心の隅で傷付きながら背負っていく。

 でもしょうがないんだ。だって、そうしないとエピソードが一つ無くなっちゃうから。彼の将来のためには、必要な、イベント、だから。


 ……思わず、無意識でユーリの服を掴んでしまう。

 はっと気付いた時には、ユーリはこちらに視線を向け、小さな声でこう言った。


「大丈夫、ですよ、ウィラ」

「……ゆ、ーり、様」

「何があっても、僕が、あなたをまもります」


 いつもと同じような微笑み。

 でもその声と、掴んだ身体に、震えがあるのが伝わって。



(────ふざけるな)


 ふざけるな、ふざけんな、何が! 何が「彼のため」だ、何が重要なイベントだ!!

 お前、こんな子供に守られて恥ずかしくないのか。まだ幼いのに、必死に恐怖を抑え込んで、私を安心させようとしてくれるこの子が!! ナイフで刺されるような痛みに身も心も苦しむのを、黙って見逃すのが最善だとでも言うのか?!


 そんなの、許せるわけないだろうが!!


「────ッ!!」


 咄嗟に先程光の見えたメイドの手元を見る。

 やはり、その切っ先は既に彼の身体を襲おうとしていた。


(こんなの、絶対ダメだ)


 私しか知らない事実。私にしかできないこと。

 そんなものがあるのだとしたら。


 私は、それをどうしても投げ出したりなんか出来ない。


 考えた時間は、ほぼ一瞬だった。


「ユーリ様ッ!!」


 声の限り叫んで、彼の身体を抱き込む勢いで突き飛ばす。

 ほぼ彼の身体に飛び込んだようなものなので、このまま行けば二人して床に激突するだろう。


 …………そうなる前に、ズブリと。自分の背中辺りに、何かが突き刺さるような衝撃が走った。


(────あ、 )


 衝撃を感じた所が、熱い。

 痛いのもあるけど、まず熱さを感じる。



 目の前には碧の瞳を大きく見開き私を見つめるユーリが居て。

 どうやら私は思った通りに動けたらしい、と、早くも達成感を感じた所で、私の意識は急に暗転した。


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