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失恋傷心中に転生した先は、欠片も愛されていない側妃でした!  作者: Rohdea


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4. フラグ「君を愛するつもりはない!」



「────私は君を愛するつもりはない!」

「……!」


(おぉぉぉ……)


 ようやく対面し、夫となった殿下からの第一声に私は目を輝かせた。

 私の脳裏には前世でたくさんコレクションしていた山積みになった本とマンガが浮かぶ。


(本当にこんなこと言う人いるんだ!?)


 多くの作品で、婚約破棄してくる王子並に登場することの多かった「お前を愛するつもりはない」宣言……

 まさかこれが生で聞けるとは思わなかった。


(うぁぁぁ、私……今が一番、転生した!! という実感をしているかも!)


 思わず感動で身体が震える。

 でも、分かるわ。


(この言葉って様々なシチュエーションに使えてめちゃくちゃ便利だものねぇ)


 私が勝手に前世のコレクション作者に同調してウンウンと内心で大きく頷いていると、殿下はキッと強く睨んで来た。


「だがしかし! どうせ、君にはこのように告げても無駄なことだと分かっている!」

「……」


(あーー……そうそう。確かにこのセリフって言っても無駄なのよ)


 このセリフを言った奴ってほぼほぼ後半、手のひらくるくるして溺愛してくるんだから。

 ずっとずっとずっと思ってたけど、あれなんなの?

 婚約破棄王子もそうだけど、自分の発した言葉には最後まで責任持ちなさいよ。


 なので、もはや私にとってこの「お前を愛するつもりはない」というお決まりのセリフは、


 “これから君のことを愛しますよ”


 という前フリの言葉にしか聞こえない。

 だから、私としては手のひらくるくるされるとか全力でご遠慮願いたいので変なフラグっぽい会話はやめて欲しい。


「が! 私は、セオドラのことを愛している! 出会ってから彼女一筋なんだ!」

「……」


 ゴクッ

 私は無言でお茶を飲む。

 殿下がセオドラのことを一途に愛してるですって? そんなの……


 ───誰でも知っとるわ!


 知らないって人がいたらびっくりよ……と、思わず心の中で盛大に突っ込む。


「改めて宣言させてもらう! 私はセオドラ以外を愛する気は無い!」

「……」


(そうそう。なら、ちゃんとその愛を最後まで貫けって話)


 浮気とかしてんじゃないわよ……

 ……と、前世の嫌な記憶がふと甦ってしまい、ついつい苦虫を噛み潰したような表情を浮かべてしまう。

すると殿下は明らかに私に対して警戒色を強めた。


「くっ! 出たな、その顔。君の魂胆は分かっているぞ……!」

「……は?」


 私は飲んでいたお茶のカップをソーサーの上に戻す。

 そして思いっきり眉をひそめた。


(魂胆……?)


 昨夜、どっかの誰かから聞いたような言葉が殿下からも飛び出した。

 配下が配下なら主も主。

 困ったことにこちらも思い込みが強そうだ。


(いや……それだけエドゥイナという人物がヤバイだけか……)


 私が殿下との結婚に漕ぎつけるまでにしたアレコレを思い出せば、殿下がこう言いたくなる気持ちは分からなくもない。

 だって、セオドラ暗殺計画とか本気で練っていた。

 私自身、今はそんな自分の思考が怖いとさえ思っている。


(実行していたら処刑台待ったナシだったわよ? エドゥイナ……)


 昨日の今日だとなかなかまだ前世の記憶とこれまでの記憶が馴染んでくれていなくて、少し他人事のように考えてしまう。


「そもそも! 昨晩のセオドラの急な体調不良も──君が何か仕込んだからじゃないのか!?」

「……」


(おいっ!)


 そこは冷静に考えて欲しい。

 昨日の私のどこにそんな時間があったと?

 セオドラの不調は普通に考えて、嫌々だったとしても愛する夫がもう一人の妻を迎えたからでしょう。

 鈍感! 王子のくせにバカなの!?


 ──と、本音はここまで言ってやりたいけれど、いくら側妃でもこの暴言は許されない。

 処刑台送りは勘弁願いたいのでここは簡単に反論だけしておくことにした。


「殿下、さすがに昨日のわたくしにそのようなことをする時間はありませんわ?」

「……なに?」


 殿下の眉がピクッと反応する。

 そして、一気に怪訝そうな表情になった。

 私はふぅ……と息を吐く。


「朝からバタバタと支度をして、お昼すぎに殿下……()()()()()()()()()()()()()に馬車に揺られ教会へ……」

「むっ」

「そこで“も”一言も会話せずにお互いの名前をサイン……」

「むむっ」

「その後、再び馬車に乗り込むとあなたはわたくしの伸ばした手を振り払い、“再び”一言も会話せず今度は王城へ……」

「むむむっ」

「その後は、国王陛下と王妃殿下にご挨拶……そこで昨日のわたくしは初めてあなたの声を聞きましたっけ……」

「むむむむっ」


 面白いくらい殿下の眉間の皺が深くなっていく。

 せっかくのイケメンが台無し。

 私は笑いそうになるのを必死に堪えながら続ける。


「陛下たちへの挨拶を終えたらやはり一言も会話せず、あなたとはお別れ……」

「……ぐ」

「その時点で時刻はすでに夜でしたわね。あなたは愛しのセオドラ様の元へ、わたくしは夕食の後は夜に備えてメイドを従えて長風呂していましたの(ついでにここで前世を思い出したわ~)」

「……ぐっ!」


 クワッと殿下の目が大きく見開く。

 夜に備えて───この発言は嫌味っぽく聞こえてしまったかしら?


(でも、事実だし?)


 ま、いっか。

 そう思って話を続ける。


「そのように慌ただしく……しかも常に誰かといる時間を過ごしていたわたくしがセオドラ様にいったい何が出来るというのでしょう?」

「……ぐっっ!!」


 殿下は下を向いて完全に押し黙る。

 心の中で勝利のガッツポーズを披露していたら顔を上げた殿下にジロリと睨まれた。


「……いいや、そんな言葉で私は騙されない! どうせ君のことだ! セオドラの周囲の人間を金で買収してやらせたかもしれないじゃないか!」

「……」


(マジか! 疑り深いわねぇ)


 殿下はなかなか強情だった。

 そんな彼を見て内心で大きなため息をつく。


(そこまで言えるなら、最初からエドゥイナに屈しなければ良かったのに)


 当然、エドゥイナも悪いけどあなたもあなたよ、王子。

 色ボケしている場合じゃないのよ?

 私が去った後、第二第三のエドゥイナが現れるかもしれないでしょう?


「……そこまで仰るなら、どうぞセオドラ様の周囲の方々をお調べすることをオススメしますわ?」


 私はふふっと小さく笑ってそう告げる。

 すると殿下もスッと冷たい目で私を見た。


「ああ───言われなくてもそうさせてもらうさ」


(どうぞ~~)


 最後にひと睨みした殿下は椅子から立ち上がると颯爽と扉に向かって歩いていく。

 どうやら、用事は済んだのでこのままお帰りになるらしい。


(なるほど……なんで面会? と思ったけど昨晩のセオドラの体調不良に私が関わってないかを確認しに来たかったのか)


 これまでのことは否定しないけど、昨日は本当に違うわよ~

 そんなことを思いながら私は殿下の背中をじっと見つめる。


(離縁の話をしたい所だけど今、切り出したら警戒されそうね……)


 あんまり先延ばしにするのも嫌だけど、離縁の話は慎重にことを運ぶ必要があるのもまた事実。

 それに私の実家がしゃしゃり出て来たら面倒臭いことになるのは目に見えてるし。


「では、失礼する」


 扉を開けて部屋から出る寸前、殿下は足を止めるとこちらを振り返りもせずに言った。


「……ええ」

「それから───私は今夜も部屋(ここ)には来ない。だからどんなに待っても無駄だ」

「!」


(よっしゃ! 今夜も回避! 言質を取ったわ!!)


 私は殿下が背を向けているため、顔を見られていないのをいいことに思いっ切り心ゆくままにニヤける。

 なんなら今度は脳内ではなくこっそりガッツポーズまで披露。


(今夜は安眠決定!)


 バタンッ

 そうして扉が閉まり殿下の訪問は終わった。


「……すごい。夫との対面がたった十分ほどの会話で終了」


 時計を確認して時刻を確かめて笑ってしまう。

 まさに、私は夫であるはずの王子に“欠片も愛されていない側妃”なのだと実感した。


「殿下は飲み物にすら口を付けなかったし……徹底してるわぁ」


 テーブルの上に残されたお茶のセットを見てウンウンと頷く。


「……まあ、その行動は対エドゥイナには大正解なんだけどね」


 私は立ち上がってテーブルから離れ、机に向かうとガラッと引き出しを開ける。

 そして、中から小瓶を取りだした。

 この中身はいわゆる“媚薬”と呼ばれる類のもの。


「こんな危ない物を殿下に飲ませてまで初夜に挑もうとしてたとか……本物の悪役令嬢、怖っ!」


 こんな危険な物はさっさと処分するに限る───

 そう思った時だった。

 コンコン……と部屋の扉がノックされた。


「んー? メイドが戻ってきたかな……? またガッカリした顔してそう」


 とりあえず、小瓶は後で捨てることとして引き出しに戻して扉に向かう。

 セオドラから殿下の略奪することを応援している私付きの彼女たちは、それはそれは今回の殿下の訪問を喜んでいた。

 しかし、それも十分程で終わったとなればさぞかしガッカリしているに違いない。


(それに───どうやら、セオドラ付きのメイドたちにバカにされてるっぽいのよね)


 寵愛を受けている正妃と嫌々娶った側妃───立場の違いはこんな形でもあらわれる。


「いい子たちなんだけどねぇ…………どうぞ? 開いてますわよ!」


 まあ、彼女たちの愚痴くらいは主である私が責任もって聞いてあげよう。

 そう思って私は扉に向かって声をかけた。

 しかし、扉が開く気配がない。


「どなた……?」


 扉の先にいるのはメイドではなさそう?

 不審に思って部屋の中からもう一度声をかける。

 すると、扉の向こうからようやく返事が戻って来た。


「……妃殿下。俺です……少しだけお時間をよろしいでしょうか?」

「おれさん?」


 前世のオレオレ詐欺的なものを思い出しながら警戒して聞き返した。

 すると、扉の向こうからゴホンッと咳払いが聞こえた。


「───失礼しました。俺はライオネル・デイヴィスです」

「ああ、確かにその声はライオネル様ですわね……」


(なぁんだ。風邪、引かなかったのねぇ)


 しかし、またしても殿下の側近が私に何の用なのか。

 殿下が忘れ物でもした?

 それとも、また私を監視するとか言い出すんじゃ……


(───そんな無駄なことに人手を割いているんじゃないわよ!)


 私に構ってないで仕事しなさいな! なんて思いながら警戒しつつ、そっと扉を開けた。


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