113:粒を譲ろう。
少し上に飛んで、斜め後ろからレティさんの手元を覗きこむ。
ほー、小さい葉っぱのブローチか。幾つかあるくぼみには宝石でもはめるのかな?
装備なら魔石の欠片とかかも。いや、そんな小さくしても意味があるのかは知らないけどさ。
……よく考えたら工房で人が作ってる物を勝手に覗くって、はたき落とされても文句言えないんじゃなかろうか。
隠して作ってる訳でもないけど、なんかいけない気がしてしまう。
うん、そうは言ってもやってしまったものは今更仕方ないよね。
タイミングを見て謝っておこう。
さて、練習するのはいいけど手持ちの素材は竹くらいか。
捏ねまわしたから筋とかは殆ど無くなっちゃってるけど、それでもなんとなく彫りづらそうだしまた捏ねるかな。
粘土細工なんてのもあるんだし、こねこねするのも【細工】の訓練にはなるだろう。
で、何を作るか…… そうだ、花の形の和菓子を真似てみよう。
梅とか桜とか菊なら何となくだけど見覚えがあるし。
とは言え、単純な形に見えても綺麗に作るのは難しいだろうな。
まぁ別に売り物を作る訳でなし、気楽にやればいいか。
気楽にって言っても手は抜かないけどね。真面目にやらなきゃ意味がないし。
机の上に【魔力武具】で薄いシートを張って先程の訓練で使った竹を取り出し、魔力のヘラを作って作業開始だ。
……そういえば、表に行ったら殆ど声が聞こえないんじゃ?
まぁジェスチャーで伝えたり、耳元で叫んだりしてなんとかするだろう。うん。
出来ないなら必要な物を持って戻ってくるだろうし、気にしなくても大丈夫だろうな。
……うーん、やっぱり難しいもんだな。
大まかな形を作るだけなら何とかなっても、そこから綺麗に整える事が出来ない。
少し上手くいったと思っても、回してみると歪んでいるのがよく判る。
まぁそう簡単に行かないのは解ってるから、出来るまでやるだけなんだけどね。
がんばる。
あ、レティさんが一息ついてるな。丁度いいから謝っておこう。
「レティさん、ちょっといいかな?」
「はい、なんでしょう?」
「さっき後ろから勝手に覗き見ちゃったのを謝ろうと思って。ごめんなさい」
「その位の事でしたら、私は別段構いませんよ?」
「いやー、なんか悪い事してる気がしてさ。せめて聞いてからにするべきだったかなって」
「確かにそうかもしれませんね。私のでよろしければ、いくらでも見て頂いて構いませんよ」
先程まで作っていたブローチを手に乗せて見せてくれる。
おー、これは銀製かな? 私のと違って綺麗に出来てるなぁ。
「この穴には何か填めるのかな?」
「そこには宝石を。と言っても本体の材料費がそれなりにしましたので、しばらくはお預けですが」
あー、やっぱ銀は高いのか。
狩りでそれなりに稼いでも、自由になるお金は少ないだろうしなぁ。
というかこのビーズくらいのサイズの宝石でも、お値段それなりにするのかな?
現実だと物によっては百円もしなかったりするけど……
いや、産出量も加工手段も流通も何もかも違うんだから、現実の基準で考えても仕方ないのか。
蜜一滴が銅貨二枚で飛ぶように売れるくらいだしな。
あ、そうだ。ビーズくらいと言えば作っておいた結晶があったな。
カットとかしてないただのボールだけど、透明度は高いし一応提案してみようか。
「レティさんレティさん。これ填めてみない?」
「それは……?」
「私特製、魔力結晶。まぁこれは小さすぎて、殆ど魔力は無いけどね」
「おぉ、魔力の塊ですか。それは良いかもしれませんね。譲っていただけるのですか?」
「いいよー。その為に作ったんだしね。何か入れる物はあるかな?」
「入れる物ですか。えっと……小瓶で良ろしければ」
私の前にドンと瓶が置かれる。
うずくまった私と同じ位の大きさか。これなら問題ないな。
瓶の口の上にボックスを出現させ、掴みどりでジャラジャラ流し込む。
ひっくり返してどばーっと出せたら良いのに。
メニューパネルをひっくり返したら出てこないかな?
……いや、万一溢れさせて撒き散らしたら大変だしやめておこう。
流石にそんなに持ってはいないと思うけどさ。
「あ、あの、そんなに頂かなくとも……」
「いやー、一杯作っちゃったからさ。何かに使えるかも知れないし取っといてー」
食べてもお腹の足しにもならないし、私が使いたければいつでも作れるしね。
あ、このサイズならそこまで問題にならないだろうけど一応言っておこう。
「そうだ、一応言っておくけど魔力結晶は売るなって言われたから気を付けてね。いや、売りはしないと思うけど」
「えぇ、売ったりはしませんが…… 言われたというのは?」
「王女様直々のお願いでね。まぁそれを言われたのはもっと大きい奴だから、その粒は問題ないかも知れないけどね」
現物を見せようと思ったけど、そういえば家に設置してたな。
まぁいいか。
「なるほど、それは聞かざるを得ませんね」
「でしょ? ま、それはともかく。はいどうぞ」
どうぞと言いつつ瓶は持ち上げられないから、両手で挟むように瓶をぺちぺち叩いて離れた。
「ありがとうございます。必ず役立たせてみせますね」
うーん、そうは言ってもそういう装飾用にしかならないと思うけどね。
まぁそういう意味では役立つかもしれないか。
「うん。それじゃ、引き続き頑張ってねー」
手を振って元の場所に戻っていく。
さて続きだー……って丁度カトリーヌさん達が帰ってきたな。
それじゃお片付けだ。
「おかえりー。どうなった?」
「戻りましたわ。せっかくですので絹のお布団などもお願いしまして、丁度銀貨八枚になりましたわ」
「少し調整と確認をしたいから、明日のお昼過ぎにもう一度来てもらえるかしら?」
「解りましたわ。表ではなく、こちらでよろしいのですね?」
「えぇ。納品は明後日の夕方に。それで直接そちらに届けようと思うのだけれど、どこへ行けばいいのかしら?」
配達もしてくれるのか。ってか早いな。
場所は私から説明しておこうか。
「街の北側に新しくできた公園は判りますか?」
「えぇ。一度見に行ったわ」
「そこの中央部の柵の内側に家があるので、そちらにお願いします」
「解ったわ。それじゃ、早速仕入れに出てくるわね。レティさん、少し留守を頼めるかしら?」
「はい、お任せください。お気をつけて」
いや、その日に会ったばかりの相手に頼んでいいのか?
……まぁいいのか。ちゃんと大事な物はしまってあるんだろうし。
さて、それじゃ注文も出来たしおやつの時間だー。




