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聖女 / 黒幕

* * * * *






 その日、第三警備隊隊長グウェン・バーンは奇跡を見た。


 突如王都に現れた巨大な化け物。その恐ろしい姿に人々が怯え、泣き叫び、逃げ惑う中。


 事件に巻き込まれたという十七、八ほどの修道女が天使を召喚した。


 ……いや、天使の騎士様というべきなのだろうか。


 化け物に負けないほどの大きなその天使の騎士──聖天騎士様は輝くような白銀と金でできた聖なる鎧に純白の衣を身にまとい、金色に輝く美しい剣を携えていた。


 以前、どこかの本で天使の位は翼の数で決まるという話を読んだことがあった。


 目の前の巨大な天使の翼は三対。最上級、大天使の翼の数と同じである。


 鎧兜で聖天騎士様のお顔は見えないものの、その立ち姿からして聖なるものを感じた。


 逃げ惑っていた人々も聖天騎士様に見惚れ、立ち止まり、泣き叫ぶ声や悲鳴も消える。


 聖天騎士様が体の前で待機するように、捧げるように剣を縦に持つ。


 静まり返った街の中で少女の凜とした声が響いた。




「聖天騎士よ、気高き天の守護者よ、哀れな娘に救済を!!」




 その言葉に従って、聖天騎士様が滑らかに、しなやかに、ゆっくりと動く。


 化け物が叫び、少女に手を伸ばした。




「っ、危な──……!!」




 しかし、その手が少女に届くことはなかった。


 聖天騎士様の剣が醜いその腕を一撃で断ち切ったのだ。


 化け物が痛みに叫ぶ中、聖天騎士様の聖なる剣が化け物の胸に深々と突き刺さった。


 瞬間、世界が光に満ちあふれる。


 温かく、柔らかく、眩しく、清らかな光が広がり、そして消えていく。


 降り注ぐ光の粒子の中で、聖天騎士様が少女に跪き、左手を差し出した。


 その美しい光景にグウェンは見惚れてしまった。


 ……まるで御伽話じゃないか……!!


 王都の危機に現れた少女が聖天騎士様を召喚し、人々を守る。


 それは遥か昔、魔王を倒したという聖女様の姿を彷彿ほうふつとさせた。




「ああ……聖女様だ……」




 誰かの言葉が聞こえた。


 いいや、もしかしたらそれはグウェンの呟きだったのかもしれない。


 聖天騎士様は少女に深々と一礼すると、光の粒となって空気に消えていった。


 光の粒と煌めきの中、銀髪の少女が凜とした面差しで佇んでいる。


 静かな空気の中に先ほどの言葉が広がり、人々が口々に「聖女様」「聖女様だ!」と声を上げる。


 千年ほど昔、魔王を討ち倒して以降、聖属性持ちは減っている。


 そんな中、これほどの聖属性の使い手が『ただの一般人』のはずがない。




「聖女様、助けてくださってありがとうございます!」


「ああ、聖女様の誕生をこの目で見られる日が来るなんて!」




 ……そうだ。そうなのだ。


 グウェンは今、聖女が誕生する瞬間に立ち会い、歴史の目撃者となったのだ。


 その事実を再確認し、グウェンは興奮と感動とで体が、心が震えた。




「聖女様、どうかお名前を教えてください……!」




 人々の問いかけに少女は自身に満ちた、堂々とした笑みを浮かべて言った。


 その名は、今年の魔法大会優勝者のものだった。






* * * * *






 その後、元の体に戻ったシルヴィアと、シルヴィアの巨体があった場所に落ちていた元婚約者、それから今回の騒ぎで怪我を負った人々の治療を行なってきた。


 聖天騎士を召喚したからか、人々から『聖女様』と呼ばれた時は驚いた。


 同時に、何とも言えない気分にもなった。


 ……元魔王の我が聖女、か。


 聖属性持ちなのでそう言われても仕方がないのかもしれないが、少し思うところはある。


 治療が済むとシルヴィアと元婚約者は今回の騒ぎを起こした犯人として拘束され、警備隊が王城に連行していった。二人とも貴族なので、王族がこの事件の裁判を扱うこととなるだろう。


 人々に取り囲まれ、まるで神のように崇められるのは少し落ち着かなかった。


 何とか警備隊が手配してくれた馬車に乗って、大神殿に戻る。




「ジル様が聖女とは……くっ、否定できません……! あの時のジル様はまさに聖なる存在、聖天騎士を従え、聖天騎士に跪かれる姿は何よりも尊く、気高く、お美しかった……!」




 と、言いながら何故かルシフェルは我を抱き締めている。


 よく分からないけれど、ルシフェルが甘えたくなるような何かがあったのか……。


 ……いや、不安と心配があるのだな。


 我が大神殿からいなくなり、気が付けば全く違う場所から魔力の気配を感じて驚いただろう。


 慌てて駆けつけてみれば手足を縛られ、首輪をはめられた上、檻に入れられた我がいた。


 ……ふむ、逆の立場であったとしても我も同様の気持ちになる。


 しばらくはそばから離れないかもしれないが、好きにさせておこう。




「そういえば、聖天騎士と何か話していたようだが、知り合いだったのか?」




 そう問うとルシフェルは変なものを飲み込んでしまったような顔をした。


 一瞬押し黙り、そして、小声で言った。




「……大天使時代の友でした」


「そうなのか」


「どうやらジル様の聖天騎士召喚に割り込んだようなのです。天界からは地上のあらゆるものを見ることができるので、ジル様の召喚でこちらに来れば、一目だけでも私に会えると思ったようで……」


「なるほど」




 ……道理で消費した魔力量に比べて現れた聖天騎士が上位だったわけだ。


 冥界に落とされたルシフェルは天界に行くことができない。


 天使は天界と地上には行けるが、冥界には行けない。


 つまり両者が会うためには地上しかなく、悪魔と天使という立場上では会うのも難しいのかもしれない。


 そこで、ルシフェルの契約者である我が聖天騎士の召喚を行ったので、本来来るはずだった聖天騎士を押し退け、ルシフェルの知り合いであった大天使が聖天騎士として召喚されたらしい。


 ……召喚で他者を押し退けて出てくることができるのか。


 それは少しだけ興味深いと思った。




「そなたの友人は何と?」


「『息災で何よりだ』と。それから『主が呆れていらっしゃる』とも。私が地上で思いの外、楽しく過ごしていることは主にとって予想外だったようで、頭を悩ませているそうです。ですが、友は私とジル様のことを祝福して『今後とも仲良く過ごすことを願っている』と」




 余計なお世話とぼやいていたのは最後のことか。




「良い友ではないか」


「そうですか? 自分の身勝手でジル様の召喚に横入りしてくるようなわがまま男ですよ」


「そんなことを言えるくらい、フェルにとって気安い相手ということだ」




 抱き着いてくるルシフェルの頭を撫でてやる。


 そうしているうちに馬車が大神殿の裏口に到着した。


 馬車から降りて、ルシフェルに顔を向ける。




「休みたいところだが、まだやらねばならないことがある」 


「ジル様のおそばにいられるのであれば、どこまでもお付き合いいたします」




 頷き、大神殿の中に入れば、中が騒がしくなっていた。


 どうやらシルヴィア暴走の件がここまで広がり、人々が避難してきたらしい。


 廊下を歩いていると声をかけられた。




「ジル様、ルシフェル様!」




 振り向けば、大司祭とその息子が駆け寄ってくる。




「お二方ともお部屋にいらっしゃらなかったので心配しましたっ」


「ああ、少し用事があってな。だが、もう終わった。……ジークムンドよ」




 大司祭の名を呼べば「はい」と返事があった。




「話がある」




 それに大司祭は僅かに目を見開き、深々と一礼する。




「……かしこまりました。避難してきた人々についてはお前に任せる」


「え? は、はい」




 大司祭は息子にそう声をかけると微笑んだ。




「どうぞ、私の私室に。立ち話で済む話ではありませんので」




 ……ふむ、ジークムンドも理解しているようだ。


 ルシフェルと共に大司祭の後について、私室に向かった。


 私室の周囲にいた聖騎士達は全員、黒い星のブローチをつけていた。


 扉を開けた大司祭に促されて部屋に入る。


 扉を閉めた大司祭はその場から動かない。




「何があったか、大方の予想はついているのだろう?」




 我の問いに大司祭は静かに頷いた。




「今回の件、裏で糸を引いたのはそなただな?」


「……何故、そうお思いに?」


「あのブローチに、僅かだがそなたの魔力の残滓ざんしを感じた。恐らく、魔法式を刻み込む際に手で掘らずに魔法で掘ったのだろう? 証拠を残すとは詰めが甘い」




 元婚約者にブローチを着けられた際、そこから既視感のある魔力を感じた。


 それが一体誰の者か記憶を辿った時に大司祭のものだと気が付いた。


 ルシフェルが大司祭を睨み、いつでも戦えるように構える。


 けれど、大司祭からは全く敵意や害意を感じなかった。


 それどころか、その場に膝をつくと床に額を押し当て、我に平伏する。




「全てジルヴェラ様のご明察の通りでございます」




 その姿からは後悔は感じられない。


 むしろ安堵したような、満足げな、そんな気配がある。




「何故、あのようなことをした?」


「……全ては魔族の今後のためだったのです。魔王様であるジルヴェラ様が人間として生まれ、育ち、もしも人間への情を感じていたら? もし魔族をお見捨てになられたら? そもそも、今のジルヴェラ様に私共魔族を率いるほどの力はあるのか? 私はそんな疑問を抱いておりました」




 伯爵家で適当に扱われてきた我が、人間に情など持つわけがない。




「我が大神殿に身を寄せた経緯を知っているだろう?」


「はい、存じ上げております。しかし、人間となったジルヴェラ様のお心は分かりません。魔族ではない今、私共を『同胞』と見てくださるかも……また魔王様になられるとしても、ジルヴェラ様は功績もなければ、実力を認められてもおりません」


「そういうことか……」




 大司祭は今回の件で我を試したのだ。


 人間として生まれ変わった我が、人間に対して情を抱いているかどうかの確認。


 人間となった今、魔族を同胞として受け入れられるのか。


 そして、魔王たる資格と器を持ち合わせているのか。




「元より、あの程度の魔道具でジルヴェラ様のお力を奪えるはずがないとは理解しておりました」




 我が死ぬことはないと分かっていた上での計画だったのだ。


 そして、このおかげで我は伯爵家やシルヴィア、元婚約者との関係を完全に切ることができる。




「私は心配だったのです。ジルヴェラ様が……魔王様が人間にも慈愛の心を持った時、魔族はどうなってしまうのか。私がそうであるように、人間に情を抱いてしまえば、魔族としての心は失ったも同然」




 伏せたまま、大司祭が言葉を続ける。




「そのためにもジルヴェラ様には本格的にお家と縁を切り、これまでの人生を清算し……聖女として、魔王として、両種族の上に立っていただきたかったのです」


「やはり、功績を立てさせる目的もあったか」


「はい。王都に化け物が現れ、それをジルヴェラ様が聖属性魔法で討ち倒せば人々は『聖女の再来』と思うでしょう。魔族達もあの化け物を倒したジルヴェラ様のお力を認識し、また魔王として君臨なさることについて反対はしないかと」




 大司祭は我を魔族と人間、両方の頂点に立たせたかったのだ。


 大神殿での暮らしを見て、我ならば両者の間に立てると思ったのかもしれない。


 確かに今の我は以前よりも人間に対しての嫌悪感や憎しみは減り、それなりに人間とも付き合えるようになった。己も人間だという自覚があるからだろう。


 わざと元婚約者にあのような魔道具を渡したのも、我を巻き込むためだった。




「そうだとしても、ここまでする必要があったのか?」




 シルヴィアと元婚約者、そして伯爵家と公爵家は今回の件で重い処分を受けるだろう。


 王都には他にも魔族がいる。人間だけでなく、無関係な魔族が巻き込まれる可能性もありえた。




「私にとってはこうするべきだと思いました。その信念に従っただけでございます」




 ルシフェルが闇属性で生み出した剣を大司祭に突きつけた。




「たとえ幹部の末裔まつえいであったとしても、ジル様への愚行、万死に値します」


「覚悟しております。しかし、他の人狼は今回の件には関わっておりません。私が指示してジルヴェラ様のお食事に薬を盛った人間は、今頃街のどこかで死んでいることでしょう」




 頭を下げたまま大司祭が言う。




「どうか、この責任は私だけに留めていただけないでしょうか? 息子もこの件は知らないのです」




 ここで大司祭を殺すのは簡単だ。


 だが、それで本当に良いのだろうか。


 やり方は間違っていたが、大司祭なりに同胞の未来を憂えたからではないか。


 そうして、その原因は我にある。


 人間に生まれ変わってしまった元魔王の我を見て、不安を覚えたのだ。




「フェルよ、剣を下せ」


「しかし……!」


「良い」




 渋々といった様子でルシフェルが剣を下ろし、影の中に戻す。


 我は膝をつき、大司祭の肩に触れた。




「すまない」




 ルシフェルと大司祭が驚いた顔でこちらを見つめてきた。




「王たる我がそなた達に己の資質を示すことができず、不安にさせてしまった」


「ジル様は悪くありません……!!」


「そうです、私が浅慮で何も見えていなかったのです!」




 と、何故かルシフェルと大司祭が揃って言うものだから笑ってしまった。


 ……ああ、我はやはり、配下に恵まれているのだ。




「此度の件、そなた達の祖ジークバルトの功績を持って不問にする」


「そんな……しかし……」




 戸惑い、狼狽うろたえる大司祭に我は言葉を続けた。




「だが、これは罰でもある。これほどの大事を起こしたそなたを我が罰せずにいても、他の幹部達は違うだろう。そなたを非難し、何かしらの罰を与えようとするかもしれん。それに、そなたは魔王に刃向かった者として、同胞から拒絶される可能性もある」




 ここで死ぬことは簡単で、とても手軽な責任の取り方だが。




「人狼の名誉を守るというのであれば、そなたが自らの罪を皆に告白し、他の者は無関係であると主張せねばならない。……いばらの道となるだろう。それでも、そなたはこの道を選んだのだ」




 大司祭が唇を引き結び、深々ともう一度、頭を下げた。




「魔王様のご温情に感謝申し上げます……」




 大司祭が今後どうなるかは我にも分からない。


 そうだとしても、我はもう同胞を失いたくはなかった。


 千年前の戦争で多くの魔族が死に、多くの種族が絶えた。


 ……このようなことで魔族間の軋轢あつれきを生みたくはない。


 せっかく平穏が訪れているというのなら、それを守るべきだ。





 

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「黒幕」からの、「ルシルシのお友達」からの、「聖女」! 展開が早くて、1行読む度に、 w(°o°)w と、口を開けて読んでいました。 そんなこの作品、好き!(≧▽≦)
こんな結末もあるんだと少し驚きながら読んでいました。 魔王だったものが聖女と認められる、それがとても自然にえがかれていて納得できてしまいます。後半の、黒幕、の部分にもジルヴェラの実力を多くのものに示す…
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