239:脱出しよう。
あったかおにくに包まれて、すぴすぴ寝ているサフィさん。
なんか起こすのが可哀想なくらい、幸せそうに寝てるなあ。
おや、なんか景色がぼやけて……
あ、さっきサフィさんを引きずって行った狐のお姉さんだ。
何やら顎に手を当てて、考えている様子。
「ジル、叱らないであげてね?」
ジェイさんの言葉に、スーッとサフィさんに伸ばされていた右手が止まる。
この人はジルさんって言うのか。
「うふふ。ちょっと意地悪しすぎちゃったから、休ませてあげたの」
無言のままジェイさんを見て、こくりと頷いて今度は両手を伸ばす。
あ、横向きに丸まってるサフィさんの両脇に背中側から突っ込んだ。
叱らないけど起こしはするって事かな?
挿しこんだ腕に軽く力を込めて、ひょいっと持ち上げるジルさん。
あれ? サフィさん、これでも起きてないな。
全身の力が抜けたまま、だらーんと垂れ下がってる。
どんだけ熟睡してんだ、この人。
ジルさんがおーい起きろーと言った感じで、サフィさんを左右にゆっくり振ってぶらんぶらんさせる。
なんかこんなの見た覚えがあるな……
あぁ、さっきエリちゃんがえるちゃんにやってたんだ。
なんかジルさん、無表情のままだけど楽しくなってきてない?
だんだん左右への揺れがが大きくなってきたぞ。
おお、真横まで行った。
「ジル、何を遊んでいるのですか」
「ぁぅ」
ランディさんが背後に現れてジルさんの頭に軽いチョップを叩きこんだ。
あっ、いきなり手を離したら……
「ふぎゃっ!?」
まぁそうなるよね。
サフィさんが放物線を描きながら壁に飛んで行って、ぶつかって悲鳴を上げた。
一瞬壁の表面が波打ったし、少しだけ柔らかくしてあげたのかな?
「ふぐっ」
あ、頭が下だったからそのまま頭から床に行った。
へこむほどには柔らかくしてないみたいだから、結構痛そうだな。
「あっ、いやその…… 異常、無し」
逆さにひっくり返ったまま、両脚の間からキリッとした顔で言われても。
どう見ても何らかの異常は有るよ。
「はぁ…… 良いから起きなさい」
ランディさんも叱る気は無いらしく、呆れた声で立ち上がるように促すだけだ。
「よし、助かった」
説教と再訓練をまぬがれて、グッとガッツポーズするサフィさん。
「任務中に熟睡していたことには変わりないのですから、少しは反省しなさい」
「あがっ」
あ、結構力の入ったデコピンが叩きこまれた。
うん、まぁ仕方ない。
気持ちは解らないでもないけど、もうちょっと隠そうね。
「それじゃ白雪ちゃん、またいらっしゃい」
「はい。今日はどうもありがとうございました」
「解った事はそう多くないけど、まとめて私から提出しておくから安心してね」
「あ、はい」
そうか、調べたんだから報告しないとだったな。
まぁやってくれるって言ってるから、もう良いんだけど。
というかまとめるのはジェイさんだけど、提出するのはランディさん達だよね。
いや、そこはどうでもいいか。
視線を外して意識から外れたタイミングでなのか、知らないうちに二人とも消えてるし。
玄関に居るジェイさんに手を振り、研究所から離れて門へ向かう。
これ以上叱られないようにか、心なしかサフィさんがピシッとしてるな。
あ、ランディさんが門を開けてくれてる。
「ありがとうございます。それじゃ、失礼しますー」
「いえ、これが仕事ですので。いつでもどうぞ」
ランディさんにぺこりと頭を下げ、門から離れていく。
うん、とりあえず粉も調べたし、これから何しよっかな?
「ん? サフィさん、どうしたの?」
前を歩いていたサフィさんが、急に立ち止まって振り返った。
何か忘れたのかな?
……いや、そういうのじゃなかったな。
研究所の門の方を向いて、目の下に人差し指をあててべーっと舌を出すサフィさん。
シゴかれたのもデコピン食らったのも、ほぼ自業自得だよね?
「えっと、サフィさん」
「ん」
「後ろにジルさんが居ますけど」
「えっ、んあぁぁぁあぁぁっ!?」
あー。
こめかみのあたりを掌底で挟まれて、万力の様に左右から締め付けられつつぶら下げられてる。
あれは痛い。
「われっ、割れるっ、あたっまぁぁぁっ!?」
ジルさんの手首を掴んで、脚をジタバタさせて暴れるサフィさん。
むぅ、大丈夫かアレ。
「ジル、潰しちゃって良いんじゃない?」
「ジル、カシャってして良いんじゃない?」
うおぅ。
唐突に道の両側から物騒な台詞が。
姿は見えないしジルさんの名前も呼んでるし、警備の仲間の人達か。
ジルさんは無言のままふるふると首を振って、手を下げて足を地面につけさせてからそっと離し、フッと姿を消した。
「うぅ…… 私、まだ生きてる……」
両手で脳天をぐにぐに揉むように押さえるサフィさん。
まぁこれに懲りたら……
「あの怪力鉄仮面め…… っあがぁぁぅぁっ!?」
あ、悪口を聞きつけて戻ってきた。
今度は正面からアイアンクローか。
「やっぱサフィ、バカだよねー」
「やっぱサフィ、懲りないねー」
またしても道の両側から声が。
うん、流石にこれは否定できないよ。




