トカレフ
「タグチは言い伝えの『赤子を喰った鬼』のなれの果てかな?」
聖はちょっとワクワクしてきた。
「違うと思う。たちの悪いモノでは無い気がする。葬式に来たのは人間の御馳走を食べたかっただけ」
「『物の怪』が弔問客らしい姿に化けたんだな。で、靴だけは本物だった」
「靴脱いで座敷に上がるんでしょ。『あやかし』でなく物体でないとね」
<物の怪>が弔問客に化け、ボロボロの自転車に乗り、弔いの宴を巡っていた。
「ぷっつり姿を消したのは、靴を失ったからでしょうね」
「それが半世紀経って、パーティに出没した。なんでだろ?」
マユは顎に指をあて、工房の中をゆっくり歩く。
推理が始まったのか?
すぐに側に座り、まっすぐに聖を見て問う。
「もし、薫さんが靴を間違えなかったとしたら、どうなっていた?」
「克己の計画通り、吉村さんが(GPS付きの靴を履き)実行犯2人に襲われていたよ」
「殺されていたかもね」
「そう。薫の間違いが、殺人計画を狂わせた。たまたまね」
「たまたま……にしては出来すぎだと思わない?」
「慌てていたから、間違えただけだよ」
悠斗が酒屋で待っていたので、一番にケアハウスを出たのだ。
「お酒も入っていたのね。だとしても薫さんなのよ。有り得ないミスかも」
普通にありそうな間違いだ。
でも……薫は普通の奴か?
「全く気付いてなかったっけ。鈴森さんに指摘されて驚いていた」
ちょっと妙だと思い始める。
薫は、かつて、
靴底に付着した布きれを見逃さなかった。
桜の花びら位の小さな布きれを。
(結果、山本マユの遺体発見に繋げた)
「薫さんは、背中にも目があるかのような……隙が無い人よね」
「それはそう。嗅覚は犬並みだし。……有り得ないのかな。薫が靴をまちがえるなんて」
「ふとね、タグチが操作したのかなって、そんな気がしてきたの」
マユは<物の怪>が薫をコントロールしたと言い出した。
「克己さんを指差していたのよね。悪事を企ていると、伝えていたのかな」
タグチは悪いモノではなく善良な<物の怪>なのか。
しかし、なぜ薫に幸森の靴を?
「それだったら薫にGPS付きの靴を履かせるべきだよ。そっちのが、完璧に阻止できる」
<物の怪>ごときに、克己の計画が理解出来たと思えないが。
「靴の細工など分からないでしょ。『殺気を纏った男』の奇妙な行動を見ただけ。セイと薫さんが行ってしまうから、とっさにね、強いパワーの宿った靴だけでも、あの場に残したかった」
持ち物には、持ち主のパワーが感染してる、らしい。
とりわけ<靴>は分身に近いとマユは解説。
「靴を井戸に沈めて、持ち主を殺す呪術だってあるのよ」
「そうなんだ。……俺たちが去るのが<物の怪>としてはマズかったと?」
「そりゃそうでしょ。セイに何とかして欲しくて(指差して)知らせた。けど気付いてくれない。早々に帰ってしまうんだもの」
「え、ええーつ。なんで俺なの。あんな気味悪い不細工な奴、俺知らないんだけど」
突然タグチと紐付けられて声が大きくなる。
「セイ。大きな声出しちゃ駄目でしょ」
なんでだか……叱られた。
シロはいない(今夜は山田動物霊園泊)
少々の大声を咎められる理由が無い。
「セイ、思い出して欲しいの。写真のタグチの姿を見て一番初めにね、何だと思った?」
「ぱっと見た時、不格好で汚らしくて長く見てられなくて……服装からタグチだろうと」
「服装がタグチの徴ね。黒いスーツを確認する一瞬前には、どう感じたの?」
「……『人間もどき』だと」
「それって何かが人間に化けてるって意味よね」
「うん。『物の怪』と聞いて納得したんだよ。『物の怪』が人間に化けてたんだろ」
「では物の怪は、元々何だったと?」
「アレは……元は動物だろうね。人間になりたかった動物霊かな」
「動物霊だと感じたのね。で、動物霊は自力で人間に化けたと思う?」
「自力は無いだろ。存在自体が奇跡の領域じゃん。創造主は神か本物の魔法使いか……スーパー霊能力者、でしょ」
スーパー霊能力者……。
口に出せば剥製棚が揺れ始めた。
そこだけ震度3程度のグラグラ。
剥製たちはカタコト左右に揺れ続ける。
楽しげにカタコト。
顔も楽しげ。
ケラケラ笑ってるかのよう。
聖はマユの推理が分かってきた。
それは剥製たちが教えてくれたのかもしれない。
「祖父ちゃんか。そういうコトだったんだ」
タグチの出現時期は、祖父が山に来て間もない頃だ。
「並外れて精気が強いケモノだな。死んで尚且つ強い精気が残ってるのが、いたんだろうな」
ソレはスーパー霊能者の手で剥製にされ、パワーアップしたのか。
ソレは人になりたいと願った。
ソレは人の食べ物を欲していた。
「おそらく、そうだと思うわ。セイはパーティにお祖父さんの靴を履いていった。創造主の気配にタグチは復活した。セイをお祖父さんだと勘違いしたのかもしれない。セイに憑いてパーティに行ったのよ」
タグチは吉村克己を指差して異様なほど口角を上げて笑っていた。
(ご主人様、あれは人を殺しますよ)
もしかしたら自分に、こう伝えたかったのか。
祖父も自分と同じ力があったと、聖は確信している。
<人殺しの徴>を見るのが嫌で
村の集まりに出るのは避けていたと想像出来る。
でも移り住んだ土地の情報は必要不可欠。
タグチは、偵察の役割を担っていたかもしれない。
「工房のどこかにタグチの本体がありそうね」
マユは視線を上に。
2階にあると知っているのか?
それでさっき(大きな声をださないで)と?
いや、剥製棚には居ないと、それだけは分かるのだろう。
聖にも、そのことだけは分かっている。
「クローゼットに古い木箱が幾つかある。多分、そのどれかに入ってそう。祖父ちゃんの靴、コートと同じクローゼットだ。祖父ちゃんの気配に包まれて何十年も眠っていたのかな」
聖は木箱を開けてみる気は無い。
推理通りとしたら、祖父の力は計り知れない。
かなり怖い。
それらしい壊れた剥製(カタチが歪んでいたのでそう思う)があったらどうする?
触るのは恐ろしい。
「正体を暴くのは、お勧めしないわね。セイと私だけのタグチの物語でいいじゃない」
「うん。今後は軽々しく祖父ちゃんの靴は履かないよ。コートも着ない。形見として大切に保管することにする」
またタグチが憑いてくると思うと、とても身に着けられない。
「あら、もったいない。箪笥の肥やしにしちゃうの? どんどん着たらいいのに。用心棒付きなのよ。タグチはきっとセイを守ってくれるわ」
「用心棒、なのか」
「そうよ……多分、だけど」
マユは答えを曖昧にして微笑む。
タグチは薫を惑わす力があるんだ。
やっぱ無理。
とても自分の手に負えない、と思う。
尤もタグチに憑かれていても気付いていなかったんだが。
……あれ?
マユの推理通りとして
タグチはパーティから俺に憑いて、ここに戻ったのか?
そうではないかもしれない。
タグチは克己に憑いていったかも。
克己にちらちら姿を見せていたとしたら?
あの男は、気のせい、目の錯覚と、思いたかっただろう。
内心怯えながらも。
ところが、はっきり写った画像を見せられた。
タグチの話も聞かされた。
恐怖で瞬間発狂し、森へ駆け込むという異常行動に出たのではないのか。
「有り得るかもね」
と、マユ。
タグチ、恐るべし。
「じゃあ、さあ、克己の遺体が化け物みたい(怖い顔・強烈な悪臭)だったのも、タグチが呪いをかけたから?」
「それはどうかしら。池の水を大量に飲み込んだせいかもしれない。大勢の溺死者が長い年月の果てに溶解した池でしょ。肉と骨、髪の毛に爪。血液と汚物を煮詰めたスープみたいなモノでしょ。口にしたら化け物になりそうじゃない」
「……そだね」
聖は初めて吉村克己に同情した。
やがて大晦日。
夕暮れ時に、聖は山田霊園事務所に歩いて行った。
吉村が謝礼にと<冷凍おせちセット>を送ってきていた。
朝から常温解凍。
大量なので大型キャリーバックで運ぶことにした。
年越し宴会に気分は上がっている。
(サバゲー中止が可哀そうだと、鈴子が企画)
山は雪が5センチほど積もっている。
気温は高めで風もなく穏やか。
白衣の上に黒のダウンコートを羽織れば温かい。
シロとトラは山の中を走り回っている。
一緒に<白いスーツで金髪の男>も走っている。
楽しげに。
鈴子の守護霊のJだ。(昭和のスターJに似ている)
相変わらず鈴子の守護は暇なのか。
タグチも自分を守るために憑いてきていたのかと、ふと思う。
Jのように容姿端麗でないから姿を見て嫌悪感を抱いてしまった。
それは過ちだったと恥ずかしいに思いに、しばし捕らわれた。
霊園事務所前には
鈴森の軽トラックと、悠斗の軽ワゴン。
そして鈴子の黒のベンツ。
運転席には(運転手の)沢田が居た。
寿司をつまみ映画鑑賞中。
お互い軽い会釈を交わす。
事務所には皆先に居た。
薫も鈴森も悠斗も赤い顔してる。
薫が、横に座れと手招きする。
男4人は応接セットに。
鈴子は(初めて見る)ひじ掛けのついた立派な椅子に座っていた。
カシミアのパンツスーツ。色はオールドローズ。
くすんだ赤にシルバーの髪と、大ぶりのプラチナのイアリングと同じく太いプラチナのチェーンネックレス。
そこまでは、しゅっと、している。
胸元のバカでかいトパーズのブローチが、余計。
一点で大阪の派手なおばちゃん風。
わざと、そうしているかのよう。
「吉村さんからです。皆さんで食べてくださいって」
聖はキャリーバッグを開ける。
が、テーブルの上は置くスペースがない。
○○アスターの高級おせちが積まれていた。
「そっちは京都の老舗おせちか。これは御馳走やで」
薫は嬉しそう
「にいちゃん、こっちはな、幸森さんからの頂き物や。サバゲーする予定やった4人の勇者に食べてください、やて」
と、鈴子。
「幸森さんが、なんで?」
吉村からの<お礼>は心当たりがある。
(呼び出され心霊写真を鑑定した)
けど何で幸森の爺さんが?
「幸森さんな、3日前に、うちの会社に来はった。ほんで釣書渡された」
「つりしょ?」
聖は聞いた言葉が、すぐには理解できない。
「娘さんの釣書や。シングルマザーやて。あんたら4人に見せて欲しいと」
「へっ?」
超、びっくり。
なんだけど、聖は反射的に鈴森の顔を見ていた。
幸森が鈴森を初見で気に入っていた様子を思い出したから。
4人、は間違いじゃ無いのか。
鈴森へのアプローチでしょ。
「にいちゃん、大げさに考えなくていい。娘を紹介したいだけやと思っといて」
幸森さくら
36歳。
学歴:幼稚園から大阪市内のT学園。
高校2年時に退学。
21歳で男子誕生。
現在:幸福会記念病院で看護助手
「元ヤンと噂に聞いてるで」
と薫。
「高校で、やらかして退学。そっから家出。東京でガールズバー勤務。黒服と同棲して妊娠した。どうしても産みたいから男と別れて実家に帰ってきた。15年前にな」
妙に詳しい。
「幸森さんから、それも聞いた。どっかに入れ墨入ってるとも、言うてた」
鈴子が補足。
「しやけど、なんで、俺ら4人、なんでっか?」
薫が、最もな疑問を投げかける。
「そこが、話の肝や。幸森さんは、こう言いはった『ええ年して、大晦日に森でサバゲーしたいという無邪気な婿が、欲しい』とな」
「吉村の娘婿がハズレやったんで、極端な思考に陥ってるんでっせ。話は聞いた。留意しましょ。サア、遠慮なく頂きましょうや」
薫は中華おせちに箸つけた。
「そういうコトやろな。こんな娘さんがいたはると、知ってくれたら、そんで充分」
鈴子は薫にビールを注ぐ。
「本人の感情を無視して父親が結婚相手を決めるのは、あきませんやろ」
鈴森がまっとうな意見を言った。
「娘は『おとうちゃんに任せる』と言うてるんやて。ホンマか嘘か分からんけど。ほら、一応、お顔も見といて」
鈴子は見合い写真のような、和紙の表紙の大きな写真を見せる。
小柄で丸顔の女が椅子に座っている。
濃い紫に白木蓮の刺繍の訪問着。銀色の帯。
後ろに、いかつい顔した(幸森にそっくりな)学生服の男子。
椿が咲く庭を背景に並んで立っている。
着物の豪華さと
石灯籠の在る広い庭が、幸森家の財力を知らしめている。
4人の男は一斉に見た。
どんな娘なのか興味本位で。
「悪くはないな。息子はやんちゃやな」
と薫。
鈴森は
「ですね」
と。
聖は、幸森さくらは従妹の加奈に、顔立ちが似ていると思う。
背後で(かわいい)と悠斗のつぶやき。
「悠斗、もしや心惹かれたんか?」
薫は不思議そうに聞く。
悠斗は犬しか興味が無いと思っていたのだろう。
「かわいいですよ。日本犬の赤ちゃんみたいじゃないですか。まだ目が開いてない、ちっこいのに、似てますよ」
悠斗は目を細めて言う。
聖は、それは言い得ていると内心同意。
しかし他3人、あきれ顔。
「桜木さん、それ絶対言うたらアカンで。女の人に面と向かって言うたらアカン」
鈴子はそそくさと写真を片付け、時計を見た。
運転手の沢田を待たせている。
長居をする予定では無いのだ。
「ほんなら良いお年を」
腰を上げ帰り支度。
男たちもそれぞれ、鈴子にお礼と挨拶。
「あ、忘れるとこやった」
鈴子はサブバッグから新聞紙で包んだ何かを取りだした。
「サバゲーの話したらな、知り合いのアパートの大家がくれたんや。弾が出るオモチャかどうか、分からんけどって。『孤独死』の部屋から出てきたんやて。結構重たいで」
鈴子はソレを
テーブルの上、重箱が並ぶ隙間に、突き刺すように置いた。
新聞紙は色褪せていた。
昭和の日付が見えている。
鈴子が出て行くと、間髪入れずに
「触ったらアカン」
薫が皆を制するような仕草で立ち上がる。
手には白い手袋を装着。
いつどこから出したのか。
手品のよう。
包みを開ければ、中は黒いピストル。
薫が殺気立っているのは、もしかして……。
「これは、トカレフですか。本物ですね」
と、悠斗。
「うん、そうやで。弾は入ってない」
「弾が入っていても、長年手入れしてない感じですよ。使えませんね」
やけに詳しい。
「しやな。旧ソビエト軍から流れたのかもしれん。骨董品やで。銃刀法の外やな」
薫は手袋を外して素手で触り始める。
「本物ですか。僕は初めて見ました」
鈴森は手を伸ばし、トカレフに触る。
そして……聖に目配せ。
聖は反射的に手を伸ばしていた。
「セイ、重いで」
薫はトカレフをセイに握らせる。
……なんて冷たい。氷を握ったようだ。
本物の銃は、こんなにも冷たいのか。
戦いごっこのモデルガンとは別物なんだと驚く。
薫の感の良さにも驚く。
新聞紙に包まれていたのに、本物かもしれないと、察知したのだ。
やっぱり普通の奴では無い。
「骨董品状態でも、ほんでも、報告した方が、ええんちゃいますか」
鈴森は
薫に向けた言葉を聖を見て言った。
なんで?
鈴森の意図を推測。
薫の心が読めちゃったの?
もしや、
トカレフ我が物にする気か。
鈴森は、それはマズいと。
説得に賛同して欲しいのか?
なぜマズいかって……この銃の過去が見えたんだろうか。
刺すような冷感は、これは、人殺しに使われた銃だから?
「薫、手柄になると、俺は思うけど」
言ってみた。
薫は(えっ?)と、
怖いくらい見開いた目で聖を見た。
「手柄か。ほんまか。未解決事件に使用されたトカレフやったりしてな……」
嬉々とした顔で、聖から銃を没収。
元のように古新聞に包んだ。
「あっちに置いときましょう」
悠斗がソレをカウンターに持って言った。
「熊さん、グラスが空いてるやんか」
薫は鈴森にビールを注ぐ。
「カオルさん。明日、署に持って行きはるん?」
鈴森は聞く。
「急がんでもいいねん。タイムラグや。モデルガンと聞いて受け取ったんやで。
すぐにはな、本物と気付かんかったんや。(そういうことにしよう)」
せっかく手にしたトカレフ。
すぐに手放したくないのだ。
ちょっとの間手元に置いて、自分のモノみたいに好きに触りたいのか。
「さあ、食べよう。セイが貰ったのも食べたい。悠斗、レンチンして欲しい」
幸せそうな顔で、あれもこれも食べている。
聖は、
薫が靴を間違えたのは、タグチに操作されたからではないと、分かった。
そもそも間違えたのでも無い、と。
老人用のストレッチシューズを、ちょっと履いてみたかったのだ。
高級な靴の存在を知っていたに違いない。
あとで謝れば笑い話で済むと計算の上で、どさくさに紛れて足を入れたのだ。
あの靴履いて、嬉しそうに全力疾走してたっけ。
あれだって、今考えれば奇行すぎる。
(自分の靴が分からない奴)で有り続けていたのも芝居だ。
(こっちは、俺の靴では無く、ヨシムラさんの靴ですやろか?)
マヌケな顔して言ってたっけ。
鈴森襲撃事件で、笑い話で済まなくなり内心焦っていたにちがいない。
……まあ普通の奴じゃ無いよな。
ぶはっと、腹が大きく揺れて笑ってしまう。
ぶはっと、同じように鈴森が笑う。
聖は
薫の真実は、マユには言わないでおこう、と思った。
イメージが下落しそう。
それは少々可哀想な気がするから。
最後まで読んで頂きありがとうございました




