224:訪ねよう。
もう一枚のドアを開け、ぴーちゃんに出てもらってからパタンと閉じる。
えっと、サフィさんは…… あ、すぐ横に寄りかかってた。
「お待たせしましたー」
「別に、もっと待たせてくれても良かった」
「えーと、それはサボって隙間で寝ていたいって事でしょうか」
「……違う違う。私、ちゃんと働くし」
「いや、まぁ何でも良いですけども。案内してくれるだけでも十分助かりますから」
「妖精さん優しい。うちの連中とは大違い」
「いや、そっちが普通だと思いますよ」
それに、必要ならどんどんお願いするつもりだし。
必要無い所で気を張らなくて良いよってだけなのだ。
言わないけど。
「それじゃ、行きましょうか。どっちですか?」
「こっち。ま、見ればすぐに判るけど」
ほー。看板でもあったり、建物の形が独特だったりするのかな?
まぁそれも見れば解るか。
「ぴぅ」
「ん? あー、寝ちゃってるねぇ。まぁ着いたら起こしてあげて」
突然ぴーちゃんが声をかけてくるからどうしたのかと思ったら、頭に貼りついたラキがそのまますやすや寝てしまっていた。
落ちない様にがっしり掴んだまま寝るって器用だな……
「羨ましい……」
「いや、サフィさんもさっき寝てたじゃないですか」
「寝てないし。集中して体力を回復してただけだし」
いやそれ寝てるよね。まぁ良いけどさ。
頑なに寝てない事にしようとするのは、帰ってからジョージさん達に追加でシゴかれない様にだろうか。
……でも正直ジョージさんなら、私が報告しなくても何故か知ってそうだけど。
サフィさんの後ろを進んで行くと、不自然に何も建ってない空き地が数件分ある先に、広い敷地を囲む二階建て相当の高い塀があった。
なるほど、こりゃ確かにすぐ判る。
おや?
サフィさんの姿勢が良くなって、ぼーっと眠そうだった顔も引き締まった。
「着いた。この先の入り口」
「急にピシッとしてどうしたんです?」
「ここ、先輩が監視して…… 何の事かな? 普段からこう」
あー、先輩が怖いのね。
っていうか研究所、監視対象なのね。
どんどん怖くなるんだけど。
まぁ今更止めるって訳にも行かないけどさ。
おー、でっかい門だなぁ。普通に開けるだけでも結構重そうだ。
「妖精さんを連れてきました」
「ジョージさんから聞いています。中の者にも伝えてありますので、どうぞお入りください」
サフィさんが呼びかけると、フッと正面に狐のお兄さんが現れた。
この人が先輩か。
ん、他にも三人くらいが一時的に魔力を隠すの止めてるっぽい。
姿は現さないけど、いますよーって教えてくれてるのか。
門をくぐって塀の中へ。
おーい、ラキ起きろー。着いたよー。
「で、あそこ」
サフィさんが指さした先に、空き地の中にポツンと建つ一階建ての真四角な建物があった。
「建物があれだけなのになんでこんなに広いんですか?」
「たまに爆発したり変な物が飛び出したりするから。あいつらの敷地はあそこだけ」
……爆発て。ほんと、大丈夫なのか?
玄関前に着き、サフィさんがドアをゴンゴン叩く。
ほどなくしてドアが内側にガチャッと開いた。
「やぁ、いらっしゃい。話は聞いてるよ」
中に居たのは四十代くらいの、褐色の肌に白い短髪のおじ様だった。
おぉ、渋いな。
「こちらが【妖精】の白雪様です。そしてこちらは、白雪様の召喚獣のお二人」
なんかサフィさんにやや丁寧に紹介されると、逆に変な感じがするな。
「ようこそ、歓迎するよ…… と、言いたい所なんだが」
ん?
「今、少々立て込んでいてね。少しそこで待っていてもらえるかな?」
「ジェイはそっちの対処?」
「あぁ。そうかからないと思うから、そこに座ってのんびりしていてくれ」
もう一人、ジェイって人が居るのかな?
玄関から入ったすぐの所に置いてある椅子にサフィさんが座り、その肩にぴーちゃんが止まる。
私は別に良いんだけど…… まぁせっかく勧めてくれたんだし、椅子の端っこに座ってるか。
「ディー、そっちに行ったわ。少し足止めをお願い」
建物の奥から若い女の人の声が響く。これがジェイさんかな?
何か妙な聞こえ方だったけど、なんでだろ。
「了解。さて、そちらには通さないから安心して見ていてくれたまえ」
おじ様が背後に応答しつつ、こちらに笑顔で言ってくる。
ディーって言うのか。
いや、何が出てくるかも判らないのに安心しろって言われても…… ってデカっ!?
通路の奥から、五メートルくらいは有りそうな……人間で言うと五十センチか。
まぁ一言で言うとでっかいネズミが走り出てきた。
いや、ネズミと言っていいか微妙な所だけど。
なんか脚は六本あるし、角も生えてるし。
凄い目でこっちを…… いや、出口までの道を塞ぐディーさんを睨み付けて走って来た。
……なんていうか、怒ってるんじゃなくて怯えてる様な感じがする。
「さてさて。ジェイ、足止めだけで良いのかな?」
「うふふ、この子は私の。上げないわよ?」
「要らないよ。僕には必要ないしね」
喋っている間に距離を詰め、牙を剥いて飛びかかって来るネズミもどき。
ディーさん、やや上を向いて声をかけてて見てないけど大丈夫か?
「ぬんっ!」
ガコンという音と共に、ディーさんが正面にかざした手の平からぶっとい金属の杭が一本ずつ飛び出して、目の前に迫ったネズミもどきの脚を吹き飛ばした。
……え、何今の。
「さぁ、エサの時間だよ、っと!」
次の瞬間、ディーさんの胸部から前に向けた爆発が起きて、ネズミもどきを吹き飛ばす。
いやいや、何なのこの人。
「エサって言うのはやめてよディー。私はあなたのペットじゃないのよ?」
「あっはっは、掛け声の様な物だ。すまんね」
ジェイさんの声が近くなってるけど、一向に姿が見えない。
ん、なんかネズミもどきが上を見てる?
つられて上を見ると、天井にある通風孔の様な細長い穴から何か垂れてきてる。
高さ一メートル、幅三メートルってとこか。人間だと両手を突っ込むのがやっとかな?
透明でねっとりしてる感じの粘液だな。糸を引いてネズミにぽたっと垂れた。
……液が付いたところからシューっと音がして、ネズミもどきが不自由な体でジタバタし始めた。
溶けてるのか……?
ん、天井の穴に何か白っぽいものが……
って何か白い触手が二本、ニュルッと出てきたんだけど。
なにあれ。
……はぁっ!?
その触手がピタッと天井に貼りついたと思うと、それに引っ張られてズルゥッと巨大な青白い塊が滑りだしてきた。
どう見てもあのサイズが通れるような隙間じゃないんだけど……
もの凄く柔らかいんだろうか?
警戒しつつディーさんを見ると、落ち着いてのんびりしてる。
あれは敵じゃないのかな……?
「うふふふふ。さぁ、頂きまぁーす」
天井の青白い塊から先ほどから聞こえてきていた女性の声が発せられ、天井から剥がれてぼとりとネズミもどきの上に落ちていく。
……え、これがジェイさんなの?




