245:手本を見せよう。
土の山に置かれた岩に近づき、手をついて魔力を通す。
「まぁやった訓練って言っても、本に書いてある通り魔力を流して捏ねてただけなんだけどね」
尖った部分を柔らかくして捏ね回し、千切り取ってかざして見せる。
「ん…… 私も、一緒にやってみよう」
両膝をついた姿勢から私の上に覆いかぶさるように前傾し、岩を両手で包み込んで魔力を流し始めるソニアちゃん。
うっかりぐちゅっと岩に混ぜ込まれても困るし、少しソニアちゃんのおひざの方に近寄っておこう。
「【吸血鬼】も太陽が無ければ凄く強いんだし、【妖精】ほどすぐじゃなくてもその内取れると思うよ」
喋りながら近寄ったら片手で膝の上をぽんぽんと示されたので、座れという事だと判断して乗らせてもらう。
おおう、すべすべお肌がとても冷たい。
人間達と違って、普通の体温ではないんだな。
なんていうか、冷血動物的なひんやり感だ。
もしくは死体みたいな? いや触った事なんて無いけどさ。
むぅ、これは予想外の気持ち良さだ。
シルクほどではないとはいえ、吸い付くようなやわすべお肌で、手をつくとひんやりした感触で力強く押し返してくる。
あぁそうか、シルクが人間サイズならこんな感じなのかな。
ちょっと試しに……
おー…… 持ってた石を横に置いてうつ伏せにピトッと貼り付いてみたら、ほっぺたがひんやり気持ち良い……
「雪さん……? どう、したの……?」
「え、あ、ごめん。勝手にひっついちゃって」
手をついて置きあがり、膝にまたがる様に座り直す。
「ん、それは、構わない、よ…… 座っていいって、言ったの、私だもの……」
いや、それにしても上に座るだけなのと抱き着くのとは違うだろう。
やったの私だけど。
「ま、まぁ気長に頑張ろうか」
横に置いた石を拾って、ごまかす様な発言をしておく。
別にごまかす必要は無いんだけど。
「うん、がんばる…… 取れるまでは、それっぽい石だけ鞄につめて、残りは柔らかくして、壁にしようかな」
「それがいいかもね。流石に全部入れておく訳にも行かないし、置いておく場所も無いし」
「外に出られれば、簡単、なんだけど」
「だねぇ」
捨てる為に地表に顔出したら、日中だとそれだけで即死だもんなぁ。
「まぁ外に出られるなら穴ばっかり掘る必要も無いんだけど」
出られないから地中で作業する訳だし。
「そう、だね。……あ、でも、ね」
「ん?」
「力仕事、っぽい事、新鮮…… 現実だと、皆、やらせてくれない、から……」
「あー」
うん、まぁそうだろうね。
こんな小っちゃい子に、重い物なんて持たせられないだろうし。
いや、年上だけどさ。
「皆、優しくしては、くれるんだけど……」
「ま、まぁ良い事じゃないですか。大事にされてるんでしょう?」
「うん…… 良い人達…… それに、力が無いのは、ほんとだしね……」
私なんて現実だと誰も近寄ってくれないから、どんな重労働でも自分でやるしかないし。
しかも一人っきりで黙々と。
何を作るでもなく石をこねこねして、適当な所で口を開く。
「で、【純魔法】の方なんだけど」
「あ、はい……」
「こんな感じで、自分の外に魔力を放出して留めておいて」
ソニアちゃんの膝の上から顔の前に移動して、小さな魔力球を作る。
「で、私が覚えた時はこんな感じに圧縮して結晶にしてたら取れてたね」
両手できゅっと握って結晶にし、ソニアちゃんから見える様に掲げる。
「おぉー…… なんか、難しそう……」
「あー、制御に失敗したら暴走するから、あんまり大きいのは試さない方が良いと思う」
「うん…… おうち、壊れたら、困る……」
「まぁその穴の底でやれば大丈夫かもしれないけど、自分が危ない事には変わりないからね」
私もそれで一回死んでるし。
まぁあれは指を突っ込まれたせいもあるけど。
「気を付ける…… あ、出すだけなら、出来た……」
「おー、早いねぇ」
近づけた両手の人差し指の間に、ビー玉くらいのサイズの魔力球が出来てる。
「で、これを…… むー、固まらない……」
指同士を近づけてぎゅっと圧縮してるけど、すぐに元のサイズに戻ってるな。
「あれ? 何でだろ…… ちょっと貸してみて?」
「あ、うん……」
ソニアちゃんの指の間から魔力球をひょいっと取り上げ、両手で挟んで圧縮していく。
ありゃ、どんどん小っちゃくなっていくな。
最終的に、私から見ても一ミリくらいになるまで圧縮して、やっと固まってくれた。
「なんか、こんな小っちゃくなっちゃった」
「むぅ、ほとんど、見えない…… 雪さんの、そんなに縮まない、よね?」
「うん。大体一割くらいかな?」
試しに同じくらいの魔力球を出して圧縮してみると、指先サイズで固まってくれた。
「なんでだろ…… 私の魔力、薄いのかな……?」
「うーん、どっちかって言うと【妖精】の魔力が濃すぎるんだと思う」
【魔力感知】で見ても、ソニアちゃんは人間とはケタ違いに濃く見えるし。
ってそのソニアちゃんでこれなら、人間の魔力で結晶を作ろうと思ったら一体どれだけ巨大なボールを作らなきゃいけないんだ……
そりゃ純度の高い結晶が貴重な訳だよ。
「うーん、習得、難しい、かな……?」
「いや、でもそこまで珍しい魔法って反応じゃなかったしなぁ…… あ、そうか」
「ん……?」
「私は使ってないけど【純魔法】には【魔力弾】って魔法が有るし、さっきのボールを飛ばして破裂させてれば取れるんじゃないかな」
「あぁ…… むしろそっちが、普通の取り方、なのかな……」
「多分そうだと思う。でも破裂かー…… あ、その穴に落とせば良いのか」
「そこしか、無いね…… よーし、やるぞう……」
うんうんと頷いて、穴の上で魔力球を発生させるソニアちゃん。
あ、そう言えばさっきの結晶持ったままだった。
「そうだ、さっきの結晶返すね」
「あ、雪さんに、上げる…… 雪さんって、魔力が、ごはんなんでしょ……?」
「うん。それじゃ、ありがたく頂くよ」
「おやつ代わりに、召し上がれ……」
にこっと可愛く微笑むソニアちゃん。
うーむ、現実で可愛がる人達の気持ちがちょっと解る気がする。
「うん。頂きまーす…… え、何これ。すっごく美味しい」
人間を溶かして食べた時みたいな、濃厚な味が一瞬だけ口中に広がる。
ソニアちゃんは白桃味かぁ。
「おー、それは、良かった……」
「ちょっとそれ、一つ貰ってみて良いかな?」
「うん、どうぞ……」
先ほどの様に指の間に浮かんでいる魔力球を手で取って、両手に持ってちゅっと吸い付く。
あー、やっぱり。
結構濃くて美味しいけど、さっきの結晶とは全然違う。
圧縮すると量は減っちゃうけど、普通に食べるより美味しく頂けるんだな。
「それにしても……」
「ん?」
「雪さん、普通に手で持ってる、けど……」
「うん」
「それ、一応、攻撃魔法、みたいなものじゃ……?」
あ、確かに。
しかも【吸血鬼】の魔法だから、普通の人のと比べるとかなり強力な奴だよね。
普通に持ってるし、自分から顔を突っ込んでいったけど。
「あー、まぁ【妖精】だし。魔法じゃそうそうダメージは通らないよ」
「そっか、すごいなー……」
「そういう種族だからね。その分、指で触っただけで死ぬくらいに物理攻撃に弱いけど」
「なるほどー…… 大変、だね」
「いや、【吸血鬼】も大概だと思うよ」
「あ、そうだね…… ふふ…… お互い、頑張らなきゃ、ね……?」
「だねぇ。まぁ欠点に関しちゃ頑張ってもどうにもならないから、他の所でだね」
「うん…… とりあえず、まずは頑張って、スキルを覚えるぞー……」
よーしと意気込んで、穴に向かってぽいぽいと魔力を落としていくソニアちゃん。
頑張るのは良いけど、暴発と魔力切れには気を付けてね?




