284:油を落とそう。
「流石にこれは冗談です」
いそいそとバターを懐にしまいつつ立ち上がるモニカさん。
「本当に止めて下さいね?」
「はい。白雪様に頂いた物を駄目にしてしまうなど、許される事ではありませんので」
「いや、それは別に良いんですけど」
そんな恐ろしい物を置いておいてほしくないだけで、傷んだら捨てようって話だよ。
まぁ確かに、わざわざお願いしてまで貰った食べ物を傷ませちゃうのはどうかと思うけどさ。
「モニカさん、物がバターですし、あんまり温めない方が良いんじゃないですか?」
懐に入れたのを見て、気になったらしいお姉ちゃんが忠告する。
私が足で混ぜてた時点で今更って感じはするけどね。
「そうですね。自室に保管して参ります」
「モニカ、待ちなさい」
おや、片付けに行くモニカさんをコレットさんが呼び止めた。
「はい。何か?」
「白雪様、こちらに足をお入れください」
「え? あ、はい」
モニカさんの問いかけを無視して、五十センチほどの小さな小鉢に白い粉をサラサラと注いでこちらに差し出してきた。
本当に色々持ってるな、このメイドさん。
器に盛られた白い粉の山に、指示通りにモフっと足を突っ込む。
さっきと違ってフワっとした感触で、これはこれで気持ち良いな。
「油の付着した所に、満遍なくお付けください」
「はい」
返事をして、粉を手で掬ってバターの付いたところに押し付けていく。
「粉が油を吸っているはずですので、落として頂ければ幾分綺麗になるかと」
「おー、ほんとですね。ぽろぽろ取れました」
固まって足に貼り付いた粉を、手でこそぎ落としていく。
うん、これなら残った粉を流すだけで大丈夫そうだな。
「落ちましたら、こちらでお洗いください」
粉をパンパン払っていると、同じサイズの小鉢に水を注いだ物がコトッと横に置かれる。
一緒にハンカチも添えてくれたし、これで拭けって事だろうな。
「あ、はい。ありがとうございますー」
「いえ」
いつも通り、仕事だから気にするなって事かな。
でもまぁ、それでもお礼は言わないとだよね。
「結構綺麗に落ちましたけど、これって何の粉なんですか?」
「小麦粉です」
「えっ」
「雪ちゃん、カラッと揚げられちゃう?」
「いや、洗い流してるじゃないの」
ていうか私を揚げても、死に戻りで消えるだけでしょうに。
「粒が細かいので、意外とこういった用途にも使えるのですよ」
「あー、なんか昔言ってたなぁ」
「はい。掃除の時にお世話になりました」
横からレティさんがとても簡単な説明をしてくれた。
へー、食べる物ってイメージしか無かったなぁ。
いやまぁ食べ物には変わりないし、大抵は期限が切れちゃった物を使うんだろうけど。
「コレットさん、私をわざわざ呼び止めたという事は」
「器は後で返しなさい」
「ありがとうございますっ」
コレットさんがスススッと机の上の器をモニカさんの前に滑らせると、モニカさんはもの凄い早口でお礼を言って、深々と頭を下げた。
割と近かったとはいえ、まさかお辞儀の風圧で飛ばされかけるとは。
笑顔で小屋に向かうモニカさんを見送り、ふと机の上に目をやると少し悲し気な顔のラキとぴーちゃんが。
いや、悲し気っていうか「ちぇー」って感じだな。
あー、また舐めようと思ってたな?
同じ様な顔してるのがもう一人横に居るけど、いつも通りスルーで。
「あれ、そういえばシルクちゃんが出てこないねぇ」
「って今更? 多分お仕事してるんじゃないかな」
「んー、出てきたのは見てないし、お家の中だろねー」
かなり時間差な感じのお姉ちゃんの疑問に突っ込む。
うん、めーちゃんの言う通り【魔力感知】でも家の中に反応がある。
んー、あれはお風呂の辺りかな。
今度は何をやってるんだろ?
「キリも良いし、そろそろご飯食べに行こうか。白雪はシルクちゃん呼んできなよ」
「うん、ちょっと行ってくるよ」
アヤメさんの言葉で、玄関に向かって飛んで行く。
まぁ別にここからでも呼べば出てくる気はするけど、何やってるかちょっと気になるし。
「ふむ、では私がエリシャを呼んでやろう」
「え、いやそんな」
アリア様の提案に慌てて遠慮しようとするアヤメさん。
まぁそりゃそうだよね。
「何、ついでだから気にする必要は無いぞ」
「ついで、ですか?」
「うむ。行くぞ、コレット」
「はっ」
振り向いて見てみれば、言葉と共に差し出されたアリア様の手に、コレットさんがスッと猫じゃらしを乗せていた。
うん、まぁ可愛いよね、猫。
何気にコレットさんも、もう一本取り出して持ってるし。
……ていうかコレットさんの方が楽しみにしてない?
普段より耳がピーンと立ってるぞ。




