270:マッサージを振り返ろう。
「で、帰ってきてめーちゃんに挨拶して、家に入ったらシルクが出迎えてくれたんだけど」
「けど?」
「ぴーって挨拶したぴーちゃんが唐突に匂いを嗅がれて、むーって顔で見られてた」
「え、何でだ?」
「なんか私の匂いが移ってたみたい。研究所でめっちゃスリスリされてたから」
「判るものなんですねぇ」
……私匂ってないよね?
そういうのってある程度までは、自分じゃ判らないものだろうしちょっと心配になるよ。
まぁ召喚獣以外にそういう反応された事は無いし、大丈夫だと思うけど。
いや、そういうのは相当ひどくないと、あんまり言わない気もするけど。
「本当に匂いなのかはよく判んないけど、まぁ鼻で嗅いでたし匂いって事で。で、ドアを閉めたらすぐに上着を脱がされて、抱っこされてなでなでスリスリされた」
「ずるいぞー、私も可愛がれーってことかな?」
行動からすると、むしろ『私にも触らせろ』って感じもするけど。
「多分。まぁ自分で戻るって言ったとはいえ、お仕事させて放っといたのは事実だからこっちからも撫でてたら、お風呂の近くの部屋に連れていかれた」
「風呂の近くというと、初めに布を置いておいた部屋かな?」
「そうですね。今は壁一面に棚が作られて、サイズごとに整頓されてましたよ」
「ふむ」
そういえば色々作ってたけど、工具とか有ったっけ?
もしかしたらシルキーの能力で、家の事に使う簡単な魔法なら使えたりするのかな。
召喚獣の能力って、ちゃんと把握できてないんだよね。
まぁ今度覚えてたら聞いてみようか。覚えてたら。
「ただ、棚だけじゃなくてなんかマッサージ用のベッドが出来上がっててね」
「あー、穴空いてたりするやつ?」
「そうそう、そういうの。で、脱がされてからそこに置かれて」
「え、雪ちゃん玄関で脱いでなかった?」
「あっちは上着で、今度は妖精の服の方。まぁ別に誰かが見てる訳でも無い屋内だし、諦めて好きなようにさせたけど」
「相変わらず無駄に寛大だな」
「私が脱がそうとすると殴りますのに」
「いや、それは当たり前だろ」
「そもそもあれ、中庭で職員さんに見られてる場面じゃないの。いや言うまでも無いと思うけど、屋内でも脱がせないからね?」
なるほどって顔するんじゃない。
やらせはしないぞ。
「マッサージ台に置かれたという事は、存分に揉まれたという事ですか?」
「うん。ただ、揉むだけだと思ってたらめっちゃバター塗り込まれた」
「オイルマッサージの様な感じですか」
「あー、それで裸にしたんだねぇ」
「だね。全身に塗りたくられて、もみもみされたよ。結構気持ち良かったし、カトリーヌさんも興味があったらお願いしてみると良いんじゃないかな」
「それは良いですね。しかし、私のような者に施術して頂けるのでしょうか?」
「忙しい時じゃなきゃ大丈夫でしょ。そもそも、もっと大変な事に付き合わせておいて今更だよね」
「ああ、そういえばボコボコにさせてたな……」
そうそう。
あれをやらせておいてマッサージに遠慮してどうするんだ。
「いえ、こちらはバターを消費してしまうので」
「あー、そういう事ね。でもまぁ私達に塗る分なんて大した量じゃないし、それでも気になるなら自分で買ってきたり、シルクにお駄賃あげたりしたら良いんじゃない?」
「と言いますか、使わずに揉んでもらえば良いだけなのでは?」
「あ、そっか。まぁその辺はご自由にって感じだね」
「ふむふむ。ではまた機会が有れば頼んでみる事にしますね」
「【妖精】にバター、か……」
おおっと、なんかアリア様が呟いてるぞ?
これちょっと嫌な予感しかしないぞ?
「白雪」
「はい、なんですか?」
「過去の資料に『【妖精】の集まる所にバターを一晩置いておくと、少し減ってしまう代わりに格段に質が良くなる』という記述が有ったのだが」
はいきた。あんまり言いたくないやつ。
「量が減るのは【妖精】が取って行ったのだろうと思えるのだが、質が良くなるのはどういう事か判るか?」
「えーと…… ちょっとわかんないですね」
「あ、これ嘘ですね」
おい待てお姉ちゃん。
何故即座に見抜いてバラしちゃうんだ。
「む、何か知っているが教えたくないという事か?」
「教えたくないというか……」
「あー、お茶みたいに恥ずかしい感じ?」
「なんでそういう事言っちゃうかな。まぁもう言うしかない感じになってるから良いけどさ」
「どうぞ」
おおう、コレットさんがスッとバターを乗せたスプーンを出してきた。
やってみせろって事かー。
「……カトリーヌさん、ちょっとこっち来て」
「はい」
自分でやるのは恥ずかしいので、せめてもの抵抗として人を犠牲に。
スプーンから両手で掬い取って、とうっ。
「あひぃ」
「変な声を出さない。どれくらいやれば良いんだろ」
あ、ラキが走ってきて飛び乗ってきた。
私の肩の上でじっと見てるな。
あ、肩をぽむぽむされた。
もう良いって事かな。
「えーと…… モニカさん、指出してください」
人に塗りたくったバターを躊躇なく食べそうな人選となると、必然的に絞られるよね。
実際スッと出してきたし。
「おぉ、これは…… 素晴らしいです」
「白雪、モニカでは質が変わっていなくても反応が同じ気がするのだが」
「あっ」




