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【第1章完結】街の美少女氷屋さん、実は最強の氷術師でした ~可愛いだけじゃ、お腹は膨れないのです~  作者: YY


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第18話 信じるのです

 ダンジョンをあとにしたわたしたちは、無言で草原を歩いていました。

 すっかり夜になっているようで、上を見上げると星の海が広がっているのです。

 綺麗なのです。

 エレメンの近くまで帰って来ましたが、誰も何も言いません。

 少し気まずいですけど、わたしとしても頭を整理する時間が欲しかったのです。

 知能が高く、意志を持っているモンスター。

 逆に、意志を持たない火の精霊。

 そして、ドラゴン。

 どう考えても、普通の事態ではありませんでした。

 チラリと隣を見ると、幟を担いだグラが悠然と歩いているのです。

 何も変わらない彼を見ていると落ち着きますが……あとで、確認しないといけません。

 わたしがある程度の方針を固めていると、反対の隣を歩いていたセレが、唐突に口を開きました。


「ネージュちゃんとグラくんって、拘ってることがあるわよね?」

「肯定。 被害ゼロ」

「優先なのです」

「うんうん、とても良いことだと思うわ。 お金にがめつい人とは思えないくらい」

「一言、余計なのです」


 氷ハンマーで、セレの頭をコツン。

 グラ以外にしたのは初めてですが、反射的に出てしまいました。

 これも、彼女を友人と認めたからでしょうか?

 だとしたら、嬉しいようなこそばゆいような……複雑な気分なのです。

 セレの方を窺うと、何やら嬉しそうな顔でこちらを見ていました。

 しかし、顔を正面に戻して、足を止めないまま、どことなく寂しそうに語るのです。


「わたしの信条、覚えてる?」

「順序、正しく……でしたか?」

「うん、そんな感じ。 あれね、実は亡くなった母が関係してるのよ」

「……そうなのですか」


 母。

 その言葉を聞いたわたしは、胸が締め付けられる思いでした。

 わたしに、母と呼べる人はいませんから……。

 思わず俯いてしまいましたが――白い呼気が流れました。

 反射的に振り向くと、グラが六花の髪飾りにそっと触れたのです。

 それだけで、わたしの心は救われる思いでした。

 そうです、わたしにはグラがいます。

 他に何を望むというのでしょうか。

 わたしが立ち直ったことを察したのか、様子を見ていたセレは再び言葉を紡ぎ始めました。


「母は、偉大な冒険者だったわ。 わたしなんて、目じゃないくらいね。 でも……順序を間違えたのよ」

「順序を間違えた……?」

「そうよ。 ダンジョンで傷付いた他の冒険者を、片っ端から魔術で回復して行ったの。 精霊力が枯渇しても、無理やりね。 その結果、無理がたたって……帰らぬ人になったわ」

「なるほど、なのです……」

「だから、わたしは順序を間違えない。 助ける相手に順序を付けるの。 自分を犠牲にして全員を守るなんて、間違ってる」


 遠くを見つめながら、言い切るセレ。

 わたしに彼女の気持ちを完全に理解することは出来ませんでしたが、なんとなくわかったこともあるのです。

 可能な限り精霊力を温存しようとする姿勢も、今の話が大元なのかもしれません。

 ただ、気になることもありました。

 本人に自覚があるのかわかりませんが、伝えるべきでしょうか?

 わたしは躊躇していましたが、グラはすかさず指摘したのです。


「半分肯定、半分否定」

「どう言うこと、グラくん?」

「自分を犠牲にしてまで全員を守ろうとするのは、間違い。 これは、我も同意見」

「じゃあ、何が否定だって言うの?」

「キミは本心では、順序を付けたくないと考えている。 守れるなら、全員を守りたいのだろう」

「……どうして、そう思うのよ? わたしは、全員を守りたいだなんて……」

「では、問おう。 キミは何故、自分の命を危険に曝してまで、冒険者を助けた?」

「それは……」

「本当に順序を付けて自らを優先するなら、見捨てるべき命もあったはず。 だが、キミはそうしなかった。 それこそが、答え」


 グラに断定されたセレは、沈痛な面持ちで下を向きました。

 自分の価値観が、揺らいでしまったのかもしれません。

 辛そうな彼女を、わたしは不安げに見つめていましたが――


「順序を付けることは、間違っていない。 今後も続けると良い。 しかし、全てを守りたいと言う真の願いを叶えたいなら、誰かの助力を得るべき」

「でも、ネージュちゃんたちは氷屋だし……」

「その通り、我らは氷屋。 ダンジョン攻略には参加しないのが、原則」

「だったら……」

「だが、例外もある」

「例外?」

「そうだな、ネージュ?」


 横目で見て来たグラに、わたしは何と答えたものか迷いました。

 そこで振って来るなんて、ズルいのです……。

 一方のセレは不思議そうにしており、嘆息したわたしは仕方なく告げました。


「ダンジョンでは、氷が役立つことも多いのです」

「え? まぁ、そうね。 攻撃を受けて腫れたところを冷やしたり、熱いときに涼んだり、何なら水分補給にも使えるし」

「はいなのです。 氷は、とても便利なものなのです。 ですから……氷が必要だと言うなら、付いて行っても良いのですよ」

「ほ、本当に……?」

「ただし、これは特例中の特例なのです。 いつでもと言う訳ではないのですよ。 それでも……セレが本当に必要だと言うのなら、氷屋として働くのです。 ……友だち特権なのですよ」

「ネージュちゃん……。 グラくんも、同じ考えなの……?」

「肯定。 そのときは、我も力になろう」

「……有難う。 2人が一緒なら、S級ダンジョンも余裕ね!」


 おどけているようですが、セレの目尻には涙が光っているのです。

 彼女が本当に吹っ切れたのかわかりませんが、少しは役に立てたのでしょうか?

 とは言え、線引きはしっかりするのですよ。


「調子に乗るなです。 先ほども言いましたが、あくまでも特例なのですよ。 基本的には、自分で頑張るのです」

「むぅ、わかったわよ」

「それから、条件があるのです」

「条件? 何かしら? 流石に、これ以上の出費は避けたいんだけど……」


 警戒心を露にするセレですが、今回はそう言う話ではありません。

 もっと大事なことなのです。


「わたしとグラのことは、ギルドに報告しないで欲しいのです。 特に、グラの力は詮索して欲しくないのです」

「そう言うことね……。 正直、気にならないって言ったら嘘になるけど……わかった、条件を飲むわ。 どっちにしろ、ドラゴンのことは話さないつもりだったしね」

「そうなのですか? ですが、それだとセレの実績が……」

「別に良いわよ。 わたしだけじゃ勝てなかったし、余計な不安を煽ることになりかねないから。 でも、知能を持ったモンスターの出現は、知らせないとね。 今後も出て来るかもしれないし」

「……わかったのです。 その辺りは、セレに任せるのです」

「うん、任せて! ……と、エレメンが見えて来たわね。 じゃあ、わたしは先に行くわ。 一緒に帰って来たら、ややこしくなりそうでしょう?」

「お気遣い有難うなのです。 では、またなのです」

「えぇ、また会いましょう。 グラくんも、またね!」

「ご苦労だった」


 そう言ってセレは、こちらに手を振りながら走り去りました。

 わたしの、初めての友だち……。

 まだいまいち実感出来ませんが、不思議と心が温かくなるのです。

 ですが……今は浸る訳には行きません。

 鋭い視線をグラに向けて、強く声を発しました。


「グラ、何を隠しているのですか?」


 問い掛けではなく、断定。

 しかし彼は動じることなく――半拍。

 ゆっくりと言葉を連ねたのです。


「これだ」

「これは……?」

「ドラゴンの跡に落ちていた。 具体的なことはわからないが、調べてみる価値はある」


 グラが取り出したのは、手のひらサイズのボール……いえ、核のような物体。

 表面に渦の紋様が描かれており、不気味なのです。

 更に、火の精霊の名残を感じました。

 確かに、怪しいことこの上ないのです。

 わたしもそう考えましたが、次いで彼の口から出て来た言葉は聞き捨てなりませんでした。


「1、2、3……彼らと話そうと思う」

「彼ら……? ……ッ! だ、駄目なのです! そのようなことをすれば、グラは……!」

「落ち着け。 心配せずとも、ネージュの考えているようなことにはならない。 この物体……仮に核と呼ぼう。 この核について、意見を聞くだけだ」

「……本当なのですね?」

「無論。 約束しよう」

「わかったのです……。 グラを信じるのです……」


 そう言ってわたしは、グラの腕にしがみ付きました。

 何があっても、離さないという意志を示すかのように。

 対する彼は、わたしの頭を撫でて、髪を丁寧に整えてくれたのです。

 その感触が気持ち良くて、目を細めました。

 その後しばしして、どちらからともなく歩み出したのです。

 エレメンはもう見えていますが、敢えてゆっくりと歩きました。

 少しでも、グラと同じ時間を過ごしたかったのです。

 彼は何も言わず、歩調に合わせてくれていました。

 薄っすらと微笑んだわたしの頭上を、星が流れたのです。

 それが吉兆か凶兆か、今の時点では判断出来ませんでした。











 ネージュのメモ帳


 セレの信条=母親の死が影響(改善の兆しがあるのです)

 セレへの協力=特例中の特例に限る(友だち特権なのです)

 グラの今後=今まで通り(約束なのです)


 次回目的地=わたし→自宅、グラ→会議











 石の壁に取り付けられた燭台の火が、室内を怪しく照らす。

 椅子に座った、フードを目深に被った3人の影が、ゆらりと揺らめいた。

 壁に掛かっている渦の旗が、相変わらず奇妙な雰囲気を演出している。

 やや緊迫した空気が充満していたが、やがて軽薄な男性の声が響いた。


「いやー、まさかあのドラゴンを倒す奴がいるとはね。 ぶっちゃけ、たまげたよ」


 軽薄な男性は明るく振る舞ってはいるが、その実はかなり真剣だ。

 それがわかっている為、女性は注意することなく話を続ける。


「詳細は不明ですが、少なくとも【水槍の勇者】が関わっているのは間違いありません。 しかし……彼女1人でどうにかなるとは、考え難いかと」


 女性の声は平坦ではあったが、やや硬さを感じた。

 それほど、彼女にとっても想定外だったということ。

 しかし、最後の1人は泰然としていた。


「充分にデータは取れた、計画に支障はない。 ドラゴンを失ったのは痛手だが、所詮は駒の1つに過ぎん。 また新たに用意すれば良いだろう」

「ですねー。 ドラゴンも、あくまで研究の過程で作っただけだし」

「わたしたちが目指す到達点を考えれば、些末事でした。 取り乱したこと、恥ずかしく思います」

「構わん。 それより、現在の研究の進捗はどうだ?」

「それなりに進んではいますが、順調とまでは申し上げられません。 闘技場の出場者に装備させていますが、出力が不安定です」

「精霊をコントロールする器として装備に目を付けた訳だけど、結局使うのは人間だからね。 未熟者じゃ駄目ってことじゃない?」


 おとがいに手を当てて考え込む女性と、頭の後ろで手を組んで、背もたれに体を預ける男性。

 態度は全く違うものの、抱いているのは同じ思想だった。

 そのまま沈黙が落ちるかに思われたが、厳かな男性が1枚の写真をテーブルに置いて言い放つ。


「彼女を使う」

「なるほど……。 使い手に問題があるのなら、それ相応の実力者を選べば良いと言うことですね?」

「まぁ、このまま適当に大勢で試すより、確実にデータが取れそうな1人に絞るのはありっちゃありか」

「その通り。 既に、スポンサーには話を通してある。 あとは、詳細を詰めるだけだ」

「それでは、わたしがその役目を務めます」

「任せた」

「さーて。 どうなるか、見物ですね」


 こうして、彼らの計画は次なる段階へと進む。

 話し合いを終えた3人は席を立ち、右手を左胸に当てて声を揃えた。


『精霊の意を我が身に』


 この言葉の意味は、現時点では判然としない。

 だが、不穏な気配が漂っているのは、疑いようもなかった。

 宣誓を終えた3人が、静かに動き始める。

 テーブルに置かれた写真には、闘技場の覇者と呼ばれる、紅髪の少女が映っていた。

次回「――会議」、明日の21:00に投稿します。

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