373:洗い流そう。
さわさわこねこねと頭に唾液を馴染まされ続ける。
あ、そうだ。
「シルク、櫛は要る?」
手で口元を軽く拭って、目を閉じたまま聞いてみる。
いくら器用とは言っても、指の太さを考えたら髪は扱いづらいだろうしね。
って声出せないから返事しようがなかった。
ん、目の上を拭われた。
お返事するから目を開けてって事か。
「あ、そう?」
顔の前で開いた手をひらひら振られたので、必要ないって事だろう。
ん、伸ばした人差し指と中指を揃えて……
おお、合わせ目から細くて短い魔力の棒が、均等な幅を開けて無数に出てきた。
やっぱり【魔力武具】みたいな事が出来るんだな。
再度目を閉じると、シルクがその手で私の頭を撫でて髪を整えていく。
整えるって言うか大雑把に馴染ませたのを更に細かくやっていってるのか。
今てっかてかだし、この後洗い流すからまた乱れるし。
んー、櫛の丸い先端が頭を軽く掻いてる感じで、結構気持ち良いな。
安物の酷いのだと、歯の先端が尖ってて普通に梳いてても痛いのとか有るもんなぁ……
現実だと腰まであって手入れが大変だけど、こっちだと肩までしかないからまだ楽だね。
いや、そもそも人にやらせてる時点で長さに関係なく楽なんだけどさ。
髪に馴染ませ終わったところで持ち方を変えられて、今度は普段通りに湿らせたタオルでこしこし擦られる。
全身を覆ったよだれを拭い落とす意味もあるのかな?
まぁ良いや。
相変わらず良い具合の力加減で気持ち良いし、細かい事は気にしないでおこう。
全身を一通り擦られて、シャワーで洗い流される。
お、また櫛を……って違う。
今度は指を全部揃えて、隙間からだけじゃなくて手の平から指先まで全体に、わさっと魔力の棒が生えてきた。
櫛って言うかヘアブラシって感じか。
この調子だと家事に使う小物は大体出せるんだろうなぁ。
お湯を頭にかけながら、私の髪を手の平ブラシで撫で洗いしていくシルク。
まぁ指よりは確実に綺麗になるだろうな。
というか全然引っかかる感じがしない……
現実でもここまで滑らかに通ってくれれば良いのに。
髪をすすぎ終わるとそのまま体に移っていき、そのままつま先まで。
濡れた私を片手で抱いて、お湯を止めてからカップへ戻っていく。
「ただいまー」
「雪ちゃん、なんかすんごい事になってたけど……」
「まぁ石鹸塗りこまれてる様なものだから」
「そういう問題なのか? む、しかし効果が有るのは事実な様だな」
「っていきなりつっつかないでくださいよ」
アリア様にむにゅーっとふくらはぎを押さえられ、つるりと少しなでられた。
せめて何か言ってからにして欲しい。
「はは、すまんすまん」
「ほほー……だっ」
「だから言ってるでしょ」
アリア様に文句を言ったそばからお姉ちゃんがぷにっとつついてくるので、べちこーんとデコピンを当てておいた。
「うぅ、痛くはないけど衝撃で声が出ちゃう」
「ま、文句は言えんわな」
「ですよねー……」
額を押さえてぼやくお姉ちゃんに、アリア様が笑いながら声をかける。
いや、流石に手は出さないけどアリア様も同じ事やってるんだからね?
話が途切れたタイミングで、そっとお茶に浸けられる。
「あー…… って流石にちょっと冷めてるね」
後ろを向いて手を伸ばし、温める印に魔力を流……っと危ない。
気を付けないと自分を茹でてしまうから、流す時は慎重に行かないと。
よし、これくらいかな。
「はふー……」
「む、どうしたシルク」
肩まで浸かって息を吐いていると、アリア様の声が聞こえてきた。
背後からシルクが近寄って来たところか。
「あー、頭のマッサージはいかがですかーって事だと思いますよ。私も揉まれますし」
「ふむ、では頼もうかな。頭という事は、こうで良いのか?」
カップのふちに寄りかかってシルクを見上げ、頷いたのを見て前を向くアリア様。
「あ、シルクって家の中だと普通の人間並みの力が出せますから、頭くらいならつまむだけで簡単に潰せちゃうんで」
「何故これから頭を揉もうというタイミングで、あえてそういう事を言うのだ」
至極まっとうなツッコミが返って来た。
「ま、今の体は潰れたとしても問題無いから、少しくらいは構わんがな」
「ていうか雪ちゃんは潰れたら死んじゃうのに、よくやらせるねぇ……」
「他のお世話で、信頼できる精度で加減できるのは解ってるしね。大丈夫大丈夫」
こっちがおかしなことしてビクッてさせなきゃ、何の問題も無いのだ。
へぷちってくしゃみされたりはしないだろう、多分。
ていうかするとしても手は離すだろうしね。
……あと多分頭をクチュってやられたら、痛いとか思う暇も無いだろうからね。




