表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/8

スーパーマーケットの喫煙コーナーは建物の外にあった。

正面入り口から見て左の端になる。

手前にトイレの外側の入り口がある(店内の入り口もある)。


ベンチが2つ。それぞれに灰皿1つ。

前の駐車場から丸見えの位置。夜間は見えにくい。

店内の照明、看板の照明が明るすぎ、喫煙コーナーあたりは真っ暗に近い。

それでも防犯カメラは人影を捉えていた。

カメラはトイレ入り口の上に設置。

幸森の姿は画面右端に確認出来る。

幸森は駐車場側から歩いて来て、喫煙コーナーへ。

スーツの上に黒っぽいコートを羽織っている。

壁を向いて立ったままタバコに火を付ける。

その瞬間、幸森の足下に黒い人影2つ、ふわっと動き、

同時に幸森の身体は仰向けに地面に叩きつけられる。

犯人2人はしゃがんだ姿勢のまま。幸森の靴を盗り、姿勢を低くして

画面から消えた。トイレ入り口方向へ去ったのか?


公開された防犯カメラの映像は暗くて不鮮明だ。


「これでは犯人達の服装もはっきりしないわね」

 マユはがっかりしていない。

 謎多き事件に惹き付けられている。


「靴だけ奪うなんて奇妙ね」

「変な強盗だよ」

「動きが素早いわ。まるで練習したみたいに2人とも無駄がない」

「うん。喫煙コーナーに誰かが来ると待ち伏せしていたのかな」


「誰かが?……幸森さんを狙った犯行ではないと?」

「狙った可能性はあるとは思うよ。犯行場所でタバコを吸うのは習慣だったらしい。けど、ずっと待ち伏せしていたとは考えられない。たまたまこの時間、だから」

「じゃあ尾行していたとか?」

「いつから?」

「ケアハウスを出てから。尾行して襲撃のチャンスを見計らったかも」

「なるほどね。警察もその可能性を調べているんだろうな。ケアハウスからスーパーまでどうやって移動したのか聞いてないけど、吉村さんの養子の車かタクシーかどっちかだろうな」

「殺人未遂事件ですものね。まずは幸森さんの近辺を調べるんでしょうね……でも防犯カメラの画像を見る限り、靴を奪うのが目的のように見えるんだけど」

 強引で手早いやり方で靴を剥ぎ取っている。

 結果、幸森がどうなろうが気にも留めていない風にも見える。

 靴のGETのみがミッションでもあるように……。


「そして、奪われた靴もややこしい事情があるのね」

「うん。幸森さんの靴じゃない。誰の靴か今のところ不明。まあ、いずれ持ち主は判明するんじゃないかな」

 ケアハウスのオープンパーティの参加者に違いは無いのだ。


「特別な靴で、どんな手段を使ってでも取り返す必要があった……じゃ、ないわよね」

「特別な靴なら間違えないだろう。それに靴を間違えただけ。穏便なやりかたで回収できるだろうからな」

「そうよね。謎の靴泥棒、持ち主不明の靴……でも靴で関連付ける材料は今のところ無いのね。偶然かもしれないわね。不可解で気味が悪いけど」

「不可解だからな、タグチの祟りだって、そういうオカルトチックな話になってたね」

「ヨシムラさんの幼なじみらしい病院のスタッフが言ったのよね……それも気になるわね」

「そのうちに酒屋の婆さんに聞いてみるよ。薫も気に掛かっていたみたいだし」

「そのうち? ……なあんだ、明日じゃないのね」

 マユは、明らかにがっかりしている。

「いや……明日必ず行くよ」

「そう。明日が待ち遠しいわ」

 マユの瞳が煌めいた。


聖は、なんでマユが<タグチのおっさん>に興味をしめしているのか、不思議に思った。

吉村は(アホな話)と言い捨てた。 

……あのカンジという爺さん。

祟りだ、怨念だ、と言いながら面白がっている風にも見えた。

幼なじみが奇妙な事件で顔を揃えたので、<靴>にまつわる悪戯を思い出したのだ。

幸森が命に関わる深刻な状態でないのも知っていただろうし、

面白い怪談話、はリップサービスに過ぎなかったのでは?


聖は翌朝、楠本酒屋を訪ねた。

90才前後の婆さんはタグチを知っているはずだと見込んで。

(タグチが森へ入って消えた)

そんな事実はないと、きっと婆さんは言うだろう。

それでタグチの話は終了。

そうに決まってる。

さっさと済ませようと思っていた。


 まさか酒屋の婆さんまで


「カンジが祟りやと言うてたんか。うちもな、タグチが来よったに違いないと分かってたで」

 言い切るではないか。

 全くの想定外。


「その……タグチさん、ホントに森に入って以来消息不明なの?」

 問う声が掠れ、背中が冷たくなってくるのを感じる。

 不吉なモノに触れてしまった感触。

 聖は、この話は禁忌かもと感じた。

 だが手遅れ。


 婆さんは、長年この時を待っていたかのように

 息つく間も惜しむように……語り始めた。

 タグチのエピーソードは末端。

 恐ろしい人食い森の起源であった。


 

「……聴いた話やで。

此処は奈良の最果ての小さな村や。

しやから焼き場があってん。

焼き場の手前にな、大きな木が一本だけあったらしい。

杉か楠か、どっちかや。


昔な、東のほうの大きな村から男衆が一団でやってきて

1人の大男を、大きな木に縛り付けて行きよった。

明治になる前、洪水の後やったって。

洪水の後にな、木の側に池が出来てたんやて。

何も無かったところに池が出来るのは不吉やねん……。


男衆はな、村の者にこう言うたんや。

『こやつは死んだ赤子を喰らった鬼や』とな……」


 だからどうする、とか説明は無かった。

 <鬼>を縄で大木に縛り付け、去って行ったのだ。


 村人は三日三晩、縛られた<鬼>の叫び呻く声を聞いた。

 恐ろしく、近づく者などいない。

 やがて静かになり<鬼>は息絶える。

 

 村人はその遺体に触れるのも忌み、放置した。

 やがて腐敗。カラスに突かれ壮絶なグロさになる。


「骨になったら崩れてバラバラになるやろ。見苦しくなくなるやろ、と思うやろ?」

 ところが<鬼>は骸骨と成り果てても同じ位置に留まった。

 そのうちにも木は太っていき、骨を取り込んでしまった。 


「誰も恐ろしくて木を切り倒せない。……そんでな、隠したんやて」

 つまり、周りに植林したのだ。

 誰も木に近づけぬよう、何重にも周りを成長の早い木で囲んだのだ。

 中のおぞましいモノを取り繕うように美しい花の咲く木を植えた。


「それで『入れずの森』なんだ……吉村さんはこの話知ってるの?」

 代々森を所有している吉村家の当主だ。事実ならば知ってる筈。

 

 知っていて、そんな気味悪い森でサバゲーさせるつもりなのか?

 

「当たり前や。13組も12組も、年寄りは皆知ってる話やで。親から森へ入るなと言い聞かされたからな。ほんでも男の子はアカン。絶対な、1回は行きよる」

「行くなと言われたら行きたくなるんだ。怖いと聞けば肝試しを思いつく」


「そうやで。しやけどな『鬼の木』を見たモノは無いらしい。どんな細工か知らんけど奥までは行けないんや」

  聖は薫との肝試しを思い出す。

  先へ進めなかったのは森の迷路のような構造のせいだったのか?


「『鬼』がおる森やからな、まっとうな人間は入られへんのやろな」

「まっとうな人間?」

 なんで条件付き?

「タグチは、赤の他人の通夜に、香典も持たんと飲み食いしに来てた。死人にたかるウジ虫みたいな男や。<鬼>と同類やからな……森の奥へ収まったんやろ」

 森へ入ってそれっきり……事実だったのか?

 なぜ、出てこなかった? 

 怪我して身動きが取れなくなったんじゃないのか。

 で? 誰も助けに行かなかったの?


 聖は、知ってることを教えて欲しいと頼んだ。

 タグチが森へ入った日の事を。


「湯本の先代の通夜やった。暑い盛りやったな。隣組やからな。私も料理の手伝いに朝から公民館に詰めてた。2階の座敷でな、弔問客に酒や料理を出してた。一番先に来たのがタグチやった。40くらいのネズミみないな顔した痩せた男や、ヨレヨレの礼服着て来よった」

 住まいも素性も知れない。いつからか公民館の通夜に必ず現れた。

 ボロい自転車に乗って、やって来るのだ。

 故人の友人であるかのように、しれっと座敷に上がる。

 そして食べて飲んで、いつのまにやら、居なくなる。

 近隣の公民館や寺にもタダメシ目当てに現れるので、有名人であった。

 誰かが声を掛ければ(タグチと申します。このたびはご愁傷様でした)と

 小さな声で繰り替えした。


「また来よった、陰口言うてた。聞いていた中学生の悪たれ4人がな、タグチが外の便所から戻った後に、脱いだ靴を持って『森へ隠してくる』と……」

 カンジの話と相違は無かった。

 タグチは密かに退出しようとしたが靴が無い。

 狼狽えていた。


様子を見ていた湯本の親族は、タグチが誰かの靴を履いて帰るかも知れないと思った。

それで、靴がどこに在るか教えたのだ。

タグチは舌打ちしながら、そのまま出ていった。


森へ行ったかどうかは誰も見ていない。

夜も更けていたので、たとえ外を見ていたとしても、タグチの姿は目で追えない。


「何だ、森へ入ったかどうかも分かってないんだ」

 聖はちょっとほっとする。

 <入れずの森>の言い伝えは怖いけど

 タグチの話は吉村の言葉通り(あほな話)だった。

 タグチは悪質な悪戯に懲りて二度と顔を出さなくなったのでは?


「セイちゃんは、そう思うんやな。……そんなことやろと、結局は、皆で言い合ったんやけどな」

「やっぱりね。それならタグチさんの祟りじゃないよ」

「あれきり顔見てないし、他でもぷっつり来なくなった言うし……」


「せこい詐欺師だよね。全国を渡り歩いてたりして。潮時だと、この村に見切りを付けたんだよ」

「そうやな。セイちゃんが言うんやから、それがホンマやな。コウモリのパーティで気色悪いコトあったからな。あの2人(幸森と吉村)がな、靴が無い、言うてたやろ。ふっとタグチ思いだして。ほんで幸森のケンが襲われたやろ。怖かったんや」

 婆さんは聖の訪問が嬉しかったという。


 聖は、それではと、腰を上げた。

 店の外に出る。

 背中に

「ほんまに有り難う。すっとしたわ」

 と明るい声。

 続く呟きに、聖は息が止まる。


「タグチは、自転車置いて、慌てて逃げよったんやな」


「え?」

 振り向いたが婆さんは視界に居ない。

 店の奥へ行ってしまった。


 ロッキーに乗り込み。婆さんの最後の言葉を反芻。


「自転車置いて……それって俺がロッキー乗ってきたのに、置いて帰るのと同じか?」


 移動手段が自転車の男が、自転車を置いて行ったのか?

 靴を履かず歩いて帰ったと?

 後日自転車を取りに来たのではないだろう。

 タグチは消え、自転車はずっと公民館の前にあったのだ。

 そうで無ければ、婆さんはタグチが森へ消えたとは思わない。


 やはりタグチは森の奥深くに?

 この先は1人で想像するのはキツイ。


 早々に薫に報告しようと思った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ