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VRMMOで妖精さん  作者: しぇる


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84:正気に戻そう。

 家に帰るとまたしてもアヤメさんが机に突っ伏していた。むぅ、申し訳ない。

 二人は机から少し離れて立っている。そっとしておいてるのかな?


「ただいまー。いやぁ、ダメだったねぇ」


「おかえり。うぅ、人差し指が雪ちゃんまみれに……」


「嫌な言い方しないでよ……」


 私まみれって。まぁ実際そうなったんだろうけどさぁ。



「っていうか雪ちゃんまみれになった指が、なんか凄くいい匂いするんだけど」


「え、いや何を言って…… 本当だ……」


 ツッコもうとしたら目の前に指を突き付けられた。

 え、何これ。本当に何これ。何かの花の香りっぽいけど、なんだっけ……


「この香りは桜ではありませんか?」


 あー、確かにレティさんの言う通りっぽいな。

 桜の香りって木からはあまり感じたこと無いけど、春によく出てくる桜関係の商品がこんな感じだ。



「それより何で……? 今までにも結構飛び散ったりへし折れたりしてたけど、そんな事無かったんだよね?」


「うん、少なくともこんなにはっきりとした匂いは無かったと思うよ」


「……あ、いえ。そういえば、初日にうっすらと嗅いだ記憶があります」


「え、そう? ……んー、言われてみれば確かに。レティちゃんの手に乗せてお話してる時だったかな? 私の手にこんな匂いがちょっと付いてたかも」


 自分がこびり付いてた指先をくんくん嗅がれるのって、なんか妙に恥ずかしいんだけど……



「初めに出迎えに行った港でも僅かに感じました。アヤメさんが声をかけた直後でしたので、恐らくミヤコさんの足の下から放たれていたのでしょう」


 あー、未だにちょっとトラウマ気味なアレね。


「潮の香りに紛れていましたし、歩くたびに薄れていったのか少し経つと消えていましたけどね」


「私、それも全然気づかなかったなぁ……」


「まぁそれはともかくとして。さっき私が破裂した時はこんな匂いはしなかった筈なのに、なんでだろ?」



「んー、確か抱き寄せた時も無かったんだよね。違いって言うと……」


「頭部が砕けたかどうか、でしょうか? もっとはっきり言うと脳が、ですか」


「雪ちゃんののーみそ、お花畑……?」


「うん。お姉ちゃん、ちょっとそこに正座しようか」


「いや冗談ですごめんなさい」


「まったく。っていうか桜ってお花畑って感じでもないでしょ。樹木だし」


「いえ、そこはどうでもいいのでは……?」




「ところでアヤメさんが未だに起き上がらないんだけど、大丈夫なの?」


 普段なら、さっきの流れのどこかで茶化されてる所なんだけど。


「うーん、さっきのも丁度口が開いてて飲んじゃってたんだよね…… 驚いた顔した後突っ伏して、頭抱えてた」


「むぅ。おーい、アヤメさーん!」


 ぬ、近づいて呼びかけたらピクッて動いた。



「大丈夫ー!?」


「……ふへ」


 ふへ!?


「ふふっ、へへへへへ……」


 ちょっとアヤメさん、一体どうしたんだ……? らしくない声を出して。

 更に近づいて声をかけたら、伏せたまま肩を震わせて笑い出したぞ…… なんか怖い。



「えへへへへグッ」


「えっ」


「いえ、流石に人に見せる表情(かお)では無かったのでつい……」


 アヤメさんが笑いながら完全に緩み切った顔を上げた瞬間、駆け寄ったレティさんに後頭部を押さえ付けられた。

 うん、確かにかなりヤバい顔してた。おめめぐるぐるって奴だったぞ。


 にしても、ギリギリで机に叩きつけずに止めてるな。流石の身体制御力だ。

 でも今の下手したら舌噛んじゃうよ? 大丈夫かな。



「アヤメさん、どうしちゃったんですか!?」


「んー!」


「あっ、痛っ」


 更に近づきながら問いかけると、アヤメさんが唸りながらレティさんの手を振り払う。

 流石に筋力はアヤメさんの方が上なのか、あっさり外されたようだ。

 自由になった所で立ち上がり、レティさんを両手で突き飛ばしてこっちを見る。

 アヤメさん、明らかに正気じゃないぞ。いや今更だな。


 え、これもしかして襲い掛かってくる?

 っていうかどう考えても、私の欠片を食べたのが原因だよね。

 最悪の場合、モグモグされる可能性まであるんじゃないか……?



 ん……? 後ろを向いて……座り込んだ?


「えへー。あー、いー」


 両手で首にかかる髪をかき分けて、うなじを露出させた。

 え、これって……


「雪ちゃん、これ…… もしかして召し上がれって言ってるんじゃ……?」


「っぽいよね…… この姿勢、昨日の熊さんと同じだし…… あ、レティさん大丈夫ですか?」


「はい。しかしこれは、どうしたものでしょうか……」


 うーん…… 流石に食べる訳にも行かないしなぁ。



「おはようございます、皆様。これはどういった状況なのでしょうか」


 あ、モニカさんが管理室から出て来た。

 出て早々こんな場面に出くわすとは流石に思わなかっただろうな。


「おはようございます。えっと、なんかアヤメさんがおかしくなっちゃったんですよ」


「なんと。して、原因に心当たりは?」


「えーと…… 多分というかほぼ確実に、私の体の一部を飲み込んだのが原因だと思います」


「…………なるほど。ではミヤコさん、レティさん。アヤメさんの腕を持って立たせて貰ってよろしいでしょうか」


「えっ、あっ、はい」


「解りました。ミヤコさん、暴れるかもしれませんのでお気をつけて」




「やー、うー」


 二人が片腕ずつをしっかり抱え込んで、無理矢理アヤメさんを立ち上がらせる。

 モニカさんがその正面に歩いていき、両手を上げて構えを取って…… え、もしかして。


「ふんっ!」


 うっわぁ…… 体が浮くほどの強烈なボディがアヤメさんに突き刺さった。

 あーあー、吐いちゃってるよ…… いや、吐かせたんだろうけど。


「まったく、私でさえまだ……いえ、何でもありません。アヤメさん、正気に戻りましたか?」


 まだじゃないよ。これからも食べさせることは無いよ。


「げほっ、おおぅ…… げほっ、うん、なんとか…… ありがとう」


 お、帰ってきたか。



「アヤメさん、色々大丈夫?」


「お腹が痛い以外はなんとか…… とりあえず頼むから、さっきまでのは忘れてくれ……」


 うん、酷い有様だったからな…… 気持ちは解る。


「さっきの、ちゃんと覚えてるんだね。っていうかモニカさん、必要以上に力が籠ってなかった?」


「そんな事はありません。断じて羨ましくなど」


「助けて貰っておいてなんだけど、絶対あっただろ…… 内臓が破裂するかと思ったわ……」


 うん、無事で(生きてて)何よりだ。





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