ドレス作りと何かの予感
────そして冒頭に戻る。
ベルンハルドさんの連れてきたお針子さん達によってあれやあれやと採寸され、解放される頃にはぐったりしていた。
ベルンハルドさんは紙に色々とメモをしながら、ふんふんと興味深そうに見つめている。
「アナタ、まだ11歳とはいえ……身体が細くて小さいのねぇ。そりゃあ、女性は細い方が美しいとされるけれど。健康のためにも、もっとお食事を取らなくてはダメよ?」
「ええ? そうで、しょうか……?」
「そう! きついコルセットなんかで腰を異様に細く見せるなんて、そんなのナンセンス!! もっと女性は自由に、自身を解放して! そうやって社会に飛び立つべきなの~~ッ!!」
さすがオネエのテンション。デザイナーということもあり、自らの独創世界に入るレベルのそれだ。それでこそオネエだよ。安心するわなんか逆に。
(……それにしても……)
ぐったりする頭の中で考えた。
一応、この時代に生まれた人である設定の筈なのに。やたらと考えが現代的だな。
そもそもこの世界の今が「地球上で言う何時代なの?」と疑問にはあまり上手く答えられない。
公式はここを完全なるファンタジー世界と称していたし、国の名前なんかも見て貰えればすぐ分かるだろう。モチーフにしているのは中世だの近世だののヨーロッパらしいが。
その上で、乙女ゲームという基盤に添い、「プレイヤーがその時代に入り込みやすくなるように」として色々都合よく作られたものだと思われる。
でも魔法は無いんだよね。そこは何でかゲーム要素には入ってないんだ。不思議。
それを踏まえた上でも、この人のキャラクター性は、さぞかし今の時代には生きにくかろう。
男なのに女言葉だし、そして今しがた、女性の自由さを語っていた。まさか他の貴族の前でもそういうスタンスなんだろうか。
そんなことを考えながらじっと彼を観察していたからだろうか。顔を上げて「アラ、どうしたの?」と話しかけられる。
「あ、いえ、大したことではないので、お気になさらず……」
「もしかして、アタシの口調とかが気になるのかしら?」
ああやっぱりそこ突くか。
でも、別に変な意味じゃないんだよ。
「ヤダごめんなさいね、公爵夫人が許してくれるものだから、ついこの家に来ると己を素直に出してしまって……」
「いやあのっ、嫌な気持ちで見てたとかじゃないんです!」
「え? そうなの?」
慌てて叫ぶと、ベルンハルドさんの目が丸くなる。
「えっと……、確かに最初はびっくりしましたけど。でも、私はむしろ好きです、そういうの」
「……本当?」
「勿論! どんな人柄や話し方を持っていたって、それは個人の自由意志だと思いますし! 逆に、なんだか親しみを覚えてしまいました」
オネエキャラはとにかく最高だって昔から決まってるからな。
そんな心を当たり障りな~く伝えた私に、ベルンハルドさんはくすっと笑みを零して「ありがとう、ウィラちゃん」と言ってくれた。
「アタシもね、自分のこの口調や考えが、世間一般ではあまり宜しくない印象を受けるっていうのは分かってるの。まぁ、かなり良く言えば個性的。悪く言えば、「この時代の男性としては変」ってところかしら。だから、普段他の貴族の方々と接する時は、こんな風じゃないんだけどね」
「…………」
「けど、以前から懇意にしてくれてたアルトナー公爵夫人は、アタシの本当の顔をどこか察したみたいで。試しに素で話してみたら、予想以上に喜ばれちゃったのよ。大人しくしてる時より遥かに面白いじゃない! って」
うん、それは私もメッチャ思うよ。
さすが社交界の華と呼ばれる公爵夫人だ。器もでかいし許容範囲も広い。
「それからは、注文を受けたり個人的なお茶会に呼ばれる度にこの口調で行ってるの。もう本当に、話す時なんて女友達みたいなノリで……笑っちゃうわ。……まさか“アタシ”のことを受け入れてくれる人が、お貴族様の中に居るなんて思ってもみなかったから……、あの方には、とっても感謝しているの」
そう話すベルンハルドさんの表情はとても優しい。
つられて私もしみじみとしてしまう。……やっぱ、このキャラは中々ね。現代ならまだしも、この設定の世界では難しい所があるよね。
「……それは、とってもよいことですね」
「うふふ、アナタも公爵夫人と同じヨ?」
「え?」
「この“アタシ”を肯定してくれたでしょ? 親しみを覚えてむしろ好きだ、って」
「だからアタシ、アナタのことも大好きになっちゃった!」とまたチャーミングなウィンクをかましてくれるオネエ、もといベルンハルドさん。
(な、なんてお茶目でステキなオネエなんだ……!!)
もうアンタが優勝。今年のスペシャルチャーミング&キュートで賞受賞だよ。出会えてよかった、このオネエ。
「だ~か~ら、このベルリーナブランドの名にかけて!! アナタにトレンド最先端、最高のドレスを作ってみせましょう!!」
「わ~~っ! ありがとうございま…………」
────って。
「ちっっがぁぁぁぁう!!!!」
「きゃっ?!」
「キャ~~~~ッ?!?!」
思わず仰け反って叫んでしまった(要らん話だけど私の叫び声と同じくらいの大きさで叫んだベルンハルドさんの声量面白いな)
なんか急に採寸されて、呆然としてる所にまた急なイイ話されてたから忘れてたけども!!
「待ってください!! わ、私、ドレスのお金なんて持ってないです!!」
必死に叫ぶと、お針子さんもベルンハルドさんも目を丸くしてポカンとしている。
全く、このベルリーナブランドがどれだけの値段か分かっとらんのか!!!!
先述した通り、このブランドは貴族達の中でもかな~りの希少価値を持っている。そんな超重要度の高いものを齢11の私が勝手に買ってみろ、後々家に高額の請求書が届いて「これはどういうことなんだ」って叱られるよ!!
勢い良く叫んだ影響でぜえはあと荒ぶる息を整えている私を見て、ベルンハルドさんが頬に手を当てながら「アラ、変ね?」と不思議そうに呟いた。
「今回のご注文はアルトナー公爵家からのものだし、代金も公爵家にお支払いいただくと聞いているのだけれど……」
「はっ?」
公爵夫人から詳しく聞いてない? と首を傾げる彼に、今度は私の口が開く番だった。
と同時に、
「ウィラちゃん? どうしたの今の大声は~?」
「ウィラ、大丈夫ですか……?」
不思議そうにドアから顔を出すアルトナー公爵夫人と、そしてユーリ。
……一体どういうことになってるのか、採寸なんかする前に、詳しく聞いとけばよかった。
*
「じゃっ! 仮縫いが終わったらまたご連絡いたしますわ!」
そう言ってルンルンで帰っていくベルンハルドさんの声に、これまたこちらもご機嫌に手を振る公爵夫人。
「楽しみだわぁ~! デザイン案も可愛らしく、素晴らしいものになったし……これで念願の夢が叶う……!」
公爵夫人、そのガッツポーズは淑女としてアリなんですか。私も心の中ではよくやるけど、それ表に出して大丈夫なんすかね。
「お疲れ様です、ウィラ。今日は色々と母がすみません……」
「……いえ……」
いや、ほんと。
今日は疲れました。
(……そういえば、最初になんか言ってたな……、ユーリの誕生日パーティーがどうのって)
そう、すっかり忘れていたが、確かに言っていた。単語が断片的すぎて理解しきれてなかったけど。
あの後詳しく公爵夫人から聞かせてもらった話によると。
再来月は一人息子であるユーリの誕生日があり、そのパーティーが開かれる。
そのパーティーで着る私のドレスをプレゼントしたい。だって折角出来たかわいいかわいい婚約者なんだもの。
そしてそのデザインも折角だから息子とお揃いのような感じにしたい。だって、子供を産んだ時から夢だったから! いつかこの子に出来る婚約者と、お揃いでかわいい装いをさせることが!!
……だそうです。
「私なんかがユーリ様とお揃いなんて……、恐れ多いです」
心からの本心を死んだように呟く。
だがもう決まってしまったものは遅い。採寸が終わったと知るや否や、今度は公爵夫人やユーリも交えたドレスのデザイン選びが始まった。
めちゃくちゃ丁重にお断りしたが、押しの強い公爵夫人やノリノリのオネエデザイナーに勝てるわけもなく。お金もこちらで払う、だからお願いと夫人に懇願されてしまえば、身体も心もちっこい私が断るという選択肢はどこか彼方へと消え去って行きましたとさ。
いや、確かに可愛かったけどさ、デザイン案。
さすがベルリーナブランド、夢広がリング過ぎて星一周するレベルの素晴らしさだったけど。
それを! 着るのは! 普通! ヒロインなんだよ!!
黒髪黒目の地味女子が着てどーすんだっつーの!!
「そうですか? 僕は楽しみですけどね。ウィラと“お揃い”の格好をするの」
「楽しみにしてもらえるようなものじゃないですよ……。私には過ぎたるものですし……」
何よりこのド美形の金髪碧眼少年とおそろっちである。当日、私がパーティー内で浮くに浮くことは明白だ。
だがユーリはそんなことも露知らず、くすくすと笑って私を見る。
「そんなこと言わないでください。それに、ベルンハルド氏も母と楽しそうにこう話してましたし」
「……なんて?」
「『あの子は磨けば光るワヨ』って」
「……ユーリ様、もしかしてそれ、真似してます?」
何やかんやで多分この子もベルンハルドさんのキャラ面白がってるな。
「あはは。だから心配しないでください。きっとあのドレスはあなたにとても似合います」
……うん、まぁ、君はそう言ってくれるだろうけれども。
世の中には適材適所というものがあるのだよ少年……。
(……、…………ん?)
ふと、頭の隅で思い返す。
「誕生日パーティーって……」
なんか、あったような。
ゲームのルート的に重要なものが、確か、何かあったような気がするんだけれども。
…………何だったっけ?




