293:奢ってあげよう。
「はいはーい、落ち着いてー」
お姉ちゃんにグイグイ詰め寄っていたシャルロットさんの両肩を掴み、ヒョイッと持ち上げて下がらせるエリちゃん。
「あっ、すみません。ただ、この扱いはどうも……」
「んー? あー、大きさ関係無いからそういう意味は無いよー」
「おわっ!?」
シャルロットさんの「ちっちゃい子扱いしないで」という抗議を、エリちゃんがアヤメさんの腰を両側から掴んで持ち上げながら流す。
流石のくまさんパワーだな。
「おお、なるほど。そういう事であれば」
「いやあんた、せめて何か言ってからにしろよ……」
「あだっ」
エリちゃんの脳天にアヤメさんのチョップが炸裂した。
うん、まぁ仕方ないよね。
「恰好良いとか憧れですとか、その職業を選ぶには十分な理由ですよね」
「そうなのです。現実では馬に乗る事だけでも中々にハードルが高いので」
「乗馬クラブの体験乗馬に行った事有るけど、あれじゃお値段は安くてもただ乗って歩くだけって感じだしねぇ」
「え、ちょっと待ってお姉ちゃん。初耳なんだけど? 一人で行くのズルくない?」
一応ダメ元で、一回くらい誘ってくれても良いじゃないの。
「いやー…… 他の所ならともかく、人が乗ってるお馬さんが暴れたら、ね……?」
「あ、そっか…… うん、確かに」
うぅ、確かに棹立ちになられたり暴走されたりしたら大事故になりかねないもんね。
流石にそれは試す訳にも行かないな。
「む? ……あぁ、妖精さんの声を聞くのにはスキルが必要なんでしたか」
「一応、静かな場所で大声を出せば聞こえる様ですが、ここでは無理ですね」
一人で納得するシャルロットさんに、レティさんが補足する。
「はい、手ぇ出して」
「え?」
「せっかく屋台に居るんだから、食べなきゃな」
アヤメさんがいつの間にか追加で魚を一本注文してたらしく、シャルロットさんにスッと差し出した。
「おいくらですか?」
「いやいや、上げるって。これも何かの縁って事で、遠慮しなさんな」
お財布を取り出そうとするシャルロットさんを押しとどめ、魚を押し付けるアヤメさん。
「むぅ、ではありがたく頂きます」
しぶしぶと言った感じに受け取り、一口食べて笑顔になるシャルロットさん。
……美味しかったのね。
てかお金無いって言ってたし、結構お腹空いてたのかな?
そんなそぶりは無かったけど、武士は食わねど高楊枝って言うもんね。
武士じゃなくて【騎兵】だけど。
「ところでシャルロットさん、確か一度は捕獲に成功したんだよね?」
「んむ、はい。野生馬を探している内に奥地に踏み込んでいたらしく、牛型の魔物に襲われましてね。丁度良いと思い応戦しました」
「色々気になるんだけど、とりあえずお馬さんを見つけて、どうやって捕まえるつもりだったの?」
「その時は生息地だけを確かめるつもりでしたので。まずは見つける所からという事ですね」
「あー。で、どうやって一人でそんな奥地まで?」
「戦闘音で馬を驚かせていては見つける前に逃げられてしまいますので、敵に気付かれぬ様にコソコソと隠れて進みました」
「妙な所で凄いな…… てか、よく一人で弱らせたよな」
「何を隠そう、私、実は槍よりも剣の方が得手でして。地に足が着いていれば、突っ込んで来るだけの牛を切り捨てるくらいは容易い事です」
「……えーと、【騎兵】なんだよね?」
「出来る事と、やりたい事は別なのです」
「いや、うん、まぁそういう事もあるか……」
困惑するお姉ちゃんとアヤメさん。
まぁそりゃそうもなるよ。
「ところで、槍の方の腕前は?」
「恥ずかしながら、そちらの方は素人同然でして」
はっはっはと笑うシャルロットさん。
うん、まぁ楽しむのが大事だよね。うん。




