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失恋傷心中に転生した先は、欠片も愛されていない側妃でした!  作者: Rohdea


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9. カオス


(扉が開いた……)


 これで色ボケ王子は公務に連れ戻せて、セオドラの色々なことも確かめられるわ。

 良かった良かった……

 それにしても、すごい勢いよく扉を開けたわね──……なんて思ったその時だった。


「エ、エ、エドゥイナ様ぁぁぁーー」


(ん?)


「どうか、お、お、お許しくださいぃぃーー」

「は!? え? ちょっ……」


 扉が開いたと思った瞬間、助走をつけたセオドラが膝で滑りながらながら私に駆け寄って来た。

 セオドラの“それ”を見た瞬間、これは……! となった。

 この、跪いておでこを低くして地面にすりつけるかのような体勢……

 そしてこの膝を使った滑らかなスライディング……


(スライディング土下座ぁぁぁ!?)


 前世のテレビでしか見たことのないコントのような動きが今、目の前で展開されている!

 部屋の中にいるジャイルズ殿下、私の横に立つライオネル様も共に驚愕。

 なんなら二人は硬直している。


(だよね!? この世界に土下座の概念なんて無いもんね!?)


 こんなこと出来るセオドラ、間違いなく転生者じゃん!

 探る必要もなくなっ……


「……あ」

「え、何で!? 止まらな……きゃっ!?」


 ドンッ!

 セオドラにとって王宮の廊下は予想外にとってもとってもとっても滑りが良かったようで、スライディングの勢いが止まらず、そのまま私の足元に体当たりする形となった。


(こ、転ける───……)


 さすがの私も、こんな形での攻撃(?)を受けることは予想していなかった。

 そのためバランスを崩して倒れそうになりギュッと目をつむる。


「───エドゥイナ! ……妃」


 ライオネル様の焦ったような声も聞こえてきて地面への衝撃の覚悟を決めたその瞬間────


 ポスッ


(……? あ、れ?)


 しかし、なかなか地面への衝撃が起こらず、おかしいなと思ってそっと薄目を開く。


「ひ! ひえっ!?」


 なんと目を開けた瞬間、飛び込んで来たのはライオネル様の顔。

 予想していなかった顔のアップに思わず悲鳴をあげる。


(何これ、ど、どういうこと!?)


 も、もしかして今、私……ライオネル様の腕の中……にいる……?

 助けられた?

 え? ライオネル様が嫌いなはずの私を助けた────?

 私の胸がトク……


「───エドゥイナ妃! 大丈夫ですかっ!」

「ご、ごごごごごめんなさいぃぃぃーー」

「……」


 ……ン、と高鳴りそうになったけれど、ライオネル様の焦ったような顔と声に加えて泣きじゃくるセオドラの声も聞こえてきて一気に冷静になった。


「お怪我はありませんか!?」

「まさか、まさか王宮の廊下がこんなに滑るなんて……」


(……)


「どこか痛いところはありませんか!?」

「わ、私、昔っからスライディング土下座はめちゃくちゃ得意だったはずなのに……」


(……っ)


「エドゥイナ妃!? 頭は打ってないと思いましたが───まさか喋れない!ほどの痛みが?」

「私の十八番だったんです……それなのに、まさか失敗するなんてぇぇ」


(……っっ)


「医者! 医者を呼ばなくては───チッ、殿下! そんなところでぼんやりしていないで早く医者を呼んでくださいっ!」

「本当に申し訳ございません。何度でも謝ります、だから、ど、どうか……」

「……なっ!? ライオネル、お、お前が私に命令するのか!?」

「ぼんやりしていて役立た……んんっ、失礼。今、お手隙そうなのは殿下だけでしょう!」

「おい! 待て。今、なんて言おうとした? ライオネル!!」

「お願いします……お願いですから、どうか、どうか、ざまぁだけはぁぁぁーー」


(ど…………同時に喋るなァァァ!!)


 ただでさえ、混戦していた所に殿下も加わり更にこの場がカオスになった。

 特にセオドラよ!

 めっちゃこの世界では使わなそうな単語をバリバリ使ってるのに聞き流しそうになったじゃん!!


「……」


 私はスゥッと大きく息を吸った。

 そして、声を張り上げる。


「───あなたたち! まずはそのピーチクパーチク騒がしい口を閉じる! そして少し黙って落ち着きなさい!!」


 私の怒鳴り声に三人の口と動きがピタッと止まる。


(よっしゃ! 静かになった!!)


 私は、ふぅ……と息を吐く。

 そして動きを止めた三人に視線を向けると順番に声をかけていく。


「ゴホンッ……まずはライオネル様。わたくしは大丈夫ですので腕を離してわたくしのことを解放していただけます?」

「……」


 コクッと無言で頷いたライオネル様が腕を離す。


「ありがとうございます」


 私はお礼を言ってからスッと立ち上がった。


「ライオネル様、まずはバランスを崩して倒れそうになったわたくしを受け止めてくださり、お礼を申し上げますわ」

「……」


 しゃがみ込んだ体勢のまま、顔だけ上に向けるライオネル様と目が合った。


「あなたのおかげでどこも痛くありません。怪我もありませんわ」

「………………よかった」

「!」


(くっ! なにその顔……っ!)


 ライオネル様は無意識なのか意識的なのかは分からないけれど、明らかにホッと安堵した表情を浮かべたので私の胸がドキッとした。

 こっちの調子が狂いそうになることは、ぜひ早急にやめていただきたい。

 次に私は部屋の中にいる殿下に顔を向ける。


「ジャイルズ殿下……」

「な、なんだ!」

「今、この中であなたがぼんやりその場に立っていた“だけ”なのは紛れもなく事実ですわ」

「むっ」


 私が敢えて“だけ”を強調すると殿下が思いっきり顔をしかめる。


「将来、この国を背負って立つおつもりなら、不測の事態が起こってもただその場に突っ立ってぼんやりなどせず、どんな時も自ら先導を切って指示を出せるくらいの器の大きい男になってくださいませ?」

「むっ! なんだと!?」


 殿下にジロッと睨まれたので私は鼻で笑った。


「今のあなたは、ちっせぇ男ですわ!」

「ちっ!!」

「反論は、今あなたの執務室の机の上に溜まっている書類のお片付けが済んでからどうぞ? その後でならゆっくりお聞きしますわ。ホーホッホッホッ!」

「~~くぅっっ!!」


(嫌われ妃は好感度を上げる必要がないから言いたいことを言えて楽チンだわ~)


 殿下は反論出来ずに悔しそうに歯を食いしばって顔を真っ赤にしている。

 私なんかにバカにされアレコレ指摘されたのがかなり屈辱なのだろう。

 私はふぅ……とここで息を吐く。

 男二人───ここまではいい。

 問題は……


(セオドラよ!)


 同時にわーわー喋られたせいで完全に流された感はあるけど、明らかに私と同じ“前世の記憶”を持っていないとおかしい言葉が溢れていた気がする。

 何より───

 私はチラッとセオドラに視線を向ける。


(この…………土下座よ!!)


 セオドラはずっと泣きじゃくりながら土下座の体勢を続けていた。

 私が怒鳴った後もその姿勢のまま固まって動かない。

 失敗したスライディング土下座もそうだけど、正座を必要とする普通の土下座が出来てる時点で転生者確定でしょって話よ!

 とりあえず、追及する手間は省けた。


「……セオドラ様」

「……!」


 ピクッと土下座したままのセオドラの身体が軽く跳ねた。

 そして、めちゃくちゃ小さな声ですみません……とだけ言った。


「……」


 私は思った。

 彼女、こんな卑屈そうな性格だったっけ?

 このジメジメ感全開のオーラ……

 あんなにキラキラ笑顔の眩しかった太陽のようなヒロイン全開だった彼女はどこへ……?


「わたくし、出来ればあなたとじっくりお話ししたいことがあるのですけど?」

「っ! は、はぁい、喜んで!」


 セオドラは土下座の体勢のままそう返事をした。

ガクッと私の気が抜けそうになる。


(どっかの居酒屋かよ……)


「そ、そう。それならセオドラ様、これからあなたのお部屋でお話しましょうか……」

「へ、へいっ!」


(だーかーらーその返事!)


「……なっ! セオドラ!? エドゥイナと二人っきりで話すだと!? 私はゆ、許さないぞ!」


 私たちの会話を耳にした殿下が抗議の声を上げた。


「そんなに話がしたいなら私を同席───」


(チッ……うるさいの(色ボケ王子)がしゃしゃり出て来ちゃったじゃないの)


 ここからが大事なのに王子がいたら話にならんわ!

 私は殿下に向かってにっこり笑顔を浮かべる。

もちろん圧は忘れない。


「───殿下。妃には妃同士にしか出来ない“女同士”のお話がありますの」

「……むっ」

「男性は御遠慮くださいませ」

「……むむっ」

「殿下は大人しく執務室で待っていてください───ですわよね、ライオネル様!」


 私はパンッと手を叩く。

 するとその音を聞いたライオネル様が素早く動き、殿下の元に駆け寄った。


「なっ!? ライオネル!?」

「さあ、殿下は俺と戻りましょう。仕事です。きっと今頃は書類の雪崩が起きています」

「はっ!? いや、お、おい……待て、待て待て待て!」

「今夜は徹夜です。ご覚悟を」


 笑顔を浮かべているものの目の奥が全く笑っていないライオネル様は、そのまま殿下をズルズルと引きずっていこうとする。


(……主相手に容赦ないわねぇ)


引きずられている殿下が必死に訴える。


「ライオネル! 待てと言ってるだろう! いいのか!? あのエドゥイナだぞ! 二人っきりになどしたらセオドラにどんな嫌がらせをするか分かったもんじゃ……」

「……」


 エドゥイナの信用がないから仕方がないとは言え、相変わらず失礼な言い草だわ。

 なんて逆に感心して苦笑してしまう。


「───大丈夫ですよ」


(ん?)


「……二人っきりになったエドゥイナ妃がセオドラ妃に危害を加える? ───そんなことは起こりませんよ」

「なに!?」

「エドゥイナ妃は……そんなことはしません」


 なんとここでライオネル様からの私へのフォローが入った。


(嘘っ! びっくりなんだけど!?)

 

 私はライオネル様のその発言に純粋に驚いた。

 まさか、こんなに早く信用してもらえるなんて思わなかっ……


「……………………多分」


(おいっ!)


 口にしたライオネル様自身も半信半疑ではあったのか微妙そうな表情を浮かべていた。


「…………ですが、彼女を信用……してみようと思います……」

「ライオネル……?」

「───さ、さあ! 俺たちは行きますよ、殿下ッ!」

「う、うぉうっ!?」


 そうしてライオネル様は今度こそ殿下をズルズル引きずって廊下を歩き出した。

 私はその二人の姿を静かに見送る。


(……耳)


 今、ライオネル様の耳が少し赤くなっていたように見えたのは……気のせい、だったかな?

 そう思ったらまた、胸の奥がキュッとなった。


(って───今はそんな場合じゃない!)


 今、考えるべきことはそこじゃない!

 そう思い直した私は再度、セオドラ妃に視線を向ける。

 今は彼女と話をしなくてはいけない。

 しかし……


(まだやってるし……本当に慣れてるのね?)


 セオドラ妃は王子がキャンキャン騒いでいる間も、ずーーっと土下座の姿勢を崩していなかった。


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