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GPS

吉村克己は池に沈んでいた。


壁が一カ所崩れた箇所(50センチの高さ)に靴跡があった。


救助隊が引き上げた時点で心肺停止状態。

壁の一部を取り壊し、邪魔な木を伐採したりで

救急車に乗せるまで時間が掛かった。


池は古井戸跡から地下水が溢れ出て発生したようで水底は凹型。

一見浅く見えるが、池の深さは浅いところでも2メートル。中央の水深は10メートルを超えていた。

地下水の圧が下がると、水中に渦が生じる。

池に落ちたモノは一番深いところに運ばれる。

池の底は大量の落ち葉が蓄積。ドロドロの底なし沼状態。

浅いところでも自力で岸へは上がれない。


吉村克己が池に足を踏み入れた時、水面には氷が張っていた。

池と認識せず、突然足下の氷が割れ、頭まで落ちた。

パニックでもがき溺れ死んだのだ。

ウールのハーフコートがたっぷり水を含み、あっという間に身体は沈む。

現場の痕跡(1人で壁を越えた)、森まで同行した老人2人の証言もあり、事故死と処理された。


池にタグチの骨があっかた否かは定かで無い。

溺れた男は簡単に見つかった。池を浚う必要も理由もなかった。


「池の周りを石の壁で囲んでいた……壁は薄くて高さは160センチ位ね?」

 マユは森の様子を細かく聞く。


「苔がぎっしり付いていた。何十年も、いや百年以上前に作られた感じ」

「洪水の後に池が出来た、っていうのは事実っぽいわね。何人も溺れ死んだ。危険な池と分かり立ち入らないよう壁で囲んだのかしら」

「その上に木で囲んだのはどうしてだろう?」


「いつしか壁がある理由が忘れられたとか。壁の中を好奇心で見たくなるでしょ。子供は特に。そしてまた犠牲者が出た。いっそ人の目に触れぬよう簡単に近づけないよう木を植えた……」


「『鬼の骨を取り込んだ木』を隠したよりも、そっちのが現実的な森の起源だな」

「その『木』はあったの?」

「大きな木はあった。俺は早々に引き上げたからね、骨の有無は確かめてない。子供が行かないように創作した話かも。悪人は森から出れない、っていうのも」


「そっちは本当の事かもしれない。昔、どうしようも無い、鬼のような悪い人を、村で始末したりしたんでしょ。そういうのに池を使った……私刑ね。東尋坊、だったかしら。崖から突き落とした悪いお坊さんの名前なんでしょ」


村の男衆が(鬼の行いをしでかした)男を密かに池に連れて行き

縛ったまま池に放り投げる……あとは勝手に池が始末してくれる。自分達の手を汚した感覚は薄い。


爺さんら(幸森と吉村純一郎)は本当に吉村克己の死と無関係?


吉村克己、もしかして幸森襲撃事件に関わっていたりして?


悪い奴を、昔ながらの風習通り、村の実力者2人で始末したとか?

湧いてきた疑惑をマユに話す。


「セイ、その人に幸森さんを殺す理由があるの?」

「動機か……森を買ってくれと幸森の爺さんに詰め寄って、やんわり断られていたけど」

「それだけじゃ、分からないわね。山田社長にも、やんわり断られたんでしょう? あちこちで、頼んでは断られていたかも」


「だよな。吉村さんを通しての、ただの知り合い、って感じだったし」

「2人に人殺しの徴は無かったのよね。1人で森の奥まで行き、池に落ちただけだと思うわ」

「そうだね。老人2人で、若い男を無理矢理池まで連れて行くのは不可能だからね」

「『やれやれ』『これであっさりカタがついた』……鈴森さんが聞いた心の声も、寒い中森へ探索に行ったりして疲れ切っていていただけ。何事にも感情がでてこない、立っているのが限界だったとか」

 あの時吉村は腕時計を見て(1時間半か)と言った。

 おそらく携帯電話が応答しなくなった時刻からの計算。

 その1時間以上前に、現地に到着したと考えられる。

年寄りには長い時間だ。


「幸森の爺さんを襲った犯人は捕まらない。続いて吉村の娘婿が池で死んだ。タグチか何かの呪いだと、村の年寄りは言いそうだ」


「薫さん、忙しくて大変なんでしょうね」

「年末のサバゲー、さすがに死人が出てすぐは出来ないって、それを一番悔しがっていた」


「森でサバゲー、だったわね。……セイ、死んだ人には悪いけど、こんな事が無くて簡単な下見でサバゲーしていたらセイたち4人の中の誰かが死んでいたかも」


「あ、……それは全然考えてなかったよ」

 下見で壁は見つけたかも知れない。だが池はどうだ?

 離れて見ただけでは、そこに池があると分からない。


 夜中のサバゲー。余計に足下は暗い。

 誰かが落ちる可能性は極めて高い。


「あの男の犠牲で、俺たちは助かったの?……良かったとは言いにくいけど」

「運命よ。それかセイは山の神様に守られているとか」

 マユは<うふ>と笑う。

 謎の笑い。

 その意味は考察してはいけないのだ……きっと。


「幸森さんの事件は、解決まで時間がかかりそうね」

「そうだね。殺人未遂事件なんだけどさ、本人はいたって元気そうだったよ。人の心配する余裕あるんだし。事件のショックは案外浅かったりして」


「それは良かったわ。……ねえ、アニメの映画見たいわ。セイのお勧め何か無い?」

「あるよ。一杯。映像が綺麗なのがいいよね。どれにする? 選んでよ」

 聖は配信映画のリストをマユに見せる。

 事件の事は、一旦忘れよう、と


 その時 山田動物霊園の桜木悠斗から電話が掛かってきた。

 (悠斗は霊園事務所裏のコンテナハウスに住んでいる)


「セイさん、遅くに済みません」

「何かありました?」

「トラが、もうすぐセイさんところに行くみたいなんです」

「行く、みたい?」


「あの、社長がトラの首輪にGPSの端末機を付けたんです。それで試しに放して、動きを追ってたら、そっちへ……あ、前まで来てますよ、」

 悠斗の声を遮るように、寝ていたシロが飛び起きてワンと吠えた。

 入り口のドアめがけて駆けていく。

 外でも、ワンワンとトラが吠えている

 聖はドアを開け、トラを中に入れてやる。


「ユウトさん、トラは入れました。今夜はシロと一緒に寝かせますね」

「済みません。夜中に申し訳ない」


「いいですよ。それにしてもGPSとはね」

「社長が、靴に取り付けられる小さい端末機買ったんです」

「靴に?……靴にGPSの端末機、って今言いました?」

 

 聖は大きな謎の答えが天から降って来た、と直感。

 マユの顔が間近にある。目は全開。瞳が煌めいている。


「端末機が内蔵できる靴があるそうですよ。老人用の靴です。認知症の。トラに付けとけば居場所が分かるって」


霊園墓地の営業時間が終了し、客が去った後、トラは柵から出してもらう。(時々シロも一緒)自由の身となり、森を駆け回る。河原を探索する。

悠斗はその間、ずっと心配していたのだろう。

気まぐれで県道まで行きはしないか?

森で猪とケンカしてないか?

何度も外に出て、トラと大声で呼び、答える愛犬の吠え声で現在地を確認していたのだ。


悠斗が安心出来るようにと鈴子はGPSを思いついたのだろう。


「セイ、幸森さんが奪われた靴、GPSの端末機が付いていたかも……誰かが靴を間違えたのではない。その靴を履かせるのが目的だったとしたら?」


 自分の靴が無い、そして(誰かの)靴が残っている。

 間違えたと思うだろう。他に靴が無ければ、それを履くしかない。

 誰の靴か、あとですぐに分かる状況なら尚更、訝らない。


「靴は犯行の道具。それで回収したのか?」

「実行犯はただGPSで追う。予めターゲートの顔を知る必要は無い。暗闇でも確実にターゲットを襲える。事件と辻褄が合うわ」

 

「幸森の爺さんがケアハウスを出たのも、タクシーを降りたのも、喫煙所に立ち止まったのも分かった。素早く近づき襲撃。尚且つ証拠品の靴を回収……これ、充分可能じゃない?」

「……ターゲットは幸森さんじゃ無いわ」

「なんで?」

 

「犯人はターゲットの靴と端末機付きの靴を入れ替えた。幸森さんの靴はカオルさんが履いていたのよ」

「あ、そうだった。……カオルは幸森爺さんの靴、吉村さんは薫の靴を……そうか、吉村さんの靴は見つかって無い。……ターゲットは、吉村さんか」

 薫が靴を間違えたのは犯人も想定外。


「吉村さんは家の前まで車で行かない。旧村で路が狭いからね。橋から先は歩いて帰る。それでね、橋のたもとでタバコ1本吸うのが習慣なんだ」

「その橋は県道のどっち側?……スーパーと同じ方向?」

「えーと。うん、そうだよ。スーパーの方が2キロ手前だけど」

「犯人は吉村さんの習慣を知っていた。家に帰るのに県道からは徒歩だと。途中タバコを吸うポイントがあることも。この時に襲えと指示したんじゃないかしら?」


 聖は古い橋の低い欄干を思い出す。


 吉村がタバコに火を付ける。

 ソレを合図に2人の実行犯は吉村に素早く近づき両足を掴みすくい上げる。

 吉村の身体は地面から浮く。

 靴を奪い取り、もがく吉村を河に落とす。

 これが本来の計画ではなかったか?


 県道で車を降り、西に歩く。人気の無い場所でタバコを吸う。

 おおざっぱなところで幸森と吉村の行動は一致していた。


 帰り道にタバコを吸うのは田舎の爺さんには、ありふれた行動パターン。


 でも実行犯は

 人違いと思わなかった。

 ターゲットの顔も知らされていない。GPSで追うだけ、

 聞いた話と少々違っても、気にしなかった可能性も有る。


 襲撃し靴さえ奪えばいいのだから。


「犯人は吉村さんの習慣を知っていた……ケアハウスのパーティで吉村さんが帰る前に靴を入れ替えた。幸森さんが履いていったのは、知らない」

 知れば実行犯の襲撃を止めるはず。


「該当する人物……犯人は、吉村克己? 実行犯は金で雇ったのか。所謂、闇バイトだよ」

「私たちの推理通りだとしたらね。ただの推理。証拠は無いわ」

「うん。証拠は全く無い。それで不可思議な事件の説明が付くというだけ」

「ええ。そうよ。トラにGPS端末と聞いて閃いただけ。だけどセイ、可能性はあるわ」


「うん。明日にでも薫に話してみるよ」


 翌朝、(シロと朝食中)に、

「手隙の時電話欲しい」

 と薫にラインした。

 すぐに折り返しの電話。

 戦闘ゲームのメインテーマ曲が薫の声に先行する。

 自宅に居た様子。


 聖は(トラにGPS端末付けたと聞いて閃いただけ、なんだけど)と推理を報告。

 薫は数秒沈黙の後、


「GPS、とはな……靴に端末機やな……あ、それでドライバーセットか。はは。リバーシブル野郎で決まりやんか。でかしたセイ」

 これだけ言って電話は切れた。


「ドライバーセット、リバーシブル、って……何だろうな」

 目玉焼きをペロペロ舐めてるシロに聞いていた。

 答えてくれるはずも無い。

 

 意味不明すぎて誰かに聞いて欲しかっただけ。


 いくら考えても分からない。マユに聞いて貰おう、と推理するのを諦めた。

 だが、2時間後に、再び薫からの電話。


「セイ、近辺の駅にあるコインローカー近くの防犯カメラ、一斉に顔検索や」

 と、また意味不明。

 なんでコインロッカー?


「あんな、スーパー店内の防犯カメラに写ってる客の中に、コートとニット帽がリバーシブルらしい男の2人連れがおったんや」

 2人とも裏面が黒のコートと帽子。

 襲撃時に黒、トイレで裏返して何食わぬ顔で店内の客に混じった可能性あり。


「1人はリュックを背負ってる。靴が充分入る。ほんでな、1人がドライバーセットを買ったとレジの記録で判明した」

 値引きの食材を買わなかった唯一の客。

 そしてこの男だけが会員カードを出さなかった。

「会員カード?」

「ポイントが貯まるカードやんか。俺も持ってるで。どこの店舗でも使えるからな。値引きタイムやし、常連客が殆どやったんや」

 カードを持っている客は登録時の個人データーがある。

 襲撃直後の店内に居た客は、その2人組以外はすぐに素性が知れたのだ。


「なんでドライバーセットが至急必要やったか、靴に端末機が仕込まれていたなら説明が付く」

「至急に取り出すためだと?」

「その理由だけでは弱い。靴の中に、すぐにでも手に入れたいモノが仕込んであったと、俺は考えた」


 金で雇われた実行犯ならば、前もって報酬の全額を得ていたとは思えない。

 靴を奪うのが仕事の完了。

 報酬は靴に仕込まれていたのでは無いか。


「もちろん札束は入れへん。コインロッカーの鍵やったら入る。旧式の小さい鍵やったらな。調べたら、ヒールの部分に端末機を仕込める靴がネットで買えるやんか」

 ヒールの底には小さなネジ。

 小さなドライバーが絶対必要。


「端末機はな、靴の内部に取り付けるタイプもあるねん。しやけど、それやと吉村さんに気付かれるからな」

「あ、やっぱ吉村さん狙いだと?」

 薫はいつから、そう思っていたのか。


「幸森の爺さんが『タグチの怨霊に襲われた』と急に言い出したやろ。爺さん警察に黙ってる事があるかもしれん。吉村さんと話して、何らかの細工をした靴と、吉村さんの靴がすり替えられたと、分かったんちゃうかな。ほんで誰が犯人かということも。吉村さんには心当たりがあったんやろ」

「……犯人は吉村克己なんだね」


「身内が犯人やからな。口を噤むことにしたんやで。確信を持ったのは、幸森の爺さんが病院を抜け出してまで、『入れずの森』に付いて来てたからや」

 幸森は(心配やから付いてきた)と言った。


「あの爺さんが吉村の婿養子の心配はせえへんやろ。心配するとしたら吉村さんの方やと思った」


「吉村さんと克己が2人だけで森へ行くのを、心配したって……それって吉村さんが殺されるかも知れないから?」


 完璧な殺人計画はアクシデントで破綻した。

 もはや手段を選んでいられない。

 自分の手で決着を付けるしか無い。


 ……お義父さん、なんでもない普通の森ですよ。

 ……一緒に奥まで行きましょうよ。自分の目で確かめるべきです。


 吉村克己は、強引に誘ったかもしれない。

 

「森の中で二人っきりや。何でも出来るで」

「事故に見せかけるんだろ? 証拠が残らないように? そう簡単に殺せないだろ」


「セイ、証拠隠滅の方法はある。例えばな、燃やしてまうんや。逃げられない状態にして服に火を付ける。森ごと燃えるかもしれんけど。出火原因はタバコの不始末で片付けられる」

「それは無理。雪が積もってたじゃないか」

「焼死は事故死偽装の1例やんか。地面凍結なら転倒やな。この場合は凍死。歩けない程度に怪我を負わせて放置。年寄りや、一晩もたんで。自殺偽装なら、それはそれで色々あるけど……聞きたい?」

「もう、いい。わかった。確かにあの人なら色々策を練りそうだ」


「まさか幸森の爺さんが付いてくるとは想定外。またまた計画は破綻や」

「仕方なく3人で、口実通り森の探索になったのかな」

「多分な。克己は森へ入るのは初めてやったと思う。義父殺しは延期して森の探索にミッションを変更したんやな」


「結果、壁に囲まれた、あの場所を見つけてしまったんだ」

 そこだけが陽が差し白く輝いていた。

 吉村克己は足を踏み入れずにいられなかった……。

 

「セイ、吉村克己は事故死。それで間違い無いと思うん?」

 薫の声は尖っていた。

 状況から見れば事故死。

 なのに<人殺しは見れば分かる>聖に聞くのだ。




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