341:パニックを起こそう。
ゆっくりと減速し、テーブルの真上で一旦停止するシルク。
「みんな、声は小さめにしてあげてね」
「ああ、聞こえてたから大丈夫だよ」
「うむ」
私が一応確認しておいて、その返事が来たのを確認してシルクがゆっくりと降下を始める。
あれ、なんかお姉ちゃんが俯いて手で顔を覆ってる。大丈夫かな?
「お姉ちゃん、大丈夫? どこか具合悪くなった?」
「んーん、大丈夫だよ。こうやって見ない様にしておいて、下に着いて初めて皆を見れば少しは最初の雪ちゃんの気持ちが解るかなって思ってね」
あぁ、目隠ししてるだけか。
狐耳もへにゃってなってないしな。
「そんな変な所で自分に厳しく行かなくても、別に気にしてないのに。本当に怖いんだよ? 慣らしていった方が良いよ?」
「いーの、それでもやるの」
「まぁ良いけど……」
お姉ちゃん、妙な所で強情なんだよなぁ。
まぁやるって言うならリアクションを眺めるとしようか。
流石に本格的に怯え始めたりしたら、見てる場合じゃなくなるけどね。
「あー、そうだ。私っていうか、ラキの気持ちを分かってあげられるかもね」
「ラキちゃんの?」
「ほら、お姉ちゃん最初に襲ったせいで、いまだに威嚇されるでしょ?」
「うぅ、襲ったわけじゃないのに……」
「体験してから同じことが言えるかな? まぁラキよりまだ十倍は大きいけどね」
「あ、今の大きさならラキちゃんの顔も見えるかな?」
「あー、見えるだろうね」
私でも見えるんだし。
にしても普段のサイズ差だと、顔立ちなんてロクに見えないだろうなぁ。
「まぁそれはともかく、そういうわけでアヤメさん、お姉ちゃんが顔上げたら勢いよく迫ってあげて」
「やるのは構わないけど、本当に大丈夫なのか?」
「だ、大丈夫!」
「だってさ」
「はいよ。まぁ接触だけはしない様に気を付けるよ」
「そっちは大丈夫じゃないから、ほんとお願いね」
まぁ死なないって意味では大丈夫だけどね。
いや、どのくらい耐えられるのか判ってないし、もしかしたら死んじゃうかも知れないけどさ。
「あんたじゃあるまいし」
「うぅ、前科が有るからあんまり言えない……」
お姉ちゃん、なんだかんだで一番【妖精】を殺してるからなぁ。
まぁ何回かは私がやらせたんだけど、それを抜いてもね。
「おぉ、本当に小さいな……」
「ふむ、昔話の妖精たちはこうして連れ去っていたのかな?」
「お友達って言うくらいだし、そうなんじゃないかなー?」
テーブルが近づいてきたので、カップから出してあげるとしよう。
カップの中に居たままじゃ、怯えても壁に囲まれてて逃げ場も無いし。
いや、出してもテーブルの上だから逃げられないんだけどね。
「お姉ちゃん、抱えるよー」
「え? あ、うん。落とさないでね?」
「大丈夫だってば」
カップの中に手を突っ込んで、座って目隠ししてるお姉ちゃんのお腹を両側から掴む。
弱くて落ちても、強くてぐにゅってなっても困るので、力加減は慎重に。
そっと持ち上げてカップから取り出し、テーブルの真ん中に降下していく。
お姉ちゃんの服とかが結構場所取っちゃってるな。
まぁお茶を飲む邪魔にはなってないみたいだし、問題無いか。
足の指や足首がぐきってならない様に気を付けつつ、そーっと下ろして自分の足で立ったのを確認してから手を離す。
「はい、下ろしたよ」
「うん、ありがとね。 ……うー、よ、よーし。開けるぞー、み、見ちゃうぞー」
「いやさっさと見なよ」
見るって言いながら、顔を覆った手が全く動いてないじゃないか。
「うぅ、解ったよぅ。……えいっ」
「よっ、と」
「ひぃっ!?」
あ、反射的に後ろに下がって思いっきり尻餅ついた。
「あっ、はぁっ、ひっ、やぁぁ……」
げっ、思った以上に怯えちゃったかも。
泣きそうな声を出しながら、尻餅をついた姿勢から力の入らない手足で後ずさりして、後ろを向いて四つん這いでよたよた逃げてる。
だから言ったのに……
「だ、大丈夫か……?」
「ひぃっ!? はっ、はぁっ」
心配そうなアリア様の声にも怯えて、進路を変えるお姉ちゃん。
むぅ、これは保護しないとマズいか……?
ってどこに逃げるのかと思ったら、さっき脱いだ自分の上着の方に行ってるぞ。
どうするんだろ…… あ、口の開いてる袖から中に入っていった。
でも途中で折れてて行き止まりになってるから、あんまり奥にはいけないな。
まぁとりあえず物陰に隠れられればって所だろうから、それでも十分か。
私もそんな感じだった覚えが有るし。
「言わんこっちゃない…… 白雪、レティが居ないからなんとかあんたが宥めてやってくれよ」
「うむ。私やエリシャが近づいても更に怯えさせるだけであろうしな。頼むぞ」
「うーん、大丈夫かな……?」
まぁ、多分一時的なパニックを起こしてるだけだとは思うけど、それでもなるべく早く立ち直らないとしんどいだろう。
「お姉ちゃん、入るよー」
袖口の前に膝をついて、袖の端をトントン叩いて中に知らせる。
広めの袖だから、立って入るのは無理でも四つん這いなら入っていけるくらいの高さは有る。
「やー! めーっ!」
……幼児退行してない?
「あー、うん、わかったよ。それじゃ、落ち着くまでここで待ってるからさ」
レティさんにもそうしてもらったし、私も真似てみよう。
あの安心感を出せる気はしないけど。
……てかこれ、むしろ追い詰めてる様にしか見えないな。
ん? あれ、ラキ?
ってちょっと待って、今入っちゃダメだよ!?
「ひっ、えっ、あ、ら、ラキちゃん……」
あれ、自分よりちっちゃい相手を見て少しだけ落ち着けたのかな?
「ひぃっ、ご、ごめんなさぁーい!」
こらこら、威嚇しない。
ただでさえ怯えてるのに、これ以上脅かしてどうするんだ。
「うぅ、ほ、本当に、よく解りました……」
へこーと力の入らない手足でラキに土下座するお姉ちゃん。
……ラキがその頭に近寄ってぺちぺち叩いてる。やめたげない?
あ、満足したのか下に手を突っ込んで、無理矢理頭を上げさせた。
両手を腰に当てて、ふんすって感じで胸を張ってるな。
後ろからだからいまいちよく解らないけど、許してあげたのかな?
「うぅ、ご、ごめんね雪ちゃん、思い付きで余計な迷惑かけちゃって……」
「いやうん、まぁこればっかりは仕方ないよ」
……ていうか謝らなきゃいけないのはこっちか。
アヤメさんにわざわざ脅かしてもらったの、私だったよ。
ただ見るだけだったらここまでにはならなかっただろうし。
「ぴ」
あ、謝ろうと思ったらぴーちゃんも来た。
でも大人しく隣に座るだけなのね。
なんかタイミング逃したし、後でまた謝っておくとしよう。
「え、待って、心の準備がまだ…… ひぃっ、わ、解ったよぅ」
ラキに指をクイっと引っ張られて泣き言を言い、キシャーっと威嚇されるお姉ちゃん。
いやいや、確かにパニックはもう収まってるみたいだけど無理させちゃダメだよ?
「ぴぃ、ぴー?」
両膝を突いて羽の先で自分の胸元をぽふぽふ叩き、すぅっと迎え入れる様に羽を広げて、お姉ちゃんに問いかける様に鳴くぴーちゃん。
私が守ってあげるから安心してこっちにおいで、って事かな。
柔らかな優しい笑顔だし。……うん、比較的。
ラキの腰が少し引けてる気がするけど、まぁお姉ちゃんに伝われば良いのだ。
「うぅ、ぴーちゃん、大好きぃ……」
ラキに追い立てられるようによろよろと出てきて、ぴーちゃんのお腹にぼふっと倒れ込むお姉ちゃん。
……っておいおい、ぴーちゃんのふかふかに頭が挟まっちゃったぞ……?
あれ温かいしふわふわで気持ち良いだろうけど、ちゃんと息出来てるんだろうか。
鼻が完全に根元の羽毛に埋まってるっぽいけど……




