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【第1章完結】街の美少女氷屋さん、実は最強の氷術師でした ~可愛いだけじゃ、お腹は膨れないのです~  作者: YY


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第16話 友だち記念、スタンプをポンなのです

 洞窟の奥に向かって、歩を連ねるわたしたち。

 幸いと言えるか微妙ですけど、1本道なので迷うことはないのです。

 ただ、その代わりに、このダンジョンの異常性を見せ付けられることになりました。


「ここ、何なの……?」

「わたしに聞かないで欲しいのです」


 ポツリと呟いたセレーナさんに、ピシャリと言い返しました。

 先ほどの空間までは、まさに洞窟と言った様子でしたが、今通っている通路は、石畳が整然と敷き詰められているのです。

 壁の凹凸もなくなっており、まるで……いえ、明らかに人の手が入っているのです。

 ついでに言うと、宝物の類は一切ありません。

 通常のダンジョンではあり得ないことで、モンスターたちが知性を持っていたことも踏まえて、不気味に感じました。

 セレーナさんもそれは同じようで、緊張した顔付きになっているのです。

 ここは、契約を解除してでも、やはり帰るべきなのでは……。

 わたしは真剣にそう考え始めていましたが――白い呼気が流れたのです。

 それが何を意味するか知っているわたしは、反射的にグラを見ました。

 すると彼はおもむろに、幟を手渡して来たのです。

 ひんやりとした空気を感じつつ受け取ると、グラは淡々と言い切りました。


「ネージュ、ここから先は我が前を歩く。 2人は下がっていろ」

「グラ……。 ですが、それは……」

「案ずるな、いつも通り戦う。 それに被害ゼロ、優先だ」


 沈痛な面持ちで俯くわたしを励ますかのように、グラは六花の髪飾りに触れました。

 これがある限りわたしから離れないと、誓っているかのようなのです。

 真意のほどは定かではありませんが、そう感じたわたしは控えめに頷いて告げました。


「わかったのです……。 ですが、ダンジョンの奥にはボスがいるはずなのです。 その相手は、わたしが務めるのです。 そこは譲れません」

「……承知」


 グラは反論したかったようですが、わたしの決意が固いことを知って、言葉を飲み込んだようでした。

 緊迫した空気が流れましたけど、そこに柔らかい声が聞こえたのです。


「安心して、わたしだっているんだから。 相棒くんが道中を楽させてくれるなら、体力と精霊力を温存出来るしね」

「……了解。 キミたちのことは、我が全力で守ろう」

「全力は駄目なのです。 いつも通り……なのですよ」


 やる気があり過ぎるグラの肩を、氷ハンマーでコツン。

 セレーナさんには今のやり取りの意味が分からないらしく、小首を傾げていました。

 対するグラはわたしの意図を汲み取ったのか、半拍の瞑目。

 涼やかな声を発したのです。


「1、2、3……心得た」

「よろしい、なのです。 では、行くのです」

「ふふ。 相棒くんの戦いが見られるの、楽しみだわ」

「セレーナさん、お遊びではないのですよ?」

「わかってるわよ。 でも、緊張し過ぎも良くないでしょう? 楽しめるところは、楽しまなきゃ。 順序は正しく、ね」

「本当に、仕方のない人なのです……」


 お気楽なセレーナさんにわたしはジト目を向けましたが、彼女の興味は既にグラに向いているのです。

 むぅ、なんとなく不愉快なのです。

 しかし、今は我慢しましょう。

 わたしたちを一瞥してから、歩き出したグラに付いて行きました。

 そこからは無言の時間が続き、石畳を靴が叩く音だけが響いているのです。

 このまま何事もなく済んでくれれば……と思っていましたが、そうは問屋が卸してくれませんでした。

 曲がり角の先から、3対のバーニングナイトが歩み寄って来たのです。

 セレーナさんは咄嗟に長槍を構えていましたが、わたしはのんびりとしていました。

 その刹那、セレーナさんが――


「あ」


 と言う間に、全てのモンスターが蜂の巣になりました。

 わたしと同じ、【銀氷礫幕】。

 ただし、威力や弾数はともかく、精度は段違いに高いのです。

 モンスターと奥の壁だけを穿ち、他の場所は全くの無傷なのです。

 何より特筆すべきは、無詠唱だったこと。

 氷術に限らず、上級魔術を無詠唱で発動出来る者など、果たして何人いるのでしょうか。

 厳密に言えば、発動するだけならわたしでも可能なのです。

 ですが、その場合は本当に発動するだけで、本来の威力や精度は到底出せないのです。

 グラがいかに優れた能力を持っているか、セレーナさんも認識したようで、口元を手で覆っていました。

 ところが彼は、誇るどころか足を止めることすらなく、スタスタを前を行くのです。

 物理的には、さほど離れていませんけど、あまりにも遠い背中。

 わたしは微かに落ち込みましたが、即座に立ち直ったのです。


「セレーナさん、行きましょう」

「え、えぇ」


 未だに戸惑っているセレーナさんを促して、グラを追い掛けました。

 そう、追い掛けるのです。

 仮に一生届かないとしても、わたしはグラを追い続けるのです。

 顔を正面に固定している彼の背中を見つめ、気持ちを新たにしました。

 それからも何度かモンスターと遭遇しましたが、グラの前では無力。

 何もすることが出来ないまま、仕留められていました。

 セレーナさんも流石に慣れて来たらしく、肩の力を抜いて歩いています。

 そのとき――


「……ッ! 氷屋さん、後ろ!」


 わたしとセレーナさんの背後の天井が開いて、レッドゴーレムが落ちて来たのです。

 罠ですか。

 セレーナさんは慌てて戦闘態勢を取っていましたが、わたしは変わらず歩き続けたのです。

 彼女はそのことに驚いたのか、目を丸くしていました。

 しかし、グラが任せろと言った以上、それを疑う余地などないのですよ。

 一切の動揺もなく足を動かし続けていると、レッドゴーレムの足元から、無数の氷柱が突き上がりました。

 わたしも得意としている、【氷槍陣】なのです。

 滅多刺しにされたモンスターは塵と消え、ポカンとしたセレーナさんが残されました。

 中途半端に槍を構えた体勢で止まっていて、少し面白かったのです。

 などと思いながら先に進んでいると、ようやくして復活を遂げたセレーナさんが隣まで来て、こっそり尋ねて来ました。


「ねぇ、氷屋さん、彼って何者なの?」

「グラはグラなのです」

「いや、そうじゃなくて……」

「グラなのです」

「もう良いわよ……」


 カチカチの氷のような態度のわたしに、セレーナさんは諦めたようなのです。

 実際、そうとしか言えないのです。

 グラはグラでしかありません。

 その後も散発的にモンスターに襲われたり、ちょっとした罠も仕掛けられていましたが、瞬時にグラが処理していました。

 やがて少し広い正方形の空間に出たのですが……ここまた、異質だったのです。

 来た道の向かい側は奥へと続く道なのですが、両側に何やら魔動機具のような装置が並んでいました。

 ただし、ことごとく破壊されていて、詳細は何もわからないのです。

 セレーナさんも困惑したかのように、辺りを見渡していました。

 更に目を引くのは、壁に掛けられた渦のような紋様の垂れ幕。

 特別な力はなさそうですけど、見ていると正体不明の怖気が走りました。

 この紋様、どこかで見たような……。

 わたしが不安そうにしていることに気付いたのか、グラが優しく肩を抱いてくれましたが……様子がおかしいのです。

 一見するといつもの無表情ですが、わたしには違いがわかりました。

 どことなく険しいと言いますか……怒っているようにすら感じるのです。

 どうしたのかと思いましたけど、わたしが何かを言う前にグラが口を開きました。


「提案。 ここで休息を取ろう」

「え? こんな変なところで?」

「肯定。 この近くに、モンスターの気配はない。 休めるときに、休んでおくべき」

「それはそうなんだけど……」


 グラの言葉を聞いたセレーナさんは、困ったようにわたしを見ました。

 ですが、わたしも同意見なのですよ。


「グラの言う通りなのです。 先に何が待っているかわからない以上、体力回復は大事なのです」

「……それもそうね。 わがままを言ってる場合じゃなかったわ」


 尚もセレーナさんは周囲の惨状が気になるようでしたが、大人しく地面に腰を下ろしました。

 そして、鞄から携帯食料を取り出したのです。

 それを見たわたしは、猛烈に後悔しました。

 しまったのです……。

 ここまで長時間になると思っていなかったので、食料を用意していません。

 グラは平気そうですが、正直なところお腹が減って来たのです。

 しかし、なんとか我慢しま――ぐぅ~――と。

 わたしのお腹が、情けない音を立てました。

 聞こえていないことを祈りましたが、セレーナさんを見ると苦笑を浮かべているのです。

 恥ずかしいのです……。

 顔が紅潮するのを自覚していると、彼女はそっと簡易食糧を取り出しながら言いました。


「はい、どうぞ」

「……今はお金を持っていないのです」

「良いわよ、別に。 そんな高価なものじゃないし」

「……でしたら、有難く頂戴するのです」

「素直でよろしい。 相棒くんもどう?」

「感謝。 頂こう」


 そうしてわたしたちは、セレーナさんから簡易食糧を受け取ったのです。

 躊躇いなく人の為に尽くせる彼女は、尊い精神の持ち主なのでしょうね。

 わたしは自分の信条を誇りに思っていますが、セレーナさんも立派なのです。

 内心で認めつつ、わたしは簡易食糧を食べようとして――ピタリと止まりました。

 そんなわたしを不思議そうに見ているセレーナさんに、恐る恐る問い掛けたのです。


「辛くないのですか……?」

「え? あぁ、大丈夫、大丈夫。 それは市販の物だから、普通の味よ。 いくら辛い物が好きだからって、いつでも食べる訳じゃないしね」

「それを聞いて安心したのです。 改めて頂くのです」


 心底ホッとしたわたしは、胸を撫で下ろしました。

 グラに目を向けると無言で頬張っており、しっかりと頷いているのです。

 どうやら、嘘ではなさそうなのです。

 今度こそ安心して食べると、凄く美味しいとは言えませんが、ちゃんとした味でした。

 ダンジョン内ということを鑑みれば、贅沢な食事なのです。

 そう考えたわたしは、満足した思いを抱いていましたが――


「氷屋さん、どうして助けに来てくれたの?」


 前置きなく、セレーナさんが尋ねて来ました。

 適当に流そうとしましたが、彼女が真剣な表情を浮かべていることに気付いて、口を縫い付けられたのです。

 グラに視線で助けを求めましたが、素知らぬ顔をしていました。

 彼はたまに、冷たくなるのです……。

 いえ、恐らくこの問題は、自分で乗り越えるべきだと考えたのでしょう。

 視線を彷徨わせていたわたしは、小さく嘆息しました。

 そして、セレーナさんから目を逸らしつつ、極めて小さな声で聞き返したのです。


「セレーナさんは……わたしのことを、どう思っていますか?」

「え? 強くて可愛いって思ってるけど。 あと、面白いわね」

「そ、そうではなく、どう言った関係性だと考えているのですか?」

「関係性って……」


 そこで言葉を切ったセレーナさんは、ハッとした顔になって、次いでニンマリと笑いました。

 何だか、腹が立ちますね……。

 一方のわたしは直視することが出来ず、チラチラと見るしかありません。

 すると彼女は小さく吹き出し、満面の笑みで宣言したのです。


「当然、友だちだと思ってるわよ」

「……! そ、そうなのですか……」

「駄目かしら?」

「べ、別に……駄目と言うことはない、のです……」

「良かった、わたしの一方通行じゃなかったのね。 じゃあ、これからもよろしくね、氷屋……ううん、ネージュちゃん!」

「よ、よろしくなのです……セレ……」

「うん? セレ?」

「あ……わ、わたしは……その……し、親しい人は縮めて呼びがちなのです。 いけませんか……?」

「全然! むしろ、特別感あって良いかも! セレか……うん、良い感じ!」

「そ、そう言ってもらえると、助かるのです」


 嬉しそうにはしゃいでいるセレーナさん……いえ、セレを、わたしはモジモジしながら眺めていました。

 うぅ……恥ずかしいのです……。

 ですが……決して、嫌な気分ではありません。

 視線を感じて目を向けると、グラが満足そうに頷いていました。

 彼の様子にわたしは苦笑しましたが、続いて聞こえて来た言葉は許容出来なかったのです。


「あ、じゃあ、友だち割引ってことで、精霊薬をもっと安く――」

「却下なのです」

「……ブレないわね、ネージュちゃん」

「友だちだろうが何だろうが、線引きをしっかりするのがわたしの流儀なのです」

「まぁ、正しいと言えば正しいんだけど……」


 期待に目を輝かせていたセレを、バッサリと斬り捨てたのです。

 容赦ないと言われようが、こればかりは譲れないのですよ。

 ……とは言え、このまま放置するのも居心地が悪いのです。

 仕方ありませんね。


「ポイントカードを出すのです」

「え?」

「精霊薬の割引には応じられませんが、スタンプを1つ押すのです。 ……友だち記念なのです」

「……ふふ、わかったわ」


 苦笑を湛えたセレが差し出したポイントカードに、六花印をポン。

 いつもと同じのはずが、特別綺麗に見えたのです。

 しばし六花を見つめたわたしは、無言でポイントカードをセレに返しました。

 受け取った彼女は懐に仕舞いながら、茶目っ気たっぷりにのたまったのです。


「これで、友だち契約完了ってことかしら?」

「……友だちは契約ではないのです」

「えぇ、そうね。 あ、相棒くんのことも、今後はグラくんって呼んで良い?」

「無論。 ネージュの友人は、我の友人」

「あはは、有難う。 なんか、俄然やる気が出て来ちゃった! 頑張って攻略するわよ!」

「張り切るのは良いですが、空回りはしないで欲しいのです」

「わかってるわよ。 ネージュちゃんは、そんなにわたしが心配なのね~」

「そ、そう言うことでは……!」

「提案。 2人とも、そろそろ行くぞ。 最奥は近いようだ。 気を抜くな」

「オッケーよ!」

「釈然としないのです……」


 静かに立ち上がったグラに、元気いっぱいなセレ。

 わたしは頬を膨らませていましたけど、動き出してはいました。

 こうして初めての友だちが出来たのですが、わたしたちは知らなかったのです。

 この先に、何が待っているのかを。

 天井の赤い水晶が、微かに光を乱しました。











 ネージュの帳簿


 残り氷柱=なし


 今回収入=+0メル

 前回までの収入=+0メル

 今回支出=-1,150メル(氷相場情報料500メル、新ダンジョン情報料650メル)

 前回までの支出=-0メル

 ―――――――――――――――

 収支総合計=-1,150メル


 精霊薬販売×1=相場20,000メル+配送料10%+魔術使用手数料90%(初級10%、中級30%、上級50%)=40,000メル(帰還後支払い予定)

 定期購入契約(3か月)×1件=6,000メル


 優先=被害ゼロ

 友だち=+1人


 次回目的地=新ダンジョン奥

次回「決算、三拍なのです」、明日の21:00に投稿します。

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