269:脱出を振り返ろう。
「で、まぁぐったりって言うかげんなりしてたから【妖精吐息】とお砂糖上げたんだけど」
「けど?」
「その後すぐに憎まれ口叩いて、『酷い事言うのはこの口かなー』って触手突っ込まれて」
「うっわ」
「お腹の中までまさぐられて、せっかく上げた砂糖を全部奪い取られてた」
「何と言いますか、災難ですね……」
うん、まさか既に飲み込んだ物まで奪われるとは流石に思わないよね。
「その後も出ていく途中で『二度と来るか』って言って、『寂しいわー? 仲良くしましょう?』って壁に取り込まれてた」
「懲りないんだねぇ」
「いや、まぁそのくらい言いたくもなるだろうけどな」
「気持ちは解りますが、せめて相手の体内では口に出すのは控えるべきでしたね」
「だね。まぁ実際懲りない人なのは事実かな」
「アホだからな」
「あー、いやそこまででは…… ない、かな?」
「断言してあげなよ……」
唐突に出てくるジョージさんのコメントに、いまいち反論しきれない。
お姉ちゃんはそう言うけどなぁ。
「だってその後、またうつ伏せに倒れてるから吹いてあげたら、粉を上げた時に踏まれた感触が気に入ったみたいで、ちょっとほっぺた踏んでとか言い出すし」
「それは当たり前の事で」
「無いから」
何を言ってるんだろうとでも言いたげなカトリーヌさんの言葉を遮る。
「で、蹴れって言いだしたから思いっきりドロップキックとかやってみても気持ち良さげで、なんか悔しいから座ってべちべち叩いてやったんだけど」
「座ったらほっぺたに届かないんじゃないの?」
「いや、床じゃなくてそのほっぺに座ったからね」
こんな感じで、と何も無い空間に横向きに座って見せる。
「うわー、納得はしたけど違和感が凄いよ」
「壁とかでやってないから余計にだろうね。自分でも凄く変な感じだし」
言いながら元の位置に戻る。
カトリーヌさん、四つん這いになっても座らないからね。
「まぁそんな感じでぺちぺちしても効いてなくて、ジェイさんが退いてみてって言うから離れてみたら」
「また飲まれた?」
「いや、うつ伏せになってた床を柔らかくされて、体の前半分を埋められてた」
「地味にキツいな、それ」
「吸盤みたいにぴっちり引っ付いてて、息が出来なくなってたしね。で、なんとか引っこ抜いて仰向けに転がってたら、『早く立たないと沈んじゃうわよー?』って言って床を泥沼みたいにして飲み込み始めた」
「容赦無いねぇ」
「まぁ一応案内と護衛って事で付いて来てもらってたから、ちゃんとお仕事しなさいって叱られてるのもあるからね」
「ああ、なるほど」
「で、慌てて立ち上がって謝りはしたんだけど」
「今度は何を?」
「ここに居たら酷い目に遭うって逃げようとして、両側から迫ってくる壁にズンって押しつぶされた」
レティさんの問いに、両手をパンッと合わせながら答える。
「え、それ大丈夫なの?」
「押しつぶすって言ったけど、壁は柔らかくして空気も送ってあるって言ってたからね」
「まぁ流石に殺しはしないか」
「うん。殺されるどころか玄関で床から出て来た時にはすやすや寝てたよ」
「なんでだよ」
「いや、あの人めっちゃ寝るからね。狭くて暗くて温かい所に置いてたら、すぐに寝るっぽいよ」
「横に寝かせた適当なサイズの箱にクッションを敷いておけば、簡単に捕まえられるぞ」
「猫か。いや、猫族ではあるのか……」
アヤメさんのツッコミに対する私の返答に、ジョージさんが補足する。
うん、流石にそこまでアレだとは思ってなかったけど。
「で、まぁすぐに起こされたんだけど」
「そりゃそうでしょ」
「研究所から出て少しして、急に立ち止まって振り向くからどうしたのかと思ったら」
「……今度は何だ?」
「研究所に向けてあっかんべーって。お仕置きされたのは完全に自分のせいなんだけどね」
「子供ですか」
「まぁ当然と言うか、背後に警備のお姉さんがスッと現れてこめかみをグリグリしてたよ」
「ほんと懲りないねぇ」
「しかも解放されてすぐに『あの怪力鉄仮面』とか言って今度は正面からアイアンクローでぶら下げられてた」
「……本当に懲りないんだねぇ」
「鉄仮面と言うのは?」
少し気になったのか、レティさんが聞いてきた。
「そのお姉さん…… ジルさんが、全然喋らない上に表情が変わらないからだと思う」
「私ですら聞いた事が殆ど無いからな」
「ああ、成程」
アリア様相手でも無言なのか、あの人。
「ぶら下げられたままぐんにょりしてて流石にちょっと可哀想だから許してもらって、途中で訓練場の柵の上から他の人の訓練を覗いたりしながら帰ったよ」
「あぁ、結構近いもんな」
「まぁ邪魔するのも悪いから、見つかったらすぐに退散したけどね。で、帰ってモニカさんに挨拶してサフィさんが『酷い目に遭った』って言ったら自業自得だろって返されてた」
「そうとしか思えませんでしたし、聞く限り事実の様ですので問題は無かった様ですね」
「あー、まぁそうですね」
うん、改めて並べても否定できる要素があんまり無い。
実際懲りないにも程が有るからな、あの人。




