120:乗ってみよう。
「あ、そうだカトリーヌさん」
「はい?」
ふと夕方の予定を思い出し、二人が家に入ってしまう前に声をかける。
「晩御飯の後なんだけど、【MND強化】の経験値の為に攻撃魔法を撃ってもらう集まりがあるんだ。カトリーヌさんも一緒に行く?」
「もちろん行かせて頂きますわ……と言いたいところですが、そんなご馳走を分けて頂いてもよろしいのですか?」
ご馳走…… うん、まぁ人間の魔法は美味しいけど、これは違う意味だよね。
「あぁ、それは全然構わないよ」
「では遠慮無く。こちらで待っていればよろしいですか?」
「んー、メッセージで呼べるから別に留まってる必要は無いけどね。まぁ一旦ここに集まるだろうし、居てくれれば合流の手間は省けるかな」
「そうですわね。それでは待機しておきますわ」
「あ、一応言っておくけど人間の魔法は全然痛くないからね?」
「この段階で私の期待を潰さなくともよろしいではありませんか……」
「いや、いざ受けてからガッカリしたら、撃ってくれた人に悪いと思ってさ」
「確かにそうですが……」
お願いしておいて期待外れみたいな態度は流石にまずいだろう。
「あ、でも見た目は凄いよ。なんせ大きさが十倍だから」
「それは期待できそうですわねぇ」
「まぁすぐに慣れちゃうけどね」
「確かに、安全だと解っていて緊張感を保つ事は難しいですわね」
「だねー。あ、【MND強化】を外しても元々のステータスが高すぎて同じ事だからね?」
わざと痛い目に遭おうと経験値を無駄にしない様に釘を刺しておく。
「えぇ、解っておりますわ。大丈夫です」
「まぁいろんな味の魔法が食べられるから、そっちは期待していいと思うよ」
「敵を殺すための攻撃がおやつ感覚で語られてますわね」
「危険が無い上に美味しいんだから仕方ないじゃない」
うん、確かに駄菓子屋みたいなノリで言ったけどさ。
「さて、それじゃ行ってくるよ」
「はい。ではまた後程」
手を振って、家の中に入っていく二人を見送る。
シルク、頑張れよー……
せっかくもう一枠空いてるんだし、召喚しておこう。
んー、ポチはずっと呼んでたし、太郎は可愛いけど外を歩くのには不向きなんだよな。
という訳で珠ちゃんかもん。
「おふっ」
珠ちゃん、それスリスリじゃない。頭突きって言うの。
速度は加減されてるし毛皮で衝撃は軽減されるけど、お腹に頭から突っ込んでくるから息が漏れたよ。
せっかくなのでそのままの体勢から、両手で後頭部と耳の付け根をわしゃわしゃしておく。
さて、どこいこうか……の前に。
「珠ちゃん、背中をあんまり揺らさない様に歩ける?」
珠ちゃんは少しだけ首を傾げ、ゆっくりと歩き回る。
試してみてるんだろうか?
その場で何度か往復した後、足を止めこちらを見て再度首をかしげる。
これは「どう? できてた?」ってことだろうか。かわいい。
ちょっとうねってたけど、頑張りは伝わったので首を撫で回しておいた。
うん、なんか行けそうな気がするぞ。
「よし、珠ちゃん。ちょっと後ろ向いてくれるかな」
こちらにお尻を向けて立ってもらう。
「じっとしててねー」
動かない様に告げておいて、胴体の真ん中あたりにそっとまたがってみた。
むぅ、これだと結構足を開かないといけないな。
横乗りの方がいいかな? まぁ今はこのままでいいや。
私が背中に乗ると首から上だけで振り向き、片目でこちらを見る珠ちゃん。
「体重は乗せてないから重くはないと思うけど、乗られるのは嫌じゃないかな?」
ニャッと一声鳴いて、前を向きなおす。
これは大丈夫って事で良いのかな。
「それじゃ、まずはゆっくり歩いてみて。振り落とされない様に【浮遊】で頑張るから」
一応首の後ろの辺りに手をついて、加速に備える。
自力での移動も合わせないと流石に握力だけじゃ無理だろうから、あくまで一応だけど。
慎重に歩いてくれたおかげで、少しづつ慣らしていくことが出来た。
おかげでゆっくり歩くだけなら、既に問題なく合わせる事が出来る。
前に手を伸ばし、後頭部をなでなでしながら【妖精吐息】を吹きかける。よしよし、良い子だ。
しかし、さっきから毛皮にぼふっと倒れ込みたくて仕方ないぞ。
もふもふに埋もれたい衝動との戦いだよ。
「よし、それじゃ後は移動しながら練習しようか。珠ちゃん、表に出よう」
と言ったものの、何処に行くか決めてないんだよね。
んー…… よし、今まで行ったことのない北西区に行ってみよう。
南西区も行ってないけど、近い方からってことで。
えーっと、北西は確か…… うん、そういえば行けば解るって思って、ちゃんと地図見てないや。
まぁいいや。うん、きっと行けば解るよ。
門まで出て来て、またしても通れずに立ち往生する。
妖精でも開けられるように、何か仕掛けが欲しいなぁ……
ん? どうした珠ちゃん。
一旦降りれば良いのかな?
私を降ろしてどうするのかと思ったら、珠ちゃんは一息に門柱に飛び乗って、そのままの勢いで飛び降りた。
おぉ、人間の腰くらいの高さとはいえ凄いぞ。流石はにゃんこだ。
心なしか誇らしげな立ち姿の珠ちゃんを褒めちぎり、再度騎乗する。
「今日はあっち行くよー。あ、ここで指さしても見えないね。右……って言って解るかな?」
右の前足で地面をたしたし叩く。
右を向いたり進んだりじゃなくて叩いたのは、それくらいわかるよーってことかな?
「あはは、ごめんね。それじゃ行こう。人間にぶつからない様に気を付けてね」
短く鳴いてお返事しつつ西へ向かう珠ちゃん。
カーブや横の移動にも慣れて行かないとなー。
動きに付いていけずに取り残されても困るし。
落ちて怪我をする心配が無いから気が楽だな。
うん、予想はしてたけど周囲の反応が凄いな。
珠ちゃんの上から、笑顔で周囲に手を振って進んでいく。
わざわざ近くに来てからしゃがみこんで、珠ちゃんの鼻先に人差し指を差し出してくる人も居た。
うん、その度に指先を嗅いで挨拶してたらなかなか進めないんだけど。
まぁいいか。嬉しそうに盛り上がってるし。
こらこら、撫でるのはいいけど私の近くまで手を滑らせて来ないでくれ。
その勢いでぶつかられたら危ないんだよ。
愛想を振りまきながらじわじわと進み、公園の外側へ向かっていく。
あ、モニカさんが仕事してるな。
ちらっとこっちを見て正面を向いた、と思ったら凄い勢いで振り返って二度見してくる。
手を振ってあげると両手で顔の下半分を覆い隠した。
今更にやけたのを隠そうとしたのか?
……いや、違うな。袖が赤く染まっていってる。怖っ。
ちょっと興奮し過ぎたのか……?




