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こうもりケアハウス

神流剥製工房:吉野川に注ぐ清流に面して、ぽつんと建っている。元は木こりの宿泊施設。正面に小さな吊り橋。辺りは原始林。1キロ西に「山田動物霊園」がある。


神流カミナガレ セイ:30才。178センチ。やせ形。端正な顔立ち。横に長い大きな目は滅多に全開しない。大抵、ちょっとボンヤリした表情。<人殺しの手>を見るのが怖いので、人混みに出るのを嫌う。人が写るテレビや映画も避けている。ゲーム、アニメ好き。


山本マユ(享年24歳):生まれつき心臓に重い障害があり、聖を訪ねてくる途中、山で発作を起こして亡くなった。推理好き。アルビノのヨウムの剥製に憑いている。元は幽霊。のちに山の女神と合体したらしい。


シロ(紀州犬):聖が物心付いた頃から側に居た飼い犬。2代目か3代目か、生身の犬では無いのか、不明。


結月薫ユヅキ カオル:30才。聖の幼なじみ。刑事。角張った輪郭に、イカツイ身体。


山田鈴子(ヤマダ スズコ50才前後):不動産会社の社長。山田動物霊園のオーナー。美形だが、常に派手すぎるファッション。喋り方は<大阪のおばちゃん> 人の死を予知できる。


桜木悠斗サクラギ ユウト:山田動物霊園の住み込みスタッフ。元ホストでイケメン。

トラ:悠斗の飼い犬。秋田犬。


鈴森甲太郎スズモリコウタロウ:34才。養豚所経営者。大男で顔は可愛らしい。時々精神感応テレパシーしてしまう。(自分でコントロールできない)。愛称は「熊さん」 




明日から12月。

季節は冬に移ろうとしているが、異常に高温。

山でも昼間の暖房は不要。


神流聖は遅い朝食を終え、吊り橋横の石段から河原に降りた。

愛犬シロも付いてくる。


「ん? トラ(山田霊園の秋田犬)のところに行かないの?」

「クワン(うん)」


辺りを眺めれば、紅葉が見頃。

雲1つ無い青空。

長い夏と暑い秋の影響か、まだ木々はこんもりしている。

この時期にしては落ち葉が少ない。


「風は無い……案山子を燃やすのは今だな」


吊り橋の袂の<大きな案山子>は藁が半分抜け落ちている。

山の湿気のせいか、

大ガラス他数羽のカラスが常に載っかっているからか

内蔵していた地蔵のパワーを無くしたからなのか

山に来てから急速で劣化。

朽ちて今にもバラバラに砕けそう。

カタチある間に

燃やして天に送ってやろう、と思った。


河原に案山子を突き立て、焼酎をかけてやり、マッチで火を付ける。

しごく簡単な作業。

藁と木が燃える香ばしい臭い。

煙は真っ直ぐに青空に登っていった。


「シロ、しきたりでは、お供にカエルも一緒に焼いたりするらしい。けど、そこは省いた。蓑の中、いっぱい虫がいただろ。お供は、そいつらで充分だ」

聖は(お疲れ様でした)と最後に手を合わせた。


「ワン、ワン」

 シロが吊り橋の方へ吠え出す。


「カオルが、もう来たの?」

 間もなく、結月薫のオートバイが対岸の森から出現。

 後ろに鈴森を乗せている。

 

「今日もぬくい(温かい)、なあ」

 薫は茶色のモコモコしたジャケットを脱ぐ。

 濃紺のスーツ。ネクタイして黒の革靴。


 鈴森の方は、作業服の上下に黒のパーカー。仕事着だ。


「鈴森さんはパーティには行かないんですか?」

「やっぱ、遠慮しときます。セレモニーは苦手です」

 シロは鈴森に嬉しそうに飛びつく。


「私はシロちゃんと霊園(山田動物霊園)におります」


 聖は<こうもりケアハウス>のランチパーティに招かれていた。

 オープン前の、近隣住人へのお披露目らしい。

 行きたくも無かったが、13組<隣組>エリアのことなので断れない。


 薫が呼ばれたのは、幸森(ケアハウス経営者の親戚)直々の招待。

 料理が余るのがもったいない、という理由。


「コウモリの爺さん、『若いお友達1人2人、連れてきてくれなはれ』言うてたんやけどな。熊さんはタダメシに釣られたり、せえへんねん」

 パーティに行かないのに鈴森も一緒に来たのは

 夜は工房で飲みゲームもと、先に決めてあったから。


「ホンなら、シロちゃん。行きましょか」

 鈴森はシロの頭に手を置く。

 シロは鼻先を鈴森の足下に。

(ワークブーツの)靴底の臭いを嗅いでいる。

 次に薫の革靴を嗅ぎ始める。

 滅多に無いしつこさで臭いのチェック。


「シロ、どした?」

 聖は身を屈め、理由を知る。


「この臭いは、鹿の糞か。……奈良公園寄って来たの?」

 聞けば、違うと薫。

「マンションの駐車場やで」

「へ?……繁華街を抜けて、あんなとこまで来るんだ」

「しやで(そうだよ)」


「セイさん、4頭いましたよ。大きくないのが。まだ若い……皆オスでしたね」

 鈴森が補足。

「どいつも、つっぱった目つき、しとったで。夜遊びして繁華街で夜明かしの、中坊みたいなもんや。男子4人集まれば怖いモノ無しや。あれはな、人間のオッサンを完全になめたはるで」

 薫が状況説明。

「カオルさんが言い聞かせても、平気な顔、してましたなあ」

 鈴森は言って、クスリと笑った。

 

 薫が若い鹿達に説教している様子を想像し、聖も笑ってしまう。


 鈴森はシロと一緒に山田動物霊園に向かった。

 聖はスーツに着替え、徒歩で<こうもりケアハウス>へ。

 薫が(4キロの道のり)、歩いて行きたいと言ったのだ。


「2時始まり、やったな。1時間あるから間に合うやろ。歩いたあとのビールは美味いで」

 薫は上機嫌。

 急ぎ足で山道を抜け、県道に出る。

 それから、15分ほど歩き県道横断。

 楠酒店到着。

 そこから<こうもりケアハウス>までの道は、緩い下り坂になる。


「カオル、一服しよう。休憩だ」

 聖は歩き疲れた。

「しやな」


 酒屋の駐車場の、低いブロック塀に腰掛けた。


「俺、この先は、あんまり知らないかも」

 タバコに火を付けて聖は呟いた。


「セイ。俺も酒屋の他は、あんまり来た事無いで。分校のやつ、おらんかったからな」

「あ、そうか。この先にトモダチの家は無かったんだ。だったら来る用事無いよね。えーと……目的地はこの道の1キロ先かな」

 聖は携帯ナビで確認。

 

 緩やかな坂道に家が20軒ほど。半分は空屋だ。

 集落の周りは柿畑か雑木林。

 

 道の途中に公園かなにかある。

 古墳のような綺麗な楕円。

 画像モードで見ると、森だった。

 森を抜けたあたりに<こうもりケアハウス>は在るようだ。


「13組エリアの、北の端だね。<こうもりハウス>の北は山だよ。山裾に墓地があるのか」


「セイ、1回だけな、この道一緒に来たで」

 と、再び歩き始めてカオルは言う。


「俺と?」

「うん」

 聖は全く記憶に無い。


 道はアスファルト特有の臭いがする。

 舗装されたばかりで、黒々と光っている。


 大きな家が先の視界を隠していたが、

 やがて集落の外れに出た。

 一本道。

 両脇は長年放置された段々畑。

 そして、道の先に森が見えた。


「カオル、あの森を抜けるんだね。……紅葉が良い感じ」

 側に立つ看板の矢印は森の方を差している。


「セイ、あの森や。憶えてないんか? ……肝試しに、行ったやろ」

「へ?……肝試し?……なにそれ」

 

 見覚えのある風景、とは思う。

 しかし山間の村なら何処にでもありそうな感じ。


 聖は森を見つめ、記憶を呼び覚まそうとした。

 が、クラクションの音で思考は中断。

 後ろから車が来ていた。

 ゆっくり近づき、背後で停まった。


 青色のBMW。

 運転席は大柄の若い男。見覚えがあるような無いような……。

 助手席の紳士は<吉村>だと分かった。

 初老で白髪。背が高い。

 元高校教師と聞いている。

 住まいは13組ではない。

 山田動物霊園の敷地の、元の持ち主だ。

 まだ他に13組エリアに土地を所有しているから、パーティに呼ばれたのか?


「セイ君、カオル君、乗ったら?」

 助手席の窓から吉村が誘う。


「助かります」

 薫は申し出を断らない。


 車は森の中へ入らなかった。

 入る道が無かったのだ。

 森の左の細い地道を迂回し、森のあっち側へ着いた。


 真新しい2階建ての建物。

 正面玄関前に駐車場。

 ワゴン車が2台停まっている。

 岩切観光ホテルの車だ。

 

 揃いのユニフォームを着た若いスタッフ数人が、

 車から発砲スチロールケースを数人で運び出している。

 パーティの料理に違いない。


「えらい、ややこしい道でしたなあ」

 カオルが誰にともなく呟く。


「おとうさん、聞きました? 刑事さんも思ったんですよ。森が邪魔だって。伐採して道を作るべきです」 

 運転席の男が吉村に言っている。


 ……おとうさん?

 ……もしかして娘の旦那か?


 吉村の娘、吉村加世と面識はあった。夫の顔は、写真で見た覚えがある。

 薫は……確か自宅に聴取に行き、会っているんだ。


 旧姓は佐々木。

 佐々木家は、岩切観光ホテル他パチンコ屋やガソリンスタンドを経営している一族。

 同じく資産家の、吉村家の婿養子になっている。


「お義父さん、都市伝説が気になるんやったら尚更、手放すべきですよ。幸森さんに買ってもらいましょうよ。厄払いできるチャンスやないですか」

 娘婿は車を降りても喋り続ける。


 ……都市伝説、って今言った?(ど田舎だけど)

 ……それって森に怖い噂があるってコト?


 聖は、忘れ物に気付いたように足を止めた。

 背後の森を振りかえり、仰ぎ見る。


「セイ、あの時な、結局こっち側には、出られへんかったんや」

 そばで薫が、言ってる。


「……あったな、そんなコトが」

 聖は、思い出した。

 この森を知っていると。


 あっちから森の中に入って

 通り抜けるつもりが、何回やっても、入った側に出てしまう。

 そのうちに飽きて諦めて、森の周りをトボトボ歩き……こっち側から眺めた。


 珍しいモノを見たわけでは無い。

 危険な目に合いもしなかった。

 何より面白くもなかったので、すっかり忘れていたのだ。


「思い出したけど……なんでわざわざここまで来たのかな?」

「しやから肝試しや。この森は、いわゆる心霊スポットなんや。昔から『入れずの森』と呼ばれてるんやで」

「禁足地なの?」

「いいや。そうではない。入ってもええけど奧へは辿り付けないんや」

「『出られない森』の間違いじゃないの。地形が複雑で磁石も仕えない。人が迷いやすい森。そんなのどこにでもあると思うけど」


「そんでも『入れずの森』やねん。森の奧へ行けない、あっち側へ通り抜け出来ないんやて」

「嘘だろ」

「嘘ちゃうで」

「……あれ?」

 セイは、……この会話に既視感。

 デジャブではない、実際に、前にも同じやり取りをしたと思い出した。


「カオル、俺が行こうって言ったんだよな。入れない森なんて、無いって」


 結果、森の奥まで入ることは出来なかった。

 何度森へ入り、奧を目指しても、入った場所に出てしまった。

 カオルと二手に分かれても結果は同じだった。


「セイ、どうや。何か感じるか?……この森、怖い森ちゃうの? 

妖怪が棲んでるとか。魔界の入り口とか」

 薫は好奇心に目を輝やかせ……子供の時のみたいな顔で聞く。


「残念だけど俺には何もわからない。……綺麗な森だと思う。ただそれだけ」

 感じたままを答える。


 木はどれも大きい。

 銀杏の黄色、桜の赤茶。

 鮮やかな色だった。

 とりわけ一カ所に固まっている紅葉が美しい。

 なんて赤い葉だろう。

 随分高い位置に見えている。

 こんなに大きな紅葉の木は見た事が無い。

 じっくりみれば様々な花の咲く木があるのだと分かった。


「カオル、あっちの椿がもうすぐ咲く。春には、そこの梅の花。桃もある……桜も。初夏に咲く藤、夏のさかりにはノウゼンカズラ……」


 どの季節も、この森は花で彩られるのか。

 さぞかし美しいだろうと想像した。


「ほおーつ。そうか。綺麗なんは紅葉限定やないんか。ほんま、まるで作り物のようや」

「作り物?」

「うん。誰が作ったん、やろな」

 カオルは携帯で森を撮り始めた。


(誰かが作った森)

 薫の言葉に、聖も森の素性に気付いた。

 自然の森では無いと。

 花咲く木が、これほど小さな森に揃っているなんて

 自然では有り得ないでは無いか。


 工房周りの雑木林とは全く違う。

 人の手で作られた森なのだ。


「セイ、ええこと考えた。肝試しリベンジや。あんな、4人でこの森を制圧しよう。除夜の鐘を合図に戦闘開始や」


「へ?……何、言った?」

 まさかの発言に目が点になる。


 悠斗と鈴森を誘って4人で森を探索しようと言ったのか?

 けど、なんで除夜の鐘? 戦闘開始?


 薫は機関銃を構える格好をして(ダダダダダ…)と。

 そして(ふふ)と笑った。





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