207:試合を止めよう。
「むぅ、難しいものだな……」
「普通に歩くってこんなに難しい事なんだなーって思えますよね」
「挫折しているではないか」
六本脚の人形をちらっと見て苦笑しながら言うアリア様。
「いやー、倒れないけどこれはこれで難しいですね。次にどの脚を動かせば良いのかこんがらがっちゃいますよ」
「ふむ、まぁそうであろうな。手本になる者はそこに居るが、教えてもらってどうにかなる物でもないだろう」
「どういう風に動かしてるか教わっても、綺麗にそう動かせなきゃ意味が有りませんもんね」
「鍛錬するしか無いという事だな。まぁすぐに慣れてしまう者も居る様だが」
既にジョージさんと同じくらいには動かせる様になったコレットさんの手元を見て言う。
この調子で行けば割と早いうちに攻撃に移れるんじゃないかな。
「あ、よく考えたら【土魔法】の訓練だけしてても仕方ないんだった」
「楽しめているならそれで良いのではないか?」
「そうですけどね。ま、急いで歩行の練習する必要も有りませんから」
急いでも何もそもそも別に歩かせる必要は無いんだけど。
「といいますか、むしろ私に必要な練習はあっちなんですよね。カトリーヌさんにぼっこぼこにされましたから」
「あれは仇討ちの様なものなのか? っと、危ない」
アリア様がラキの方を見て言う。
あ、余所見したせいでバランスを崩して倒しそうになったな。
「いえ、あれは単に一緒に遊びたいだけっぽいですけどね。他の練習してる間、一人で走り回ってましたし」
「ふむ、可愛いものだな。元気なのは良い事だ」
「有り余ってる感じですねぇ。ラキー、そろそろ終わりにしちゃって良いよー」
私の言葉を聞いたラキが一旦振り向いて頷き、カトリーヌさんの人形に襲い掛かる。
「そんな、まだ私にもチャンスを…… あぁっ!?」
あ、パンチがのびきった所で関節に拳を叩きこんでへし折った。
別に本当に関節がある訳じゃないけど、動かすために他よりは少し柔らかくなってるからな。
折れ曲がった腕にもう一発叩きこんで、右肘から先を吹き飛ばす。
「これではどうしようも……」
同じ手順で左腕も吹き飛ばされて、諦めた声を出すカトリーヌさん。
「有りますわっ!」
諦めては無かったか。
腕が無いならと全身を倒れ込ませてラキに突撃させた…… けどうん、まぁカウンターのアッパーで首が飛ぶよね。
「いやカトリーヌさん、それパンチじゃないから当たっててもノーカウントだよ」
「えぇ、解っておりますわ。最後に一矢報いたかったのですが、驚かせる事すら出来ませんでしたわね」
あ、落ちてきた頭部を両手でキャッチして胴体に叩きつけた。
誇らしげに胸を張って拳を掲げるラキ。完全勝利って感じだな。
「しかしいきなり打ち切るのはずるいですわ、白雪さん」
「いや、だって時間決めてなかったしさ。それにこう言っちゃなんだけど、自分でも少しくらい時間延びたって当てられる気はしてないでしょ?」
「悔しいですがその通りですわね。ラキ様に本気で遊んで頂けるよう、精進致しますわ」
「いや、普通に遊んであげればいいと思うよ。まぁ何かを頑張るのは良い事だと思うけどね」
「うむ。お、どうした? 私と遊びたいのか」
いつの間にかラキがアリア様の操る人形の足元に来て、手を振ってアピールしてた。
今までずっと動いてたのに、まだ遊び足りないのか。
本当に元気だなぁ。
「すまんが、まだお前と遊べる程には動かせんのだよ。また今度な」
「上半身だけにして地面に繋げて、押さえつけるか捕まえたら勝ちって感じでやってみたら良いんじゃないですか?」
「ふむ、それならば少しは遊べるかな? ラキ、試してみようじゃないか」
そう言って素手で人形の腰の所をねじ切り、地面に配置するアリア様。
……まぁそりゃその方が魔力使わなくて楽だけどさ。
残った下半身は手の平でぐにゅっと押しつぶして片付けた。
手、汚れちゃうよ?
あとカトリーヌさんはいいなぁって顔しないの。
「そういえばカトリーヌさん、聞き忘れてたけど【血肉魔法】って取れたの?」
「えぇ、無事取得出来ていましたわ。これで弾け放題ですわね!」
「喜々として言われても…… 一応言っとくけど、その辺の人に使っちゃ駄目だよ?」
「流石にその位は解っておりますわよ?」
「なら良いけど。しかし【血肉魔法】、訓練しようが無いんだよねぇ」
「そうでも無いのでは?」
「えっ?」
ボックスから糸を取り出して左腕の付け根をきつく縛って、【魔力武具】の刃を纏った手刀でスパーンと切り落とすカトリーヌさん。
「って何してんの!?」
「いえ、魔法が使えないなら血や肉を操れば良いかと思いまして」
「だからってそんな…… うえぇ……」
座った脚の上に魔力でまな板を生成して腕を置き、ストトトッと手早く薄い輪切りにして、同じく魔力で作った大きなボウルに放り込んでいく。
なんで平然と自分の体でそんな事出来るんだ……
「さぁ、白雪さんも遠慮なく」
ボウルの中身に手を突っ込んでグチャグチャとかき混ぜつつ魔力を流しながら、こちらに呼びかけるカトリーヌさん。
「うぅ、私もやらなきゃダメかな……?」
「当然無理にとは言いませんが、こうでもしないとエリシャさんを食す時位しか鍛えられないのではありませんか?」
「し、仕方ないか…… うえぇ、ネチャってする」
「使えそうな魔法を習得するまでの我慢ですわ、白雪さん」
「他にもスキルは一杯あるし、無理に鍛えなくても良かったかも……」
「レベルが上がれば便利な魔法が現れるかもしれないではありませんか。共に頑張りましょう」
……これ放っといてもカトリーヌさんが鍛えるだろうし、「便利な魔法」が有るのを確認してからで良かったかも。
もう私の手はカトリーヌさんの血でべっとべとなんだけどさ……




