316:押し込まれよう。
「ジェイさん、開けますよ」
「はぁい。ディー、お客様よー」
見えているのは判っているけど一応ノックして声をかけるランディさんと、あえて中から声を出すジェイさん。
こうするのもジェイさんの希望なんだろうか。
「どうぞ」
ランディさんがドアを開けて手をドアノブにかけたまま、入り口の横に控えて入館を促す。
あ、なんか先頭のアヤメさんがちょっと躊躇ってるな。
まぁアヤメさんは建物自体がジェイさんだって事、私から聞いて知ってるもんなぁ。
うん、でも背後にレティさん居るしね。
立ち止まっても笑顔で背中押されるだけだよね。
アヤメさんの背中をグイグイ押しながら入っていくレティさんに、お姉ちゃんとアルおじさん達が続く。
最後に私とカトリーヌさんが入ったのを確認して、ランディさんが「無事をお祈りします」と呟いて扉を閉めた。
嫌な事を言わないでほしいものだ。
「やあ、いらっしゃい」
奥からディーさんが出てきて、笑顔で迎えてくれた。
知り合いは私だけなんだし、前に出て挨拶するとしよう。
「こんな時間に押しかけちゃってすみません。この人達がディーさんの研究に興味が有るって言うので、顔つなぎに一緒に来ました」
「うん、聞いてるよ。まともなお客さんが来るのは珍しいし、歓迎するよ」
「あらあら、こんなにお客様が来るのは初めてねぇ。椅子が足りるかしら?」
「白々しいよ、ジェイ」
おや、奥から人型に擬態したジェイさんが出てきた。
髪や目に色を付けて、普通の服も着てるからちゃんと人間に見えるな。
いや、あの服も擬態なのかな? まぁどっちでも良いか。
まぁうん、ディーさんのツッコミももっともだ。
別に椅子くらい、自分の体でいくらでも作れるだろうし。
「それじゃ、こちらへどうぞ」
「あ、私たちは付き添いみたいなものなんで……」
奥に案内しようとするジェイさんに、アヤメさんが遠慮…… いや、遠回しに帰らせろと言ってる。
「あら、寂しいわー? せっかくいらしたんだから、お茶くらい出させてくださいな」
「あー、いや…… っておいレティ」
「往生際が悪いですよ? おもてなしは素直に頂きましょう」
「アヤメちゃん、これ抵抗しても無駄だと思うし、潔く諦めた方が良いんじゃないかな」
「うぅ、今逃げても同じ事になるだけか…… わーかった、解りましたー」
両手を上げて降参の意を示しつつ、ジェイさんの方に歩いていくアヤメさん。
何気に手を上げたついでにシルクを撫でてたな。
なんだかんだイジられてるけど、かなりシルクを気に入ってるよね。
シルクもお返しに、普通に頭をなでなでしてる。
うん、仲良しなのは良い事だ。
「アヤメちゃんは何でそんな嫌がってんの?」
「あー、まぁすぐに解ると思うよ……」
「言ってはくれないのな」
「うふふ。この子、良い子なのねぇ…… あら?」
ネタバレを控えるアヤメさんをにこやかに見ていたジェイさんが、ふと声を上げてレティさんと見つめあった。
二人して無言で視線を交わして、時折ちらりとアヤメさんを見てる。
あ、なんか握手した。
何を解りあってるんだ、この二人は。
「なぁ、やっぱ逃げちゃダメかな」
「気持ちは解るけど、多分無駄だからあきらめよ?」
天敵同士が協力体制になったことに怖気づくアヤメさんを、お姉ちゃんが哀れみの笑顔で宥める。
まぁ実際、すでに相手の体内に居るんだから、確実に脱出しようと思ったら死に戻るしかないだろうな。
ログアウトだと次もここからだろうし、強行突破できる相手とは思えないし。
「くそぅ、抵抗は止めないからな」
「いやー、その抵抗を楽しまれちゃってる気もするけどね」
「大丈夫よー。変な事はあんまりしないから安心して?」
「その言葉で何をどう安心しろって言うんですか……」
うん、あんまりって言ったしね。
少しはするって宣言してるよね、それ。
なんかさっきジェイさんと握手したレティさんが、自分の手を見て怪訝な顔してる。
多分、感触まで正確には擬態してなかったんだろうな。
見た感じ粘液は止めてるし、握ったらぶにょってしたんだろうか。
「はい、ごゆっくりどうぞ」
扉を開けて入るように促すジェイさん。
中に入ってみると、広めの部屋に大きなテーブルときっちり人数分の椅子が用意してあった。
いや、木製の家具に見えるこれも全部、ジェイさんのおにくなんだろうけど。




