204:スパーリングしよう。
「ラキ、こっちおいで。いやー、凄いねー」
勝者の特権とばかりに頭を踏みつけているラキの脇腹を摘まんで手の平に乗せ、撫でて褒めてあげる。
おや、なんか嬉しいけど申し訳ないって感じの表情だ。
「どうしたの? 何か問題でもあったの?」
「はい?」
「あぁいや、なんか勝ったはずのラキが微妙な表情してるからさ」
問いかけてみると少し困ったような笑顔で首を傾げるラキ。
あ、右腕を上げて二の腕をパンパン叩いた。
「えっと、私は強い? 違う? 力持ち? あ、そっちね」
「なるほど、確かに私を軽々と引きずっておりましたわね」
「自分より大体二十……五倍くらいの大きさ? 三十は無いよね」
「という事は、自分の一万倍以上の重量を、という事でしょうか。凄いですわ、ラキ様」
「まぁ単純にそう言えるかはよく解んないけど、頑丈で力持ちなのは確かだよね。私が足で思いっきり握っても、全然気にしてなかったし」
「とても羨ましいですわ」
「それ…… いや、いいや」
どっちがって聞こうかと思ったけど、どうせどっちもとか言うだろうから止めておく。
「あ、まだあるの?」
さっき自分が殴り飛ばした人形を指さして、次に自分の胸にふにふにと指を押し当てる。
「えっと、あいつは…… 平ら? あぁっ、ごめんごめん!」
めっちゃ威嚇された上に手の上でダカダカ地団太踏まれた。
うん、多分柔らかいって言いたかったのは解ってたんだけどつい。
「安心してラキちゃん、私も同類だから……」
ハッとした顔でごめんねと頭を下げるラキ。
良いんだよ。あぁいう事言われるとイラッとするのは良く解るから。
「なぜわざわざ自虐の方向に持って行くのですか…… あんっ」
隣に居た「持つ者」が呆れた様な声を出したので、大きく張り出した物をスパーンとはたいておく。
取れてしまえ。
あ、ラキちゃんが殴るのはやめとこうね。
本当に外れたら怖いから。
「理不尽ですわ……」
そんな嬉しそうな顔で言われても反応に困る。
というかわざとやられに来てないか。
「まぁそれは良いとして。えっと、人形が柔らかすぎるって言いたかったのかな?」
コクコクと頷くラキ。
「あー、サイズを合わせただけだもんなぁ」
「確かに、私が指で押さえるだけで変形してしまいますわね。これではあの結果も納得できるという物です」
「人形同士ならともかく、ラキとまともに遊びたかったら強度にも少し魔力を注がないとダメだねぇ」
「ラキ様、調整を手伝って頂いてもよろしいですか?」
カトリーヌさんの言葉に頷き、私の手からピョンと飛び降りてジャブの素振りを始めるラキ。
あ、殴って確かめる感じなんだ。
「ラキ、硬いの殴っても大丈夫なの? 何か魔力で作ろうか?」
グローブとかメリケンサックとかさ。
あ、首振られた。
「そう? 怪我はしない様に気を付けてね」
コクコク頷いて、何やら顔の前で手をグーパーし始めた。
どうしたんだろ。
あ、糸吐いた。口からも出せるんだ……
先端を右手に貼りつけて、バンデージの様にくるくる巻いていく。
たまに糸を噛んで引っ張って、ギュッときつめに締めてるな。
ある程度巻いたら拳を握って、その上に更にくるくる。
おー、薄手の即席グローブが出来上がった。
自力で作れるからいいよーって事か。
……って何でそんな手慣れてるの。
巻き始めから完成まで、全く淀みない動きだったんだけど。
アラクネってボクサーか何かなの?
あ、左手のも出来上がった。
両手をバスバスと打ち合わせて感触を確かめ、よしっと頷くラキ。
「それではどうぞ、ラキ様」
棒立ちの人形を完成させていたカトリーヌさんが声をかける。
お、駆け寄って懐に飛び込んで……
脇腹を斜めに突き上げるようなフックで、人形の上半身が土台から解き放たれた。
うーん、一発かー。
「もっと強く固めないとダメですわね……」
肩の高さに両手を広げて、やれやれって感じで首を振るラキ。
なにその西洋っぽいジェスチャー。
それから四体の人形が犠牲になりつつも、殴るとへこむ位の強度に調整が完了した。
うん、実験用だからってボコボコにするのは止めてあげなさい。
その間見ているだけじゃ時間の無駄なので、私は私で「魔力で作った糸だし、魔力を流すくらい出来るんじゃないかな?」と、【紡ぐ者】の糸を通して人形が作れないか試してみてた。
流すだけなら割と簡単に出来て、貼り付けた地面を操って人形も作れたけど、一本だけだとなんだか操作が難しい。
という訳で両手の指から十本つなげてみたら、かなり動かしやすくなった。
なんだろう、電気信号みたいに複数本ある方が複雑な信号が送れるとかって事かな?
「これで大丈夫ですわね。何やら白雪さんの方も気になりますが、改めて勝負ですわ、ラキ様」
お、やるのか。
ラキが「ちょっと待ってねー」と両手を前に上げて、人形の前の地面を足で少し掘っている。
どうしたのかな?
あぁ、人形が地面と繋がってて動けないから、自分も歩かないよって事か。
八本の脚を八つのくぼみにそれぞれはめて、その状態で関節を曲げてクモの体をクイクイ動かし、具合を確かめてる。
うん、胴体も固定してたらお腹が動かせない分不公平だしね。
両手を前に構えて上半身をぐるんぐるんと動かし、納得が行ったのかカトリーヌさんに手を振る。
腰の辺り、凄い柔軟性だな……
殆ど真横に倒れてたぞ。
「白雪さん、開始の合図をお願いしてもよろしいですか?」
「はーい。それじゃ、手を叩いたら開始ね。れでぃー……」
パーン、と。
おー。カトリーヌさん、私の時と違って積極的に殴りに行くな。
で、ラキが余裕でそれを捌く、と。
隙が出来る度にペチッとジャブを入れられてるな。
「これ、勝負って言うより稽古つけてもらってるだけの様な……」
「悔しいですがその通りですわね……っと! 無駄口を叩くな、ですか。すみません」
私の声で集中の途切れたカトリーヌさんに対し、人形の腕をペンペン叩いて叱りつけるラキ。
あれ、これでカトリーヌさんの技術が鍛えられちゃったら、私の連敗記録がが更に伸びちゃうんじゃ……?




