226:経緯を知ろう。
「ジェイ、しばらく見ないうちに随分足が増えて柔らかくなってる」
さっきからずっと静かだったサフィさんが、唐突にジェイさんに話しかけた。
一応前にも会った事があるんだな。
前に会った時は普通だったっぽいけど。
……落ち着いた声だけど、かなりびっくりしてるみたいだ。
ねこしっぽの毛が逆立って、三倍くらいの太さになってるし。
ぼわっとなってて気持ち良さそうだから、ちょっと抱き着いてみたくなるけど我慢我慢。
「そうねぇ。前に会った時は、たった二本しか生えてなかったわ。あれは確か、こちらに来てすぐの頃だったかしら」
「うん。それが普通」
「うふふ、そうね」
「何したら、そんな体に?」
うん、まぁそこは気になるよね。
「以前から色々と、私が体に混ぜ込んでたのは知ってるでしょう?」
「うん。最初見た時は左目をほじくって、何か埋めてた」
……何やってんだ、この人。
そりゃ今の状態を見る前から「頭おかしい」って言われるよ。
「そうね。それで、祝福を受けてこちらに来てからは、もっと積極的に進められる様になってね」
え、待って?
死んだら終わりな時から、自分の体でそんな無茶な事してたの?
「それから色々混ぜては記録を取って、どうしようもなくなったり元に戻りたくなったらディーに殺してもらってたんだけど」
「武器に限るとはいえ実用データが取れるから、こちらとしても助かっていたよ」
死に戻りの恩恵を存分に活用してるなぁ……
「あれ? そういえば表に見張りみたいな人達も居るのに、死んだら外に出られちゃうんじゃないですか?」
ちょっと気になったので口を挟む。
「あぁ、そこは大丈夫だよ。僕たちを町中に放たないために、ここの地下に石碑を設置してあるからね」
「そこまでされてるんですか……」
「うふふ。私達は本国に居た時から、知らない人には怖がられていたから。仕方ないわ」
「実際はこちらから手を出したことは、ただの一度も無いんだがね」
悪いイメージが広まっちゃってるんだな。
……いや、先に手を出されたら容赦なくやっちゃってるのか?
「ま、知り合いは解ってくれているから、問題は無いんだが。石碑も表の見張りも、周囲の人達に対するポーズの様な物さ」
「彼らは実際には、町に出られない私達の代わりに必要な物を仕入れに行ってくれる人達なのよ」
「ジョージは解ってるくせに、人を脅かすネタに使うけどね。ま、それは良いとしてだ。今はジェイの事だったね」
「そうね。それで……そうそう。色々と混ぜていたんだけど、五日前にアリア様が『浜辺でよく解らない物を拾ったぞ!』って、腕くらいの長さに千切れた触手を持って嬉しそうに乗り込んで来てね」
一体何をやってるんだ、あのお姫様は……
「見たことも無いし、資料を漁ってみてもそれらしき物は見つからなくてね。それじゃ植えてみようって事で左腕を切り落として、そこに繋げてみたのよ」
なんでだ。いや、まぁそれまでにも植えまくってたみたいだから、ツッコまれても今更なんだろうけど。
「傷口同士を合わせた瞬間、ピトっと吸い付いて来てね。相性が良かったのか、すぐに馴染んで動かせる様になったわ」
……それ寄生されたんじゃない?
「腕だけ?」
「ええ、初めはね。その日の夜、体に少し違和感を覚えて起きてみたら、左胸のあたりまで侵食されて触手と同じモノになっててねぇ。なんだか気持ち良かったし、ありのままを記録したいからメモを取ってそのまま寝たわ」
普通なら怖くて何とか除去できないか試すだろうなぁ。
いや、普通ならそもそも植えないか。
「起きた時には全部食べられちゃってて、この体になっていたの。で、私の意識はちゃんとそのままだしまぁ良いかって事で、この体を楽しんでるって訳ね」
「一度戻そうとはしてみたんだけど、どうやら高い再生能力があるらしくてね。僕じゃどうにもならなかったよ」
「うふふ。細かく刻んでペースト状になるまですり潰されても、簡単に元に戻る事が出来ちゃったのよねぇ」
「燃やしても凍らせてもダメだったし、毒も薬品も全く効果が無いときたもんだ」
ほー、凄いなぁ。
その耐久力の一パーセントでも分けて欲しいもんだよ。
あ、浸食はのーさんきゅーですけど。
「何なのか判らない事は良く解りました。ところで、なんだかさっきから妙に蒸し暑くないですか?」
入ってきた時はそうでもなかったのに、今はむわーっとした暑さで汗をかきそうなくらいだ。
「ふむ、確かに暑いな。ジェイ、少し落ち着いてくれよ」
「うふふ、ごめんなさいね。あの子が美味しくて、つい、ね?」
ん、なんでジェイさんに?
ジェイさんが周囲に熱を放ってるのかな?
そんな感じはしないんだけど……
っていつの間にか、元のすらっとしたお腹に戻ってる。
もう全部消化しちゃったのか。
「それじゃ、本題に入りましょうか。うふふ、ナカへどうぞぉ?」
そう言って無数の触手をかわるがわる前に出して、滑らかに進んで行くジェイさん。
そういえばずっと入り口で話してたんだったな。
「え」
椅子から飛び上がり、付いていこうとしたところで背後からサフィさんの焦ったような声が。
どうしたのかと振り向いてみれば、先ほどまで居なかったはずの狐のお姉さんが、サフィさんの首を後ろから掴んでいた。
「サフィ、お前は気を抜きすぎですよ。鍛え直してもらいなさい」
おや、門に居た狐のお兄さんも。
いきなりどうしたって言うんだろう?
「護衛している相手が化け物の体内に誘い込まれているというのに、警告さえしない奴がありますか」
「うふふ。化け物だなんて酷いわぁ、ランディ」
「失礼、その表現が的確かと思ったもので。さぁ、主人の元へ行きなさい」
狐のお兄さん……ランディさんに促されて、サフィさんの肩からこちらへ飛んでくるぴーちゃん。
言い方は丁寧だけど全く悪びれてないな。
え、っていうか体内って?
「え、え?」
「全く、言われても気づきませんか?」
「むぎゅ」
「やん」
戸惑うサフィさんに向けたランディさんの呆れた声に応じて、首を掴んだお姉さんが近くの壁にサフィさんの顔面を押し付ける。
え、なんか木の壁が柔らかくむにゅってへこんだ……?
それと同時にくすぐったがるようなジェイさんの声。
「解りましたか? この建物は、全てジェイさんが擬態したものですよ」
「玄関の一部だけは本物だけどね。ドア周りと入口の床以外は、全部ジェイが食べて入れ替わってしまっているよ」
ランディさんの言葉を、ディーさんが補足する。
うわ、確かに判りづらいけど注意してみれば壁や天井からもジェイさんの魔力を感じる。
気を付けてれば、玄関をくぐる前に違和感に気づけてたかな?
まぁそれは今は良いや。
あぁ、この蒸し暑さはジェイさんの体温だったのか……
いまは落ち着いたのか、少しマシになってるけど。
「口を開けて、玄関のドアをくわえているようなものかな?」
「うふふ、玄関口、ってね?」
ジェイさんがヌルヌルと戻ってきた。
……少し開いた口に、この家の玄関を小さく写し取った様な膜を張ってる。
「二十点ってところかな」
「あら辛口」
口を閉じて元に戻し、腕の先を口元に当ててクスクス笑うジェイさん。
「さて白雪様。そちらの御用事が終わるまで、このおバカさんをお借りしますよ」
「助けて」
「えっと、一応護衛でもあるはずなんですけど……」
言葉は短いけど悲痛な顔で助けを求めてくるので、一応言ってみる。
「あぁ、問題ありませんよ。あなたは姫様のお気に入りですから」
「ランディ、説明になっていないよ」
ディーさんが即座にツッコんでくれた。
あぁ、サフィさんがこちらに手を伸ばしたまま引きずられて行く。
……まぁ良いか。自業自得な所もあるし。
「白雪様が姫様に気に入られている以上は、その二人があなたに危害を加える事は有り得ませんので、安心してください。それどころか何があろうとも全力で守るはずですよ」
「そうねぇ。白雪ちゃんに何かあれば、姫様が悲しむもの」
「ああ。僕らの手の届く所に居る限り、何者にも手出しはさせないよ」
なんか逆にちょっと怖いぞ。
これ、もしアリア様がフラッと来て「そいつはもう要らない」とか言ったら、その瞬間に挽肉にされる奴じゃない?




