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【第1章完結】街の美少女氷屋さん、実は最強の氷術師でした ~可愛いだけじゃ、お腹は膨れないのです~  作者: YY


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第17話 決算、三拍なのです

 あれから、どれくらい経ったのでしょうか。

 もう、今が朝なのか昼なのか夜なのか、わかりません。

 ずっと先頭を歩いているグラの消耗は計り知れませんが、彼は一切の弱音を吐かないのです。

 いえ、まぁ、たぶん本当に何ともないのでしょうけど。

 だからと言って、彼に任せっ放しなのは気が引けるのです。

 セレも同じ気持ちのようですが、グラは無言で交代を拒んでいました。

 わたしも大概ですけど、彼の頑固さも筋金入りなのですよ。

 しかし、結果的にそれは正しかったのかもしれません。


「これは、いったい……?」


 呆然とした、セレの声が落ちました。

 ダンジョンの最奥と思われる、円形の広間。

 モンスターが無限に湧いて来た空間と同等か、それ以上の広さなのです。

 柱などはなく、出入り口はここのみで、上を見上げると天井は遥か彼方なのです。

 そこに辿り着いたわたしたちですが、思わぬものが待っていました。

 無数の円筒状の、ガラスケース――の残骸。

 先ほどの魔導機器同様に、全て破壊され尽くしているのです。

 セレを真似る訳ではないですが、本当にいったい何があったのでしょう……?

 あまりにも不可解過ぎて、氷屋を自負するわたしであっても、気になってしまいました。

 ほぼ同時に目配せし合ったわたしとセレは、手分けして調べようとして――


「待て」


 極寒の冷気を思わせる、グラの鋭い声が響きました。

 聞き慣れているわたしでさえ、一瞬身震いするほど。

 セレは途轍もない衝撃を受けたようで、目を見開いて固まっているのです。

 ですが、グラは欠片も頓着することなく、黙って幟を入口に立て掛けました。

 そして、やはり無言で歩み出し、広間の中央へと向かったのです。

 彼の足で、約20歩の距離。

 何をしているのですか、グラ……?

 不思議に思ったわたしは、セレと顔を見合わせていましたが、余裕を持てたのはここまででした。


「……ッ!?」

「な、何!?」


 広間を照らす赤い光が、明滅し始めたのです。

 それと同時に、ポツポツと赤い何かが浮かび上がりました。

 その数は加速度的に増えて行き、気付けば広間全域に至るほど。

 これは、まさか……。


「可視化された火の精霊……!? もしかして、あの魔導機器と関係が……?」


 困惑したセレに、同意したくなりました。

 わたしたちは精霊を知覚することは出来ますが、本来は目視することなど不可能。

 だからこそ信じられませんが、感じるのは紛れもなく火の精霊の気配。

 ただ……妙なのです。

 上手く言えませんけど、どこか精霊たちの様子がおかしいのです。

 何と言いますか、人間で言えば意識がないような……。

 精霊の詳細な情報などわからないので、あくまでも漠然とした感覚ですが。

 ……などと言っている場合ではありません!


「グラ! これは何なのですか!?」


 思わず叫びましたけど、彼は答えませんでした。

 焦れたわたしは、言葉を追加しようとしましたが――集う、火の精霊たち。

 一箇所に吸い込まれるかのように集束した火の精霊たちが、巨大な何かになろうとしているのです。

 ここに来てわたしとセレが、グラの傍に駆け寄って戦闘態勢を取っていると、その何かは正体を現しました。

 強靭そうな、赤い鱗。

 長い首と尾。

 鋭い顎に爪。

 広げた両翼。

 これはまさしく……ドラゴン。

 S級ダンジョンにしか生息しないと言われる、絶望の象徴なのです。

 呑気なことを考えているようですが、これは平静を保つ為の作業なのですよ。

 本当なら大いに取り乱していましたが、辛うじて落ち着けました。

 横目でセレを見ると深呼吸して、平常心を維持しているようなのです。

 どうやら、取り敢えずは心配いらないのです。

 もっとも、問題は依然として目の前にいる訳ですが。

 明らかにこちらに敵意を持っているドラゴンに対して、わたしは【氷武】で氷剣を両腕に装着し、セレは長槍を構えているのです。

 ところが――


「下がっていろ」


 真っ直ぐな声で、グラが告げました。

 反論を許さぬ力が込められていて、セレは反射的に構えを解いているのです。

 しかし、わたしは退きません。


「嫌なのです」

「ネージュ、被害ゼロ」

「優先は優先。 絶対ではないのです」

「だが……」

「しつこいのです。 ボスは、わたしに任せる約束なのです」


 グラを追い抜いて、ドラゴンの前に立ちました。

 怖くて仕方ないですけど、だから何なのですか。

 グラとともに歩いて行く為には、この程度の苦境に挫けていられないのです。

 わたしの気持ちが伝わったのか、グラは沈黙していました。

 それでも、再び何事かを言おうとしていましたが、苦笑気味にセレが口を挟んだのです。


「グラくん、ここは任せて。 ネージュちゃんは、わたしが必ず守るから」

「セレーナ……」

「大丈夫よ。 ここに来るまで、思い切り休ませてもらったから。 お陰で全力で戦えるわ。 この順序は……正しい。 まずは、わたしたちが相手するから」

「……許容。 ただし、何かあれば介入する。 ネージュも忘れるな」

「はいなのです」


 ドラゴンから目を離さずに返事すると、グラは半拍してから後ろに下がりました。

 これで良いのです。

 いつまでもグラに甘えていたら、成長出来ません。

 代わりに並び立ったセレと目線を交換し、戦端を切ったのは――ドラゴン。


『ガァァァァァッ!!!』


 咆哮を上げたドラゴンが、炎のブレスを吐き出しました。

 物凄い熱量で、まともに受ければ骨も残らないかもしれません。

 とは言え――


「見え見え、なのです」

「ドラゴンと言えば、ブレスだからね!」


 左右に散開したわたしとセレは、難なく回避に成功。

 そのままドラゴンの左脚に走り込み、氷の双剣を繰り出しました。

 ズバッ……とは行かず、ガギッ……という感じではありますが、確かに鱗を十字に削ったのです。

 ダメージ自体はほとんどないでしょうけど、ドラゴンは怒ったようでした。


『グガァッ!』


 左足を振り上げたドラゴンが踏み付けて来ましたが、大振りなのですよ。

 軽くバックステップするだけで避けて、再び踏み込みました。

 その後もヒット&アウェイを繰り返し、少しずつ左脚を削って行ったのです。

 その間、当然ながらセレも遊んでいた訳ではありません。


「全力で行くわよ!」


 左手を前に突き出して、【水針】をドラゴンの首に連射するセレ。

 元来、攻撃力が高い魔術ではないので、ドラゴンには通用しない――かに思われましたが――


『ギィッ!?』

「ふふ。 どれだけ硬くても、全く隙間がないなんてことないのよ」


 悪戯っぽく笑いながら、セレは中々えげつないことをしていたのです。

 なんと、全ての【水針】を鱗の隙間に打ち込んでいました。

 しかも、同じ場所なのです。

 いくら1発の威力が低くても、これだけ纏められたら、たまったものではないでしょうね。

 街の騒動のときも思いましたが、セレの最も凄いところは、この精度かもしれません。

 戦いを続けながらそんなことを思っていると、ドラゴンがセレに向かってブレスの構えを取りました。

 助けに入ろうかと思いましたけど、その必要はなかったようなのです。


「属性の相性、そう簡単には覆らないわよ?」


 【水盾】を生成したセレは、真っ向からブレスを受け止めて見せました。

 やはり【水槍の勇者】、只者ではないのです。

 ブレスを防がれたドラゴンから、困惑した空気を感じましたが、文字通り足元が疎かなのですよ。

 セレに気を取られている隙に、わたしは舞い踊るように双剣を振り乱しました。

 それによって鱗が斬り刻まれ、遂に――


『ガッ……!?』


 ドラゴンが体重を支え切れず、倒れ込みました。

 ここなのです。

 アイコンタクトを取ったわたしとセレは、ドラゴンから距離を取り、ほぼ同時に詠唱を開始しました。


「輝く銀の弾幕よ――我が前に立ち塞がりし者たちを穿て――」

「道を開け我が刃――邪悪を裂き正義を通せ――」


 膨大な精霊力が、わたしとセレに宿りました。

 それを感じたのか、ドラゴンは体勢を整えて阻もうとして来ましたが、僅かに遅いのです。


「【銀氷礫幕】!」

「【閃裂水刃】!」


 右手を前に突き出すわたしと、跳躍しながら長槍を振り切るセレ。

 放たれた2つの上級魔術が、ドラゴンに襲い掛かりました。

 氷の弾幕が全身に穴を開けて動きを止め、水の刃が首を斬り落としたのです。

 ドラゴンの首を一撃で落とせたのは、【水針】による下地があったからでしょうね。

 見事と言うほかないのです。

 何はともあれ、やりました……。

 終わってみれば無傷ですけど、少しでも間違えれば死んでいたかもしれません。

 そう思うと冷や汗が噴き出ますが、なんとかなって良かったのです。

 セレと向き合ったわたしは、自然と笑顔を交換しました。

 そのことが恥ずかしくて、すぐに顔を背けてしまいましたけど……悪い気はしないのです。

 こうして、此度の戦いは終わ――


「まだだ」


 グラの冷たい声が、耳朶を打ちました。

 まだ?

 まだって何なのですか?

 いくらドラゴンでも、首を落とされて生きていられるはずがありません。

 そう信じていたわたしですが、現実は厳しかったのです。


「そ、そんな……」


 愕然としたセレ。

 戦闘態勢は維持していますが、余裕など皆無なのです。

 そしてそれは、わたしも同じでした。

 目に映るのは、亡骸が燃え上がりつつあるドラゴン。

 しかし、その炎は消えることなく、ドラゴンの形になったのです。

 先ほどまでがフレイムドラゴンだとすれば、今はスピリット・フレイムドラゴン。

 などと思いつつ、一筋の汗が頬を伝いました。

 これは……難しそうなのです。

 単純に復活しただけなら、まだマシでした。

 ところが今のドラゴンは、言うならば火の精霊の塊。

 物理的な攻撃はもとより、並大抵の魔術では通用しないと思うのです。

 だからと言って、悠長に詠唱する暇を与えてくれるとは思えません。

 普通に考えれば、ここまでですが……諦めないのです。

 グラに頼めば、すぐに解決してくれるでしょう。

 ですがそれは……嫌なのです。

 ただの意地ではありません。

 もっと大事な理由があるのです。

 覚悟を固めたわたしは、セレに声を掛けました。


「セレ、援護を頼むのです」

「ネージュちゃん……? どうするつもり?」

「出来ることをするのです」

「……勝算はあるの?」

「ないのです」

「だったら……」

「それでも、やるのです」

「……わかったわ。 存分にね」

「……有難うなのです」


 柔らかく微笑んだセレに、わたしも笑みを返しました。

 状況は何も変わっていませんが、力が湧いて来るのです。

 深呼吸を数度繰り返したわたしは、数瞬瞑目し――


「行くのですッ!」


 敢えて大声を出して、全速力で突貫しました。

 そんなわたしに対して、ドラゴンは前足を振り上げ、炎の爪で斬り裂こうとして来ましたが、チラリとも見ません。

 何故なら、頼れる仲間がいるからなのです。


「やらせないわよッ!」


 叫喚を上げたセレが、わたしと爪の間に【水盾】を生成してくれました。

 復活前よりも強力になっており、有利属性であっても受け止め切れません。

 【水盾】に罅が入り、砕け散りました。

 もっとも、充分なのです。

 今の間に懐に潜り込んだわたしは、燃え盛る脚に乱れ斬りを放ちました。

 炎が肌を焼き、とても熱いのです。

 それでも、止まりません。

 ここで退くくらいなら、最初から諦めているのです。

 とは言え、いくら斬ったところで、炎の体にダメージが通る道理はないのです。

 そう、ただ斬っているだけなら。


『ガァァァッ!?』


 燃えるドラゴンが、苦しげな叫びを上げました。

 今わたしが行っているのは、斬るという行為とは違うのです。

 より正確に表現するなら、抉り取る作業なのです。

 氷剣が触れた火の精霊を凍らせ、ドラゴンから分離させました。

 相手からすれば、無理やり体を引き千切られているようなもの。

 氷剣も無事ではなく、斬り付ける度に溶けてしまうので、常に【氷武】を発動し続けているような状態なのです。

 消耗が激しいなどというレベルではありませんが、歯を食い縛って耐えました。

 セレはわたしが何をしているのかわかっているようで、目を丸くしているのです。

 しかし彼女も、やるべきことを忘れてはいません。


「わたしだって、このまま終われないのよ!」


 対抗するように気勢を上げたセレが、空中を【水歩】で移動しながら【水針】を浴びせ掛けました。

 目立った戦果には繋がっていませんが、少なからずドラゴンにダメージを与えているのです。

 あれは……使えそうなのです。

 セレの戦法をヒントにしたわたしは、【氷道】を発動しました。

 地面を凍らせるのではなく、ドラゴンに纏わり付くように道を生成し――


「斬り刻むのです」


 滑走しました。

 通り過ぎた傍から道を消し、先の道を作るのです。

 そうして縦横無尽に広間を滑りながら、ドラゴンの体に双剣を叩き付けました。

 これによってドラゴンは的を絞れず、わたしたちのされるがままになっているのです。

 単純な力比べなら勝てなくても、敏捷性と機動力なら負けないのですよ。

 このまま、押し切ってやるのです。

 額に汗しつつ、必死に魔術を行使して、腕を振り続けました。

 徐々にドラゴンは消耗して行き、勝機が見えて来た、そのとき――


「な……!?」

「ネージュちゃん!?」


 ドラゴンの《《背中》》が顎を開き、強烈なブレスを繰り出して来ました。

 それは卑怯なのです!

 内心で叫びましたが、そのようなものがドラゴンに伝わりはしません。

 【氷道】を溶かしながら迫る炎を前に、わたしは思わず唇を噛み締めましたが――白い呼気が流れました。


「ここまでだな」


 いつの間にかわたしは、グラに横抱きにされていました。

 彼の足元には、氷の膜が張っているのです。

 ブレスの射線上から完全に逃れており、まるで時が飛んだかのようでした。

 あり得ない事態を前に、セレは絶句しているようなのです。

 知能が高いドラゴンも、グラの異常性に気付いているのか、警戒しているようでした。

 あぁ……結局こうなってしまったのですね……。

 情けなくなったわたしは、瞳から涙を溢してしまいました。

 それがまた惨めで、止められそうにないのです。

 せめてグラに見られないように、腕の中で縮こまっていましたが――


「賞賛。 良く頑張った」

「……ッ! グラ……」

「あとは、我に任せろ」


 火傷を負った頬を優しく撫でながら冷やしてくれたグラは、微笑を浮かべました。

 彼の笑顔は珍しく、甘えてしまいそうになったのです。

 しかし……駄目なのです。

 ここでグラに頼り切ってしまえば、わたしはきっと後悔するのです。

 だからと言って、自分の力だけで何とか出来るほど、甘くはありません。

 それは、セレの助力があっても同じでしょう。

 そこでわたしは、断腸の思いで告げました。

 禁断の言葉を。


「グラ、決算なのです。 この戦いを終わらせましょう」

「……承知」


 真剣な面持ちで、頷くグラ。

 決算。

 これは、わたしが最も口にしたくない言葉なのです。

 それでも、グラに全てを任せるよりはマシなのです。

 氷の足場から跳び下りたグラは着地し、わたしを自分の足で立たせました。

 そんなわたしたちを、セレは離れた場所から心配そうに窺っています。

 ごめんなさい、セレ。

 わたしのわがままのせいで、怖い思いをさせてしまったのです。

 ですが、それもここまで。


「グラ、三拍なのです」

「心得た」


 隣に立ったグラが、力強く応えてくれました。

 それだけで、わたしは戦えるのです。

 小さく息をついて、精霊力を高めました。

 後先考えず、回避や防御も無視して、とにかく全力を振り絞ります。

 大気が震え、広間の天井から砂が落ちて来ました。

 下手をすれば崩れてしまうかもしれませんが……もう、知らないのです。

 吹っ切れたわたしは、自分の成すべきことに集中して、力ある言葉を紡ぎました。


「我が欲するは勝利にあらず――」


 氷剣を解除した両手をドラゴンに突き出し、力を溜めるのです。

 ドラゴンは何かに気付いたように、獄炎のブレスを吐き出そうとしましたが……無駄なのです。


「1」


 グラの足元に六花が咲き――世界から色が消えました。

 セレとドラゴンの動きが止まり、困惑していましたが、わたしは構わず口を動かすのです。


「されど敗北は許されぬ――」


 立ち直ったドラゴンが、胸を大きく膨らませました。


「2」


 グラが二拍を刻み――音が消えるのです。

 またしても固まったドラゴンは、パニックに陥っているようでしたけど、気にしません。


「この剣は誓いなり――」


 溜めた力が強烈な冷気を帯び、次第に形を成して行きました。

 そのときになって、ドラゴンは獄炎のブレスを吐き出したのです。

 これまでで最大威力で、眼前が赤い壁でいっぱいになりました――が――


「3」


 ブレスが凍り付き、氷塵と化しました。

 セレとドラゴンは、最早驚きのキャパシティーを超えたようなのです。

 しかし、わたしは再び涙を流しながら、尚も言葉を連ねました。


「全てに等しく滅びをもたらさん――」


 生成されたのは、長大な氷剣。

 凝縮された精霊力を内包しており、尋常ではない冷気を撒き散らしています。

 それを見たドラゴンは、慌てて再稼働しましたが……遅過ぎるのですよ。


「【氷破ノ極剣アイシクル・キャリバー】ッ!」


 射出。

 氷剣がドラゴンに突き刺さり――全身が凍り付きました。

 そのときには世界が元に戻っており、氷像となったドラゴンが音を立てて崩れ去ったのです。

 特級氷術、【氷破ノ極剣】。

 巨大な氷剣を撃ち出して、突き立った地点を中心に広範囲を凍結させるのです。

 自分で言うのも何ですが、わたし以外に使える氷術師を知りません。

 グラは別ですけど。

 地面に水溜まりを残して消えた敵を、わたしは無感動に眺めていました。

 反動で指先に霜が張り付いて、手が震えますけど、何も感じません。

 勝利した高揚感も、何も。

 むしろ、喪失感が強いのです。

 今も涙は流れており、俯いてしまいました。

 すると――


「見事」


 グラが髪飾りを整えてから、頭を優しく撫でてくれたのです。

 それと同時に、指先の霜が水滴も残さず解けました。

 力なく振り向くと、そこには変わらぬ無表情。

 ですが、確かに変化が起きていました。

 グラが着ている、白いコート。

 毎日着ているのに、汚れの1つもなかったコートの袖が、僅かに欠けているのです。

 それを見たわたしは、胸が引き裂かれる思いを抱きました。

 涙がとめどなく流れ、嗚咽を堪えるのに必死なのです。

 そんなわたしをグラは慰めるでもなく、事実だけを伝えて来ました。


「たったの三拍だ。 大事ない」

「ですが……」

「ネージュの決断のお陰で、全員無事だ。 我は誇らしい」

「グラ……」

「キミがそのような顔をしていると、我も悲しい。 泣いてしまうぞ?」

「……嘘をつくな、です」


 頭を撫で続けてくれている、グラの胸元を氷ハンマーでコツン。

 その感触が、彼の存在をわたしに知らせてくれました。

 やっとのことで落ち着きを取り戻したわたしは、大きく深呼吸してから言い切ったのです。


「もう大丈夫なのです。 お見苦しいところを、お見せしました」

「気にするな。 それより、ポイントカードを出せ」

「ポイントカードを……?」


 戸惑いながらポイントカードを差し出すと、グラは指先で枠をツンと。

 綺麗な六花を咲かせました。

 わたしは言葉を失っていましたが、彼は平然と言い放ったのです。


「今回は頑張ったから、特別だ」

「……有難うなのです」

「礼には及ばない」


 グラの手が離れると、少しばかり寂しくなりましたが……しっかりしないといけないのです。

 今回はグラの力を借りてしまいましたが、今度こそ最後まで戦い抜いてみせるのです。

 拳を握って誓いを立てていると、セレが歩み寄って来ました。

 何とも複雑な顔をしていましたが、最終的には苦笑になったのです。


「聞きたいことは山ほどあるけど……取り敢えず、帰りましょうか」

「セレ……。 有難うなのです」

「お礼を言うのは、こっちの方よ。 生きて帰られるのは、2人のお陰なんだからね」

「否定。 セレーナにも、大いに助けられた。 感謝している」

「ふふ、そう言ってもらえると嬉しいわ。 ほら、行きましょう。 わたし疲れちゃったから、ゆっくり休みたいわ」

「……わかりました」


 冗談めかすように背伸びしたセレに、苦笑を返しました。

 彼女とはまだ浅い付き合いですけど、いろんな意味で救われているような気がするのです。

 そうしてわたしは、歩き出そうとしましたが――


「グラ? 何をしているのです?」


 ドラゴンが残した水溜まりの傍に、グラがしゃがみ込んでいました。

 どうしたのでしょうか?

 疑問に思ったわたしはセレと顔を見合わせていましたが、彼は立ち上がって淡々と声を発したのです。


「何でもない。 帰ろう」

「……はいなのです」

「被害ゼロ」

「達成、なのです」


 どう見ても何でもなくはありませんでしたが、この場で問い質すことはやめました。

 こうしてわたしたちは強敵を打破して、エレメンへと帰還したのです。

 全ては終わった……そう考えていました。

 しかし、これは始まりに過ぎなかったのです。











 ネージュのメモ帳


 【氷道】の応用=○(空中戦に有効なのです)

 【氷破ノ極剣】=△(発動に時間が掛かり過ぎなのです)


 グラポイント=3→4(少し複雑なのです)


 今日の被害ゼロ=実績○(人命に影響はなかったのです……)


 次回目的地=エレメン

次回「信じるのです」、明日の21:00に投稿します。

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