208:観戦しよう。
手元をじっと見てると気分が悪くなりそうなので、周囲の状況を見ながらネチョネチョし続ける。
アリア様とラキは人形の正面側に丸く線を引いて、その範囲で鬼ごっこみたいな事やってるな。
おいおい、思いっきり上から叩きに行ってないか。
まぁ多分叩かれても手の方がぐにゃって変形するだろうし、潰されたりはしないか。
あれだけ遠慮なく行ってるって事は「大丈夫だよー」って実演したのかな?
おぉ、左右からばちーんって挟みに来たのをジャンプして上に……
それを見てなのか予想してたのか、両手の軌道を上にずらして挟み込もうとするアリア様。
しかしラキは事前に糸を地面に繋げておいたらしく、それを一気に引っ張る事で急降下して回避した。
「くぅ、小癪な」
合わさった手を下からドーンと跳ね上げ、へいへいどうしたーとばかりに左右にステップを踏むラキ。
こらこら、アリア様を煽るのはやめなさい。
「なんの、まだまだ!」
まぁ本人は気にしてないし楽しそうだから良いか。
仲良く遊んでる所に変に口出しするのもなんだし。
で、ジョージさん達の方は…… あ、もう近距離での殴り合いくらいなら出来る程動かせる様になったのか。
流石に走り回らせたりは無理そうだけど。
しかし、護衛の二人がケンカに集中してるってどうなの?
いやまぁ多分変な事しようとしたら、こっちを見もせずに攻撃が二つ同時に飛んでくるんだろうけど。
この人達ならそれくらいは軽くやりそうだし。
コレットさんの人形の膝の辺りからフックみたいな棒がにゅっと伸び、ジョージさんの人形の膝裏にひっかけて後退を阻止した。
「てめっ、そんなんアリかよ!?」
「人の形を逸脱してはいけないなどというルールは定めていないのでアリですね」
しれっと言いながらバランスの崩れた相手を破壊にかかるコレットさん。
まぁ確かに、そういう事は特に何も決めてなかったな。
そもそも試合じゃなくて、コレットさんが一方的に襲い掛かってるだけだし。
まぁ直接攻撃されないだけマシなんじゃないかな。
「ところで白雪さん」
「ん?」
「既に手遅れなのですが、先程の様に糸を介して魔力を流せば、汚らわしい私の汚らしい破片に触れずに済んだのでは?」
「あー…… そっか、そうだったね。うん、まぁもう今更だし……」
確かにそうだ。普通にうっかりしてた……
まぁ今回はこのまま続けよう。次回は無い方が良いんだけど。
それはともかく、汚いって重ねて言わないでよ。今それに両手突っ込んでるんだからさ。
「っていうかその腕どうすんの?」
「あら、見えませんか? 先ほどから装着しておりますが」
「え? ……あ、ほんとだ。【魔力武具】で義手作ったんだ」
カトリーヌさんの左肩から透明な腕がのびて、ボウルを押さえてた。
そういえばボウルがさっきから揺れてないな。
魔力だけで作ると透けてるから、動かしてないとちょっと見えづらい。
「っていやいや、そういう事じゃなくて。治療はどうするのかって質問だったんだけど」
「この通り不自由はしませんし、無理に治療しなくても良いのでは?」
「うーん、でも周りが気にしちゃうんじゃないかな? ほら、誰かにやられたのかとかさ」
「あぁ、それは有るかもしれませんね。人に不要な心配をかけるのは本意では有りませんし、なんとかしましょう」
「なんとかって、何かあるの?」
「あぁ、後で治してやるからその肉は捨てずに取っとけ。現物が有る方が楽だからなって待てコラァ!? お前流石にそれは無いだろ!」
「何の事でしょう?」
あ、そういえばジョージさんは回復魔法もちゃんと使えるんだったな。
ライサさんに羽もがれた時、咄嗟に治してくれたし。
ただジョージさんがこっちに意識を振った隙に、コレットさんがこっそり魔力を流してジョージさん側の足場をちょっとだけデコボコにしてた。
地味だけど効果的な嫌がらせだな……
「だってさ」
「ありがとうございます。助かりますわ」
「回復してもらえなかったらどうするつもりだったの? 想像はつくけど」
「手っ取り早くどなたかに踏んで頂こうかと」
「あーうん、大体合ってた。まぁ死に戻れば元に戻るし、デスペナないもんね」
踏まされる側はたまったもんじゃないけどね。
「更に気持ち良いと」
「それはカトリーヌさんくらいだからどうでも良いよ」
「ありがとうございます。では、そろそろ次の訓練に移りますか」
なんの感謝だ。……どうでも良いっていう雑な扱いか?
「そうだね。とりあえず手を洗おう」
肉から手を引き抜き、親指と人差し指で挟むように拭って手に着いた血肉を片手ずつボウルに落とす。
あらかた落としてから【大洪水】のシャワーで水洗いして、ついでにカトリーヌさんの手も流してあげた。
「ありがとうございます。ええと、次は【空間魔法】でしょうか」
「んー、でもあれ、魔法で鍛えると消費MP多くて厳しくない?」
【座標指定】ですら百点使うし。
なんであれそんなに高いんだろう……
「そこはほら、まず空間を魔力で歪める事の訓練から始めれば良いのではありませんか? 可能になれば節約しつつレベルを上げる事が出来ますし」
「あぁ、確かに。じゃあダメ元でやってみるかー」
両手をバレーボール一個分くらいの隙間を開けて胸の前に掲げ、その空間に集中する。
枠が有った方が認識しやすそうだしね。
……なんか軽く言ったけど、空間を歪めるってそんなホイホイ出来る事じゃなくない?
まぁたった百点ぽっちで転移なんて事が出来るんだし、【妖精】にとってはそんなでも無いか。




