348:冷やしてみよう。
そろりそろりとアヤメさんの持つ火に手を近づけ、何度か火の上を撫でるように往復させるお姉ちゃん。
「うん、温かいだけだね。ちょっと熱いかなーってくらい」
火のついた所を包むようにぎゅっと握って消火し、パタパタと手についた炭を払う。
「では逆はどうだ? コレット、氷を出してくれ」
「はっ」
コレットさんが氷の入った容器を取り出し、小さめの粒を小皿に平たく盛ってお姉ちゃんから少し離れたところに置く。
あぁ、魔法で出したら魔法防御なのか判らないから普通の氷か。
ていうか何でも持ってるな、この人達……
「んー、ちょっと冷たいなって感じるだけですね。……うん、転がってても全然寒くならないです」
ぺたぺた触って、上にごろっと転がってみるお姉ちゃん。
うん、一つ置くだけじゃなくて平たく敷いたのはそうしてみろって事だろうな。
なんか小さい氷が敷き詰められてる上に転がってるのって、鮮魚コーナーみたい。
まぁそんなどうでも良い連想は置いといて、温度変化では死なないって事か。
流石に限度は有ると思うけど、普通に発生するようなのでは問題ないと。
「ふむ。白雪はどうだ?」
「……えーと、多分一分もしないうちに死ぬんじゃないですかね」
横から手を触れてすぐに引っ込め、アリア様に返事をする。
うん、小さい分火の通りも良いし熱を奪われるのも早そう。
……なんかカトリーヌさんが乗りに行こうとしたのか、横でラキに捕獲されてる。
うん、放っとこう。
「本当に死なない様にされてるんだねぇ。大掛かりな巻き取り機とか作って、無理矢理引き伸ばすくらいしないと無理かなー?」
「それを飼い主が見逃してくれればだがな。自害は実質不可能と思った方が良いだろう」
エリちゃんの案をアリア様が否定する。
しかしアリア様、飼い主って呼び方はどうかと思うんですよ。
「雪ちゃん雪ちゃん、ちょっと魔法出してみて?」
「ん、魔法防御の強さの確認?」
「うん。自分に撃ってたっていう、チクってする位のやつでお願い」
「えーと、たしかこれくらいかな……」
指を立ててその上に丸めた【火矢】を浮かべると、お姉ちゃんがそーっと指を伸ばしてきた。
「あっつ!? うぅ、やっぱダメかぁ」
「流石に【妖精】の魔法攻撃力なら通るのか」
「ていうか【妖精】の魔力は素通しにする呪いなんじゃない?」
「いや呪いって。……いや呪いだなこれ」
建前は【妖精】の加護だけど、実態はどう考えても【妖精】の為にかける状態異常攻撃だし。
自害さえさせないって相当悪質だぞ。
「まぁ『お友達』側から解除する方法は、一応無いでもないな」
「どうするんです?」
「考え方自体は簡単な物だ。自分が死ねないのなら、魔法をかけた【妖精】を殺せば良いのだよ」
「あぁ、確かに……」
お友達が耐えられる熱や衝撃でも、【妖精】だと一瞬で死ぬもんね。
そうでなくても尖った石とか木の破片とかを隠し持って、突き刺すだけで倒せそうだし。
「ま、【妖精】側もそれを心得ては居るだろうから、実行できるかは別だがな」
「狙うには相当油断させないと無理でしょうね。まぁ白雪ならうっかり巻き込まれて勝手に死にそうだけど」
「雪ちゃんだもんねぇ」
「うるさいやい」
実際ありえそうだから否定はしないけどさ。
「というかもし成功したとしても、すぐに周りの【妖精】に殺されるか縮められるか、もっと酷い目に遭わされるかですよね」
もっと酷い目ってなんだ、アヤメさん。
……いやうん、心当たりがあり過ぎるな。
「うむ。【妖精】の巣であればそうだろうしこの町でやったとしてもロクな目に遭わんだろうから、実質その手段は無いものとした方が良いだろうな」
まぁそりゃそうか。
連れ去られた先で一人倒せたとしても、周りは【妖精】だらけだろうしね。
ここで私を倒すのは、まぁその辺の人の前でなきゃ大丈夫じゃないかな?
町の人はともかく上の人達は【妖精】がアレな事は良く解ってるから、追放なんて事態になる事はまず無いだろうし。
いや、町の人も解った上でなのかもしれないけどさ。
そもそも町中で逆襲されたとしても元々の加害者ってこっちだし、流石にそれはすぐに解放するようお願いするしね。
ていうかそれ以前に、使う気が無いからそういう状況になる事が無いけどね。
「さて、白雪が思った以上にえげつないのは解った所で、もう他には無いよな?」
「あー、うん。とりあえず今日はこれで打ち止めみたいだよ」
地味に酷い言われようだけど、まったく否定できないので普通に返事をする。
ただ「私が」じゃなくて「【妖精】が」だよ?
「そんじゃ、私は抜けて寝るわ。お疲れさん」
「はーい。またねー」
ひらひらと手を振って、アヤメさんがログアウトする。
これNPCから見るとどういう状況なのって思ったけど別段何も感じてないみたいだな。
実際どういう認識なんだろう。
まぁ覚えてたら今度お姉ちゃんにでも聞いてみようか。




