272:頼み込まれよう。
うーむ。
この人も結構アレな人なのかなーって思ったけど、そうは言っても比較的まともな方か。
いや、カトリーヌさんが濃すぎるだけな気もするけど。
うん、ちょーっとアリア様が好き過ぎるだけだろう。
「ふむ、ふむふむ」
「どうですか?」
「アリア様、良いなぁ。私も雪ちゃんのバター食べたーい」
「いや私じゃなくてカトリーヌさんだし。っていうか、私のバターとか言われるとなんか私をすり潰した物みたいに聞こえるんだけど」
ピーナッツバターみたいな。
「いやー、流石にそれはキッツイかなー」
「カトリーヌ、『なるほど』って顔しても私らはやらないからな」
「と言いますか、それはバターというより挽肉ですよね」
「まぁそうだけどさ」
四つん這いのまま「ちぇー」って顔になってるカトリーヌさんは放っておこう。
そういえばカトリーヌさんの背中、あらかた取りはしたもののまだ結構テカテカなままだな。
「ラキ、ぴーちゃん」
お、何を言おうとしてるのかは解ってるみたいだな。
「良いの?」って顔してるし。
「ごー」
「えっ? あら? ふあぁぁぁぁぁ」
おー、すっごいくすぐったいけど崩れ落ちたら乗ってるラキに悪いからか、ぷるぷるしながら四つん這いを維持してる。
背中だけだからマシだけど、やっぱり慣れないとくすぐったいよねぇ。
「うわー……」
「群がられてんなー」
「油は取れるでしょうけど、洗う事には変わりなさそうですね」
「まぁ勿体ないしせっかくだからね」
「んー、という事は……」
……しまった、お姉ちゃんが何か言おうとし始めたぞ。
「これは、白雪さんも余すところなく舐め回されたという事ですね」
「まぁ正直、美味しくなるって時点で大体想像が付くし、あんまり驚かないけどな」
「雪ちゃんの事だからダメーとは言わないだろうしね」
「いや、言うだけ言ってみてシルクちゃん辺りに悲しそうな顔されて、仕方ないって許す感じじゃないか?」
「あー」
「目に見える様ですね」
「うっさいやい」
それに今回は違うし。
そもそもダメとか言う暇もなく舐め回されて、そのまま諦めただけだし。
もっとダメか。
「うーむ、これはとても良い」
「お、高評価ですか」
「うむ。出来る事なら、量産して売ってほしいくらいだぞ」
「そうですね。姫様にお出しする料理に使わせて頂ければ、より良い物が出来るかと」
げぇ、危惧していた事が別の人から言い出された。
でも相手が相手だけに、理由も無く断りづらいよなぁ。
いや、理由なんていくらでも出せそうな気はするけどさ。
「でも量産するって言っても、あんな感じで作ってたったあれだけの量ですし……」
振り向いて見てみたら、崩れ落ちて悶えてたけど気にしないでおこう。
なんか関係無い所をくすぐられてた気がしたけど、まぁ嬉しいだろうから放置放置。
「ふむ、しかしそれなりの大きさの器でも一晩で変質していたらしいからな」
このくらいの、とアリア様が両手でバスケットボールくらいのサイズの輪を示す。
「今と違って一杯居たからじゃないですか?」
「ふむ」
「……いえ、製法の違いなのではないでしょうか」
「む?」
コレットさんの言葉にアリア様が疑問符を浮かべる。
「伝えられている【妖精】の性格から考えると、先ほどの様に丁寧な仕事をしているとは思えません」
「ふむ、まぁ確かに『ニンゲンに良いバターを作ってあげよう』などとは考えてはおらんだろうな」
「それに意図的に魔力を流したり、能力を使う訳でも無いと」
「そうですね。私はマッサージの潤滑剤にされただけでしたし、今も背中に触れさせてただけですし」
肌に触れさせてただけで、特には何もしてないな。
「恐らくなのですが、ただ集まってバターで遊んでいただけではないかと」
「ふむ、泥遊びの様なものだと?」
「はい。大きな容器で置いておくと、丁度白雪様の背丈程までしか変質していなかったそうですので」
「なるほど、風呂の様に浸かってみたり、泳いでみたりもしていただろうという事か」
「はい。それならばそれなりの量が常に体に触れているでしょうから、一晩で作る事も可能かと思われます」
「あの、そこでチラッとこっち見られても困るんですけど」
やれってこと?
正直気が進まないんだけど。
ていうか、泳ぐにはちょっと粘度高すぎない?
頑張っても精々プールを歩くくらいにしか動けないと思うよ。
「白雪、当然報酬は支払うから、少しでも良いので頼めないか?」
「うぅ、そんな真顔で言われても……」
「その価値は有りますので」
くそぅ、コレットさんがもっと真顔だ。
アリア様に少しでも良い物を出すチャンスを逃したくないのか。
「頼む、この通りだ」
「う、うぅ…… わ、解りましたよぅ」
「ね、やっぱ雪ちゃんは押されるとすぐ折れるんだよ」
「予想通りで賭けにもならないな」
ええい、うるさいぞ外野。




