第一話 魔術師組合
その日はあいにくの曇り空であった。朝からパッとしないイマイチな天気であったが、昼を過ぎたあたりから一面にどんよりとした雲が広がり、いつ雨が降り出してもおかしくないような空模様になってきた。行きかう人も速足で、そこいらの民家では、軒先に干していた洗濯物を急いで入れようとあたふたしている様が見受けれた。
「やれやれ、せっかくの女神との逢引だというのに、天なる神は空気を読まんな」
馬に跨り、ゆったりとした足取りで進む青年が天に向かってぼやいた。
青年の名はフロン。西大陸一の美酒の産地として名高い『酒造国』レウマの若き国王だ。この国では先月、国を治める十二伯爵家の当主が皆殺しとなる大事件が発生した。紆余曲折を経てどうにか解決し、トゥーレグ伯爵家を継いだフロンが、国王の座も手にし、国の復興に勤しんでいた。
新国王の評判は上々であった。身分の隔たりなく誰に対しても温和で、誠実かつ理知的であり、判断力、行動力共に優れているともっぱらの評判である。一方で、国の利益になると判断したものには強引に進めようとする傾向もあるが、事件解決の功労もあるのであまり口には出せない状況であった。
しかし、フロンはそんな遠慮がちな面々に対してもそうした心情を察して自分から不満を吸い上げ、損害が出ないように、あるいは出ても補填できるように手を打っているので、現在のところ不穏分子は鳴りを潜めている状態だ。
つまり、即位してから一月ほどしか過ぎていないが、極めて順調ということだ。
そんな日々の激務の合間を縫って、フロンの最大の楽しみはというと、“女神”と過ごすひと時であった。彼は先月の事件の最中、女神とその仲間二名と知り合うこととなり、今日まで一緒に過ごしていた。
と言っても、三人は国外の人間なので、国政に携わせるわけにはいかず、客人として居候させている状態であった。たまに、使い番などを任せることはあったが、基本的には国内で自由にさせていた。
彼らも旅の目的はあったが、仲間の一人が体調を崩していたので、その回復を待って、以前からの計画であった、魔術師組合と冒険者組合の正式登録と幹部への面会を行うことにしていた。
そして、両組合から予約が取れたので、そちらに向かっているのだ。
「別に、フロンさんまで一緒に来なくてもいいのに。仕事さぼると、執事のコルテさんに怒られちゃうわよ」
馬に跨って、フロンと隣り合うように進んでいる少女はそう話しかけた。
少女の名はフリエス。海を越えた東大陸からの渡来者であり、かつて東大陸で勃発した大戦争で活躍した英雄《五君・二十士》の一人で、《小さな雷神》の二つ名で知られる魔術師だ。巻癖のある金髪を無造作に下ろし、肩より少し下のあたりまで伸ばすに任せている。瞳は髪と同じく金色の輝きを放ち、顔立ちは非常に愛くるしい。しかし、そんな外見とは裏腹に、神の力をその身に降ろした時から時間の流れから放り出され、齢はすでに三十を超えていた。
「ご安心ください。普段の倍の速度で片づけましたから、昼からは空き時間となっております。もはや、女神との間を邪魔するものはおりません」
フロンを胸を張って堂々と述べた。フロンにとっては横にいる愛らしい女神と過ごすことが日々の疲れを癒す最大の娯楽であり、生き甲斐でもあるのだ。そのための労苦はなんであろうと厭わない。
(有能なのは認めるんだけど、どうも力の使い方が変な方向にいくのよね)
フリエスは楽しそうに語り掛けるフロンを見ると、そう思わざるを得なかった。
事件解決の宴の席で、フリエスはフロンに求婚を迫られた。好青年で、誠実で、しかも有能、おまけに小国ながら一国の主、申し分ない玉の輿だ。普通ならば首を縦に振るのが当然の話だが、フリエスはこれを拒絶した。別にフロンを嫌ってのことでなく、なすべきことがあったので、腰を据えて旅を止めるという選択肢がなかったからだ。
そんなフロンはあろうことか、今度はフリエスのための教団を作ると言い出したのだ。フリエスは雷神であるし、神殿や祠があるのはある意味自然なことであった。しかし、西大陸においてはまったくの無名の神であり、それを広く知らしめてしまおうというのが、フロンの計画だ。
神の力は人々の信仰心に左右される。フリエスの強化の手っ取り早い方法として、教団を作り、信者を集め、その祈りを信仰心としてフリエスに注ぎ込むというのだ。
話の筋としては通っている。今後のことを考えると、自身の強化は必須だと考えているので、フリエスには反対する理由はない。ただ、自分を模した神像が作られたり、自分を称える讃美歌が歌われたりするのが、何とも言えずこそばゆいので、心情的には複雑だった。
「ほら、見えてきましたよ。あれがこの国の魔術師組合の支部です」
フロンの指さす方向に大きな建物が見えてきた。石造りの立派な建物で、神殿かと思わせるほどにしっかりとしていた。田舎の小国にあるとは思えないほどの佇まいだ。
「へぇ~、想像してたより随分とご立派で。もうちょっとこじんまりとしたのを想像していたわ」
「もとはそうだったんですが、ここ十数年で一気に功績をあげてきたようで、次々と有能な魔術師が流れ込んできて、拡張に次ぐ拡張でこうなったようです」
「十数年・・・ねぇ」
その説明を聞いて、フリエスはすぐにピンときた。あいつだ、と。
この国で最高の魔術師と言えば、元宮廷魔術師のアルコだ。相談役として歴代の国王や十二伯爵から重用されてきた上、身分の隔たりなく人々に学問を教えてきた。そして、先頃の事件においては、賊の操るゴーレム軍団を片っ端から倒していき、最後は壮絶なる自爆をもって賊を平らげた。
この国どころか、近隣諸国にまでその名声は広まっており、伝説的な大魔術師として、これからもずっと語られ続けていくだろう。
だが、それは嘘である。前半は事実も混じっているが、後半は完全なでっち上げ。ある存在を隠すために、アルコの名を使って名声を押し付けただけである。
裏の事情を知る者ならば、アルコはとうの昔に死んでおり、別人が成りすましていたことを知っている。それこそ、フリエスが打ち倒すことを誓った人物、《狂気の具現者》の二つ名で知られる魔術師ネイロウである。
東大陸の大戦中に死亡したと思われていたが、実は秘術を使って死を装い、先んじて西大陸へとやってきていたのだ。そこでアルコの体を乗っ取り、アルコとして十数年前から過ごしてきたということだ。
ネイロウの偽装は徹底しており、アルコの関連する施設からネイロウに繋がる情報は一切入手できなかった。完全になりきっており、狂人に辿り着くための手がかりすらなかった。
そして、目の前の立派な建物である。フリエスの推察であるが、ネイロウはアルコとして名声を築いてく一方、魔術師組合や冒険者組合から様々な情報を仕入れていた。強力極まる術具である神々の遺産を手にするために、裏で動いていたと思っていた。
両組合には手柄を立てさせるために、情報や技術を流し、逆に自分に必要な情報を吸い上げて、持ちつ持たれつの関係を築いていたのでは? というのがフリエスの推察だ。
名声を得つつ、情報を集めるのに、宮廷魔術師という地位は実に都合がよかったのだろう。誰に対しても誠実かつ、利益もしっかり出させているので、誰も協力を惜しまなかったことであろう。
(そして、この弟子だもんね~)
フリエスの視線の先にいるフロンは、アルコの弟子である。アルコの弟子であるということは、その正体であるネイロウの弟子ということになる。そして、現在のフロンはまさに、表裏の顔を見事に使い分ける腹黒い策士と化していた。
出会った頃のフロンはまじめと誠実が服を着て歩いているかのような好青年であった。それが事件を解決していくうちに豹変し、今やフリエスが呆れるほどの腹黒王様となった。おそらくは元々こうなるように仕込んでいたのが、事件を切っ掛けに表に出てきたのだとフリエスは考えていた。そうでなければ、ああも短期間のうちに変わってしまうとは思えないからだ。
だからといって、フリエスのフロンへの評価が下がるわけではない。むしろ上がっていると言ってもよい。国王は国のためにあらゆる手段を肯定する存在でなくてはならない。そうでなければ、いつ他国に付け入られるか分かったものではないからだ。そういう意味では、今のフロンは最高の逸材である。表向きは誠実で温和な態度を崩さず、裏に潜ればどんな悪事にも手を染めて国益を守る。そう、王たるものは“愛されつつ恐れられる存在”でなくてはならないのだ。そういう意味では、フロンはそれを完璧にこなしていると言えた。
(あとは、新興宗教にでもはまらなきゃ文句なしだったんだけど)
などと、ご本尊が心の中でため息を吐きつつ、建物の横に備え付けられていた来賓用の厩舎に馬を預け、フロントと共に建物の中へと入っていった。
***
魔術師組合とは、大陸中に存在する魔術師の互助会であり、情報交換の場ともなる組織であった。魔術師と呼ばれる人ならば、ほぼ間違いなく組合に所属していると考えてもいい。
一般の人々へも開かれており、魔術の道具を買い求めたり、あるいは何かしらの理由で魔術師を雇い入れたい場合は、口利き屋にもなっていた。
組合員は各支部ごとに所属し、所属先は基本的に自由に決めることができたが、上部委員会からの依頼で派遣されることもある。また、どこかの宮廷なり貴族などのお抱えなりなる場合は、短期契約ならば所属したまま派遣という形で務めることができるが、一年以上の長期契約の場合は会員抹消となる。
組合員は普段、各支部で雑務をこなすか、自身の研究に勤しんで研鑽に励むかをして過ごす。また、冒険者として各地を渡り歩く者もおり、その場合は支部のある街を訪れた際は報告義務をこなす必要があったが、かなり緩い規則なので有名無実化している。
(つまりは、魔術師ならまずここに所属してます。でも、規則はゆるゆる。入るのも抜けるのも簡単。東大陸のとは大違いね)
フリエスは事前にある程度調べており、率直にそう感じた。戦乱が続いた東大陸においては、ガチガチの規則があり、国家への協力は極端に嫌い、完全に対魔族用の研究機関と化していた。そのため組合員の数こそ少ない物の精鋭ぞろいで、それをここぞという場面で出撃させ、魔王軍と戦ってきた。
今でこそ平和になったので多少は緩くなったものの、まだまだお堅い雰囲気が色濃く残っており、魔術師の育成には力を入れているものの、その学校は閉鎖的で、余程のコネか才能でもない限りは魔術師になることはできなかった。少数精鋭主義が残っているためだ。
フリエスがキョロキョロと建物の中を見回していると、フロンは受付で来訪を告げ、すぐに応接間へと通された。一応、お忍びという形をとっているので、フロンは目立たない服装に、普段被っている王冠も脱いでいるのだが、ここの支部には即位前に何度も足を運んでいるので、大抵の人間はフロンの正体を知っていた。受付係のかしこまった対応も、相手が国王だと知っているからだ。
通された応接室はさすがに豪華な作りになっていた。中央に長方形の長机に椅子が八脚。いずれも繊細な彫り物がなされた豪華な家具だ。その下に幾何学模様の絨毯が敷かれていた部屋の周囲に置かれている調度品も中々の逸品で、ある程度の目利きができるフリエスからすれば、この部屋にある物だけで、庶民ならば百年働いてもそれらを買えるかどうかというくらいの値打ち物ばかりだ。
椅子に腰かけると、給仕が現れて二人の目の前に暖かいお茶が出された。透き通った緑色をしており、フリエスは早速それを口に運んだ。
フリエスのいた東大陸において、茶といえば木の実の種子を焙煎して、それから抽出した“豆の茶”が飲まれていた。しかし、西大陸では木の葉を乾燥させて抽出した“葉の茶”が飲まれていた。数百年分断されていた東西の文化的な差異の部分である。
フリエスはこの“葉の茶”がすっきりして飲みやすく、すっかり気に入っていた。東大陸に戻る際には、きっちり製法を学んでから戻ろうと考えているほどだ。
暖かな緑の液体がフリエスの体に染みわたり、ほっこりとしていると、扉が開かれ、一人の老婆が入ってきた。
「お待たせして申し訳ありませんでした」
老婆は年を感じさせない軽い足取りで歩み、二人と対面する形で座した。老婆は少し疲れているようで顔色がいささか悪かったが、国王との面談であるので、なるべくそれを気取られまいとしているのが感じられた。
「久しいな、ミーロ支部長。忙しい中、わざわざ時間を作ってもらって心苦しい」
フロンにとっては顔馴染みであった。何度も足を運んだことがあるので、堅苦しい挨拶は飛ばした。ただ、前回訪れた際は“伯爵の弟”であったが、今は肩書が“国王”に変わってしまっているため、口調はそれっぽくなっていた。
「いえいえ。即位式以降、顔出しもできずに申し訳ないくらいです」
ミーロは軽く会釈して自身の前に置かれたお茶で喉を潤した。国王を前にして口調も飲食も礼を欠く行為位に思われたが、お忍びという体裁をとっているので、砕けた感じで話を進めようというのが感じられた。フロンにとっても、肩ひじ張らずに済むので、いい感じで気易かった。
即位式と聞いて、フリエスも記憶の中から目の前の老婆の存在を思い出した。五百を超す列席者がいたが、その中で純白の礼装長衣を着こんだ老婆は一人しかいなかったので、記憶に残っていた。フリエスは目立たぬようにしていたので、老婆の方はフリエスのことが記憶にはないようであった。
現在、レウマ支部では深刻な人手不足が発生していた。先頃の事件で警備名目で派遣していた魔術師が皆殺しになってしまい、またこの支部の稼ぎ頭であった元宮廷魔術師のアルコも死去してしまったため、その穴埋めに忙殺されているのだ。
アルコ(中身はネイロウ)はこの支部に数々の新技術を流し、それをもってこの支部の手柄を立てさせていたのだ。結果として、田舎の小国にある支部には不釣り合いなほど研究所を始めとした設備が充実し、ほんの少し前までは活況を呈していた。
それが例の事件ですべて台無しになってしまい、支部長も頭を抱えていたのだ。
「早速だが、本題に入らせてもらおう。今日の案件は、こちらの御仁の会員登録だ。本来ならばアルコ師の後釜として宮廷魔術師にでもと考えていたが、旅に出ねばならぬ理由があってな。先取りというか、予約というか、まあ、戻ってくる前にここの支部が確保しておくのも悪くないかなと思ってな」
フロンは事前に考えておいた話を披露した。目の前の支部長が抱える問題は、すべてトゥーレグ伯爵家が引き起こしたものであり、派遣した魔術師を皆殺しにしたのも同家の兵士達である。つまり、ミーロのここ最近の頭痛の種はすべて目の前の男の責任でもあるのだが、それを感じさせぬ相変わらずの演技力と鋼の精神をもって、あくまで表向きは誠実にふるまった。
「陛下直々のご推薦とは、余程の方なのでしょうな」
ミーロは最初に驚き、次に怪訝そうにフリエスを見つめた。フロンの申し出は、常道をいくつも外していたからだ。
まず、魔術師を推薦された点だ。これは普通ならあり得ないことだ。貴族などから魔術師を派遣してほしいと頼まれることはあっても、その逆はない。大きな支部にある育成学校の見習い魔術師ならば、卒業と同時に会員になるので、それもない。
あるとすれば、長期契約や規律違反による会員抹消を受けた者であるが、目の前にいるのは可愛らしい少女である。そんな濃い経験をしてきたようには見えない。
可能性として、アルコの弟子というのも考えた。しかし、アルコの私塾においては学問を教え込んでいたが、魔術師の訓練を施したことは誰一人としていない。目の前のフロンは魔術の講義は受けたが、それは知識として修めたもので、魔術師になるためではない。
つまり、目の前の少女が魔術師であると仮定した場合、組合の枠の外側に身を置くこととなる誰かが鍛え上げたことになり、それが疑念を呼んでいるのだ。
また、宮廷魔術師とするにはあまりにも若すぎるというのも、ミーロには引っかかっていた。目の前の少女はせいぜい十代半ば、下手すればそれよりも幼く見れた。このくらいの年齢であれば見習いとして研鑽を積み、どうにかギリギリ魔術を発動できるかどうかというのが普通である。にもかかわらず、宮廷魔術師だの、支部が確保しておいた方がいいだの、フロンの提案はあまりに奇妙なのだ。
「・・・お嬢さん、お名前を拝聴しても?」
「フリエス=ムドールです」
フリエスは素直に返答したが、ミーロの表情はさらに険しくなった。
ムドール家。人族の始祖とも言われる伝説の大盗賊トブ=ムドール。その末裔を称する者は東西どちらの大陸にも存在する。しかし、その多くは自称であり、偽物ばかりである。フリエスの場合は養父がムドールを名乗っているので、そのまま自分も使っているだけだ。
「またですか。ちょっとばかし腕がいいからと言って、右も左も、あちらもこちらも、ムドール、ムドールと。そんな安っぽい看板ではないというのに」
「それは同感です。気易く名乗れる名ではありませんね」
フリエスの養父《全てを知る者》はトブの直系子孫を名乗っており、それに見合うだけの実力と実績を大陸中に響かせていた。少なくとも、父を物差しとして、それに比肩できるほどの力を持たない者には、名乗ってほしくはないというのがフリエスの本心だ。
「では、この部屋に置かれている品で、一番高価な物はどれでしょうか?」
「あちらの鏡です」
早速試験か思ったが、簡単な内容であったので、フリエスは指をさして即答した。調度品はどれも腕のいい職人が仕上げた逸品揃いで、中には大地の妖精製のものと思しき物も混じっていた。しかし、一品だけ毛色の違う物が混じっていた。それが指さした鏡である。
鏡は特に凝った装飾もないごく普通な鏡であったが、それだけが他の品々と違って微弱ながら魔力を帯びていたのだ。つまり、なにかしらの魔術具であることが推察できた。当然、魔術具となると値段も跳ね上がるので、あれが一番高価となる。
「では、次にあの鏡を操作して術を反射させ、はね返ってきた術を防いでください」
今度のミーロの指示はかなりの高難度であった。指示した内容をかみ砕いていうと、術具の“遠隔操作”、操作と術の発動を同時に行う“並列思考”、はね返ってきた術を防ぐ“攻守の切り替えの早さ”を見ると言っているのだ。並の魔術師ではまず不可能な内容で、ムドールを名乗るならばこれくらいはやって見せろというのが、ミーロの態度から察することができた。
ではやるかと、フリエスは置かれている鏡を見つめた。鏡にはどうやら術を反射させる術式が込められているようであった。しかし、どの程度の負荷まで耐えられるのかはわからないので、壊さないように慎重にやらなくてはならなかった。
まずは鏡に向かって魔力と指示を飛ばした。発動したのか、鏡が淡く輝きだした。
「〈電撃〉」
次にフリエスは指先から電撃を放ち、鏡に向かって電光が飛んだ。少し控えめに放ったつもりでいたが、室内ということもあって、見た目はド派手であった。狙い違わず鏡に命中し、鏡の魔力が発動して、そっくりそのままフリエスにはね返ってきた。しかし、フリエスは慌てずそれを素手で受け止め吸収した。雷神の力が備わっているフリエスにとって、電撃などというものは食事でしかないのだ。
電撃によって騒がしくなった応接室であったが、再び静けさが戻った。フロンはいかがかなと言わんばかりに鼻息を荒くし、ドヤ顔をミーロに向けた。そのミーロは少女の見た目に反して想像以上の腕前を見せてきたことに素直に感心しているようであった。なにしろ、課題になかった詠唱破棄と反射してきた電撃の吸収までやってのけたからだ。
「なるほど、これは失礼いたしました。国王が直々に推挙なさるだけのことはあって、若さに似合わず余程の研鑽を積まれたようで」
ミーロの表情が露骨なほどに明るくなった。優秀な魔術師など、いくらいても困らないからだ。旅云々とのことなのですぐにこの支部で働くことはできないが、将来的には戻ってくるとのことなので、フロンの提案通り唾を付けておくのが得策と思えた。
「しかし、これほどの魔術師がこの国にいたなどと聞いたことがなかったのですが」
「かの大魔術師の秘蔵っ子ですよ。血は繋がっておりませんが、娘と呼んでおりましたので」
「ほう、それはそれは!」
ミーロは“かの大魔術師”をアルコのことだと受け取ったが、実際のところはネイロウのことである。勝手に誤解しただけだ。
話の内容も嘘はない。ネイロウはフリエスを娘と呼んでおり、実際に秘蔵していたのだから。もちろん、あの狂人に娘呼ばわりされるのは、フリエスとしては面白くもないことではあるが。
(フロンさんめ、嘘は言ってないけど、真実をぼかしてるわね。あとでどうとでも受け取れるように喋ってるし、ほんと喰えない王様よね。てか、そういう視点で見るならば、あのイカレを挟んで兄弟弟子ってことになるのか、不本意ながら)
すぐ横で自分を褒めるフロンを横目にそう考えた。
(とはいえ、私が東大陸出身ってことは気づいてないわけか。一応、今回の事件でそういう触れ込みで少しばかりフロンさんに助力したってことになってるけど、この人は知らないみたい。事件のごたごたで内部がめちゃくちゃになって、その片づけに忙殺されて、情報を精査する時間もなかったってとこか。まあ、気付いたところで優秀な魔術師は欲しいから黙しそうだし、結局はフロンさんの言うとおりに、会員登録して程々に優遇した方がいいという結論に行きつくか)
どうころんでも、すべてはこの腹黒王様の掌の上なのだ。
「ときにフリエス嬢、旅の目的とはなんでしょうか?」
「人探しです。どうしても会わないといけない人がいるので」
もちろん、そいつをぶち殺しますとはさすがに言えない。
「ふむ・・・。でしたら、そのお名前をお聞きしてもよろしいですか? もしかすると知っているかもしれませんし、組合の名簿に記載があるかもしれませんので」
「ネイロウ・・・、ネイロウ=イースターリーという魔術師です」
フリエスはあの狂人がかつてそう名乗っていたのを思い出し、口に出してみた。さすがに知っているとは思えなかったが。
しかし、ミーロの反応は予想外のものであった。大きく目を見開いてフリエスを見つめた後、大声で笑いだしたからだ。
「これはこれは、また大層な探し人ですな。かの偉大なる伝説の大魔術師をお探しとは!」
「はぁ?」
フリエスは思わず間の抜けた声を発してしまった。隣のフロンも内心では驚いてはいたが、一切表情には出さず、冷静さを保っていた。
「ネイロウという名は存じ上げませんが、イースターリーとは“東方の大賢者”を意味する尊称。かつて存在した統一国家『魔導国』の勃興期、数々の魔術や術具を生み出し、その発展に貢献した偉大なる魔術師の事です。東大陸の出身だったそうですが」
「え、あいつ、そんなすごい奴なの!?」
もちろん、同一人物かはわからない。はったりで、かつての大魔術師を名乗っている可能性もある。しかし、同時に同一人物の可能性もある。なにしろ、ネイロウは〈輸魂〉を使うことができる。他人の体を乗っ取り、数百年生き続けていたとするのであれば、可能性はゼロではない。
(でも、東大陸にはそんな話はない。西大陸で活躍してたから名前が残ていなかったのか。どっちみち、どうこう判断するのは早計ね)
フリエスは新情報を頭の中に刻みつつ、ミーロとの会話を続けた。
「あたし、その人と会ったことがるんですよ。イースターリー、その尊称に恥じぬ凄まじい力量を持った魔術師でした。本物かどうかは分かりませんが・・・。あたしの言にお疑いあれば、術式でお調べになられても構いません」
「ほほう、それはそれは。まあ、フリエス嬢の言葉を信じましょう。かの伝説の大魔術師が復活したのか、あるいは生きていたのか、興味がありますわ」
ミーロの声色はますます弾んできていた。もし、本物であるならば発見できれば大手柄であるし、偽物でも優れた魔術師ならば引き込んでしまえばよい。ミーロはそう考え、フリエスを引き受けることに決めた。
「まあ、見つかりにくい探し人であるので、魔術師組合の助力があればという浅はかな考えでして。もちろん、見つけることができましたら、組合のためにこちらもあらん限りの尽力をば。仲間の方は冒険者組合の方へ足を運んでいますので、そちらとも協力しながら」
「なるほど、そういう事情でしたらば、さっそく会員登録をいたしましょう。所属員であれば、旅先の他の支部で話を聞くこともできましょう。支部は各国に最低でも一つは置かれていますから」
ミーロは手元の呼び鈴を鳴らすと、隣室に控えていた秘書の魔術師が入ってきた。会員登録の手続きの準備を告げ、すぐに書類一式を持ってこさせた。
「会員登録と言っても、さしたることはしませんわ。書類に捺印するだけです。支部長権限で、面倒な手続きはすべて簡略化させていただきます」
「それは助かります」
もちろん、特例中の特例であった。国王からの推薦、実際の実力、引き受けても問題ない、どころか積極的に関心を買っておきたい存在として、フリエスはミーロに認知されたということだ。
書面の内容を確認した後、ささっと名前を数か所に書き込み、これにてフリエスは組合員となることができた。
「では、続きまして、組織内での地位を授けます」
ミーロは書類と一緒に持ってこさせた小箱を開けると、そこには銀のプレートが入っていた。微細な装飾が縁に刻まれ、中央に“下”と彫り込まれていた。
「魔術師組合においては、まず見習いから始まります。これには木製のプレートがあてがわれます。養育機関を卒業すると正式な魔術師となりますが、銅製のプレートがあてがわれ、下、中、上という具合に分けられます。その上の導師には銀のプレートがあてがわれ、これにも下、中、上となっています」
「なるほど、つまり、あたしは下級導師というわけですか」
「はい、その通りです。支部長権限で即決授与できる最高位が下級導師となりますので、できる限りの誠意と思ってください」
ミーロはプレートを取り出し、銀鎖を取り付けた。腕輪として身に着けておくのが所属員の義務であり、フリエスも貰った身分証をさっそく身に着けた。
ちなみに、ミーロの腕にも身分証のプレートが身に着けられているが、素材が金で“下”と彫り込まれていることから、下級法師の地位にあることが分かる。
「支部長、組合の図書館への立ち入り及び閲覧は可能でしょうか?」
「各支部に設置されている図書館へは、図書館長ないし副館長の許可があれば大丈夫です。機密文書につきましても、上級機密書庫まででしたら各支部長と図書館長の連名許可が下りれば閲覧可能です」
よし、とフリエスは心の中で握りこぶしを作った。これだけの権限があれば、情報収集するには事欠かないし、この大陸における公的な肩書も手にすることができた。
「あと、一応伝えておきますが、導師階級には教員資格も付与されておりますので、魔術師の養育機関で教師として勤めることも可能です。本部からの許可が下りれば、内弟子をとることもできます」
「それはないですね。自分の研鑽で手一杯なのに、弟子まで取るなんて無理です」
フリエスはここ最近の出来事で、自分の未熟ぶりにうんざりしているところであった。神だの英雄だの呼ばれて、無意識的に驕っていたのだと思い知らされた。もっと本気で修行しないことには、ネイロウに対して逃げ回ることしかできず、腹立たしいことこの上ないのだ。
「以上で、会員登録を完了しました。これで、フリエス嬢は正規の組合所属員。一応、このレウマ支部の所属ということにしておきましたが、所属の変更は自由です」
「河岸を変えるつもりはありません。ここが私の家なんですから」
フリエスのこの言葉にミーロもフロンも喜び、何度も首を縦に振った。ミーロとしては旅を終えて早く戻ってきて欲しいし、フロンに至っては思考を進め過ぎて婚約成立とまで考え始めていた。
(まあ、このくらいの褒め口上くらいはやっといても大丈夫でしょう)
こうして、フリエスは当初の目的通りに、魔術師組合へ正式に加入し、できうる限りの高待遇を手にすることができた。
次なる場所への旅の準備がこれにて整ったことを意味していた。あとは、冒険者組合へ向かった仲間が上手くいっていればすぐにでも新天地に向けて足を進めることができるのだ。
(待ってなさい、ネイロウ。あんたの巣穴はしっかり見つけ出してやるわよ)
フリエスは心の中で決意を新たにした。




