5. 疑惑
声で分かっていたとはいえ、扉の向こうに立っていたのは本当にライオネル様だった。
ご機嫌……な様子には見えないけれど、とりあえず怒っているわけでもなさそう。
(いったい何の用?)
そう思って不審な目を向けると彼の手元にあった物に目がいった。
「あ……昨夜の毛布!」
「……」
ライオネル様の抱えている毛布を見て理解した。
(なるほどね! これの返却に来たんだ! しかし……)
この嫌そうな顔!
ここに来るのは大変不本意だったに違いない。
それなら、私はさっさと受け取ってあげて彼にはお帰りいただこう。
私はホホホと笑って毛布を受け取ろうと思って手を伸ばす。
「別にライオネル様ご自身が返却に来られなくても、わたくしは気にしませんでしたのに」
「……」
無言でジロリと睨まれた。
そして何故か毛布を渡してくれない。
「あの? 毛布の返却にいらしたのでは?」
「……」
「ライオネル様?」
「……」
(なんでこの男、ずっと無言なわけ??)
さすがにこの態度は心の広い私でもムッとなる。
「ライオネル様! いい加減にし……」
「────とう」
(……ん?)
気のせい?
今、私の声と被って何か言ったような……?
「……くっ」
そう思った私がじっと見つめるとライオネル様は、毛布を持っていない片方の手で顔半分を覆う。
(んんん? ……顔が赤い、よう……な?)
「ライオネルさ……」
「おかげで寒さはしのげましたので……! その、ありがとう───……ございましたっ」
ボフンッと私の手に毛布が渡される。
「え!」
「…………くっ!」
私はパチパチ目を瞬かせながらライオネル様の顔を見る。
そんな彼の表情は屈辱と照れがごちゃ混ぜになったような顔だった。
(えーー、お礼……? 今、お礼を言われた気がする……!)
私の中のエドゥイナの記憶によれば、そこそこ昔から彼のことは知っている。
けれど、お礼なんて言われたの初めてじゃない?
(へぇ……)
「ちゃんと、ライオネル様ってお礼を言える口も持っていたんですのねぇ……」
「は?」
「……あっ!」
私は慌てて自分の口を塞ぐ。
(ヤッバ! つい声に出しちゃった……!)
誤魔化せればと思ったけれど、ばっちり聞こえていたらしく、ライオネル様の顔が明らかに不機嫌になっていく。
「…………妃殿下。今のはどういう意味でしょうかね?」
「ふ、ふんっ! そのままの意味でしてよ!」
私も引くに引けなくなってプイッと顔を逸らす。
素直にごめんなさい、言い過ぎたわ、と謝ればいいのに私の中の変なプライドが邪魔をして素直に言葉が出て来ない。
「くっ! ……やはり貴女は貴女のままだ! 昨晩、俺に毛布を俺に貸してくれたのは夢だったのかもしれません」
「は? 夢ですって? もちろんわたくしがした事に決まっているでしょう! あなた……どこに目をつけていたのかしら?」
「ああ、そういえば───随分と乱暴に投げつけていましたっけ」
「らんっ……ええ! あなたみたいな人に優しく手渡しして差し上げる必要なんてありませんもの!!」
そうして互いに引くに引けなくなって言い合いがヒートアップしていく。
「ふんっ! あなたに毛布なんて貸すのではなかったわ! もう返してもらいましたからさっさと仕事にお戻りになられてはどうです?」
「───そうですね! それでは俺はここで仕事に戻…………あ、そうだ」
(……ん?)
そこで言葉を切ったライオネル様が、真剣な顔つきになってじぃぃっと私の顔を見つめてくる。
「な……んですの?」
「……先程」
「え?」
何だかすごくチクチクと視線が痛い。
「殿下がこの部屋を出る際……“今夜も部屋には来ない。だから待っても無駄だ”と口にされた時……」
どうしてその発言を知ってる? と思ったけれどライオネル様は殿下の側近。
おそらく廊下で控えていたんだろうと察した。
しかし、それが何だというのか。
(まさか、更なる念押しでもするつも……)
「廊下にいた俺の目には妃殿下、あなたの顔がとても喜んでいるように見えたような気がしました」
「んえっ!?」
その指摘にびっくりし過ぎて声が裏返った。
ま、まさか、あのニヤけた顔を…………見られていた!?
「更に……」
「……っ」
(まだあるの!? モウヤメテーーーー!)
「何やら妙な動きもしていました……こう、拳を握り肘を曲げたと思ったら手を掲げて……」
「っっ!?」
(それ、ガッツポーズぅぅぅ!)
ライオネル様は大真面目に私のとったガッツポーズの真似をする。
「気のせいでしょうか? この貴女の謎の動きが俺にはまるで、喜びを表現するかのように見え……」
「ひぅ、きーーーーっのせいですわ!!」
私は慌てて叫んでライオネル様の言葉を遮る。
待て待て待って!
なんでガッツポーズなんて知らないはずなのに、喜びを表現しているとか……こんなずばり言い当てちゃうわけ!?
「……気のせい、ですか? へぇ」
ライオネル様が眉をひそめる。
これは明らかに疑っている顔だった。
「え、ええ……そうですわ! わ、わたくしはその……ショック! で……えっと、く、口元と身体が震えて……そ、そう! あれはショックによる震えですわ!!」
私は嘘八百を並べてバーンと胸を張る。
どう……かしら?
嘘だけど大きくは間違ってないはずよ!
ただし、あの震えは……
(歓喜という名の震えだけどね!)
「……震え、でしたか」
「と! 当然でしょう!? 昨夜は初夜をすっぽかされただけでなく……こ、今夜も無理……と言われてしまいましたのよ!」
「……」
「今もショックでショックで……」
「……」
(くぅっ)
なにか言いたそうに、じーっと私の顔を見つめてくるライオネル様。
お願いだからこれ以上余計な追求はしないで、とっとと仕事に戻ってーー!!
私は必死に心の中でそう願う。
しかし、ライオネル様は怪訝そうに首を傾げた。
「……昨夜の毛布の件といい………………まるで急に別人にでもなったかのような」
「!」
(こいつ鋭いーー!)
エドゥイナはエドゥイナだけど、私の人格が出てきたことで別人になった感は否めない。
そんな時になんで、この人は名探偵ばりな推理を始めているのか。
やっぱり、変な仏心を出して毛布なんて渡したりせずに放っておけばよかった……
今頃になって後悔するけれどもう遅い。
(もう二度とするもんかーー!)
ライオネル様は、はぁ……とため息を吐いた。
そして独り言のようにボソッと呟く。
「……セオドラ妃といい、エドゥイナ妃といい…………急にどうしたというんだ……?」
(────え?)
今、ライオネル様の口からセオドラの名前も出て来た。
さらに今の口振りだと、まるでセオドラもおかしくなったかのような言い方に聞こえた。
(どういうこと? もしかして……)
セオドラはただの体調不良、ではなかった?
てっきり王子が私を側妃として迎えたことにショック受けてるだけ……そう思っていたけれど。
「……」
───詳しく聞きたい。
けれど今、これ以上下手にライオネル様を刺激することで、私が前世を思い出して人格変わっちゃったこととか知られたら……
エドゥイナ妃が錯乱された!
とか意味の分かんない理由で即消されちゃうかも!
良くない想像をしてしまいブルッと震える。
(それは嫌!)
私は殿下とは離縁して、この世界で悠々自適で気ままな新しいライフを満喫するのよ!
そのためにも……
スゥッと私は息を吸い込んだ。
「──はんっ、わたくしが別人のようになったですって? ホホホ、嫌ですわ。ライオネル様」
「え?」
私の言葉にうーんと考え込んでいたライオネル様が顔を上げる。
「昨夜の毛布はあなたに恩を売るための行動! に決まっているでしょう?」
私は口角を上げてクククッと悪役っぽく笑う。
ちゃんと出来ているかしら? 悪役令嬢……いえ、悪役妃。
「まさか、あ・れ・がわたくしの善意からの行動だとでも思ったのかしら?」
「なっ……!」
「そんなことすらも見抜けないなんて……オーホッホッホ! あなたもまだまだ甘いわねぇ。赤ん坊から出直してきたらどうです?」
「~~くっ」
ライオネル様が悔しそうに唇を噛んだ。
鋭い目線で私を睨みつけてくる。
(それでいいわ! だから、今は余計なことは一切考えずに帰って!)
しかし、無理に考えなくても嫌味な言葉が恐ろしいくらいスルスルと口から飛び出して来たわ……
やっぱりエドゥイナの性格は悪すぎる。
「~~お礼なんて言うんじゃなかった! やはり妃殿下と俺は相容れない! 失礼するっ!」
狙い通りライオネル様は、回れ右して怒り心頭の様子のまま仕事へと戻って行く。
(……セーフ? 誤魔化せた?)
「────転生人生って…………難しい」
私はため息を吐きつつ、ライオネル様の背中をじっと見つめながらそう呟いた。
「……さて。ライオネル様のことは置いておくとして」
扉を閉めて部屋の中に戻り、毛布を置いてソファに腰かけると手と足を組む。
気になるのはライオネル様の呟いていたあの言葉だ。
『……セオドラ妃といい、エドゥイナ妃といい…………急にどうしたというんだ……?』
私は、はぁぁぁ……と息を吐く。
そして頭を抱えた。
「まさかとは思うけど……でも、これも私の前世コレクションの中によくある話っちゃ話なのよねぇ」
そう────転生者としての記憶を持つのは“一人”じゃない。




