254:脅かされよう。
「それ、龍が居なくなっても国がヤバいんじゃないですか?」
アヤメさんのツッコミじみた質問が。
まぁそりゃそうだよね。
「いや、王もそうなるであろうことを覚悟していたらしい。自分が居なくなってしまった時の対処を文書にまとめて、私室の机に残していたそうだ」
「それで済む事態なのでしょうか……? いえ、その辺りの出来事が残っているという事は、無事に済んだという事ですね」
「うむ。幸いと言うのも何だが、優秀な跡継ぎも居た様だ」
王様に子供が居なかったり、居ても赤ちゃんだったりしたら酷い事になったんだろうなぁ……
もっと性質が悪いのは、王子様が酷い人間だった場合かもしれないけど。
「ある意味一番恐ろしいのは、【妖精】にとって最終手段であろう【自爆】で立ち向かわなければならない程の相手と戦う決断を『わかったー』で済ませてしまう【妖精】の軽さですわね……」
唐突にカトリーヌさんが口を開いた。
……あー、うん。確かに。
「しかも自分達が危険だからじゃなくて、お願いされたからやろっかーみたいなノリだよね」
「その上、他の連中も何の疑問も無く、全員で命を捨ててかかってくるんだよな……」
お姉ちゃん達も同意する。
うん、そんな「うわぁ……」みたいな顔で私を見るんじゃない。
私は無実だ。種族が同じだけです。
「まぁそういう事もあって、件の村が滅亡させられたのはその村が何か相応の事をしでかしたか、その村を滅ぼさねばならないと【妖精】が思う様な何かが有ったのだろうと思われたらしい」
「それ、そうじゃなかったら酷い話じゃないですかね……」
「まぁな。しかし、少なくとも見境なく暴れる異常な【妖精】の一団が出現した訳では無いらしい」
「というと?」
「少なくとも記録の上では、他の事例が存在しないのだ」
「バレてないだけじゃ?」
その村も、その一人の運が良かっただけっぽいし。
「少なくとも国の把握している集落で、原因不明の滅び方をした所は無いらしいぞ」
「原因が解ってる所はあるんですね」
「まぁそれはな。疫病が発生する事もあるし、盗賊に襲撃される事もあろうよ」
「あぁ、なるほど」
まぁそりゃ、普通に滅びる事はあるか。
ていうか居るんだ、盗賊。
あ、そういえば単独犯だったらもう遭遇してたわ。
「しかしそれでは、逃げ延びた方も身のやり場がありませんわね」
「その人は抗議しなかったんですか? っていうか、その人を調べれば何か解ったんじゃ……」
「後に国の調査団が派遣されたが、その時にはその者は消えていたのでな」
「ありゃ、逃げちゃったんですか?」
それじゃ村が悪いって判断されても、仕方ない感じになっちゃうな。
何もやってないなら釈明するだろうし。
あ、でも信じてもらえないと思った可能性もあるか。
「いいや?」
「……えっと、人ですか? 【妖精】ですか?」
「【妖精】だな。二日後に戻ったと言っただろう?」
「あー、一応聞かせてもらっても?」
聞きたくない気もするけどさ。
「うむ。隣村から確認と護衛の為に二人の男が付き添って、共に村に向かった」
「二人だけですか」
「敵意の有る【妖精】の群れが残っていれば、居れば居るだけ犠牲者が増えるからな。数日経っても戻って来なければ、残りの村人は皆で移住する予定だったらしい」
「移住って言っても、そう簡単じゃないでしょうね」
「それは当然だな。だが、そのまま次の犠牲となるのを待つよりはいくらかマシという事だろう」
「あー……」
まぁ、人の脚で移動できる距離の村が襲われたんだもんなぁ。
数日待つってだけでも十分ヤバい事態か。
「村に着いた三人が見たのは、人間は一人も居ないが、それ以外はほぼ普段通りの村の姿だった」
「いや、人が一番重要ですよね」
「まぁそうだがな。要するに建物や家畜などには、例外を除いて一切手出しされていなかったという事だ」
「例外? あ、さっきもほぼって言ってましたね」
「うむ。何故か数軒の家だけが、地面ごと削り取られた様に消滅していたらしい」
「そこに何かが有ったんですかね……?」
「それは判らんな。ただ、そうだったのだろうとは言われている」
「その時はまだ村の人は居たんですよね?」
「うむ。隣村の男が問おうとしたところ、青褪めて震えていたそうだ」
「単に怖がったのか、何か知ってるのか微妙なとこですね」
「それまでとは段違いの恐れ様であったらしいから、後者であろうな」
「聞き出せなかったんですかね? いや、残ってないって事は聞けなかったんでしょうけど」
「うむ。問い詰めようとしたところで、突然四方の物陰からクスクスと笑い声が響いたそうな」
「うわー……」
怖っ。
ていうか【妖精】の声が聞こえる人達だったんだな。
あ、もし落ち着いた【妖精】が居たら何が起きたのか聞けるし、話せる人を送るのは当たり前か。
「姿を見せないまま少しずつ近づいてくる笑い声に怯えた三人は、背中合わせになって四方を警戒したそうだ」
「まぁそうでしょうね。勝てないって判ってても怖いでしょうし」
「しかしどれだけ声が近づいても、姿は一切感知できぬままであった。既に声だけは目の前まで来ているというのにだ」
とんだホラーだな……
私だったら一目散に逃げるか、半狂乱になって闇雲に攻撃しちゃいそうだ。
「逃げ出したいのを必死で堪え、男たちが【妖精】に呼びかけていると不意に笑い声が止まった」
「ど、どうなりました……?」
「 お か え り な さ い 」
「ひやぁぁっ!? あー、びっくりしたぁ…… 勘弁してくださいよ」
コレットさんが私の背後から囁いてきたよ……
いつの間に背後に来たんだ。
いや、この人たちが感知できないのはいつもの事だけどさ。
既に澄ました顔でアリア様の後ろに立ってるし。
「まぁそんな感じで、男たちの輪の内側から【妖精】の声が聞こえた訳だ」
「いやもう、変にクオリティ上げようとしなくて良いですから……」
「隣村の男たちが振り返るとそこに男の姿は無く、再び【妖精】の笑い声が聞こえ始めた」
……スルーされた。
「えっと、その二人は帰してもらえたんですよね?」
そこまで記録に有る訳だし。
「うむ。『おともだちー?』『おなかまさんー?』と聞かれて、必死で否定して逃げ出したそうだ」
「まぁそこで認めちゃったらどうなるか、見せられたばかりですしね……」
「そして無事に帰った二人の報告で、この記録が残されたという訳だな」
正直、その二人のその後がちょっと気になる。
【妖精】恐怖症にでもなってそうだよ……




