366:味もみておこう。
「ふむ、やはり判らんな」
差し出していた手を戻し、指先を嗅いで首を振るアリア様。
お姉ちゃんが横から顔を出し、アリア様の近くですんすんと匂いを探る。
「お茶の香りしかしませんねぇ」
「そういえば普通の感覚はあるんだね」
「うむ。……む?」
私の言葉に頷いたと思ったら何やら疑問符を浮かべ、ちゃぷっと両手でお茶を掬うアリア様。
何かが浮いてたわけでもなさそうだし、どうしたのかな?
ていうかカトリーヌさんがシャワーの役目が終わったのに戻ってこないと思ったら、手をお湯に入れてラキの足場になってあげてるな。
そういえば、あのままじゃラキには深すぎるんだよね。
まぁラキの事だからどうにでもできそうではあるけど。
「その香りとやらは、茶にも移っているのだろうか?」
アリア様が掬ったお茶をこちらに差し出してきた。
ああ、気になったのね。
「んー、手からだかお茶からだか判りませんねぇ。あ、そうか」
魔力で計量スプーンの様な物を作って、アリア様の手から少し貰って顔の前に。
「あー、お茶にも染み込んでますねぇ」
「ふむ。お友達は香り付けにも使えるという事だな?」
「いや、シナモンスティックじゃあるまいし……」
お茶をカップに返してから、スプーンを消しつつツッコむ。
言ってはみるけど実際に良い匂いがしてるから、ツッコミにも力が入らないよ。
ん、横でお姉ちゃんが「ん?」って声を出した。
なんだか嫌な予感しかしないぞ。
「雪ちゃん雪ちゃん」
「ん?」
「匂いが出てるって事は味も出てるのかな?」
「ふむ、確かに。どうだ?」
「それは飲めと言ってるんですかね……」
聞くまでもないけどさ。
「いや、無理にとは言わんよ。普通は人が入っている風呂の湯など、飲みたいと思うものではないからな」
「まぁそうですよねぇ。雪ちゃんが入ってた場合は違いそうですけど」
うん、妖精茶とか関係なしに欲しがる庭師さんが隣に住んでるな。
シルクにも飲まれるし。
あ、シルクが飲みたがるかもしれないし鱗粉の自動生成はオンにしとこうか。
多分あれが無いと甘くならないからな。
「ま、生きた人間丸ごと食べてる時点で今更ですから良いですけどね」
丸飲みとかではないけど、綺麗に処理したわけでもない内臓まで全部食べておいて、入ったお湯だけは嫌だってのもなんか変な気がするし。
いや、どちらにしろ気分の問題だから、それはそれで普通だろうけど。
「ふむ、それもそうか。ほれ飲め」
ずいっと差し出されたお茶に、魔力で作ったストローを刺してちゅーっと吸い取る。
あちち…… うん、グレープティー。
普通に美味しくてまたツッコみづらくなるよ……
「直に口を付けても良かったのだぞ?」
「いや、なんか恥ずかしいんで……」
「可愛い雪ちゃん見たかったなー」
「せいっ」
横でニヤニヤとした笑みを浮かべてからかってくるお姉ちゃんに、どすっとチョップを一発叩き込んでおく。
「うぅ、酷いよぅ」
「あっちでじーっと見てるラキをけしかけないだけ、まだマシでしょ」
「あぁっ、許してラキちゃん!」
両手を合わせてぺこぺこ頭を下げるお姉ちゃん。
そんな下手に出なくても……
まぁそれだけ仲良くしたいのかな?
うちのラキちゃん、元気で可愛い子だしね。
「で、どうだったのだ?」
「お察しの通り味もしっかり出てましたよ……」
「ふむ、自分では判らんのが残念だな。と言っても、【妖精】ならともかく自分が入っていた湯は流石に進んで飲もうとも思わんが」
と言う割に、しっかり一口は試すアリア様。
好奇心旺盛なお姫様だな、本当。
ていうか妖精茶も欲しがらないでほしいとこなんですけどね。
この世界だと言うだけ無駄なのはもう解ってるんだけどさ。




