413:飛び立とう。
もふっと額に太郎が着弾すると同時に、ずり落ちない様に真上を向いたモニカさん。
おお、幸せそうな顔してるな……
ん、頭の方を向いてた太郎がくるっと半回転した。
どう動くつもりだろうか。
あ、伏せた。
モニカさんの目頭のあたりに前足を置いて、額にぼふっとお腹をひっつけたな。
……モニカさん、目は閉じないと危ないよ?
おお……
太郎がもぞもぞとお腹をこすりつけるみたいに伏せたまま、モニカさんの顔の上をあごに向かって這いずっていく。
おなかは気持ち良いだろうけど、指とか爪とか微妙にチクチクしそうだな。
まぁモニカさんの事だから、それはそれで喜びそうだけど。
お、口の上を通過して端までたどり着いた。
「あそこからどうする気だ?」
「どうするんだろ? まぁ見ててみようか」
腕を組んで見物していたアヤメさんの呟きに返事を返しつつ、言葉通りに眺めて待機。
お、立ち上がって上を…… というかぴーちゃんを見た。
拾ってもらうのかな?
おや、前足をついてから振り向いた。
しかし今更だけど太郎、平気で顔の上トコトコ歩いてるけどさっき普通に地面歩いてたよね。
まぁモニカさんが気にしてないなら良いか。
ぴーちゃんに掴んでもらうために背中を向けたのかと思ったけど、ぴーちゃんが居るのってほぼ真上だからあんまり関係無いか。
どうするつもりだろう……
と思ってたら一歩進んで唇を後ろ足で踏み、鼻の頭を両手で掴んで顔を寄せた。
おや、舌を出して先端をちろっと舐めたな。
……モニカさんが一瞬ピクッて反応してからフリーズした。
幸せが限界を超えたか?
色々と大丈夫かな……
あの位置で鼻血噴き出されたりしたら、太郎がえらい事になるんだけど。
流石に暴走して握りしめたり、連れて逃げたりはしないだろうけど……
そんな私の心配をよそに、足下の事など知らないとばかりに振り返って元の位置に戻る太郎。
マイペースだなぁ……
いや、わざとやってるって可能性も有るけど。
初対面で思いっきり驚かされてたし、仕返しも兼ねてるんだろうか?
いやでもこの子、あの時シルクを置いて自分だけ反対側まで逃げてたっけな……
まぁそのくらい驚いたって事でもあるか。
で、戻ったは良いけどそこからどうするんだ?
「ちょっ!?」
「ぴっ」
フリーズしたままのモニカさんの口の上から、手足を伸ばしてしゅばっと空中へ飛び立つ太郎。
びっくりして声が出たけど、ぴーちゃんがすかさず急降下して背中を掴んで確保した。
君ムササビとかじゃないんだからさ……
まぁさっきぴーちゃんと目を合わせてたみたいだし、打ち合わせの上での行動なんだろうけどさ。
ぴーちゃんに別段驚いてる様子も見えないし。
「結構な勢いで掴まれてたけど、痛くないの……?」
「これは平気だという反応でしょうか? あ、そうみたいですね」
お姉ちゃんの質問に、「べつにー?」とか「へいきだよー」みたいな顔をする太郎。
いやハムスターの表情なんてほとんど判らないから、雰囲気での話だけどさ。
でもまぁレティさんの言葉に右前脚をクイッと上げてお返事したので、大体合ってた様子。
ていうかちゃんと人の言葉を理解してる上に、そういう判りやすい反応も出来るんじゃないの。
別に太郎が悪い訳じゃなくて、そういう応答が出来る話を私がしなかっただけだろうけどさ。
「ていうか白雪、モニカさんは大丈夫なのか?」
「あ、そういえば」
「先程から動きませんね…… では僭越ながら、気付けに私の息を」
カトリーヌさんがモニカさんにふわっと近づいて息を大きく吸い込む。
あれ、確か珠ちゃんに乗ってた時……
「あー、それヤバいかも」
「おわぁっ!?」
むぅ、止めようとしたけど遅かった。
カトリーヌさんが【妖精吐息】を吹きかけた瞬間、モニカさんの鼻からドプッと血があふれ出してきた。
限界ギリギリで踏みとどまってた所を、後ろから突き飛ばされちゃった感じかな?
「はっ!? お、おうひあえおあいあへん」
あ、でもそのおかげか再起動した。
ただうん、何言ってんだか全く聞き取れないよ。
多分「申し訳ございません」なんだろうけどさ。
むしろ謝るとしたらこっちの方な気がする。
モニカさんの性質を利用した、太郎からの攻撃みたいな結果だし。
「す、すみません。まさかこうなるとは思いもしませんでしたので……」
カトリーヌさんの謝罪に、片手で顔の下半分を隠して手を振るモニカさん。
気にしないでくださいって所かな?
まぁそりゃ普通は思わないよね。
……ていうかカトリーヌさん、正面からやらなくて良かったね。
下手したら噴き出した鼻血で撃墜されて、朝っぱらから二回目の死に戻りだった可能性があるぞ。
血液なんて涎よりも重くて粘度もありそうだし、捕まったら自力で脱出するのは難しいだろう。
いや、やった事ないから多分だけどさ。
「あー、とりあえず一旦戻った方が良いんじゃないかな……?」
思いっきり引きつつも、心配げに提案するアヤメさん。
うん、顔だけじゃなくて服も血で大分酷い事になっちゃったしなぁ。
早いとこ洗ってしまった方が良いだろう。
アヤメさんの言葉に軽く頷いて、こちらに向けて深々と頭を下げるモニカさん。
「いや、挨拶は良いから早く戻った方が……」
顔に当てた手から、血が垂れまくってるし。
これ本当に大丈夫か?
私たちの見送りができないからか、モニカさんはしょんぼりと名残惜しそうに部屋に戻っていった。
良いから早く鼻血止めようね。
「そういえばレティ、今のって治療できたんじゃないのか?」
「出来たかもしれませんが、下手をすると悪化する可能性も有りましたから」
「あー、元気過ぎてああなっちゃってたから?」
「はい。血が出ているところの傷が治ったとしても、あの様子では意味が無さそうでしたしね」
「ああ、単にもう一回噴き出すだけなのか。……いや、悪化って事は無駄に元気になって、更に勢いが増すかもしれないって事か……」
まぁ元々噴き出したのも【妖精吐息】で活性化したからだしなぁ。
可能性は十分に有るかもね。
「と言いますかそれ以上に、魔法で簡単に治せるのならばご自分で使っているだろうと思ったので」
「それもそうか。色々とアレだけど桁違いな強さなんだし、普通の回復くらいなら余裕でこなせるよな」
まぁそうだろうなぁ。
流石にジョージさんやコレットさんほどじゃなくても、一通りの事は出来るだろうし。
それなのに治さないって事は、治せないって事かもしれないもんね。
……そもそもの原因とも言える太郎はどうしてるのかと思って見てみたら、ぴーちゃんにぶら下げられたままくりくりと両手で顔を洗ってた。
のんびりやってるし、ストレスとかじゃなくてごく普通の毛づくろいだろうな。
いやー、本当にマイペースな子だなぁ……




