219:糸を上げよう。
なんとかラキを説得して、私の反対側に糸を付けてもらった。
この子、最初に怖がらせると嫌な奴ってイメージで覚えちゃうのかなぁ?
お姉ちゃんも威嚇されまくってたし。
「高さを揃えた方が巻きやすいかな? カトリーヌさん、ラキを乗せてあげてくれない?」
「お安い御用ですわ。さ、どうぞラキ様」
カトリーヌさんが膝をついて差し出した手の上に、くるしゅーないといった堂々とした態度で乗り込むラキ。
完全に下に見られてるな、カトリーヌさん。
他の人が相手ならラキに注意した方が良いけど、カトリーヌさんの場合は本人が望んでるだろうから別に良いか。
「それじゃ、ゆっくり巻き取ってください」
「はーい。引っ張り過ぎない様に気を付けるね」
ラキが持ち上げられて少し糸がたるんでいたので、それに合わせて少し伸ばしてからティアーナさんに声をかけた。
うん、たるんだ分以上に引っ張られたら耐えられないからな。
出来る限り気をつけて欲しい。
私とラキが糸を伸ばしてたるませたところで、ティアーナさんがくるっと棒を回して巻き取っていく。
うーむ、地味。
まぁ仕方ないし派手にやれって言われても困るけどさ。
「ラキ様のおしり、すべすべですのねぇ」
なんかカトリーヌさんがラキのクモ部分を撫で回してる。
うん、結構気持ち良いよね。
「おや? 少し糸の出が良くなりましたわね」
「え? あ、ほんとだ」
なんかちょっとだけペースが上がってる。
こっちもちょっと上げないと巻くタイミングがおかしくなっちゃうな。
「このあたりでしょうか……」
人差し指で色んな方向から触ってるから何をしてるのかと思ったら、ラキが喜ぶポイントを探っているらしい。
あー、あの辺が気持ち良いのかな?
表情は変わってないけど、指でツーっとなぞったらお尻が少し上がった。
触ってる場所や触り方で微妙に糸の出るスピードが変わって、ちょっと合わせづらいな。
まぁラキが喜んでるなら良いか。
ペースを完璧に合わせなくても、巻き取るタイミングで同じくらいになってれば良いんだしね。
「おぉ、凄いですわ……」
うおぅ。
カトリーヌさんがクモのお腹の部分を親指と他の指で挟んでもにもに揉んだら、糸が出るペースがかなり早くなったぞ。
にょろにょろ追加されて行くからこっちもちょっと急がないと。
「ってラキ、息が荒いけど大丈夫? 出し過ぎて疲れてない?」
なんか自分の肩を抱いて少し俯き気味にハーハー言ってる。
気持ち良いって感覚は伝わってくるけど、出し過ぎは体に良くないんじゃない?
ん? ビクッとこっち向いた。
ボッと顔を赤くして、両手で顔を覆う。
気持ち良くて夢中になっちゃったのかな?
「あぅっ!?」
パッと顔から手を離したと思ったら、自分の横に有るカトリーヌさんの小指に噛みついた。
「ちょっ、何やってんのラキ!?」
「も、申し訳ございません、ラキ様……」
ラキが糸を切っちゃったし、ペースが上がった分結構いっぱい巻けたと思うので私も切り離して近づく。
「もー、恥ずかしかったからって噛んじゃ駄目でしょ?」
人差し指でラキの頭をぽふっと叩いて手を引っ込める。
痛くもかゆくもないだろうけど、叱ったって事実が大事だろう。多分。
しょんぼりした顔で、「ごめんね?」と乗っている側の手の親指をなでなでするラキ。
そうそう、仲良くね。
「大丈夫ですわ、ラキ様。少しちくっとしただけでぇえ!?」
いきなり変な声出したけど、どうしたカトリーヌさん。
……うげ、小指の真ん中がぐにゃって曲がってる。
「これは皮だけを残して、骨まで溶けてしまっている様ですわね……」
自分の小指をぷらぷらさせつつ観察するカトリーヌさん。
あ、ラキが流石にやり過ぎたって顔になってる。
照れ隠しで毒液を注入するんじゃありません。
「だ、大丈夫?」
「あ、この人の場合よくある事なんで大丈夫ですよー」
薄情な様だけど事実だし。
「えぇ。この程度でしたら問題は有りませんのでご心配なく」
「いや問題は有るでしょ。ほら、吹くからこっちに出して」
なぜか渋るカトリーヌさんの手を取って、念入りに【妖精吐息】を吹きかける。
流石にここまでドロドロに崩れてると、中々治らないな。
いや、別に【吐息】にこだわる必要は無いんだから、普通の回復魔法を使った方が早いかもしれないけど。
【妖精】同士ならおかしな事にもならないだろうし。
でも【妖精】固有っぽい技だし、なんとなく育てたいんだよね。
「よし、こんなもんかな。後は自分でなんとかしてね」
「ありがとうございます。ここまで治して頂ければ、放っておけば完治するでしょう」
「そっか。あ、糸はそのくらいあれば大丈夫ですか?」
「うん、思ったより一杯貰えたくらいだよー」
あー、ほくほく顔になってるし本当っぽいな。
喜んでもらえるとこっちも嬉しいよ。
「うーん、これだけ貰っちゃうとなー。お金は受け取ってくれそうにないし…… そうだ」
あ、なんとなく察せられちゃってる。
持ってきてた鞄をごそごそ漁って何か取り出したな。
「はい、どうぞ。ラキちゃんにはおっきいから、ご主人様に分けてもらってね」
薄い紙に包まれた飴が差し出された。
……なんで皆鞄に飴が入ってるんだ、この国の人達は。
礼を言って受け取り、端を鋭くした魔力のスプーンを作って、小っちゃく切り取った欠片をラキに上げる。
ついでにラキを持ってくれてたカトリーヌさんにも。
こらカトリーヌさん、そのスプーン刃物だから迂闊にくわえたら……
あー、ほら口の中切っちゃってる。
それは自分でなんとかしてね?




