228:興味を示そう。
「良し、と。ありがとう」
ディーさんが腕を拭き終るとパカッと近くの壁に穴が開き、そこに使い終わったタオルを放り込むとはむっと閉じる。
「どういたしまして。腕に問題は無い?」
「うん、大丈夫だね」
肘、手首、指と腕の関節を一通り曲げ伸ばしして調子を確かめるディーさん。
手をぐーぱーした後で突然手首から先がきゅいーんと回転したのを見て、さっきまでジェイさんに怯え気味だったラキがきらきらと目を輝かせる。
ああいうのが好きなのかな?
「おやクモさん、この腕に興味があるのかな?」
「あ、この子はラキって言います。それとこっちはぴーちゃんです」
ラキの視線に気づいたディーさんの言葉で紹介してなかった事に気づき、二匹を紹介する。
「ああ、ありがとう。ラキさん、ぴーちゃんさん、よろしくね」
「ちゃん、までが名前なのねー。うふふ、よろしくぅ」
握手しようとしたのか触手をぴーちゃんの前に伸ばすも、びくっと下がられるジェイさん。
「あらあら、嫌われちゃったわねぇ」
「はは、食べられそうで怖いんじゃないか?」
「食べないわよー? ああ、でも言われてみれば美味しそうねぇ…… うふふ、冗談よー」
ジェイさんが楽しそうな顔で二匹をおどかす。
あいつこわいよーと羽で私を挟むように抱き着いてくるぴーちゃんと、その頭上で必死に威嚇するラキ。
ラキ、威勢は良いけどちょっと涙目じゃないの。大丈夫だってば。
っていうか、今居るのがその人のお腹の中って忘れてない?
「止めてやれよ、ジェイ」
「ごめんなさいね。大丈夫よ、何もしないからねー」
ディーさんにたしなめられて、大人しく下がっていくジェイさん。
ほらぴーちゃんも離れなさい。
ふかふかで温かいけど、翅が動かせなくて飛びづらいのだよ。
「あぁそうだ、この手だったね」
ディーさんが前に出した拳をくるくるーっと回して見せると、ラキが威嚇を止めて楽しそうな顔で見つめる。
「ラキ、こういうのが好きなの?」
問いかけてみるとこっちを見てコクコクと頷き、またディーさんの手に視線を戻す。
「ふむ。僕の研究室には色々と有るが、見に来てみるかい?」
輝くような笑顔でバッと両手を上げて万歳するラキ。
あ、しまったって顔でこっち見た。
そんな全力で喜ばれたら、行って良いよって言うしかないじゃないか。
楽しんできなさいね。
「ぴーちゃんはどうする? そう。それじゃディーさん、ラキを乗せてあげてもらって良いですか?」
「ああ。こちらにどうぞ、ラキさん」
ぴーちゃんに聞いてみると自分は良いとの事だったので、ディーさんにラキだけを預ける。
「あ、えっと…… もしラキが望んでも改造とかしないでくださいね?」
「はっはっは、心配しなくても大丈夫だよ。そのくらいは弁えてるさ」
私も大丈夫だとは思うけど、一応お願いしておく。
……えーって顔しないの、ラキ。
「それじゃ、僕はここで。そちらの用事が終わったら、迎えに来てあげてくれたまえ」
通路の途中でディーさんが立ち止まり、ここで別れると言う。
あれ、でもここドア無いぞ?
……おおう。
ディーさんが壁に手を触れたら、天井から床までぴぴっと筋が入って左右にぐぱっと開いた。
そういえば妙にドアが少ないな、この通路。
半分以上が隠し部屋みたいになってるのかな?
いや、もしかして見えてるドアってただの擬態で、意味は無いのか?
……まぁどうでも良いか。別に招かれた部屋以外に押し入る気なんて無いんだし。
開いた入り口の先にも短い廊下が伸びている様だ。
こっちは擬態を放棄してるのか、壁も天井も全面がジェイさんと同じ青白い色のままだな。
まぁ赤黒かったりしないしちゃんと平らではあるから、白っぽい色で塗装された通路で通る見た目では有るけど。
奥に進むディーさんとラキに手を振っていると入口がはむっと閉じて、入っていた筋も消えて元通りの壁になった。
うーん、これ帰る時ちゃんと迎えに行けるかな?
まぁ案内くらいしてくれるか。
「今更ですけどジェイさんが調べてくれるんですよね?」
「そうね。ディーは機械や魔道具が専門で、私が生き物や植物とかって感じねぇ」
良く解んないけど、科学と化学って感じなのかな?
「一応、お互いの分野も軽くは理解しているけどね。手を貸しあっていると自然とそうなるのだけれど」
「なるほどー。あ、ここですか?」
納得しつつ、通路の途中で立ち止まるジェイさんに問いかける。
「ええ、こっちよー」
先ほどと同じ様にぱかっと開いた入り口を通り、真っ白い通路へ。
通路の真ん中あたりで再度立ち止まり、右側の壁に入り口を作って入っていく。
さっきもちょっと思ったけど、これ知らないと本当に入り口の場所が判らないな。
さっきまでの通路と違って、擬態での目印もないし。
「ぴゃーっ!?」
「どうし…… もー、悪戯は止めてあげてください」
ぴーちゃんの悲鳴に慌てて振り向いたら、入口の肉ではむっと下半身を挟まれてた。
羽でべちべち叩いて、頑張って脱出しようとしてる。
「うふふ。もっと仲良くなりたいのよぅ」
「どう考えても逆効果ですよ……」
「ぅぴっ、ぴゃーっ!」
緩んだ入り口からずるっと抜け出て、涙目でげしげし壁を蹴りつけるぴーちゃん。
うん、美味しそうとか言ってた相手にくわえられちゃ、そうなるのも仕方ないね。




