第16話 友だち記念、スタンプをポンなのです
洞窟の奥に向かって、歩を連ねるわたしたち。
幸いと言えるか微妙ですけど、1本道なので迷うことはないのです。
ただ、その代わりに、このダンジョンの異常性を見せ付けられることになりました。
「ここ、何なの……?」
「わたしに聞かないで欲しいのです」
ポツリと呟いたセレーナさんに、ピシャリと言い返しました。
先ほどの空間までは、まさに洞窟と言った様子でしたが、今通っている通路は、石畳が整然と敷き詰められているのです。
壁の凹凸もなくなっており、まるで……いえ、明らかに人の手が入っているのです。
ついでに言うと、宝物の類は一切ありません。
通常のダンジョンではあり得ないことで、モンスターたちが知性を持っていたことも踏まえて、不気味に感じました。
セレーナさんもそれは同じようで、緊張した顔付きになっているのです。
ここは、契約を解除してでも、やはり帰るべきなのでは……。
わたしは真剣にそう考え始めていましたが――白い呼気が流れたのです。
それが何を意味するか知っているわたしは、反射的にグラを見ました。
すると彼はおもむろに、幟を手渡して来たのです。
ひんやりとした空気を感じつつ受け取ると、グラは淡々と言い切りました。
「ネージュ、ここから先は我が前を歩く。 2人は下がっていろ」
「グラ……。 ですが、それは……」
「案ずるな、いつも通り戦う。 それに被害ゼロ、優先だ」
沈痛な面持ちで俯くわたしを励ますかのように、グラは六花の髪飾りに触れました。
これがある限りわたしから離れないと、誓っているかのようなのです。
真意のほどは定かではありませんが、そう感じたわたしは控えめに頷いて告げました。
「わかったのです……。 ですが、ダンジョンの奥にはボスがいるはずなのです。 その相手は、わたしが務めるのです。 そこは譲れません」
「……承知」
グラは反論したかったようですが、わたしの決意が固いことを知って、言葉を飲み込んだようでした。
緊迫した空気が流れましたけど、そこに柔らかい声が聞こえたのです。
「安心して、わたしだっているんだから。 相棒くんが道中を楽させてくれるなら、体力と精霊力を温存出来るしね」
「……了解。 キミたちのことは、我が全力で守ろう」
「全力は駄目なのです。 いつも通り……なのですよ」
やる気があり過ぎるグラの肩を、氷ハンマーでコツン。
セレーナさんには今のやり取りの意味が分からないらしく、小首を傾げていました。
対するグラはわたしの意図を汲み取ったのか、半拍の瞑目。
涼やかな声を発したのです。
「1、2、3……心得た」
「よろしい、なのです。 では、行くのです」
「ふふ。 相棒くんの戦いが見られるの、楽しみだわ」
「セレーナさん、お遊びではないのですよ?」
「わかってるわよ。 でも、緊張し過ぎも良くないでしょう? 楽しめるところは、楽しまなきゃ。 順序は正しく、ね」
「本当に、仕方のない人なのです……」
お気楽なセレーナさんにわたしはジト目を向けましたが、彼女の興味は既にグラに向いているのです。
むぅ、なんとなく不愉快なのです。
しかし、今は我慢しましょう。
わたしたちを一瞥してから、歩き出したグラに付いて行きました。
そこからは無言の時間が続き、石畳を靴が叩く音だけが響いているのです。
このまま何事もなく済んでくれれば……と思っていましたが、そうは問屋が卸してくれませんでした。
曲がり角の先から、3対のバーニングナイトが歩み寄って来たのです。
セレーナさんは咄嗟に長槍を構えていましたが、わたしはのんびりとしていました。
その刹那、セレーナさんが――
「あ」
と言う間に、全てのモンスターが蜂の巣になりました。
わたしと同じ、【銀氷礫幕】。
ただし、威力や弾数はともかく、精度は段違いに高いのです。
モンスターと奥の壁だけを穿ち、他の場所は全くの無傷なのです。
何より特筆すべきは、無詠唱だったこと。
氷術に限らず、上級魔術を無詠唱で発動出来る者など、果たして何人いるのでしょうか。
厳密に言えば、発動するだけならわたしでも可能なのです。
ですが、その場合は本当に発動するだけで、本来の威力や精度は到底出せないのです。
グラがいかに優れた能力を持っているか、セレーナさんも認識したようで、口元を手で覆っていました。
ところが彼は、誇るどころか足を止めることすらなく、スタスタを前を行くのです。
物理的には、さほど離れていませんけど、あまりにも遠い背中。
わたしは微かに落ち込みましたが、即座に立ち直ったのです。
「セレーナさん、行きましょう」
「え、えぇ」
未だに戸惑っているセレーナさんを促して、グラを追い掛けました。
そう、追い掛けるのです。
仮に一生届かないとしても、わたしはグラを追い続けるのです。
顔を正面に固定している彼の背中を見つめ、気持ちを新たにしました。
それからも何度かモンスターと遭遇しましたが、グラの前では無力。
何もすることが出来ないまま、仕留められていました。
セレーナさんも流石に慣れて来たらしく、肩の力を抜いて歩いています。
そのとき――
「……ッ! 氷屋さん、後ろ!」
わたしとセレーナさんの背後の天井が開いて、レッドゴーレムが落ちて来たのです。
罠ですか。
セレーナさんは慌てて戦闘態勢を取っていましたが、わたしは変わらず歩き続けたのです。
彼女はそのことに驚いたのか、目を丸くしていました。
しかし、グラが任せろと言った以上、それを疑う余地などないのですよ。
一切の動揺もなく足を動かし続けていると、レッドゴーレムの足元から、無数の氷柱が突き上がりました。
わたしも得意としている、【氷槍陣】なのです。
滅多刺しにされたモンスターは塵と消え、ポカンとしたセレーナさんが残されました。
中途半端に槍を構えた体勢で止まっていて、少し面白かったのです。
などと思いながら先に進んでいると、ようやくして復活を遂げたセレーナさんが隣まで来て、こっそり尋ねて来ました。
「ねぇ、氷屋さん、彼って何者なの?」
「グラはグラなのです」
「いや、そうじゃなくて……」
「グラなのです」
「もう良いわよ……」
カチカチの氷のような態度のわたしに、セレーナさんは諦めたようなのです。
実際、そうとしか言えないのです。
グラはグラでしかありません。
その後も散発的にモンスターに襲われたり、ちょっとした罠も仕掛けられていましたが、瞬時にグラが処理していました。
やがて少し広い正方形の空間に出たのですが……ここまた、異質だったのです。
来た道の向かい側は奥へと続く道なのですが、両側に何やら魔動機具のような装置が並んでいました。
ただし、ことごとく破壊されていて、詳細は何もわからないのです。
セレーナさんも困惑したかのように、辺りを見渡していました。
更に目を引くのは、壁に掛けられた渦のような紋様の垂れ幕。
特別な力はなさそうですけど、見ていると正体不明の怖気が走りました。
この紋様、どこかで見たような……。
わたしが不安そうにしていることに気付いたのか、グラが優しく肩を抱いてくれましたが……様子がおかしいのです。
一見するといつもの無表情ですが、わたしには違いがわかりました。
どことなく険しいと言いますか……怒っているようにすら感じるのです。
どうしたのかと思いましたけど、わたしが何かを言う前にグラが口を開きました。
「提案。 ここで休息を取ろう」
「え? こんな変なところで?」
「肯定。 この近くに、モンスターの気配はない。 休めるときに、休んでおくべき」
「それはそうなんだけど……」
グラの言葉を聞いたセレーナさんは、困ったようにわたしを見ました。
ですが、わたしも同意見なのですよ。
「グラの言う通りなのです。 先に何が待っているかわからない以上、体力回復は大事なのです」
「……それもそうね。 わがままを言ってる場合じゃなかったわ」
尚もセレーナさんは周囲の惨状が気になるようでしたが、大人しく地面に腰を下ろしました。
そして、鞄から携帯食料を取り出したのです。
それを見たわたしは、猛烈に後悔しました。
しまったのです……。
ここまで長時間になると思っていなかったので、食料を用意していません。
グラは平気そうですが、正直なところお腹が減って来たのです。
しかし、なんとか我慢しま――ぐぅ~――と。
わたしのお腹が、情けない音を立てました。
聞こえていないことを祈りましたが、セレーナさんを見ると苦笑を浮かべているのです。
恥ずかしいのです……。
顔が紅潮するのを自覚していると、彼女はそっと簡易食糧を取り出しながら言いました。
「はい、どうぞ」
「……今はお金を持っていないのです」
「良いわよ、別に。 そんな高価なものじゃないし」
「……でしたら、有難く頂戴するのです」
「素直でよろしい。 相棒くんもどう?」
「感謝。 頂こう」
そうしてわたしたちは、セレーナさんから簡易食糧を受け取ったのです。
躊躇いなく人の為に尽くせる彼女は、尊い精神の持ち主なのでしょうね。
わたしは自分の信条を誇りに思っていますが、セレーナさんも立派なのです。
内心で認めつつ、わたしは簡易食糧を食べようとして――ピタリと止まりました。
そんなわたしを不思議そうに見ているセレーナさんに、恐る恐る問い掛けたのです。
「辛くないのですか……?」
「え? あぁ、大丈夫、大丈夫。 それは市販の物だから、普通の味よ。 いくら辛い物が好きだからって、いつでも食べる訳じゃないしね」
「それを聞いて安心したのです。 改めて頂くのです」
心底ホッとしたわたしは、胸を撫で下ろしました。
グラに目を向けると無言で頬張っており、しっかりと頷いているのです。
どうやら、嘘ではなさそうなのです。
今度こそ安心して食べると、凄く美味しいとは言えませんが、ちゃんとした味でした。
ダンジョン内ということを鑑みれば、贅沢な食事なのです。
そう考えたわたしは、満足した思いを抱いていましたが――
「氷屋さん、どうして助けに来てくれたの?」
前置きなく、セレーナさんが尋ねて来ました。
適当に流そうとしましたが、彼女が真剣な表情を浮かべていることに気付いて、口を縫い付けられたのです。
グラに視線で助けを求めましたが、素知らぬ顔をしていました。
彼はたまに、冷たくなるのです……。
いえ、恐らくこの問題は、自分で乗り越えるべきだと考えたのでしょう。
視線を彷徨わせていたわたしは、小さく嘆息しました。
そして、セレーナさんから目を逸らしつつ、極めて小さな声で聞き返したのです。
「セレーナさんは……わたしのことを、どう思っていますか?」
「え? 強くて可愛いって思ってるけど。 あと、面白いわね」
「そ、そうではなく、どう言った関係性だと考えているのですか?」
「関係性って……」
そこで言葉を切ったセレーナさんは、ハッとした顔になって、次いでニンマリと笑いました。
何だか、腹が立ちますね……。
一方のわたしは直視することが出来ず、チラチラと見るしかありません。
すると彼女は小さく吹き出し、満面の笑みで宣言したのです。
「当然、友だちだと思ってるわよ」
「……! そ、そうなのですか……」
「駄目かしら?」
「べ、別に……駄目と言うことはない、のです……」
「良かった、わたしの一方通行じゃなかったのね。 じゃあ、これからもよろしくね、氷屋……ううん、ネージュちゃん!」
「よ、よろしくなのです……セレ……」
「うん? セレ?」
「あ……わ、わたしは……その……し、親しい人は縮めて呼びがちなのです。 いけませんか……?」
「全然! むしろ、特別感あって良いかも! セレか……うん、良い感じ!」
「そ、そう言ってもらえると、助かるのです」
嬉しそうにはしゃいでいるセレーナさん……いえ、セレを、わたしはモジモジしながら眺めていました。
うぅ……恥ずかしいのです……。
ですが……決して、嫌な気分ではありません。
視線を感じて目を向けると、グラが満足そうに頷いていました。
彼の様子にわたしは苦笑しましたが、続いて聞こえて来た言葉は許容出来なかったのです。
「あ、じゃあ、友だち割引ってことで、精霊薬をもっと安く――」
「却下なのです」
「……ブレないわね、ネージュちゃん」
「友だちだろうが何だろうが、線引きをしっかりするのがわたしの流儀なのです」
「まぁ、正しいと言えば正しいんだけど……」
期待に目を輝かせていたセレを、バッサリと斬り捨てたのです。
容赦ないと言われようが、こればかりは譲れないのですよ。
……とは言え、このまま放置するのも居心地が悪いのです。
仕方ありませんね。
「ポイントカードを出すのです」
「え?」
「精霊薬の割引には応じられませんが、スタンプを1つ押すのです。 ……友だち記念なのです」
「……ふふ、わかったわ」
苦笑を湛えたセレが差し出したポイントカードに、六花印をポン。
いつもと同じのはずが、特別綺麗に見えたのです。
しばし六花を見つめたわたしは、無言でポイントカードをセレに返しました。
受け取った彼女は懐に仕舞いながら、茶目っ気たっぷりにのたまったのです。
「これで、友だち契約完了ってことかしら?」
「……友だちは契約ではないのです」
「えぇ、そうね。 あ、相棒くんのことも、今後はグラくんって呼んで良い?」
「無論。 ネージュの友人は、我の友人」
「あはは、有難う。 なんか、俄然やる気が出て来ちゃった! 頑張って攻略するわよ!」
「張り切るのは良いですが、空回りはしないで欲しいのです」
「わかってるわよ。 ネージュちゃんは、そんなにわたしが心配なのね~」
「そ、そう言うことでは……!」
「提案。 2人とも、そろそろ行くぞ。 最奥は近いようだ。 気を抜くな」
「オッケーよ!」
「釈然としないのです……」
静かに立ち上がったグラに、元気いっぱいなセレ。
わたしは頬を膨らませていましたけど、動き出してはいました。
こうして初めての友だちが出来たのですが、わたしたちは知らなかったのです。
この先に、何が待っているのかを。
天井の赤い水晶が、微かに光を乱しました。
ネージュの帳簿
残り氷柱=なし
今回収入=+0メル
前回までの収入=+0メル
今回支出=-1,150メル(氷相場情報料500メル、新ダンジョン情報料650メル)
前回までの支出=-0メル
―――――――――――――――
収支総合計=-1,150メル
精霊薬販売×1=相場20,000メル+配送料10%+魔術使用手数料90%(初級10%、中級30%、上級50%)=40,000メル(帰還後支払い予定)
定期購入契約(3か月)×1件=6,000メル
優先=被害ゼロ
友だち=+1人
次回目的地=新ダンジョン奥
次回「決算、三拍なのです」、明日の21:00に投稿します。
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