225:丸呑みにしよう。
ネズミもどきの上に落ちて行く、ジェイさんと思われる塊。
なんか一番下に小っちゃい穴が有った。あれが口かな?
どちゃりと着地すると同時に、塊が天辺からバラバラっと大量の触手に分離して周囲に広がり、そのまま止まることなく集まって、足元の獲物を包み込んだ。
ほほー。あの塊は真ん中に本体が有って、それを触手が覆ってたのか。
無数の触手の集まった根元の部分に、女性の上半身が生えている。
……いや、逆か? まぁ良いや。
人体っていうか、石像とか塗装してないフィギュアみたいな見た目だな。
髪の部分も細かく分かれたりせずにそれっぽい形になってるだけだし、目玉も肌と同じ色で瞳も無い。
シルエットとしてはタコの頭の部分が人型になった感じだろうか。
脚は八本じゃないし吸盤もなくて、更に肩からも伸び縮みするっぽい触手が一本ずつ生えてるけど。
あの脚、何本くらいあるんだろ?
えーと、ひーふーみー……
むぅ。
私が触手を指差して一本ずつ数えていってるのを見たジェイさんが、右肩の触手……右腕で良いか。
その先端を口元に当ててくすくす笑いながら、獲物を包んでいる脚をぐにゅぐにゅと組み替えて妨害してきた。
……って良く見たら、ちょいちょい触手同士が融合したり分離したりしてるじゃん。
うん、これ数えても意味ない奴だ。
「うふふふ…… ようこそ、白雪ちゃん。歓迎するわぁ」
体の下でめきりごきりとくぐもった音をさせながら、瞳の無い眼でこちらを見つめて声をかけてくるジェイさん。
うぅ、なんかちょっと怖い。
「あ、はい。えっと……」
「おっと、そう言えば名乗っていなかったね。僕はデイヴィス。ディーと呼んでくれ」
返事をしようとして本当にジェイさんなのかと躊躇った所で、ディーさんが名乗ってきた。
「そして私はディヴィナ。ディーって呼んでね」
えっ? あれっ?
この人ジェイさんじゃ無かったの?
っていうか二人ともディーじゃ紛らわしくない?
「ジェイ、初対面の相手をからかうんじゃない。相棒がすまないね、白雪さん」
「うふふ、ごめんなさいね。戸惑う姿も可愛いわ、白雪ちゃん」
「えっ、あっ、どうも」
なんかよく解らないままに、つい褒められたお礼を言ってしまった。
まぁ今のは初対面相手じゃないと意味が無さそうだけど、どうでもいいな、うん。
「本当はジェシカっていうの。ジェイって呼ばれてるわ。よろしくね」
「あ、はい。よろしくお願いします。ディーさん、ジェイさん」
あれ、そういえば普通に話してもこっちの声が聞こえてるみたいだな。
まぁ【聴覚強化】を持ってるんだろう。
なぜか奥に居たはずのジェイさんも、私の名前を知ってるし。
「そろそろ良い頃合いかしら? ……うん、これくらいが良いかしらねぇ」
ん?
あぁ、足元の獲物の事かな?
初めよりも少し動きの鈍ったネズミもどきにまとわりついた触手を一旦外し、無数の触手を檻の棒の様に立てて腰を浮かせるジェイさん。
両腕をにゅーっと伸ばして檻の隙間から差し込み、抜け出そうともがくネズミもどきを掴んで、無理やり中央に押し戻してまっすぐに立たせる。
あ、檻にしてた触手も二本使って、顔を挟んで上を向かせた。
ここからどうするのかな?
「うふふ。では改めて、頂きまぁす。ぅんっ…… うぅっ、ふぅー……」
真上からゆっくりと腰を下ろしていき、ネズミもどきの細く突き出した鼻先を触手の付け根にある口につぷっと挿しこんでいくジェイさん。
うわー。丸呑みにしようとするだけあって、すごい伸びるんだなぁ。
元々の腰よりも太いネズミもどきを押し込んでるせいで、胴体が円錐形になってるよ。
……昨夜こんな形になってた妖精居たな。
まぁそれは置いといて。
やっぱりぐいぐいねじ込まれて行くと苦しいのか、ネズミもどきもジタバタ暴れて抵抗しようとしてる。
……のは良いんだけど、肝心の相手はおなかをボコボコ変形させながら、叩かれる度に気持ち良さそうな声を上げてるぞ。
しかも暴れて内側を刺激するのがいけないのか、最初に垂れてきてた消化液が内壁からどんどん分泌されてるっぽい。
消化液で体表を溶かされて、痛みで苦しんで暴れるせいで更に消化液が分泌されるっていう悪循環に陥ってるな。
どんどん押し込んで行ったら胸の方まで広がってしまうのかと思いきや、みぞおちの辺りで行き止まりらしく途中からちょっとずつお腹が伸びていってた。
ぺちゃりという音をさせて、完全に口を床につけてしまうジェイさん。
んふぅっ……という声と共に腰に力を入れて、大きく広がりきった口をキュっと締める。
再度腰を上げた時には、そこには何も……
あ、いや、まだつま先がちょっとはみ出て、そこから消化液が垂れていってる。
両腕をお腹の膨らみの下に添えて「んっ……」という声と共に腰に力を入れると、はみ出ている足が少し吸い込まれる。
四度繰り返すと完全に見えなくなって、更にそこから触手を全て纏めて出口を閉じてしまい、両腕を下から上に絞り上げる様に滑らせる。
普通に手で押し込んだ方が早くない?
そうして完全に体内に収めてしまったネズミもどきで膨らんだおなかを、外から腕でぽんぽんと可愛がるように撫でるジェイさん。
内側からボコンボコンと叩かれるのが弱まっていき、静かになったと思ったら縦に長くなっていた腹部がゆっくりと短くなっていった。
代わりに前側にどんどん膨らんで行き、まるでバランスボールを抱えているかの様なシルエットに。
……あれ、当たり前だけど中身は柔らかくほぐされちゃってるんだろうなぁ。
「うふふふ…… 丸呑みはやっぱり生きたままの方が、元気に暴れてくれて、とぉっても美味しいわぁー……」
むぅ、なんか怖い事言ってる。
「えっと、ジェイさんってどういった種類の魔物の方なんですか?」
ちょっと気になったので聞いてみる。
「うふふ、残念でした。私は魔物じゃないわよー?」
「えっ」
「ただの人間、というか【魔人】よぉ?」
えー……?
パンパンに膨らんだお腹を撫でながら、自分が人類だと主張するジェイさん。
あ、ちょっと縮んで来てる。消化早いなー……
「ジェイ、僕が言うのもなんだけど流石に無理があるんじゃないかな」
「何よぅ、失礼しちゃうわね、ディー。自分だけ人間ですって顔するなんて、ちょっとずるいんじゃない?」
「え、ディーさんも……?」
「うん、まぁね。あぁ、一応【人間】ではあるけどね」
あー、確かになんかジェイさんとは別の方向でおかしかったな。
手の平からネズミもどきの脚を吹き飛ばした鉄杭が飛び出たままだし。
あれ、邪魔じゃないのかな?
手首が固定されてる感じだし。
「うふふ、そうよ。この人、首から下は全部作り物なのよ?」
「マジですか……」
世界観的に大丈夫なのか?
あぁ、魔法的な何かを駆使してるのかな……
「ええ。色々と自分の体で試してるうちに、自然とね」
「いや、それは自然とは……」
「あ、ディー。弾を返すわ。これ、じゃりじゃりして美味しくないのよぅ」
「昨日作ってみたんだけど、つい試してみたくなってね。押し返す程度の威力しか出なかったよ」
私のツッコみはスルーされてしまった。
ジェイさんが一本の触手を壁際にある机の上に伸ばし、腕を使って持ってきた金属の皿に先端から小さな鉄球をざらーっと吐き出す。
あの爆発で散弾を叩きこんでたのかな?
……大量の粘液と一緒に吐き出すから、ジェイさんが卵産んでるみたいになってる。




