232:代わりを上げよう。
私の頭ですーっと息を吸って、ふへーと気を抜くように吐きながらすりすりとほっぺたを擦りつける事を繰り返すぴーちゃん。
そろそろ息が苦しくなってきたぞ。
「はいはいぴーちゃんむっ…… ぷはっ、おしまいおしまい」
背中をぽんぽんと叩いて切り上げさせ、解放してもらう。
私が胸元で喋るのがくすぐったかったのか、体に力が入ったと思ったら喋っている途中で抱きしめられて、強制的に黙らされてしまった。
いや、別に黙らせようってつもりは無かっただろうけどさ。
私の言葉に従って素直に離れるぴーちゃん。
……と思ったら背後に回って、翅の邪魔にならないようになのか腰の辺りを羽で包んでひっついてきた。
「ほーら、どうしたのぴーちゃん。そんな甘えちゃって」
後ろに手を回して、私の背中に頬ずりするぴーちゃんの髪をわしゃわしゃかき回す。
「んぴぃー」
「うふふ。理由は解ってるけど、助けてくれなかったからちょっと拗ねてるんじゃないの?」
「あらら。もー、仕方ないなぁ」
まぁ私のために頑張ったのにえらい目に遭う羽目になったんだし、これくらいなら良いか。
「それじゃ、粉の調査は一旦諦めるって事で良いですか?」
「そうねぇ。残念だけれど、少しでも姫様に叱られたくはないもの」
あ、やっぱりだ。
基準は常にアリア様なんだな。
「あー、でもなんか何も提供出来ないのは申し訳ないので…… これとかどうでしょう」
右手の人差し指の先から、指の半分くらいの太さの糸をにょろーっと三十センチほど垂らす。
……なんか白くてこんな太いと、うどんみたいだな。
「あらあら、これは【妖精】の糸かしら。うふふ、これは嬉しい予定外だわぁー? もちろん頂くわよー」
「こんな感じで色々出せますんで、良かったらサンプルとしてどうぞ」
出した糸を三メートルほどまで伸ばし、他の指からも性質を変えて同じくらいの長さで放出して、左手で束ねてぷちっと切り離す。
「あ、なにか要らない板とか紙とか有りますか? くしゃっとなってても構わないんで」
糸をテーブルに置きながら尋ねてみる。
「あるわよー。はい、どうぞ」
棚の上から白い紙を一枚取って、テーブルに置いてくれるジェイさん。
メモ用紙っぽいな。
置かれた紙に近づき、うどんみたいな太さの柔らかい糸に強い粘着力を持たせて、くるくると渦を描く様に垂らしていく。
「これ、糸に粘着性を持たせたものです。かなり粘着力が強いんで、気を付けてくださいね」
「あら、そう言われると試してみたくなるわねぇ。まぁ言われなくてもどの糸も試したくて仕方ないんだけど。うふふふ」
警告したのにぴとっと触手の先を粘着糸につけるジェイさん。
「……あらー、ほんとにとっても強いわー?」
触手に引っ付いてきた紙を外そうと別の触手を二本伸ばした結果、全部引っ付いてしまった様だ。
ぐいぐい引っ張ってるけど、引っ付いてない部分の糸がねばっと伸びて垂れ、他の触手を巻き込んでいく。
「あらあらあらー?」
「もー、何やってるんですか。じっとしててくださいね」
触手同士がべっとり引っ付いて、にっちもさっちも行かなくなったジェイさん。
そっと近づいて糸だけに触れる様に気を付け、【吸精】で吸い取って消してしまう。
「うふふ、ごめんなさい。ありがとうね」
「私が居ない時にこんなことにならないでくださいよ?」
「そうねぇ。でも、どうしようもなくなったら触手ごと食べちゃうから大丈夫よ」
「あぁ、そういえばそうでしたね」
体の一部が動かなくなっても、好きに作り変えられるんだったな。
じゃあさっきのも、触手から取りこんじゃえばよかったんじゃなかろうか。
あぁ、そうする前に私が手出ししただけか。
再度置かれた紙に、今度は小分けにして使える様に十センチくらいの円をいくつも並べていく。
「うふふ、お気遣いありがとうねー」
「自分でやっておいて何ですけど、さっきのじゃ一回で使い切るしか無かったですからね」
これなら台紙を切って一つずつ使っていけるだろう。
切る時に手や刃物に引っ付いたら結局アウトだけど、流石にそんなヘマはしないだろうし。
「それじゃ、そろそろお暇しましょうかね」
「はぁい。ディーの所まで案内するから、付いて来てねぇ」
「ていうか今言うのも何ですけど別にわざわざ呼びに行かなくても、ジェイさんが声をかければそれで済んだんじゃ?」
どうせあっちもジェイさんのお腹の中だし、そのくらい出来るだろう。
「うふふ。ディーはあんなおじさんなのに、子供っぽい所が有るからねぇ。自分の作った物を喜んでくれたラキちゃんに、少しでも多く見せびらかして自慢したいんじゃないかしら?」
「見た目は渋いのに、そんな可愛らしい理由ですか…… いやまぁ構いませんけどね。ラキも喜ぶでしょうし」
はしゃいで迷惑かけてなきゃ良いけどなぁ。
まぁあのサイズじゃ暴れまわってぶつかったりしても、何も壊れはしないだろうから大丈夫か。
というかぴーちゃんはいつまで引っ付いてるんだろう。
なんか気付いたら私の両脚を挟むように自分の脚を回してきて、がっしりしがみ付いてるし。
まぁちゃんと自力で飛んでるし、重い訳じゃないから問題は無いんだけどさ。
こうしてるだけでとても幸せらしいから、そのままにしておいてあげよう。
少なくともジェイさんの体内なら、他に見てる人も居ないんだしね。
でもただやられっぱなしっていうのもなんだか負けた気がするので、両手を後ろに回してぴーちゃんの頭をわしゃわしゃかき回してみる。
ほーれほれほれ、どうだー。
お、耳の裏側を指でコリコリされるのが気持ち良いらしいな。
スキルのおかげで伝わってくる感覚で、喜んでるのが何となく解る。
うん、実は嫌がってる事を可愛いなーでやり続けなくて済むから便利だな、これ。
おおう、羽と脚の締め付けがちょっと強くなった。
「うひゃっ!?」
「うふふ。仲良しさんねぇ」
ちょっと待って、翅の付け根を下から嗅がないでー。
鼻がちょんちょん当たってくすぐったいんだよぅ。




