388:釘を刺しておこう。
私の息を浴び、うにうにと元の形に戻っていくお姉ちゃん。
「うぅ、一割でも流石に今のは痛かったよー」
「受け身くらい取りなよ……」
「あんなに跳ねると思ってなかったから、咄嗟に動けなかったんだよぅ」
「……ていうかあんな勢いで突っ込んだら、綿で弾まなくても止まれずに転がり落ちて、結局壁に突っ込んだんじゃない?」
なんであんな短距離走のスタートみたいな全力ダッシュで突っ込んだのか。
現実のベッドでやったとしても転落するでしょ、あんなの。
「いやほらその、こう、ノリっていうかその場の勢いで…… 何とかなるかなーって……」
「いや、ならないでしょ…… せめて自分で掴んで止まるくらいしなきゃ」
「あぁっ、今のは違うんだよぴーちゃん! 事故なの! そんな可哀想な子を見る目にならないで!?」
「いやー、仕方ないんじゃないかな……」
隅っこに居たぴーちゃんが、疑わし気な顔で「ぴぃー?」って鳴いてる。
うん、何とかなるかなーって言っちゃってたしそうもなるよね。
「うぅ、ラキちゃんもそんなに笑わなくても……」
「正直、それも仕方ないと思う」
「むー」
普通の体だったら笑い事じゃないけど、お友達ならちょっと痛いだけで済むからね。
いや、流石にちょっとじゃなく普通に痛かったみたいだけど。
とは言ってもすぐに治るし、大した問題じゃないだろう。
痛いのはまぁうん、自業自得って事で。
「あ、カトリーヌさん」
「はい」
「自分の部屋でやってたらスルーするからね」
壁の上から覗いてたカトリーヌさんに釘を刺しておく。
なんか放っといたらやりかねないし。
「あぁ、やりませんのでご安心を」
「本当かなぁ……」
「ええ。楽しそうではありますが、やはり壁に衝撃を与えるとなると他の部屋にも迷惑がかかりますので」
「あ、そこなんだ」
確かにいきなり壁からドンって聞こえてきたら、隣の部屋の私はビックリするだろうけど。
「はい。それに私がやりますと、やはり壁が汚れてしまいますから」
「あー…… 下手したらシミになっちゃうか」
「そうですね。壁に染み込んだ血を綺麗にするのは、本当に骨の折れる作業ですので。最悪の場合壁紙の交換どころか、その下の壁ごと作り直す事にまでなりかねませんわ」
「……いや、やったことあるの?」
「壁紙は年末の大掃除の際に毎年、壁自体は一度ダメにしてからリフォームで液体が染みない様な素材にしましたわ」
……聞くんじゃなかった。
いやほんとマジで。
ていうかそんなの、普通は警察沙汰だと思うんだけど。
でも何食わぬ顔でゲームしてるって事は、一応問題無く済んでるって事なのかな……?
……揉み消してないよね?
「てか自分でやっておいてなんだけど、やりすぎると下手したら壁が壊れちゃうんじゃない?」
横からお姉ちゃんのツッコミが飛んできた。
まぁそりゃそうだよね。
ドンッて音がするだけならビックリで済むけど、壁をぶち破って突入なんてされたら「ちょおーっ!?」って声が出ると思う。
「うむ。流石にそういう行為は想定して作っておらんからな。【妖精】の重量ならば大丈夫だとは思うが、万が一が無いとは言えん」
「ですわね。そういう諸々の問題もありますので、やるのではないかという心配は不要ですわ」
「ま、壊れたとしても呼んでくれればすぐに修理してやるがな」
「いや、やっても良いぞみたいな事言わないでくださいよ……」
アリア様、なぜ煽る。
ていうかもし何かが起きてどこかが壊れたとしても、呼ぶのはアリア様じゃなくてモニカさんだよ。
そもそもその為に【細工】持ちをここに配備したんでしょうに。
「ま、まぁ気を取り直して…… おぉ、ぽよぽよする」
今度は普通に近寄って、ふかっと乗っかるお姉ちゃん。
柔らかいスプリングのベッドみたいな感じで、押さえた力の分だけ跳ね返されてるっぽい。
さっきのバウンドは、ちょうどいい感じにお姉ちゃんの体重とその綿の硬さとが釣り合った感じだったんだな……
普通の大きさだと同じ比率の量の綿に乗っても潰れるだけだし、ラキくらいのサイズだと逆に軽すぎて綿が潰れなくて跳ねないだろう。
もぞもぞとお布団に潜り込んでみるお姉ちゃん。
「おぉ…… 雪ちゃん雪ちゃん、これ現実でも欲しいんだけど」
「いやいやいや、無茶を言わないでよ……」
そんな丁度良い素材は現実には無いよ。
ていうか有ったとしても、私達みたいな庶民に手が届く代物じゃないと思うよ。




