92:紹介しよう。
「要するに、【妖精】になろうと思ったので注意点とか選んだ方が良い初期スキルとかを教えて欲しいって事ですか? あ、とりあえず歩きながら話しましょうか」
「えぇ。つまりはそういう事ですわ。ただ、ですね……」
「なんですか?」
「恥ずかしながら、謝礼として支払えるだけの持ち合わせがございませんの」
「あぁ、そりゃあれだけ死に続けてればそうなるだろうな」
「はい。お察しの通り、私の手元に残っているのはこの服と鞄のみなのです」
「いや、流石にそこまでとは思ってなかったけどさ……」
譲渡と破壊が不可能な物が残ってるだけで、後は全部落としたってことか。
一体何回死んだんだろうなぁ……
「ですので、謝礼の代わりとして私のこの体を」
「あーはいはい、何かお手伝いしてくれるって事ですね。いやぁ助かるなぁ」
妙な事を言われる気がしたので遮ってみた。
「それはもう。何か出来る事があれば仰って頂ければお手伝い致します」
良し。
「その後に、贄としてこの身体を捧げますわ。【妖精】の味覚は解りませんので味の保証は致しかねますが、量だけはたっぷりと有りますので存分にお召し上がりくださいな」
やっぱ駄目かー……
ていうか贄って、私は一体何者なのかと。
「あー、まぁ確かに食いではありそうだよな。その体って二メートル超えてんの?」
「えぇ。きちんと測った訳ではありませんが、恐らく二と少し位かと」
「アヤメさん、その聞き方はどうなの?」
「いや、現実でこのサイズって訳じゃないしな。作成時に多少の調整も利くし」
「さらに【鬼人】のアバターは【妖精】とは逆に、体形はそのままで少々拡大されているのです。流石に現実ではこんなに大きくはありませんわよ?」
あぁ、確かに言われてみればそんな感じだ。
「なるほどー。あ、そういえばさっきはごめんなさい。初対面の人にうわ出たは無いですよね」
「いえ、お気になさらず。敢えてそう言われる様な出方を致しましたので」
まぁ確かにそうだけどさ。
普通あんな隙間から人が出てきたらびっくりするよ。
「それはともかく、確かに大量のMP回復薬の代わりって考えれば十分なのか?」
「いや、そう考えれば確かにそうなんだろうけどさ…… ていうか別に、話をするくらいなら謝礼なんて要らないのに」
「いいえ。こちらの都合で押しかけて、更に情報を求めている以上は対価を支払うのが道理という物ですわ」
「そうかもしれませんけど……」
「それに、お話を聞かせて頂いたらすぐに再作成するつもりですので。捨ててしまうくらいならば、きちんと有効活用するべきですわ」
むぅ。確かに誰も損しない案なんだけどさ。
私は美味しくMP回復出来て、カトリーヌさんは情報を得られた上に気持ちよくなれる。
ただこの人の場合、普通に気持ち良いのが嬉しいのかは判らないけどさ。
「別に嫌なら断ればいいだろう?」
「んー、まぁ断るほど嫌って訳でもないけど。せっかく初めての仲間が出来るチャンスだしね」
「雪ちゃん、表情に黒い本音がチラッと見えてるよ」
「気のせいじゃない?」
しまった、顔に出てたか。
でもこの人の場合、酷い仕様の方が喜ぶんだろうなぁ。
「うん、まぁいいか。解りました。それじゃどうしようかな…… あ、そうだ。この後お買い物があるので、まずは荷物持ちをお願いできますか?」
「はい、悦んで」
……ん?
「あ、私はここだな。それじゃまた夕飯時に」
「がんばってねー。雪ちゃん、細工工房はもうちょっと向こう?」
「あ、うん、その先かな。作業場は裏だから、あそこの路地に入るよ」
「おー、すごーい。雪ちゃんサイズのドアだー」
「とりあえず、まずは話を通して来るよ。多分開放されてる場所だとは思うけど、一応ね」
「はい、それではお願いします」
外側のドアをくぐり、内側のドアをノックしてから入っていく。
「あら、いらっしゃい。今日は早いのね」
「あ、今回はちょっと別件なんです。私の友人が【細工】を教わりたいそうなんですけど、ここに通しても大丈夫ですか?」
「えぇ。騒がしい人で無ければ問題ないわよ。表で待っているのかしら?」
「はい。それじゃ呼んできますね」
一旦失礼します、とドアをくぐり表に戻る。
「許可は貰えたからそのドアから入って。レティさんなら問題ないと思うけど、騒がしい人は追い出されるから気を付けてね」
「私も大丈夫だよぅ……」
「あ、ごめんね。ポチはちょっとだけそこで待っててね」
指示されるとすぐにドアの脇に座り込むポチ。
とりあえず戻る前にちょっと撫でていこう。良い子良い子。
「失礼します」
「いらっしゃい。【細工】を教わりたいというのは、貴女達全員なのかしら?」
「いえ、私だけです。私はレティシャと言います。レティとお呼びください」
「そう。私は【細工師】のフェルミ。よろしくね、レティさん」
「それじゃ、私は失礼します。可能なら午後にまた教わりに来ますね。レティさん、頑張ってー」
「はい。また後程」
って危ない、シルクを残して行くところだった。
「シルク、おいでー。一緒に行こう?」
むぅ、怖いけど従わなきゃって雰囲気がありありと見える。
でも勝手にここに居ていいよって言う訳にも行かないしな。
多分聞いたら構わないって言ってくれるだろうけどさ。
「シルクちゃーん。ほらほら、おねーちゃんのここ空いてるよー?」
あー、そういえば乗せたがってたな……
こちらを見るシルクに頷くと、レティさんから離れて乗り換えようとする。
「あ、別に乗れって言った訳じゃないからね? 嫌だったら乗らずに一緒に来てもいいから」
「ゆ、雪ちゃーん! 素直に乗せてくれたっていいじゃなーい!」
お姉ちゃんが抗議してくるが、スルーだ。
あ、それでもお姉ちゃんにひっついたな。空気を読んだか?
「ひゃっ!? あう、ごめんよぅ」
狐耳を掴まれてついピクッとさせてしまい、シルクにぺちぺちされてる。
翅と同じでくすぐったいんだろうな。
「さて、それじゃ道具を買いに行こうか。お姉ちゃん、ちゃんとお金持ってきてる?」
「持ってるよー。っていうか私たちは雪ちゃんと違ってお家持ってないんだから、持ちっぱなしだよ」
「あ、そうか。それなら大丈夫だね」
「いくらでもお持ちしますので、どうぞ存分にお買い物して下さいませ。私、張り切って駄馬となりますわ」
いや、普通に荷物持ちって言えばいいんじゃないかな?




