121:口を押さえよう。
おいおい、大丈夫なのかアレ。
袖に染み込んだのが広がって見えてるだけで、そこまで大量に出ては無いと思うけど……
珠ちゃんにお願いしてモニカさんの方に行ってもらう。
「大丈夫ですかー?」
「ちょっ、ちょっと、少しだけ近寄らないで頂けますか……」
あぁうん、確かに少し落ち着くべきだな。
大丈夫、嫌がられてる訳じゃないからそんなにしょんぼりしなくていいよ。
ちょっとうなだれた珠ちゃんの後頭部をぽふぽふ撫でて励ます。
「ふぅー…… お待たせ致しました。もう大丈夫です」
お許しが出たので珠ちゃんを撫でるのを止め、モニカさんに近寄ってもらう。
この高さじゃ近寄り過ぎたらお互い首が痛いので、ある程度距離は置いて貰うけどね。
「いくら何でも興奮しすぎじゃないですかね……」
「いえ、これが当然の反応かと思われますが」
「そんなのはモニカさんくらいですから」
「なんと……」
いや、そんな驚く事じゃないよね?
それが普通だったら今頃この公園大変な事になってるよ。
「まぁお仕事頑張ってください。あ、そうだ」
珠ちゃんの背から離れ、モニカさんの顔の前まで飛んで【妖精吐息】を吹きかける。
興奮し過ぎで無駄に疲れただろうし。
「ありがとうございまブッ!?」
……あっ。
そうか、興奮し過ぎて鼻血吹いた人をすぐ元気にしたらそうなるか……
「ご、ごめんなさい!」
「ひ、ひへ……」
左手で顔を隠しながら、右手で「大丈夫だから」と示すモニカさん。
いやぁ、本当に申し訳無い。
「とりあえず、私がここに居たら止まりそうにないんで行きますね」
「ふぁい。ほれれあ」
「いや、無理しなくていいですよ。それじゃ失礼します」
モニカさんの顔の前から珠ちゃんの元へ戻り、背中に乗って手を振る。
ばいばーいっておい、今のでまた悪化してないか?
一旦落ち着いてくれないと本当にまずそうだな。珠ちゃん、行こう。
公園を出て路地を抜け、北通りに出る。
東通りと違ってかなり人が多い。まぁ東は海だもんね。
うーん、流石にここを騎乗したまま横断する度胸は無いなぁ。
珠ちゃんだけなら上手く躱して進めるだろうから、私は一旦降りて上を飛んで行こう。
こちらを見ていた人が少し残念そうな顔になったけど仕方ないだろう。
これだけ沢山の人の足元を進んで行くのは、ただの自殺と変わらないんだもの。
大通りを飛び越え、地表付近まで降下して珠ちゃんを待つ。
おぉ、上手い事すり抜けるもんだな。
でも乗ってなくて正解だった。あんなに素早く動かれたら付いていけないよ。
通りを抜けた珠ちゃんは、しっぽをピンと立てて誇らしげにトコトコ歩いてくる。
「すごいねー珠ちゃのほぅっ!?」
だからそれは頭突きだよ珠ちゃん……
浮いてる私のお腹をかち上げて来るから、珠ちゃんの頭部に抱き着くような体勢になった。
可愛いんだけど、毎回やられるのも厳しいのでちょっと抗議しよう。
両足を輪にして珠ちゃんの顎を押さえて、耳の後ろから両腕で首を挟んで体を固定する。
ついでに後頭部のもふもふに顔を埋めて満喫しておこう。
……これ凄いシュールな絵面だろうな。なんか吹き出してる様な音が聞こえてくるし。
珠ちゃんの力なら私のロックを外して口を開けるくらい簡単だろうけど、それはせずに「ぬー……」と困ったように唸りながら、いやいやーとゆっくり首を振る。
うん、良い子だし離してあげようか。
「珠ちゃん、懐いて来てくれるのは嬉しいんだけど、毎回突撃されてたら私の体が持たないよ」
叱られたと思って少ししょんぼりする珠ちゃん。
横に回って、ほっぺたや耳の付け根辺りをぽふぽふ叩いて頬ずりする。
「次からはこう、この辺でこするみたいにさ。優しく来てもらえると嬉しいな」
言ってから離れ、さぁ来いと手招きしてみる。
恐る恐る近寄ってきて、こうかな……といった感じで顔を押し当てて来る珠ちゃん。
すこしぎこちないけど、これなら大丈夫そうだな。
「そうそう、よくできたねー。それならひ弱な私でも大丈夫だからねー」
褒めてあげつつ横から首をわしゃわしゃかき回す。
珠ちゃんは嬉しかったのか、横顔をぐいぐいこちらに押し付けて来た。
「待って待って珠ちゃん、強い強い。力加減が大事だよー」
言いながらほっぺたを押さえると、耳がぺたんと伏せて済まなそうな顔になった。
「大丈夫大丈夫。上手く出来るように、これから練習していこうね。それじゃ、そろそろ行こうか」
通りの端っこでじゃれあってたからすっごい見られてるし。
まぁ視線から逃げてても仕方ないし、そのまま通りに沿ってお店を見てみるか。
ふむ、主に食材関係のお店が並んでるのかな?
たまに店先で料理も売っているのか、美味しそうな匂いが漂っている。
どうやら少し奥に行くと畑が広がっているみたいだな。
お肉も売ってるし牧畜もしてるのかな?
スペース足りるんだろうか…… いや、実際供給されてるんだから大丈夫なんだろう。
試しにちょっと覗いてみるか。
別に何も用事は無いけど、そもそも散歩してるようなもんだし。
おぉ、通り沿いの一区画を抜けたら農地が広がってるな。
うーん、でも広いとは言っても賄えるほどでは……
いや、あの花園が数日で作れるんだから何でも有りか。
あんまり詳しくないけど、生えてる作物も区画ごとに季節がバラバラだし。
うん、凄い違和感だな。まぁ気にするだけ無駄か。
作物の世話をしてる人達に手を振りながら、農道をとことこ歩いていく。
お手伝いに【施肥】でも…… いや、余計な事して作物に異常が起きるとヤバいしやめておこう。
作物の健康状態もちゃんと管理してるだろうし、部外者が手を出しちゃいけないだろ。
やるとしてもちゃんと相談してからだな。
特に目的も無くぶらぶらしていると、道の端に妙な木が立っていた。
道沿いに木が立っているのは珍しく無いんだけど、なんだか少し形に違和感がある。
というか何故か薄く魔力が籠っている。
なんだろ、この木…… って今、なんか動かなかった?
「……あれ……気付かれた……? ……貴女が噂の……妖精さん……?」
……木が喋った。




