344:洗脳疑惑を受けよう。
流石になんか申し訳ないので、治りが早くならないかなと原型をとどめていないお姉ちゃんの手に【妖精吐息】を吹きかけてみる。
……うわぁ。
確かに凄く早くなったみたいだけど、手首から先がぐにゅぐにゅ蠢いてちょっと怖い。
「うぅ、吹いてもらったらすごい気持ち悪いけどすごい気持ち良い……」
「いやどっちなの」
「見た目はすっごい酷いけど、治っていくのが体に力が入らなくなっちゃうくらい気持ち良いんだよぅ」
「えぇ…… 生還した人が【妖精】信者になってるのってもしかしてそういう……?」
「ふむ、快楽で堕とされたのやもしれんな。無論それだけでは無いだろうが、無関係ではあるまい」
んー、ここまで知れば知るほどロクでもない感じになる存在も、そうそう居ないんじゃないかな……?
ん、なんか違和感が。
「雪ちゃん、いきなりパネル開いてどうしたの?」
「……いや、なんか妙だと思ったらMPがちょっとだけ回復してるんだけど……」
「え? ……ひぃ、MPとSPが減ってるぅ!」
【吸精】使ってないのに吸い取っちゃったのかな?
いや、SPは吸い取れないから関係無いか。
SPは元々満タンだったから、回復したのか判らないな。
「ふむ、味と香りに変換して放出する体質に作り変えられているのか?」
「完全におやつか回復アイテムみたいな扱いだな…… ゼロになったら治らなくなって死ぬのかね?」
「いやー、【妖精】ってその程度で解放してあげるほど優しくないでしょー。噛んだガムみたいに味がしなくなるだけで、また美味しくなるまでその辺に転がされるんじゃない?」
「うむ、確かに。わざわざ治癒力向上を与えているくらいだしな」
おのれエリちゃん、言いたい放題だな。
でも正直、全然否定できない。
「味わった挙句に修復で誘惑して、自分から進んで食べてくれって言うように洗脳して行くのか……」
「アヤメさん人聞きが悪い、って言いたいけどそうとしか思えないから反論出来ない」
「っていうかもう似たようなこと私にやってるよねー」
「いや、それは…… うぅ、否定しきれない……」
でもエリちゃんは洗脳されたっていうか勝手に食いついてきただけだと思うんだ。
少なくとも好きでやったんじゃないやい。
あと魔力の浸透は回復っていうか攻撃みたいなもんでしょ。
「むむっ!」
なんかお姉ちゃんが唐突に警戒した様な声を上げた。
「いきなりどうしたの」
「あっちから捕食者の視線を感じる!」
……あぁ、なんかテーブルのふちから顔だけのぞかせてるカトリーヌさんが居るな。
そういえばいつの間にか近くに居なくなってたけど、なんで隠れてるんだ。
「バレてしまいました」
「いや何やってんの?」
「ただのお遊びですわ。気付かれずに接近出来ましたら噛ませてくれとお願いしてみようかと思いつきましたの」
隠れるのをやめてこっちに飛んできた。
相変わらず変な所でお茶目な人だな。
「いや何で……ってそうか、カトリーヌさんってイチゴ好きだったっけ」
「ええ。訓練の時に頂いた魔力もとても好みの味でした」
「うぅ、身の危険を感じる……」
「大丈夫ですわ、ミヤコさん。当人の意思を無視して噛みついたりなどは、決して致しません」
……今まで私の意思は割と無視されてた気がするけど。
私にやってきたのは攻撃じゃないから別の扱いとかなんだろうか。
まぁ別に良いんだけどさ。
「ていうかカトリーヌさん、ジョージさん達みたいに魔力隠せなきゃ気付くなって方が無理だよ」
「あぁ、そういえば…… ってお姉ちゃん、なんか魔力がかなり濃くなってない?」
「えっ? あ、本当だ」
気にしてなかったけど、よく見たら【妖精】ほどじゃないけど結構な密度になってる。
そういえば普段より味が濃かった気がするな。
人間サイズの時の魔力量のまま、このサイズに詰め込んだ感じなのかな?
「おー、手の形まで大体判る…… これなら強い魔法撃てたりしないかな?」
目を閉じて治った手をぐーぱーしてみるお姉ちゃん。
「どうだろ……って多分ダメじゃない? なんかペナルティとか書いてあったし」
「あ、そういえばそうか。でも一応試してみて良い?」
「……えーと、それは私に撃って良いかって事?」
なんだかんだ言って、的の候補に最初に挙がるのが妹って辺り、お姉ちゃんも結構このゲームに染まってる気がする。
……いや、染めたの私か。
「ダメかな? 【火魔法】ならここでも使えるんだけど」
「まぁ良いけどさ。万一その濃さに比例した強さの魔法が撃てたとしても、ステータスの差は変わってない訳だから大して痛くも無いだろうし」
「ぐぬぬ、強者の余裕…… 魔法アタッカーとしては屈辱だよぅ」
「あー、いやごめん。別にバカにするつもりは無いんだよ」
「白雪さん、煽ってる様なものですわ」
……それもそうだ。
最初のセリフも後の言い分も、完全に上から目線だよこれ。
「ぐぬー。でも実際、INTもMNDも圧倒的な差があるのは事実だもんなぁ」
「ま、まぁ、だから遠慮なく撃って良いよって事で……」
「よーし、見てろよーぅ。【火矢】っ!」
人差し指を鉄砲みたいにこっちに向けて、元気よく魔法を放つお姉ちゃん。
……うん、ごく普通の威力の小っちゃい炎が飛んできた。
「ふ、普段よりショボい……」
「いや、どうだろ。お姉ちゃんのサイズ相応ではあるんじゃない?」
「うぅ、確かに…… 威力も変わってないっぽいし、雪ちゃんと同じ様なペナルティなのかな……」
「っぽいねぇ」
そのまま消えても勿体ないので、お腹にぽすっと当たった炎を拾ってカトリーヌさんに上げておく。
私はさっき噛んだしね。
「むー、消費は普段通りなのになぁ。あ、でもやっぱり回復は早いねぇ」
「あー、三割増しだもんね。経験値がちゃんと貰えるなら、訓練には良いのかも?」
「ちゃんと貰えるならねぇ」
うん、その辺信用ならない開発だもんね。
「んー、貰えるんじゃないかな?」
おや、上からエリちゃんの声が。
「ん? 何で?」
「ほら、魔力が強い方が美味しいんでしょー? それなら回復量を活かして鍛えさせそうだし」
あぁ、そういえばエリちゃんもなんか訓練しようとしてるんだったか。
「ふむ、確かに。生還した者たちは皆凄まじい魔力を持っていたというし、訓練を課せられていた可能性は有るな」
「あー、そういや言ってましたね。体力の方も、あんな体なら手荒な訓練もやり放題ですしね」
あぁ、確かにアヤメさんの言うとおりだな。
痛くも無いし打撃や関節技は無効みたいなもんだし、ちょっとくらいHPが減ったとしても治癒力強化で治りも早いか。
刃物に強いのかは判らないけど、普通より弱くなってるって事も無いだろう。
「でもその為には雪ちゃんに縮めてもらわないとなんだよね。結構一杯使うんじゃない?」
「んー、最初の発動に百と、縮めるので多分千点近く消費してるね」
細かい数値は見てないけど、大体そんなもんだと思う。
「うへー。気軽に頼むにはちょっと重すぎるねぇ……」
「ん? いや、【妖精】的には別にそうでもないかな」
「草むしりでお弁当を作っておけば済みますし、大した事はありませんわね」
「うぅ、この魔法使いとしての圧倒的な格下感……」
「いや、まぁそこは種族特性だし……」
しょんぼりされても対応に困る。
その分すぐ死ぬんだし、そうなりたくはないでしょ?




