6. 色ボケとお花畑
もしも、セオドラまでもが転生者だったならと考える。
「いやいやいや! 嫌な予感しかしない……」
私はうわぁぁと頭を抱える。
「だって、この世界が前世で言うところの物語やゲームの世界だと仮定した場合……」
セオドラがヒロインで私は悪役令嬢。
その役目は間違いないだろう。
しかし、だ。悪役令嬢が出てくる物語はもはや定番中の定番……常に溢れかえっていた。
もしも、この世界がその文字を見ない日は無かった大人気“悪役令嬢”が主役の物語だったならば───
(こんな詰んだ状態で転生するとは思えない───……)
「ここが私のような悪役令嬢が主役の世界だったなら絶対、殿下の婚約者になってなきゃおかしいでしょ? それで殿下は婚約破棄してくる王子じゃないと───なんのカタルシスもないじゃん!」
自分で口にしてますます悲しくなり、さらにガクッと肩を落とす。
「今の私は悪役令嬢どころか悪役妃……どう考えてもこれ、ヒロインハッピーエンドのその後でしょ……そう、ヒロインが……」
ここで、正妃となったセオドラについて考える。
ブラッシャー男爵家出身の彼女。
私の実家とは違って権力もお金も無いけれど───
私みたいに性格も捻くれておらず、素直で明るく活発タイプ。
身分が低いから本来なら殿下のお相手にはなれない。
しかし、殿下の熱くて熱くて大変熱苦しい熱意に周囲が折れる形で二人の結婚が許された。
(なんて言うのかな……太陽みたいな子)
まさに王道の物語ヒロインに相応しいと言える。
そんな子だ。
私───エドゥイナはそのセオドラのそんな眩しさが憎くて憎くて……いつも影からハンカチ噛んでキリキリしていたというわけ。
「……そんなセオドラが“変わった”というのはいったいどんな風になのかな?」
そこまで考えたところで表が賑やかになる。
どうやら、今度こそメイドたちが戻って来たようだった。
────
「エドゥイナ様! 聞いてくださいませ!」
メイドたちは新たなお茶を淹れながら、どこか興奮気味で私に語り始める。
どうせ、セオドラのことだろうと思い特に口を挟まず目線だけで先を促した。
「あの女のことです!」
「あの女、これまで頭空っぽのわりには、それなりに努力する姿勢くらいは見せていたそうなのですが!」
「なんと! ついには引きこもって部屋から出て来なくなりましたわ」
あの女とか頭空っぽとか本当にこのメイドたちの発言は容赦ない。
セオドラが殿下の正妃だと分かってるのだろうかと心配になる。
「わたくしは体調不良だと聞いたけれど?」
淹れてもらったお茶を飲みながら私はなるべく感情を表に出さずに淡々と答える。
だって、ここで私まで感情的になったらメイドたちは私のご機嫌取りをしようと話をますます盛り盛りにしちゃう。
(……気を使いすぎて疲れるわ)
「た、確かにそういう話ですが……」
「なんと! 図々しくもあの女は王太子殿下以外、部屋に入れようとしないそうですわ!」
「医者の診察も拒否したそうですよ!」
(医者も!?)
その言葉に私は顔を上げる。
さすがにそれは、なかなか厄介な事態かもしれない。
「おかげで殿下もずっとあの女と部屋にこもってます!」
「え……」
殿下もこもってる?
その言葉に私は思わず顔を歪めた。
(おいっ! 公務あるでしょーー! サボってんじゃないわよ!?)
「殿下もこもって、る……の?」
まさかとは思うけど、あの溺愛王子。
昨夜から私と面会したあの十分間以外は、ずーーーーっとセオドラの所にいるんじゃ……?わ
(マズくない? これ、非常にマズくない?)
体調不良だし? 心配なのは分かる。
分かるけど───周囲の反対を熱意で押し切って結婚した二人なら、その態度は悪手でしょう!?
真実の愛を貫いた結果……堕落した王子と堕落させた妃になっちゃうじゃん!
殿下……あなたはバカなの!?
(ジャイルズ殿下は、色ボケ系で他が見えなくなるタイプの溺愛王子だったか……)
セオドラを溺愛しながらも、切磋琢磨して互いを高めあっていくタイプであって欲しかった。
ただ───……
きっと、側妃の“私”の存在もいけないんだろう。
自分たちの愛を邪魔しようとする“悪役”の私がいるせいで、余計に盛り上がってしまっている気がする。
(やっべぇわ……キレイなお花畑が見える)
「あの女付きのメイドたちは、早々にお世継ぎが誕生するかも! って盛り上がってますが」
「……お世継ぎ、ね」
(いや、世継ぎも大事だけどまずは主の体調の心配しなさいよ……)
セオドラの周囲はやべぇ奴しかいないのかと不安になる。
「私たちはそういう問題ではないと思うのです、エドゥイナ様!」
「ですわよね! むしろ困ります」
(おや? うちのメイドたちの思考はまとも……?)
「お世継ぎを産むのは我らがエドゥイナ様でなくては!」
「……あぁん?」
(あっ!)
思わず“素”の反応が口から飛び出してしまい慌てて自分の口を塞ぐ。
メイドたちは興奮していて聞こえていなかったのか、それとも単に話に夢中なのか気にした様子はなかったのでセーフ。
「そうです! あの女より先にエドゥイナ様にお子が出来れば……」
「あの女を押しのけてエドゥイナ様が正妃になれる可能性だってあります!」
(ないわーーーー!)
その可能性、1ミリもないわよ!?
うちのメイドたちの頭の中もお花畑じゃん!
エドゥイナは触れようとして手を払い除けられてるのよ!?
初夜もすっぽかされたこと忘れちゃった!?
なんなら、今夜もナシ宣言されてますけど!!?
(でも……なんだか分かった気がする)
きっとこういう周囲のエドゥイナへの期待するような発言や扱いがどんどんエドゥイナを悪役へと仕立てあげちゃうんだ。
おそろしい……
この子たちの期待する眼差しには答えられず申し訳ないけれど……
確実に離縁するためにも、私は殿下とは白い結婚を貫かなくちゃいけないのよ!
(しかし……)
これは色んな意味でもマズい方向に向かっている。
セオドラの存在をよく思わない一派が、このメイドたちのように彼女を引きずり下ろして正式に私を正妃にしようなんて企んだら…………離縁が出来なくなる。
つまり───
あの二人の色ボケ問題は、私の今後の人生にも大きく関わってくる!
(これはなんとかしなくちゃ……!)
私のこれから先の悠々自適のんぴり気ままライフは何があっても譲れない!
まずはメイドたちを諌める。
「実は────残念なことに殿下は今夜もここには来ないんですのよ」
「えっ!!」
「そ、そんな……」
「ですからお世継ぎの夢は諦めて」
えええっ……と嘆くメイドたちを一瞥して私はガタッと椅子から立ち上がる。
(……セオドラに会いたい)
「エドゥイナ様?」
「どうされたのですか?」
「急に立ち上がられて、いったいどこに?」
セオドラとは出来ることなら顔も合わせずなるべく会わないで過ごす方がいいと思っていた。
けれど、そうも言っていられなくなった。
「……アポを取り付けるのよ」
「はい? あ……?」
「あぽぉ?」
アポが分からず首を傾げるメイドたちを見てクスッと笑うと私はそのまま部屋を出た。
廊下に出てをコツコツと靴音を鳴らして歩きながら考える。
(どうせ、このままセオドラを直接突撃したって会ってくれるわけがない)
無理やり会えたとしてもその後、溺愛王子にネチネチネチネチ言われるくらいなら、ちゃんと正攻法でセオドラと会う手段を取るしかない。
そして個人的にも──セオドラが転生者かどうかも確かめたい気持ちもめちゃくちゃある。
「……仕方がないわね。あーあ、でもまた喧嘩っぽくなりそう……」
けれど今、こんなことを頼めそうなのは“彼”しかいないし。
せっかく何とか誤魔化して追い出せたところだったのに……今度は私から会いに行くことになるなんて。
でも、向こうもセオドラの所に入り浸ってる殿下にはきっと困っているはず。
だから、それを説得の餌にすれば……聞く耳くらいは持ってくれるでしょう。
「あの……?」
「エドゥイナ様? どこに行かれるのですか?」
後ろから着いてきたメイドたちに聞かれたので、私は足を止めて振り返る。
「───殿下の執務室ですわ」
「え? ですが、殿下は今、執務室にはいらっしゃらないかと……」
「もちろん、分かっていますわよ。執務室に行くのは殿下に会うためじゃないですもの」
「え?」
私はふふっと笑う。
同時にさっき言われたばかりの彼の言葉が頭の中に浮かんだ。
『~~お礼なんて言うんじゃなかった! やはり妃殿下と俺は相容れない! 失礼するっ!』
ええ、本当にね。
私も、ライオネル様……あなたとは相容れないと思ってる。
仲良くなんて無理……
でもね?
(私のこの先のハッピーライフのためにも、あなたには役に立ってもらうわよ!)
✻✻✻✻✻
その頃……王宮の正妃、セオドラの部屋では─────……
「───なぁ、セオドラ? 本当にどうしたんだ?」
「……」
「あの女……エドゥイナを側妃として迎えることは説明して、君も渋々だったが理解してくれていたじゃないか」
「……」
ベッドの上で布団を被って顔すらも出さないセオドラに一生懸命話しかけ、布団の上からさすってもみている。
しかし、一向にセオドラが反応を見せる様子はく、ただひたすら……すすり泣くだけ。
時々、掠れた声で聞こえてくる言葉は、
“まさか”“そんな”“破滅”“バチが当たった”と意味不明なことばかり……
「セオドラ……君には心からすまないと思っているんだ……私にもっと抗う力があればあの女を側妃にすることはなかった……」
「……」
「しかし君との約束通り、私はあの女には指一本触れていないぞ」
「……」
「今後も触れることはしないと約束する。誓ったとおり私が愛しているのは君だけなんだ」
「……」
「なぁ、セオドラ……」
「……」
しかし、何を言っても呼びかけてもセオドラが反応することはなかった。




