231:離れていってみよう。
手の平サイズのジェイさんが、トプンと思ったよりも静かに着水する。
あ、なんかコツッて聞こえたような……
うん、ダメだったみたいだな。
小さなジェイさん…… みにジェイさんが触手で大きくバッテンを作った。
普通に言えば良いんじゃないかと思うけど、別に良いか。
「それじゃ、ちょっとずつ離れてみますねー」
「よろしくー」
更に一メートルほど離れて合図を送り、みにジェイさんの反応を見て更に離れる事を繰り返す。
なんか途中で「あ、折れちゃった」とか聞こえたけどまぁ良いか。
どうせ元々千切れても大丈夫な人だし。
……ぴーちゃんの事じゃないよね?
あぁ、大丈夫だ。ジェイさんの後頭部で本に集中してるわ。
あれどうやってページめくりとかの意思疎通してるんだろうな。
っていうか今更だけど、ぴーちゃん文字読めるのね。
「あら、その辺りみたいねぇ」
「あ、ほんとだ」
バケツのふちで手のひらサイズのジェイさんが触手を振ってる。
「えーっと…… 二メートルくらいですかね?」
私から見れば二十メートルは有るけど。
【空間魔法】の制限と同じくらいなのかな。
普通の魔法と違ってペナルティの対象じゃないのにその距離なのかー。
「うん、そのくらいねぇ」
触手をテーブルの長さに合わせてぷちっと切って、それを使って距離を測るジェイさん。
あのテーブル、短辺が丁度十メートルくらいなのか。
「うーん、これじゃ粉の研究は難しいかしらねぇ」
「え?」
ジェイさんの所に戻りながら、疑問の声を返す。
「だってどれくらいかかるか判らないのに、ずっと白雪ちゃんに机の上に居てもらう訳にはいかないじゃない?」
「あー…… 確かに。短時間で済むなら何かやってれば良いですけど、何日も居続けるのはなぁ」
「まぁ時間の有る時に通ってもらって、少しずつって方法もあるけどねぇ」
「でもそれだと、時間のかかる実験はやっぱり出来ないんですよね」
「そうなのよぅ。それにこのくらい離れるだけで無害になるなら、急いで調べる必要性があまり無いのよ」
「まぁ事故が起きる可能性は、かなり低そうですしねぇ」
起きたとしても、【妖精】の目の届く範囲だし。
それなら薬とかが無くても、普通に治せば済む話だ。
「【妖精】があえて治さなかった人を、わざわざ治療してあげようって人も居ないしねぇ」
……あー、まぁなんか解るけど。
そうなってたら【妖精】の敵って認識になりそうだし。
もしくはキャシーさんみたいなお仕置きとか。
「あらかじめ飲んでおいて、効かなくするような薬は出来ないんですか?」
「出来るかもしれないけど、多分薬効が強すぎて人間が飲んだら死ぬ物が出来上がると思うわよ?」
……うん、ダメだな。
「私個人としては、とっても気になるんだけどねぇ。個人的な興味であなたをここに縛りつけたりすると、周りの皆が怖いもの」
多分周りの皆っていうか、周りの皆が怒った結果アリア様に叱られるのが怖いんだろうなぁ。
他の人とか割とどうでも良いって思ってるだろうし。
「うーん…… まぁ私も、色々とやりたい事が有りますしね」
「うふふ。そうでしょう? だから大人しく諦める事にするわ」
「なんか気になる物を無駄に増やしちゃっただけになって、ごめんなさい」
「あら、白雪ちゃんは何も悪くないわよぅ。仕方ない事だわ」
「そう言ってもらえると助かります」
実際、離れると効果が無くなるとは知らなかったしなぁ。
「うふふ。それじゃ、これは片付けちゃいましょうねぇ?」
二本の触手で蓋をカパッと開けて他の触手を大量に水槽に入り込ませ、中に居るみにジェイさんやバケツを攫って口へ運んで行く。
だから棒読みの演技はもう良いですってば。
石化したのは治さなくて良かったのかな?
あぁ、家が食べられるくらいだし、石化してても普通に行けるか。
「って毒で石化したのを食べて大丈夫なんですか?」
「うふふ、大丈夫よ。ちゃんとみにジェイちゃんで先に食べて、何も起きないのを確かめてあるわ」
「それなら良いんですけど……」
「だって、この体はぴーちゃんが住んでるからねぇ」
「ぴぃっ!」
ぴーちゃんから抗議の声が上がる。
まぁそりゃ捕まってるだけだしね。住んでないもんね。
「うふふ、ごめんなさーい。だから、この状態で固まる訳にはいかないからね。ちゃんと気を付けてはいるのよー」
うん、訂正はしないんだな。まぁ良いけどさ。
「てか、そろそろ離してあげませんか?」
やってる間ずっと埋まったままだったし。
本が出てきたら大人しくなってたけどさ。
「そうねー。それじゃ、きれいきれいしましょうねー」
「ん?」
「うふふ、マッサージの為に中は私のヌルヌルで一杯だから。全部洗い流して、乾かしてあげちゃうわー」
「ぴゃっ!?」
おぉ、ビクってした。
なんかジェイさんの頭の中からチャプチャプ聞こえてくる。
ちょっと魔力が動いてるのを感じるし、魔法で水でも出してるんだろうな。
「うふふ。くすぐったいけど我慢しましょうねぇ。ちゅーっと吸い取ってぇ、ぶわーっと乾かしてー」
なんかぴーちゃん、ぴあぁぁぁって顔で固まってる。
中で一体何が起きてるんだ。
いや、あんまり知りたくはないけど。
「はい、おしまい。うふふ、気持ち良かったぁ?」
「ぴゃっ!」
あ、解放したとたんにまた蹴られた。
おー、でも全身綺麗に乾いてるなー。
ってか乾きたてでほっこほこな感じになってる。
「ぴぅぅ……」
怖かったようとか助かったーとか、色々混ざった感じで正面から私の頭を抱きしめてきた。
むぅ、ぴーちゃんには悪いけど、ほっかほかでふかふかで凄い気持ち良い。
「うふふ。ご主人様が大好きなのねぇ」
「ぴーちゃん、ごめんねー。頑張ったねー」
背中に手を回して、ぽんぽんと撫でてあげる。
途中から本に夢中になってて、案外平気そうだったのは忘れておこう。
「大丈夫だよー。怒ってないし、私の為にやってくれたのもちゃんと解ってるからね」
「ぴぃ……?」
「ほんとほんと。でも、次からはやめてって言ったらちゃんと止めようね。約束だよ?」
「ぴっ!」
「うん、良い子良い子」
素直に返事をしたのできゅっとこちらからも抱きしめてあげる。
しまった、やっぱり密着しすぎると息がしづらい。
羽毛が有るからピッタリ引っ付くわけじゃないけどさ。
なんかぴーちゃんが私の髪の毛っていうか頭をすんすん嗅いでる。
ちょっとずつ位置をずらして、くんくんくんくん。
むぅ、なんとなくちょっと恥ずかしいな。
ってちょっと待ってぴーちゃん、髪に顔を埋めて深呼吸しないで?
え、何? 私なんかぴーちゃんが好きな匂いとか出してるの?




