7. 交渉
「──失礼しますわ!」
「エドゥイナ様ーー!?」
殿下の執務室に到着した私は軽く扉をノックをした後、バーンッと勢いよく扉を開けた。
背後のメイドたちが私の名前を叫びながら悲鳴を上げている。
(無礼なのは承知の上! どうせ、殿下はいないんだから!)
私は堂々と開き直って執務室に入っていく。
「ななっ!?」
「エ、エドゥイナ様!?」
「なぜ、ここに?」
部屋の中にいた殿下の側近たちがギョッとした目で私のことを見てきた。
驚きのあまり目を白黒させてる彼らに向かって私はクスッと笑う。
「ふふ。どうも皆さま、ご機嫌よう」
私は笑みを浮かべてそう口にしながら瞬時に執務室の中の様子を確認する。
(思った通り……てんてこ舞い状態ね)
主の殿下が不在の中、彼らだけでもやれることはやっているようだけれど……
(机の上には未承認書類の山っぽいものが出来てるじゃん……)
肝心の殿下による最終承認が出来ないのだから書類は溜まっていく一方。
あらら……と内心で呆れていると、部屋の入口付近───私に一番近いところにいた側近がすごい剣幕で詰め寄ってきた。
「───エドゥイナ様! 今、殿下はここにはおりません!」
「……」
その言い方に私はムッとする。
(何の用事ですか? ではなく“殿下はいません”って)
こっちはそんなこと知ってて来とるわ!
「もちろん、存じておりますわ。セオドラ妃の元にいらっしゃるのでしょう?」
私がそう口にすると側近たちは皆、ビクッと身体を震わせて気まずそうに息を呑んだ。
中には慌てて書類やノートを腕に抱えて必死に庇おうとする者まで……
(暴れないわよ!)
でも、彼らがこんな反応するのは仕方がなかったりする。
実は私、エドゥイナは過去に殿下に会いたくて執務室に押しかけたことがある。
しかし、殿下は不在。しかもよりにもよってセオドラと一緒にいると聞かされてブチ切れたエドゥイナはその場で大暴れ───……
部屋の中は大惨事に見舞われた。
ちなみに、その時に暴れ回ったエドゥイナをけんもほろろに部屋からつまみ出した男こそ……
───あなたよ! ライオネル・デイヴィス!!
私がライオネル様に視線を送ると、彼と目が合った。
ライオネル様は他の側近たちと違って言葉は発さず唖然とした顔で私のことを見ていた。
(なにその顔?)
思ってた反応と違うんだけど?
「────エドゥイナ様! 申し訳ございませんが我々はあなたと違って今、たいへん忙しいのです!」
「見て分かりませんか? 我々はあなたのように暇ではありません」
「暇つぶしは他の場所で願います、エドゥイナ様」
ライオネル様に気を取られていたら、他の側近たちが私に向かって口々に文句を言い始めた。
(さすが私……すごい嫌われっぷり)
ちなみに彼らはセオドラの前では分かりやすく彼女にデレデレだ。
「……」
はぁ、と私は軽く息を吐く。
今回ここに来た私の目的はライオネル様であって他の側近たちはお呼びじゃない。
「ですから! 私はライ……」
「───わざわざこんな所までいったいなんのご用事ですか? 妃殿下」
「!」
ライオネル様に声をかけようとしたけれど、先に声をかけられた。
さっきあんな別れ方をしたものだから当然、彼が私を見る目は冷たい。
私はふんっと鼻で笑った。
「あなたに用があったから会いに来てさしあげましたのよ? ライオネル・デイヴィス!」
「……」
私が名指しするとライオネル様が怪訝そうに眉をひそめた。
「は? 貴女が俺に?」
ライオネル様の眉間のシワが深くなる。
そして私たちはまた言い合いを始めた。
「まさか……先ほどのことを根に持ってわさわざ文句でも言いに来たんですか!?」
「はぁ? 違いましてよ。なんでわざわざわたくしがそのようなことを? 変な勘違いしないでいただけます?」
「なら──」
「───グダグダ余計なことはいいから! あなたにお願いよ。わたくしをセオドラ妃と面会出来るよう今すぐ手配を取っていただけないかしら?」
「は?」
私がここに来た目的を口にすると、部屋の中がしんっと静まり返った。
そんな中、ハッと我に返った側近の一人が私に向かって声を荒らげてくる。
「セオドラ妃と面会などと!? エドゥイナ様! あなたは体調が優れないセオドラ妃になにをするつもりですか!」
一人が文句を言い出すと他の側近たちもその言葉に乗っかって文句を言い始めた。
「そうですよ! あなたなんかと会わせられるはずがなないでしょう!」
「もっとセオドラ妃の具合が悪くなります!」
「……」
さすが私、笑っちゃうくらい全く信用がない。
「エドゥイナ様、さっさとお帰りくださ……」
「待て」
「おい! ライオネル? なぜ止める!?」
私に噛み付いて無理やり部屋から追い出そうと動いた側近の一人をライオネル様が手で制した。
「お前たちは少し黙っていてくれないか。セオドラ妃との面会を願う理由は名指しされた俺が聞く」
「いや。しかし、ライオネル……」
「いいから───」
ライオネル様はジロっとした目で私を見ながら訊ねてくる。
「それで、エドゥイナ妃? 貴女はセオドラ妃の元に行って何をするつもりなのですか!」
「何をするって話をする以外に何があるというのかしら?」
「……話、だと?」
ダメだ、思った通りめちゃくちゃ警戒されている。
仕方がないわね。
ここは色ボケ王子ホイホイでつるしかない!
「ライオネル様? よく考えてみて? これからあなたがわたくしをセオドラ妃の元に連れて行ってくだされば……」
「なんだ?」
「ふふふ、もれなく殿下に会えますわよ?」
「!」
ライオネル様がハッと息を呑んだ。
ぐっと唇を噛んで何か言いたそうな目で私を見てくる。
私はチラッと机に目を向けた。
「そこの机に山積みになってるお仕事、早く片付けたいでしょう~?」
「くっ……」
ライオネル様は分かりやすく動揺した。
やはり殿下がいなくて相当困ってるようね!
「い、いや。だが、殿下は……」
(よーーし、めっちゃ揺らいでる……もう一押しよ!)
「……きっとわたくしがセオドラ妃の部屋の前にいると知ったら、殿下は慌てて部屋から飛び出して来るのではないかしら~」
「!」
「そうすれば、どさくさに紛れて殿下をセオドラ妃の部屋から連れ戻す、なんてことも───」
「~~~~っ! エドゥイナ妃!!」
ライオネル様が私の言葉を遮って叫ぶ。
そんな彼の顔を見た私は、計画通り! ……とニヤリと笑った。
─────
「妃殿下! 貴女は本当の本当に何を企んでいるのですか!」
結局、そのままライオネル様と二人でセオドラ妃の部屋へと向かうことになった。
その途中で私はあれこれ質問攻めにあう。
「ふふ」
面倒くさいので私はその質問は笑って誤魔化した。
「笑って誤魔化さないでください!」
「あ、でも……」
「でも、なんですか」
「殿下のお尻は引っぱたいてやりたいですわねぇ……」
「は? お、しり?」
ゴホンッ
一瞬ポカンとした顔になったライオネル様が大きく咳払いをしながら私を睨んでくる。
「どういうことですか!」
「どうって……いくら愛するセオドラ妃の体調が悪いっていっても、ずっと一緒に彼女の部屋にこもるにも 限度があるでしょう? はっきり申し上げて邪魔ですわよ」
「……邪魔」
「そもそも医者でもなく医術の心得も知識もない殿下が四六時中側にいて何が出来るのかしらって話ですわよ」
「……」
「ですから、殿下には目を覚ませとお尻を───……ん?」
(……? なんかライオネル様、変じゃない?)
さっきまでの勢いが無くなっている……?
「ライオネル様、どうかしました?」
「ぬぁぁあ!」
「は?」
私が声をかけると彼は、変な唸り声を上げて頭を抱えると深いため息を吐いた。
「本当に…………おかしい」
「おかしい?」
私が首を傾げるとライオネル様は物凄く不本意そうな顔で言った。
「妃殿下……貴女の話を聞いていると……───貴女がまともな人に見えてくる」
「は?」
「貴女がまとも……そんなはずないのに……」
そんなことは天地がひっくり返っても有り得ない……と繰り返すライオネル様。
(本っっ当に失礼な男ね……!?)
私はライオネル様ジロリと睨みつける。
「なんでだ、おかしい。こんなの調子が狂う……」
呆れる私の横でライオネル様はずっとブツブツブツブツ呟いている。
「はっ! そうです───そもそも貴女は何で俺に頼もうと思ったんですか」
「え?」
「セオドラ妃の部屋への訪問…………最初から俺を名指ししてきたじゃないですか!」
「あー……」
(だって、それは……)
「妃殿下?」
私はふふっと笑って説明する。
「殿下の側近たちの中では、ライオネル様……あなたが一番頼りになると思ったんですもの」
「……は!? お、俺が?」
「ええ。頼むなら真っ先にあなたしかいないとわたくしは思ったわ。それが何か?」
「……」
ライオネル様が急にピタッと足を止める。
「ライオネル様?」
急にどうしたのかしら? と思って私も足を止めて彼の顔を見てみると───
(え! 真っ赤!?)
「~~~~っっ」
何故かライオネル様の顔がめちゃくちゃ真っ赤になっていた。




